第97話:ロイヤルウエディング
途中で視点が切り替わります。
新年の宴が終わると、学院も始まる。
私たちは二年生になった。
文官科の授業は一年生の頃より専門的になり、外交実務や経済政策の演習も始まった。
一方、事業では開発を進めていた保湿リップも、ようやく完成した。ミツロウとはちみつをたっぷり配合し、紅花とクチナシの天然色素で色付けした二色展開。試作品を使っていただいた方々の間では、家の中や学校など、普段の生活に潤いを与えてくれるアイテムとして好評を得ている。今は発売に向け、量産やパッケージ制作の最終段階だ。
忙しい、けれど充実している。
そんな日々を過ごすうちに、ついにその日はやってきた——国民みんなが待ち望んでいたロイヤルウエディングだ!
◇◇◇
レイノルド殿下とソフィア様の婚儀は、春の終わりに執り行われた。
王都全体がお祝いの空気に包まれ、大通りには色とりどりの花やリボンで飾り付けが行われた。
私はお父様やお母様と共に、礼拝堂での式典に参列した。本来は当主夫妻までしか礼拝堂には入れないのだが、私はレイノルド殿下とソフィア様から直々に招待を受け、この場に席をいただいている。
ヴァージンロードを彩るように飾り付けられた色とりどりの花も、ステンドグラスから差し込む明るい日差しも、何もかもがキラキラと輝いていて眩いばかりだ。
中央通路を進むソフィア様のドレスは、純白に金糸の刺繍が施された豪奢なもので、総レース作りの美しいヴェールが長く尾を引いていた。カサブランカを中心としたブーケは、とても華やかで、ソフィア様の凛とした美しさによく似合っている。
はぁ……きれい。
祭壇の前でレイノルド殿下がソフィア様の手をとる場面では、あまりの美しさにあちらこちらからため息が漏れていた。
誓いの言葉が静かな礼拝堂に響く。
私もうっとりとその様子を眺めた。
——私もいつか、こういう日を迎えるのかな。
近い将来、私もお父様にエスコートされて、バージンロードを歩く日が来るのかな。
誰かの隣で、誓いの言葉を一緒に聞くんだよね……?
——それって、どんな感じなんだろう。
想像してみたけれど、うまくイメージできない。
相手の顔が、ぼんやりとして、どうしても思い浮かばなかった。
◇◇◇
式典が終わると、王太子夫妻は王都の中心部を馬車でパレードすることになっている。
私たちは、その見送りのために礼拝堂の前庭へと移動した。
そこには、すでにパレード用の白い馬車が用意され、レイノルド殿下とソフィア妃殿下が乗り込む準備が進んでいる。馬車にはやはり色とりどりの花々とリボンが飾り付けられ、とても華やかな雰囲気だ。
その脇では、フラワーシャワーの準備も進められ、私も係の人から花びらの入ったカゴを受け取り、お二人が姿を見せるのを待った。
すると、隣に人の気配がした。
「ハルカ、隣いい?」
アーサーだった。
礼装姿で、背筋を伸ばしキリリとした様子で花籠を手にしている。
あれ? 王族もフラワーシャワーに参加するんだ。
「アーサー、王族は礼拝堂の出口から見送るんじゃないの?」
「クリスがどうしてもやってみたいって言うから」
そう言って、アーサーは少し後ろを振り返った。
そこには、花籠を抱え、恥ずかしそうにひょっこりと顔を出す男の子がいた。
リチャード王と同じ金髪に、エリザベス王妃よりも淡い若草のような緑の瞳。
——この子が、アーサーの弟のクリス殿下。
「はじめてお目にかかります、クリス殿下。オンタリオ家の長女ハルカと申します」
私はニコリと微笑んでスカートを摘み、膝を折って挨拶をする。
「はじめまして。アーサーお兄様の弟のクリスです」
クリス殿下もアーサーの隣に並び、きちんと挨拶を返してくれた。とても素直で、育ちの良さが伝わってくる少年だった。血色の良い頬と艶やかな金髪、その穏やかな表情からも、周囲から大切にされていることがうかがえる。
——良かった。あの事件で環境が大きく変わったと聞いていたけれど、ちゃんと陛下やアーサーたちに愛されながら育っているんだね。
そっと安堵の息を吐いた私は、二人と並んで馬車の準備を眺めながら、他愛もない話を交わした。
やがて、レイノルド殿下がソフィア様の手を取り、二人そろって姿を現した。
周囲から歓声が上がる。
馬車に向かって進むお二人が目の前を通る瞬間、カゴの中の花びらを一生懸命に蒔いた。
隣では、アーサーがクリス殿下を軽く抱き上げ、届きやすいように花びらを蒔くのを手伝っている。
——ふふ。いいお兄ちゃんしてるんだね、アーサー。
馬車に乗り込んだお二人は、見送る人々へ笑顔で手を振っていた。
アーサーも、クリス殿下を降ろし、お二人に向かって手を振り返している。
花びらが風に舞い、陽の光を受けてきらめく。
その光景を静かに見つめていたアーサーが、ぽつりと呟いた。
「きれいだな」
私は頷いた。
「だよね! ソフィア妃殿下のドレス姿、本当に素敵だよね。陽の光にきらきら輝いていて、あの刺繍も近くで見たら本当に細かくて——」
「……うん」
「ヴェールも長さがちょうどよくて、歩くたびにふわってなるのが綺麗で。私、思わず見入っちゃったんだよね」
「……そうだな」
アーサーの反応が少し鈍い気がしたけれど、私はそのまま続けた。
「あと、レイノルド殿下も今日は特別かっこよかったよね。いつも凛としてるけど、今日はなんか、もっと——」
「ハルカ」
アーサーが、静かに遮った。
「ん?」
「……いや、なんでもない」
アーサーは小さく首を振って、動き出そうとする馬車に視線を移した。
その横顔が、なんだか少しだけ困ったような顔に見えた。
「どうしたの?」
「何でもない」
「本当に?」
「本当に」
そこで、馬車がゆっくりと動き出した。
沿道の人々が一斉に祝福の声を上げる。レイノルド殿下とソフィア妃殿下がにこやかに並んで手を振っている。
やがて馬車が見えなくなり、歓声が小さくなるまで、私は手を振り続けた。
◆◆◆
<アーサー視点>
今日のハルカは、淡いグリーンのミモレ丈ドレスにショートケープを合わせ、いつもの快活さを少しだけ潜めた、落ち着いた淑女らしい佇まいを見せていた。
——こんな装いも似合うんだ。
一目見た瞬間、そんな驚きとともに、ふと思った。
(白いドレス姿も見てみたいな)
もちろん、デビュタントのドレスではない。今日、義姉上が着ているような、裾の長い、レースと刺繍がたっぷりの……。
想像した瞬間、ポロリと言葉が溢れた。
「きれいだな」
——でも、あの言葉を、ハルカは「ソフィアのドレスが」と解釈したようだった。
俺は、そうじゃない、と言いかけて、やめた。
だって、ハルカがあまりにも楽しそうで、嬉しそうだったから。
「どうしたの?」
ハルカに問いかけられた時、俺は「自分の時は、どんなドレスが着てみたい?」——そんな言葉が喉まで込み上げた。
けれど、それを口にすることはできなかった。
代わりに、「何でもない」とそっけなく返して、動き出した馬車へ視線を向けた。
花びらが風に舞い、青空へ消えていく。
隣でハルカが幸せそうに手を振っている。
——次に、この国でロイヤルウエディングを挙げるのは俺なんだよな。
その時、隣で並んで手を振るのは……。
馬車が遠ざかっていく。
一瞬だけ隣を見ると、ハルカがまだ手を振り続けていた。
俺は小さく息を吸い込んで、また前を向いた。
クリスを抱き上げながら、「身体強化って便利だな」と密かに実感するアーサーでした(笑)。




