16. 大聖女VS魔獣
※ 今回も残酷な描写があります。ご注意ください。
※ 2025/6/6 修正済み
◇ ◇ ◇ ◇
アレックスとカミラはトカゲ魔獣の腹の中に消えていった。
その他、二人を丸のみした巨大トカゲより小さい魔獣たちも、前足で捕まえていた神官たちを次々と丸のみしていく。
「うっ……」
「ぐゎああ……」
魔獣に飲み込まれた人々の断末魔の叫びであった。
人間を丸のみした魔獣たちは、その場で喉からお腹に人体が通るのが苦しいのか動きが鈍った。
「あわわ……」
「いやぁ怖いよお……!」
「もう駄目だ~」
まだ魔獣の足元には、十数名ほどの護衛騎士や神官たちは返り血なのか、顔中、血飛沫だらけになっていた。
今、彼らは魔獣に飲み込まれた仲間を見て、余りの恐怖で腰を抜かして立てない者ばかりだった。
「汝、強き大風よ──彼等を守れ、ヒール!」
ダイアナは両手を掲げて大風のヒールを発動した。
途端に神殿の上空には大きな竜巻が渦になって、ぐるぐる舞い始めた。
竜巻は魔獣の側に来るやいなや、風を払おうとする魔獣達を上手く交わして、大きな絨毯になる。
風の絨毯は魔獣の足元にいる、動けない騎士や神官たちをひょいと浮かせて十何人全員乗せて、ダイアナの元へと運んできた。
「え、えええ?」
「は?……助かった!」
「聖女様だ、ああ、ありがとう!」
「ハァハァ、あ~ん、怖かったよう⋯⋯」
風の絨毯に運ばれて泣きながら、ほっとする人々。
とにかく安堵してる者、ダイアナに感謝する者、また気を失っている者も何人かいた。
だが彼らは魔獣から難を逃れたばかりで、一同ぐったりしていた。
「皆さん、礼には及びません。それよりマリー!」
「はい、大聖女様!」
ダイアナの後ろにいた聖女や巫女たちの中からマリーが前に出た。
「この人たちをあなた達で何とか手分けして外へ連れ出しなさい! 風の魔力を使ってもいい、一刻も早く神殿から退出しなさい!」
「でも……大聖女様お一人では……」
マリーが不安そうに言った。
「私は大丈夫、あなた達が翡翠の女神の石碑をしっかりと守ってくれたおかげです──私が来たからには、魔獣を封印するのはたやすい、この先は一人で十分です──逆にお前たちがいると結界を張る邪魔になる!──時間がない、早く彼等を連れておいきなさい!」
「わかりました。どうか大聖女に女神の加護がありますように!」
「「「大聖女に女神の加護がありますように!」」」
マリーと他の巫女たちもダイアナに祈りを唱えながら、助けた神官や護衛騎士たちを皆で手分けして、魔力を使いながら、神殿の出口へと走りだしていった。
◇ ◇
既に神殿の中にいるのは、十何匹のトカゲやイモリの爬虫類似した巨大魔獣と大聖女ダイアナだけであった。
「「「うぉおおおおおおおおおおおおお!」」」
魔物たちは、人間を食して胃袋がこなれたのかさっきより動きが敏捷になった。
雄たけびを上げて、ダイアナの側にのっしのっしと近づいて、ダイアナを蹴散らそうとした。
だが、なぜかダイアナを前足でつかむ魔獣はいない。
魔獣たちはダイアナの纏う清気が苦手なようである。
蹴散らすのはダイアナを祓いたいように見えた。
ダイアナの小さい身体は、襲ってくる魔獣たちの後足を上手に掻い潜り、空中で大ジャンプした。
そのまま大声でダイアナは暗唱をとなえた。
「汝出でよ、大風──!奴らを封入せよ、ヒール!」
ダイアナは再び大風のヒールを発動する。
その途端にさっきより大きな竜巻が起こった!
そのまま金色の輪になった風は、魔物たちをひとまとめにして、今度は金の紐へと変化し物凄い速さで魔物全部を、ぐるぐる巻きにした。
風紐にぐるぐる巻きにされた魔物たちは一塊となって、ふわふわと宙を浮いている。
ダイアナは、結界を張りめぐらす六芒星のサークルの中に、宙に浮かぶ魔物たちを、風魔法で中心まで移動させた。
──よし、いまだ!
「悪しき者らよ、お前等の棲む冥府へ速やかに戻れ!」
ダイアナは片手を上げて、大声で闇の扉を開かせる暗唱を命じた。
途端に翡翠の女神の石碑から、碧白き光線が四方八方と神殿中に煌めいた。
「「「「ぎゃあああああああああああああ!」」」」
宙に浮かんだ魔物たちは一斉に、大きく開いた闇扉の中に消えていった。
魔物が闇扉の中に次々と面白いように吸い込まれていく。
全員の魔物が吸い込まれると、魔界へ通じる穴といわれる、闇の扉も閉まり、そして消えていった。
◇ ◇
──はあ、はあ けっこう疲れたわ!
だけどダイアナ、もうひと踏ん張りよ!
ダイアナも肩で息をしている。
流石に疲れてきたのか、己を鼓舞した。
「翡翠の女神のご加護を、神殿結界よ、いざ放て!」
ダイアナは間髪入れずに神殿結界のヒールを発動させた。
たちまち神殿内は大きな大きな、結界の球体に覆われた。
とても神々しい橙色の光となって、神殿内一体に美しい膜がかかるような球体が輝き始めた。
そして、徐々に結界の橙色の光は消えていくと、今度は消えていたシャンデリアの蝋燭の明かりが一斉に灯った。
神殿内の空間はいつもの清浄で、厳かな空気がたちこめていく。
カミラの時は灰色に濁っていた四本の水晶円柱も、元の透明な光彩を取り戻していく。
こうして夏の神殿結界はかかり、魔物たちは速やかに冥界の闇へと戻っていったのだった。