05. カミラの逆襲
2026/6/2 加筆修正済み
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アレックスは、高値の花だったダイアナと婚約しただけで胸躍るほど歓喜したが、その後の二人の関係は以前と殆ど変わらなかった。
大聖女ダイアナはとにかく多忙を極めた。
年四回の神殿結界の他にも、王都付近の聖教会の見回り。王族や高位貴族への治療ヒール等。
アレックスがダイアナと会えるのは、彼女が祈祷する公式行事のみか、自分の治療の時だけだった。
それでも婚約してからは、二人は一定距離を置いてだが、月に何度か、お茶会や食事会などをして、お互いの親交を深めていった。
──アレックス殿下はとても品格があって素敵ね。
ダイアナは礼儀正しいアレックスと何度か接して好感を持った。
さすが王子だけあって育ちがいいせいか、平民出身の私には少し疲れるけれど。
兎に角、ボロ出さないように気を付けないと⋯⋯。
だがそう思っていたのはダイアナだけだった。
アレックスにとって、ダイアナが思ってる悩みは対照的だった。
今年二十歳になるアレックスにとって、目の前に惚れた美女がすぐ傍にいるのに、指一本すら触れられない、もどかしさはまさに地獄であった。
「ギャ──何だよ〜!これではダイアナと婚約した意味がないではないか?」
「仕方がございません。相手は大聖女ですから」
と、御付きの者が宥める。
「ああ俺はたまらん、こんな近くにダイアナがいるのにキスもできんとは~!」
アレックスはシーツを噛みながら泣き喚いた。
最初は婚約して浮かれたアレックスも、徐々にストレスがたまっていく。
※ ※
ある日の事、アレックスは堪らなくダイアナが恋しくなり、深夜彼女の寝所に入って夜這いをかけた。
だが──結果は散々だった。
「この不届き者!大聖女の寝所に入るとはなんたる輩ぞ!」
「ひえええ──!」
「──汝、男子は寄るな!ヒール──!」
ダイアナがかけた風魔法で、アレックスはコテンパンにやられてしまう。
命からがら逃げだしたアレックス。
この時アレックスは覆面していたおかげで、ダイアナに王太子とは気づかれずに済んだ。
この件以来、アレックスは体にも心にもダメージを受けた。
「くそー! 俺は王太子なんだぞ、なぜ婚約者からこんな目に合わねばならんのだ!」と。
当初アレックスはダイアナだって聖女とはいえ女人、婚約者となればすぐに自分に絆されて結婚してくれるだろうと、そう目論んでいたのだが現実は甘かった。
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そうこうしている内に一年が過ぎた。
その頃にはアレックスもダイアナに余り執着しなくなった。
婚約者の自分に殆ど関心を示さず、大聖女の業務に邁進しているダイアナを見て、アレックスは無駄だと理解したからだ。
「まあいいや、ダイアナが引退するまでの辛抱だ。あと一年は娼婦館でも行って遊ぼう」
そう側近に愚痴るくらい、あれほど一途だったダイアナへの執着心が無くなっていった。
そうなるとアレックスは衝動的に若い性欲のストレスが溜まっていく。
それを上手く利用したのがカミラだった。
ある日アレックスが足を捻挫した時、ダイアナが祈祷の為に治癒できず、代わりにカミラが治癒を施した。
その時、あっという間にヒールをしたカミラ。
アレックスはカミラに好意をもった。
それ以来、アレックスは風邪やちょっとした怪我は、ダイアナでなくカミラを治癒に呼び出した。
本来、王族の治癒でも聖女は二人で行動が原則だったが、カミラは仲間の聖女に賄賂を渡して、一人で王太子の部屋へ出かけた。
カミラは二人きりになると、早速アレックスにべったりと体をつけて誘惑してくる。
アレックスはそんなカミラが嫌ではなかった。
ただでさえ彼は、派手な飾りもないシンプルで、真っ白な衣を着た聖女が好みなのだ。
ダイアナと同じ金髪、翠の瞳のカミラはダイアナの絶好の代替品だった。
そしてカミラにはダイアナとは真逆の、毒々しい色気を彷彿させる妖しげな魅力があった。
そんなカミラの誘惑をされると、アレックスも“据え膳食わぬは男の恥”と思い、家令を部屋から追い出して身体の関係となっていく。
こうしてアレックスは何でも己の思うがままの、カミラにどんどん溺れていったのだ。
ある夜ベッドでアレックスはカミラに呟いた。
「ダイアナは大聖女を鼻にかけて、お高く止まったツンツンした女だ。それに比べてカミラ、お前は本当に優しくて気が利く女だな」
「まあ殿下~、お姉さまは昔から聖女のお努めしか関心ない堅物ですもの、致し方ありませんわ」
としゃなりしゃなりと、アレックスの胸の中に身を寄せた。
こうして二人の関係が日常化した頃、国王が原因不明の病気でお倒れとなったのだ。
さすがにアレックスも父の病気にはショックを受けたが、カミラの助言で国王代行の権限を行使して、ダイアナと婚約を解消しカミラとの婚約を一気に決めてしまった。
だが、アレックス王子は一つだけ大きな過ちを犯した。
処女でないカミラを大聖女に祀り上げてしまった事だ。