05. カミラの逆襲
2026/2/23 加筆修正済み
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アレックスは、高値の花だったダイアナと婚約しただけで胸躍るほど歓喜したが、その後の二人の関係は以前と殆ど変わらなかった。
何故なら大聖女ダイアナは、とにかく多忙を極めていたからだ。
年四回の神殿結界の他にも、王都付近の聖教会の見回り。
王族や高位貴族への治療ヒール等──。
アレックスがダイアナと会えるのは、彼女が祈祷する公式行事のみか、自分の治療の時だけだった。
それでも婚約してから二人は、一定の距離を保ちつつ月に何度かお茶会や食事会などをして、お互いの親交を深めていけた。
ダイアナは何度かアレックスとじかに話をするようになって、アレックスが人々が噂している駄目王子でないと理解した。
──まあ、アレックス殿下は品行方正の良い御方じゃないの。
と、こうしてダイアナは自分に礼儀正しいアレックスに好意を持った。
それもそのはず、さすがにアレックスもバカではなない。
最初の内はダイアナに好意を持ってもらおうと、気を使い品よく接していった。
彼も王子である。
幼き頃から貴族令嬢たちと茶会を頻繁にしてるせいか女人が喜ぶ話は心得ていた。
ダイアナはアレックスを真近で見ると、彼のアイスブルーは確かに眼福だと頬を染めた。
──アレックス殿下と婚約して良かったわ。
とダイアナは実感した。
とはいえ、ダイアナは自分が平民出身という立場と、慣れない王宮殿の茶話会のマナーは細かくて、少々肩が凝って疲れはしていた。
──これからは未来の王太子妃になるのなら、宮殿内のマナーや淑女の教養も今以上に学ばねばならぬと。
アレックスと接する度に、生真面目なダイアナは心に決意していた。
しかしそれとは正反対にアレックスはダイアナと会えばあうほど生理的に辛くなっていった。
最初は良かった。
アレックスにとって愛するダイアナと婚約して、時おりふたりきりで会える事は願ってもない喜びを感じた。
だがアレックスも今年二十歳になる男だ。
目の前に惚れた婚約者がすぐ傍にいるのに、指一本すら触れられない、キスもできない。
そのもどかしさは若い男には地獄であった。
茶話会の後、アレックスは部屋に戻るとむしゃくしゃして側近たちに当たりだした。
「何だよ〜!せっかく目前にダイアナがいるのに、手も触れられんとは!これではダイアナと婚約した意味がないではないか」
「仕方がございません。相手は大聖女さまですから」
と御付きの者がアレックスを宥める。
「ああ俺はたまらん、愛する女の手にキスもできんとは~!」
アレックスはシーツを噛みながら泣き喚いた。
最初は婚約して浮かれたアレックスも、こうして徐々にストレスがたまっていくのだった。
※ ※
ある日の事、アレックスは堪らなくダイアナが恋しくなり、闇夜に彼女の寝所に入って夜這いをしかけた。
だが結果は散々だった。
暗闇の中、ダイアナはすぐさま寝室に侵入してきた覆面した男に気が付いた。
「この不届き者!大聖女の寝所に入るとはなんたるふとどきな輩ぞ!」
「ひえええ──!」
「──汝、男子は寄るな!ヒール──!」
とダイアナがかけた風魔法で、アレックスはコテンパンにやられてしまう。
部屋の窓から命からがら逃げだしたアレックス。
この時アレックスは覆面が外れなかったおかげで、ダイアナに王太子とは気づかれずに済んだ。
だがこの件以来、アレックスは体にも心にも大ダメージを受けた。
「くそー! 俺は王太子だぞ、なぜ婚約者からこんな目に合わねばならんのだ!」
王宮に戻って傷だらけのアレックスは嘆いた。
当初アレックスはダイアナも聖女とはいえ若い女人、自分の婚約者になればすぐに絆されてあっという間に結婚してくれるだろうと、目論んでいたのだ。
だがそれは甘かった。
ダイアナ自身もアレックスに好意を抱いてはいたが、大聖女の身として婚約者とはいえど触れさせることはできなかった。
※ ※
そうこうしている内に一年が過ぎた。
その頃にはアレックスもダイアナに以前ほど執着しなくなった。
アレックスにしてみれば、婚約者の自分に殆ど関心を示さず大聖女の業務に邁進しているダイアナを見ておおいに自尊心を傷つけられていた。
結婚するまではダイアナに触れるのは無駄だと理解した。
「まあいいや、ダイアナが引退するまでの辛抱だ。あと一年は娼婦館でも行って遊ぼう」
そう側近にアレックスは愚痴るようになった。
あれほど一途だったダイアナへの執着心は消えていった。
そうなるとアレックスは衝動的に若い性欲のストレスを他の女に向けていく。
それを上手く利用したのがカミラだった。
ある日アレックスが足を捻挫した際、ダイアナが祈祷の為に治癒ができず代わりにカミラが治癒を施した。
その時、カミラはヒールをかけてあっという間にアレックスの捻挫を治した。
「おおこれは凄い。ダイアナでもこうはいかんぞ!」
「まあ殿下。お褒めにあずかりまして光栄でございます。ですがお姉さまにはかないませんわ」
カミラは上目づかいで王子を悩ましげに見つめて優しげに微笑んだ。
「いやいや謙遜するな。さすがダイアナの妹だけのことはある。カミラ嬢は凄いな」
「あいや~ありがとうございます」とそっと片手をアレックスの膝にあてた。
「!?」
アレックスはカミラが自分に触れられて驚いた。
少なくとも治癒以外に聖女から触れられた事は皆無だったからだ。
途端にアレックスは下半身の疼きを感じた。
※
それ以来アレックスは風邪やちょっとした怪我は、ダイアナでなくカミラを治癒に呼び出した。
本来、王族の治癒でも聖女は二人で行動するのが原則だったが、カミラは仲間の聖女に賄賂を渡して、一人で王太子の部屋へ出かけた。
カミラは二人きりになると、早速アレックスにべったりと体をつけて誘惑を仕掛けた。
アレックスはそんなカミラが嫌ではなかった。
ただでさえ王子は、派手な飾りもないシンプルで真っ白な衣を着た聖女が好みだった。それにダイアナと同じ金髪、翠の瞳のカミラはダイアナの絶好の代替品でもあった。
さらにカミラはダイアナとは真逆の、毒々しい色気を彷彿させる妖しげな魅力がそこかしこにあった。
そんなカミラに誘惑されれば、アレックスも“据え膳食わぬは男の恥”と思い、家令を部屋から追い出していつしか身体の関係となった。
こうしてアレックスはカミラにどんどん溺れていったのだ。
ある夜ベッドで、アレックスはカミラの黄金の髪を優しく撫でながら呟いた。
「ダイアナは大聖女を鼻にかけてお高く止まったツンツン女だが、カミラ、お前は本当に優しくて気が利く。まさに聖女だな」
「まあ殿下……ありがとうございます。私がいうのもなんですが、お姉さまは昔から聖女のお努めしか関心を示さない、ものすごい堅物ですのよ。そりゃあ致し方ありませんわぁ」
「あははは、本当にダイアナは堅物女だよ」
と、アレックスは大笑いしてカミラを胸にギュッと抱きしめた。
こうして二人の関係が日常化した頃、突然、国王が原因不明の病気でお倒れとなってしまう。
さすがのアレックスも父王の病いにショックを受けるが、カミラの助言で国王代行の権限を行使する。
その際、ダイアナと婚約を解消し、カミラとの婚約を一気に決めてしまったのだった。
すべてカミラが想定していた結果となった。
だが、アレックスとカミラはここで大きな過ちをひとつ犯した。
カミラをアレックスの妻にするのはいいとしても、大聖女に祀り上げてしまった事だ。
『処女でない女人を大聖女にしてはならない』
大神殿の御禁言を破ってしまったアレックス。
王国だけではない、自分自身の危機を自ら発してしまうとは、この時本人たちは夢にも気付かなかった。




