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decide decide darling part1


『血縁の可能性は100%』


その結果が記された一文に、絶句した。

しばし固まったままの眼前で、担当研究員が書類をめくる。


「あなたの親御さんとこの方の親御さんが、又イトコですね」


人の良さそうな研究員が、ニコニコしたまま告げた。


「100%血縁です。遺産相続の際は、こちらの書類がお役にたつかと」


「あの。兄妹じゃないですよね?」


思わず身を乗り出す。


「100%ないですねー」


あっさりとしたものだった。

支払いを済ませて外に出ると、日差しが道路の雪を照らしていた。


それにしても、帝国の冬は寒いな。

生まれて初めて雪を見た。

マフラーも、初めて巻いた。

こんなに分厚いコートも初めてだ。

そこここの広場で、焼き栗を売っている。そう腹が膨れるものじゃないけど、持っていると暖かい。


近くのベンチに座って、荷物の中から貴族年鑑を取り出した。町の書店で普通に売っていた、東王国の貴族年鑑。


エレオノーラの父アクア子爵は、王弟殿下の息子。

僕の母、ユーフィリア・レイズは皇太后の孫。

なるほど、たしかに親同士が又イトコだ。


「匿名だったのに。帝国の遺伝学、すごいな」


気がついたら、ひとりごちていた。

真冬の公園で、鑑定書と焼き栗を手に、したり顔で呟く男って、怪しいな。怪しすぎる。

誤魔化すように、焼き栗をひとつ摘んだ。

皮、剥きにくいな。熱いし。


鑑定書はコピーして一部は王都のリベラリーノ・アクア(エレオノーラの弟)に、原本は、デルタ共和国の女子修道院に送った。リベラリーノから預かった、小切手と一緒に。


エレオノーラは、これを見て何を思うのだろう。

兄妹ではなかったが、略奪婚で生まれた娘と、捨てられた女の息子である事実は変わらない。

お互いの家族に祝福されるはずだった結婚(しあわせ)は潰えたまま。


出会わなければよかった?

僕がコーラル伯爵家の養子じゃなければ、出会いを回避できた?

ジルなんて西王国人の名前じゃなくて、東国風にジルベールとかで、レイズ姓を名乗っていたら?

エレオノーラに選ばれる名誉はなかった?


だけど僕はジルで、伯母にあたる伯爵夫人を「母上」と、実の母を「お母様」と呼んで育った。

母上のこどもたちを「兄さん」「姉さん」と呼んだ。

子煩悩でおもしろい「父上」以外の父親なんて、いらない。

僕を作ったくせに他の女と浮気して、お母様を捨てた男なんか。


母は左から見ると美人だけど、右目がなくて眼帯をしている。

事故だと言っていた。

顔のことを女性に聞くのは失礼だから、こちらも追求しなかったし、母は母で自然体で気にしている様子がなかった。


食事と勉強は、本宅に呼ばれた。敷地内の森や畑を、小川や小山を兄たちと駆け回って育った。寝泊まりは母に与えられた別宅。刺繍に長けた母の家には、僕より姉たちが入り浸っていた。


どこにいても楽しくて、居場所があって、安全で、探検もピクニックもできる、満たされた楽園だった。

今は距離を置いている、もう戻れない楽園。

エレオノーラ・アクアを招待しなければ、失うことはなかっのだろうか。



僕たちは、留学先のデルタ共和国で出会った。

入学式で、お互いに一目惚れ。

でも、兄たちと遊んでばかりいた僕は、気になる女の子にどうやって声をかけていいかわからない朴念仁だった。


いつも女の子のグループにいて、必要以上に男と喋らない子。可愛くてモテる子。彼女の姿を目で追うと、多数の男と目が合った。どいつもこいつも視線の先が同じで、うんざりした。


目が大きくて、背は普通くらいで、手足が細く、小さい。

雰囲気は、甘くて柔らかい。ホイップクリームを乗せたジェラートみたいだ。

ピンクブロンドの癖毛もかわいい。気にして手直しする仕草があどけない。そのくせ、尖らせた唇と細い指先は色っぽくて、ドギマギさせられた。


こんな魅力的な女の子の視界に入れるなんて、夢にも思わなくて。それも、まさかの両思いだなんて。

彼女の友達に曰く「意識しているのが丸わかりなのに、お互いに気がついてなくて、カユい」らしい。

男のツレにも言われた。「おまえらが結婚しないと、オレたちの片思いが成仏できねえ!」と。


海岸線が見える空中庭園に呼び出して、彼女に告白した。


「出会った日から、ずっと好きでした。付き合ってください」と。


その日の朝に、寮の庭に咲いたリラの花を捧げて。

エレオノーラは海の色の瞳に涙をためて、白い頬を真っ赤に染めて、震える手で花を受け取ってくれた。


「わたしもです。ずっとお慕いしていました」


可愛すぎる! 抱きしめた瞬間、空中庭園の鐘が鳴った。

隠れていたクラスメイトが総勢で祝ってくれた。男子には小突かれたし、女子は花びらを撒いて祝福してくれた。

潮風に散った花びらがキラキラ輝いて、空高く舞い上がった。

鐘を鳴らしまくった室長は、あとから職員室に呼び出された。

全員で謝りに行った。

丸い眼鏡の担任にひとしきりお説教された後、その縁をちょんとあげて「君たち、ようやくかね」と微笑まれた。

職員室でも歓声があがり、今度は担任が校長に怒られてしまった。

怒っていたけど、目はいたずらに笑っていた。「結婚式には招待しなさいよ」とか言われた。


付き合い始めた彼女は、果てしなく可愛くて。どこまでも愛しくて。何もかも奪いたいし、何者からも守りたい。

柔らかな髪を撫で、肩を抱けば、目を細めて身を寄せてくれた。


デルタ共和国は自由恋愛の国だから、結婚の約束をしてもしなくても結ばれるカップルが多い。

でも僕は、母を傷つけた最低野郎と同じにはなりたくなかった。

唇のキスは婚約してから。

結ばれるのは、結婚式の夜。

古式ゆかしい東王国の流儀に従った。

今思うと彼女と交わした抱擁って……キスより淫らだった気がするけど。 

常夏のデルタは制服も私服も布地が薄い。強く密着すれば体の形や変化がわかる。耳元で愛を囁きあっては、衣擦れを愉しむように角度を変え、むさぼるように抱き合った。


今でもはっきりと思い出せる。体が覚えている。

彼女の息遣い。服の、髪の、肌の香り。しなやかな手の動き。自分には存在しない固さに触れた瞬間の、戸惑いと羞恥。

「ジルの、全部が好き」と言ってくれた、甘い声。




僕たちが決別したのは、夏の終わりの午後だった。

作り物みたいな入道雲が、空一面に広がっていた。

あの日の我が家は、西風が涼しいからと、玄関からリビングまで扉を開け放していた。


紹介したい人がいると、前触れを出した。

将来を誓った恋人だ。家族みんなに会ってほしいと。

我が家の恋愛は独自にリベラルで「本人に犯罪歴と浮気の過去がなければオールOK」だ。

兄や姉たちが恋人を連れてきた時もすぐに打ち解けたから、例外が存在することに思い至らなかった。


僕はなんとなくエレオノーラを東王国風にエスコートした。

リビングにお茶を用意していた伯母は「まあ」と微笑み、姉たちは「とても可愛い子だわ」「ジルったら、とろけそうじゃないの?」と、腕をつつきあった。

母だけ、怪訝な表情で身を固くしていた。


「初めてお目にかかります。東王国から参りましたエレオノーラ・アクアと申します」


こちらは西王国風に挨拶をしたエレオノーラ。

パチパチと手を叩く伯母と姉たち。


「コーラル伯爵家を取り仕切るジョー・コーラルですわ。上の姉がエラで下の姉がアナ。こちらが私の妹で実の母親の……」


「立ち去りなさい! 淫売が!」


声を荒げたことのない、大陸の貴族らしく鷹揚な母が、テーブルを叩きつけて置いて立ち上がった。そして手にした茶器を、水差しを、美しくセットされた茶菓子を、手当たり次第エレオノーラに投げつけた。


「私のジルにまで手を出すなんて! 死ね! 今すぐ地獄に堕ちなさい!!」


ものをぶつけられ、熱い紅茶を浴びたのは、咄嗟に盾になった僕だけど、エレオノーラは酷い暴言を浴びた。

慌ててハンカチをくれたエレオノーラの、泣きそうな困惑顔。


初動は遅れたが、そこからの伯母は冷静だった。

礼儀を欠いた母を冷たく叱責し、侍女たちを呼んで別宅に移動させた。さらに、泊まる予定だったエレオノーラを近郊のホテルに避難させた。


少々所作が大雑把で、娘に「叔母様を見習ったら?」と嗜められるが、非常時の伯母は毅然とした伯爵夫人だった。


では、母は?


本当に、歴史ある侯爵家に生まれ、蝶よ花よと育てられた令嬢だったのだろうか。

あれだけ癇癪を起こしながら、命中率もすごかった。

投げ慣れていたのかもしれない。エレオノーラと同じ髪の色の女性に。



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