15. 大聖女、神殿に戻る!王太子夫妻の断末魔!
※ 今回も、残酷な描写があります。ご注意ください。
※ 2027/4/20 修正済
◇ ◇ ◇ ◇
神殿の春の結界が消えたせいで、マリーたち巫女が球体形の結界をかけた回りだけが白く輝いていた。
後は異様に死んだカラスのような眼をぎょろっとさせた巨大な爬虫類の魔獣たちが、黒光りの鱗を光らせて何匹も神殿の壇上を占領し始めていた。
ダイアナの目の前には、大神殿の中柱ほどある大きなトカゲの巨大魔獣が一匹、アレックスとカミラを前足で掴んで壇上にそびえ立っていた。
──これが魔獣たちの姿か、なんて醜くて獰猛な姿だろう、まるで野獣だわ!
既に二人の顔は爪でひっかかれて、胴体の服も切り裂かれ体中血だらけだった。
彼等は今にも魔獣に食べられそうだった。
その巨大魔獣の後ろにも、魔獣たちが何匹もいた。
「うっ!」
ダイアナは壇上の真上を見ると、彼等を閉じ込めていた闇の扉が大きく開いていた。
──あの扉が翡翠の女神がいう冥界へと続く穴か!
そこから、次々と魔獣たちが神殿に侵入してきた。
神殿を見渡せば、その数、十匹以上はいるだろうか。
だが魔獣たちは目覚めたばかりのせいか、動きがやたらと鈍かった。
小さい魔獣などは、眠そうに目を掻いてゴロンゴロンとひっくり返った。
小さい魔獣は一度ひっくり返るとなかなか起き上がれないのか、非常事態にもかかわらず、滑稽な姿でダイアナは嘲笑したくらいだ。
それでも運の悪い人々は逃げ遅れて、ある者は踏みつけられ、ある者は魔獣に捕まっていた。
壇上は血飛沫と血だらけの川のようだった。
そこらかしこに血の匂いが充満していた。
「ぎゃあああ、助けてくれ!!」
「わあああ、死にたくないいいい!」
王子とカミラの他にも、二人の側に居た神官たちが、眼を醒ました小さいトカゲ魔獣の獰猛な前足で、捕まってしまう。
小さい魔獣とはいっても、人間のニ倍以上はある大きさだ。
「ひぃええ~」
捕まったのはあの日和見主義の神官長だった!
カミラに至っては魔力を消耗したのか、髪も瞳の色も元の茶色に戻っていた。
アレックスとカミラは、二人一緒にとても大きな獰猛な魔獣の手中にいた。
アレックスとカミラは意気消沈していたが、目前にいるダイアナにようやく気付いた。
「おお!ダイアナ……!」
「ああ! お姉さまああ!」
「──カミラ、アレックス殿下……」
「よく来てくれた、どうかこの魔獣をやっつけてくれ!」
「お姉さま〜助けて〜!お願い、私の術がなぜかここでは効かないのよおお!」
アレックスとカミラは血だらけの顔で泣き叫ぶ。
ダイアナは瞬間、二人を助けようとヒールをかけようと身構えたが、すぐにその場で立ち止まった。
「くっ……」
ダイアナは一瞬、声にならない声を上げた。
───駄目だ、二人は既に巨大魔獣に体を捉えられた!
ダイアナにはその有様がどういう意味なのか掌握していた。
余りにも残酷だが、魔獣がアレックスとカミラを掴んだと言うことは、自分の仲間とみなした事だった。
ダイアナは魔獣の臭気と、自分の纏う聖気で瞬時に彼らの絶望を理解した。
※ ※
地底の魔獣は、己と同じ悪臭を放つ生物を好んで食べると言われている。
だが──真実は違った。
魔獣は人間を食べるのではなく、魔獣は人を殺しもするが、自ら好んだ人間をお腹に飲み込むのだ。
魔獣に飲み込まれた人間は、新たな自分たちの仲間に引き入れる証だった!
実は魔獣自体も人間から見たら怪物だが、冥界へ戻れば普通の生物となんら変わりはなかった。
──冥界の生物は地上に来ると怪物になるだけに過ぎない!
ダイアナは無念そうに、二人の悲惨な姿を凝視した。
「申し訳ありません、殿下、カミラ。残念ながら私が来るのが少し遅すぎました。あなたたちは魔獣に捉まってしまった──つまり魔獣が選んだ人間を助けられない!──あなた達はそのまま魔獣として生きるしかないのです」
「な、なんだと──!」
「ひぃぃ……お姉さま、何を血迷った事を……」
「いいえ、事実なのよ、カミラ!」
「そんなバカな……信じられない」
「いやぁ……お姉さま……」
「いいえ本当のことよ!」
二人の絶望した顔を見つめながら、ぐっと拳を握りしめてダイアナは続けて言った。
「アレックス殿下、今さらいっても遅いが、なぜ貴方はたった一年くらい、私との結婚を待てなかったのか!──さすれば私は大聖女を引退してあなたの妻になったのです!」
「……ダイアナ」
アレックスは、ダイアナの悲痛な叫びを聞いて、後悔の念が全身を貫いた。
「そしてカミラ! あなたは大聖女の仕事を何もわかってはいない! 今あなたを捕まえている魔獣を地底から目覚めさせたのは他でもない、カミラ、あなたなのよ!」
ダイアナは苦しそうな表情だったが、冷静に言い放った。
『あなたの聖女の心根が、もう少し他者に向けてれば、私より何倍も立派な大聖女になれた……あなたは己の欲望に負けてしまった!」
「お姉さま……そんな事、言ってる暇があるなら早く助けて……」
カミラの表情もアレックス同様、後悔の念を抱いているようには見えた。
だが、それでもカミラは──
可愛い妹がいまにも怪物に食われるというのに、こんな時も姉は説教たれるんかい!
と堅物のダイアナに心中は憎しみで一杯だった。
だがアレックスは違った。
「その通りだよ、ダイアナ、俺が悪かった、俺が愚かだった、許してくれ……これからは心を改めよう、だからお願いだ……どうか助けてくれ~」
アレックスの懺悔を横目でみたカミラも慌てて言った。
「あ、そうよ……お、お姉さま、私も私も悪うこざいました。謝りますう……お願いだから、どうか助けて、お姉さまは私の姉でしょう!!」
とカミラの内心はともあれ、助かりたい一心でダイアナにすがった。
二人の必死の願いを聞きながらも、ダイアナの心は哀しいかな、二人への憐憫がどうしても湧いてこなかった。
ただ思うのは、この諸悪の根源を作ってしまった、元婚約者の王子と義妹の愚かさ。
尚且つ、放置した大聖女である己の責任をいたく後悔していた。
「グワァァァアアアアァァッ!」
巨大なトカゲ魔獣の雄叫びが、大神殿中に轟渡った。
すると魔獣は死んだカラスのような眼を、ぎょろっと左右に動かして、アレックスとカミラをじっと睨んだ。
「ひぃ……」
「うぁ!」
そのままアレックスとカミラはトカゲ魔獣は大きな口にごっくんと飲み込んでしまった
それはあっというまの出来事だった。
「⋯⋯⋯⋯ゥッ」
トカゲの魔獣の口が少し開き、二人の小さな呻き声が微かに聞こえた。
魔獣は「グフン……」と大きなげっぷをして腹回りをポンポンと叩いた。
ダイアナは目の前で、アレックスとカミラの断末魔を目にしたが、その表情はまったく変えなかった。
ダイアナの思いはひとつ、未だ捕まっていない神殿にいる人々を何が何でも助ける、その一念であった。




