clever clever child(epilogue)
13 years after.
オッドアイの子どもは、悪戯をするとたいてい「東王国に捨てるよ!」と脅される。
あたしはオッドアイだけど、パパとママは絶対にその脅し文句を使わない。
そのかわり「馬小屋を掃除しろ!」って怒られた。
脅されるだけの東王国より、臭くてキツい馬小屋掃除の方が、理不尽だと思うんだけどな。
腐りかけた玉ねぎで、担任の似顔絵像を作ったのがマズかった。わかってるけどさ。
担任は、ママのことをいやらしい目で見るから。懇談会の後、ママが座った椅子のにおいを嗅いでたから。懲らしめてやりたかったの。
あら、パパお出かけ? こんな時間に? 叔父ちゃんも?
あんま派手に「抗議」したらダメだよー? 校長先生の髪の毛、なくなっちゃうからね? 「転勤」くらいで手を打とうねー?
あたしのパパは西王国の伯爵家の4男だけど、貴族をしていない。
貿易船をたくさん持ってる会社で、いちゃもんを言い負かす担当……じゃなくて、顧問弁護士をしている。
ママは東王国の貴族だったけど、パパと結婚して平民になった。
結婚する前は、修道院にいたんだって。修道女に恋して帰俗させるなんて、パパもバイタリティあるなあ。
ママと一緒にデルタ共和国に帰化した叔父ちゃんも、貴族の生まれだけど貴族じゃない。うちに下宿して、警察学校で武道の先生をしている。
美人な女教官とラブラブだから、そのうち家でも買うんじゃないかな? うちの裏の空き地あたりに。
ママと叔父ちゃんは、ワガママで腹黒すぎる祖父やバカでお花畑過ぎる祖母と、親子の縁を切ったんだそうだ。
よくわかんないけど。
たまーにうちに来て、可愛い服とかお菓子とか宝石をくれる「子どものいないお金持ちの老夫婦」がソレかなーって気がしないでもないんだけど。
とにかく「東王国の貴族なんか、くそくらえ」なんだそうだ。
たしかに、検査もしないでオッドアイってだけで迫害する後進国は、排泄物を主食にすればいいのにって思う。
実はあたしは、生まれてすぐの血液検査で魔眼だってわかって、ソッコーで摘出手術をしている。
パパはグランマの養子で、本当のママはグランマの妹なんだって。グランマの妹には、会ったことがない。西王国の、精神疾患者修道病院にいるってことしか知らない。パパもグランマも、話したがらないし。
あたしの魔眼はパパを産んだママからの遺伝だね。もともとは東王国生まれの貴族だったんだけど、発見が遅れて大変だったみたい。
そりゃ、冗談でも「東王国に捨てる」なんて言えないよね。
魔眼って治療せずに放置すると、魅了と隷属が使いたい放題みたいよ? 治療済みのあたしはウソみたいにモテないけど。
この間も、学級委員のハミルくんが、レミーちゃんに告白してたし。レミーちゃんが1番可愛いって。あたしだって、それなりに可愛いのに。泣ける。
ていうか、魔眼とカンケーないママがモテる。めちゃくちゃモテる。魅了使ってない? ってくらいモテる。あんまりモテるから、毎年検査してるんだけど毎年シロだ。
だけど、モテる。女にもモテる。
西王国のグランマや伯母ちゃまたちから、特にめちゃくそ溺愛されてる。いや、あたしもだけど。
で、「子どものいないお金持ちの老夫婦」とガチ合うと、めっちゃバチバチしている。
いろいろあったんだろーなあと思うけど、あたしの知ったことじゃないし。パパとママが仲良しで幸せそうだから、いいや。
あら、肉屋のオヤジが配達に来たわ。
配達って時間じゃないだろ。あのハゲ。
パパと叔父ちゃんが出かけたタイミングを狙ったな???
ママは自分がモテるって自覚があるから、不用意に扉を開けたりはしない。パパと叔父ちゃんと伯爵のおじいちゃん以外の男の人とはほぼ喋らないのに、あっちから寄ってくるんだよねえ。
「配達ですよ。奥さん、ちょっとお話が」て。
私は藁をどかして馬小屋から抜け出し、勝手口の扉をガチャガチャやってるオヤジに抱きついた。
「オヤジさーん! 豚の尻尾、持ってきてくれたの!?」
「うわああああ!」
肉の配達とは思えない、ちょいお洒落なジレに馬小屋の汚れをべったりつけてやった。石鹸と整髪料のにおい。なぜか、花束。うん、アウトだ。
「じ、ジョゼちゃん?! な、なんで子供がこんな時間に起きて」
「ちょっとヘマして馬小屋を掃除させられてたの。オヤジさんこそ、こんな時間に配達? 豚の尻尾は?」
「あ、いや、その、こら、離れなさい」
ぐりぐり。
すりすり。
うん、完璧な馬パフュームね!
「そ、それが、豚の尻尾を忘れたんだ。取りに行ってくるよ」
「ありがと! でも配達は明日でいーよ? 今日は遅いから、豚の尻尾焼いても食べられないし」
「そ、そうだね。そうしようかな」
あたしはオヤジのジレのポケットに手を入れて、不自然に膨らんでいた箱を奪った。クラスの男子が水を入れて遊んでたブツだ。中には、成功率98%のゴムが入っている。
「次は、パパか伯父ちゃんがいる時間に来てね? じゃないと、今日のこと、おかみさんに言っちゃうからね?」
「ひっ」
「肉屋は、バラと避妊具も配達するの? ーーーってネ」
ゴムの箱を投げつけると、真っ青になって「なななな、なにをいってるのかな? こ、子どもは早く寝るんだよ」と、ワタワタしながら退散する肉屋。
里帰り出産中のおかみさんを裏切ろうなんて、太え野郎だ。
ていうか、ママとおかみさんの友情が死滅したら、記念日のターキーにありつけなくなるじゃんか! このバカタレが! 豚の尻尾、100本持ってこいや!!
そもそもママの好みは、ムキムキ肉屋じゃない。テクニック重視だって、よくわかんないけど叔父ちゃんが言ってた。真っ赤な顔でパイ皿をぶつけてたから、多分本当だ。
ママの好みは、頭が良くて正義感が強くて、悪い奴は合法的に追い詰めるインテリヤクザ……じゃなくて、娘が知ってはイケナイ何かのテクニシャンだ。
とにかく、デカい図体しか取り柄のない肉屋は論外だ。
八百屋と牛乳屋と、いつの間にか転勤したパパの上司も違う。
「ジョゼ? 馬小屋はもういいから、お風呂に入って寝なさい」
ママが、勝手口の扉を開けてくれた。
防護服にスタンガンと催涙スプレー完備って、ママったら今夜も素敵。
「はあい。あ、パパと叔父ちゃん、お出かけしちゃったよ?」
「まあ、そう。それで」
肉屋の来襲に納得したママは、娘のあたしから見てもドキドキしちゃうくらいキレイで、色っぽい。月明かりと家の明かりに照らされた笑顔は、どこか儚くて。あたしが守ってあげなくちゃって気持ちが、ふつふつと湧いてくる。
「ママ、今日は久しぶりに一緒に寝たいな。綺麗に洗うから。ダメ?」
「ジョゼの綺麗は信用できないなあ。いいわ、今日はママとお風呂に入って、一緒に寝ましょう」
呆れた顔。笑顔。くるくる変わるママの表情は、どれも、いつも、すっごく魅力的。全部の表情を見逃したくなくて、つい見つめちゃう。
それにあたし、叔父ちゃんから密命を受けてるもん。パパや叔父ちゃんがいない夜は、ジョゼがママと一緒に寝なさいって。
「夜這い」って攻撃を防げるらしいよ。よくわかんないけど。わかんないことにしてあげてるけど。
「やったあ! ママ大好き!」
うふふ。ママの1番はあたしなんだから。今夜はパパからの「夜這い」も阻止させていただくわ。
明日からグランマたちがバカンスに来るから、パパは当分ママを独り占めできなくなる。
ママの窮地を救ったのに馬小屋掃除させるパパなんか、ママ欠乏症で泣いちゃえばいいんだわ! そうね、あと1週間くらいは。
それ以上はママがかわいそうだし、あたしもそろそろひとりっ子に飽きてきたし。
その後なら、グランマにおねだりして小旅行に行ってあげてもいいかな?
パパとママはお留守番と、オグリ(馬)のお世話をよろしくね!