表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王少女サイカの英国武士道記  作者: 三河 悟
Episode.1:The Phantom Maze
7/52

失恋は嫌なので、耐久力に極振りしたいと思います

特撮史上、私が最も好きな名場面をリスペクトしていマス。

 それからそれから。


『ギュヴェアアアアッ!』


 立ちはだかるモンスター。

 体長約六メートルくらいの、どう見てもウーパールーパーとしか思えない姿をした怪物。両生類だからか、全身にヌルヌルとした粘液を纏っている。

 所謂、火の精霊――――――サラマンダーである。


 ……えっ、火の精霊なのにどうしてヌメ○ゴンなのかって?

 火の欠片もない上に粘液を纏う両生類なんて、むしろ水の精霊だろ、この野郎ってか?


 よーし、勘違いしている貴様らに教えてやろう。

 本来のサラマンダーは、火を吐くどころか自ら発熱する事すら出来ない。単に“低い体温と耐熱性の高い粘液のおかげで火の中でも生きられる”だけだ。同じような姿と能力を持った(つまり収斂進化した)火竜「ファイア・ドレイク」と混同されたに過ぎない。

 つまり、四大精霊を正しく属性分けすると、


・ドワーフ:地

・ウンディーネ:水

・シルフ:風

・サラマンダー:水(もしくは毒)


 ……明らかに一匹だけ浮いている上に、ウンディーネと属性が被っている。

 パラケルススは何を考えてこんなゲテモノを精霊界の四天王ポジションに加えたのだろうか。イフリート(アラブ出身の炎の魔人)とかでいいじゃん、もう。

 事実、最近のファンタジーは火属性の席はイフリートに譲る事が多く、サラマンダーは何となく火を吹く魔獣扱いをされがちである。

 そんな、スタメン落ちして久しいサラマンダーが、目の前にいる。伝承通りにジメジメした所でヌメヌメしている。

 ただ、このサラマンダーは混血なのか突然変異なのか、火を吹く能力があるようだ。


「ユダちゃん、GO!」

『【火炎放射プロミネンス・ナパーム】!』『ギュヴェアアアッ!?』


 だが、刑天(神様)の血を引く神童が放つ炎に、大道芸人の火力で勝てる筈もなかった。真っ向から火炎を吹き返され、サラマンダーが燃え上がる。粘液でガードはしているが、威力的に燃え尽きるのは時間の問題だろう。水タイプなのに。

 ちなみに、今のユダは元の美女に戻っている。火を操れるのをいい事に、自分で自分を燃焼して痩せたらしい。便利だな、おい。後でお姉ちゃんにもやり方教えろ。


『よしっ、今だ、【従属魔法(モンスター・テイマー)】!』『ギュゥゥゥゥ……』


 と、ユダが【従属魔法】を発動させ、見事にサラマンダーをテイムした。


『サラマンダー、ゲットだぜ!』

「いや、ポ○モンみたいに言うなよ……」

『だって、ワタシだけ乗れないなんて嫌なんだもん!』


 さらに、ぶつくさと文句を言いながら、その粘液だらけの背中に跨る。ヌチャリ、と嫌な音がしたが、鎧を着ているから気にならないのだろう。

 そう、今の僕たちは、使い魔に跨っている。ユダは今捕まえたばかりのサラマンダーに、


「おら、キビキビ歩け!」『うにゃ~』


 僕はマンティコアの兄――――――カルマの背に、


『バフリ~ン』


 すっかり小さくなったスップリンは、僕の頭上に、


「……何か悪いな」『ううん、いいのー』


 カインはマンティコアの妹――――――アルマのお背中に。それもグッタリとうつ伏せに。

 どうしてこんな事になったのか。それを知るには、数時間前に遡る必要がある。


 ◆◆◆◆◆◆


 不思議な空間、「インガの森」の真ん中にて。


「ぶはっ!」『死ぬかと思ったでごわす!』


 灰の中から顔を出す僕たち。あの広大な太古の世界は跡形もなく、荒涼とした大地に死の灰が降り積もるばかり。

 さすがは【爆裂魔法マジカル・エクスプロージョン】。人類最強の破壊兵器という謳い文句は伊達ではない。


「………………」


 その使い手は、今現在ぶっ倒れているのだが。指一本、動かせないようだった。


「おーい、大丈夫か?」

「全然だいじょばない」

「そりゃそうだよねぇ」


 【爆裂魔法】はその威力と引き換えに、べらぼうに魔力を浪費する。どんな大魔法使いでも、一度撃てばこうなるだろう。というか、並みの魔法使いでは発動する事すら出来ない。

 全世界全地球全宇宙が認める、史上最強のロマン兵器。それが【爆裂魔法】の実態である。

 まぁ、こんな水爆みたいな魔法をポンポン唱えられたら、それこそ世界最後の日なのだが。


「でもまぁ、おかげで助かったよ。手を貸そうか?」

「是非そうしてもらいたいね。出来れば辺獄まで送って欲しいな」

「へいへい。おーい、そこの珍獣ども!」

『にゃう!?』『ばれてたー!』『バフゥ……』


 少し離れた所にある何かの残骸に向かって叫ぶと、陰からあのマンティコアたちが姿を現した。すぐ傍に大分小さくなった通常形態のスプリガンもいる。

 おそらく、スプリガンが【爆裂魔法】を食らいながらもマンティコアたちの盾になったのだろう。で、ギリギリ核だけは生き延びたから、あの大きさ(手乗りサイズ)に自己再生したって感じか。

 何れにしろ、ここまで弱ってしまえば、【従属魔法】に抗う術はない。


「ほーれほれ、【従属魔法】~♪」

『『ひゃ~っ!』』『バフゥ~ン!』


 こうして、僕はマンティコア兄妹とスプリガンをゲットした。

 その後、罰ゲーム兼ねてカインを辺獄まで乗せて歩く事になり、お互いに自己紹介しつつ、迷宮の中層を目指す運びとなった。

 途中、思い出したようにユダが元通りになったり、スップリンの本名がロキュル・ビューレイスト・ヘルブリンディというやたらカッコいい物だと知ったり、ユダにおねだりされて【従属魔法】の使い方を教えたり、僕たちがここに来た目的を話したり、経験値を稼ぐ為にエンカウントした魔獣をサラマンダー以外は皆殺しにしたりと、色々な事があった末に「サラマンダー、ゲットだぜ!」な現在に至る。


 ◆◆◆◆◆◆


 そして、更に一時間後。


「ここが辺獄か……」

 

 ようやく目的地である辺獄に到着したのだが、


「……見間違いかな? 「わくわくリンボランド」って書いてあるんだけど?」

『「ふれあい幼稚園」とか「第七号」とも書いてあるねー』

 

 どこからどう見ても、超大規模なキッ○ニアだった。

 文化がアレなので“子供向けの大江戸村”とも言える。「おはなやさん」とか「ほんやさん」だけでなく「すしや」まであった。十六夜の店長、絶対にここの出身だろ。

 街の中心部には天をも貫く金字塔が立っており、その先端から展開した魔法障壁がエリア全体をカバーしている。例えるなら、ドーム型のバリア都市だ。

 そんなバリア都市の中は、僕と同い年くらいの子供で溢れ返っていて、それぞれが好き勝手に“大人ごっこ”を楽しんでいる。何とも平和な光景だけど、この子ら死人なんだよねぇ……。

 あと、かごめかごめで遊ぶな。じわじわ来るものがあるから。


「何というか、噂以上の有様ねぇ」

『……って言うか、お姉ちゃん。「第七号」って事は、辺獄ってまだあるの?』

「うん。確か全部で四十八ヶ所あったはず……」

『お遍路かい』


 まぁ、子供はこの世にいっぱいいるし、いっぱい死ぬからね。

 

「あー、もふもふだー!」

「プリンだー!」

「キミたち、あたらしいなかまー?」


 と、さっそくちびっ子たちが集まってきた。あっという間に完全包囲されてしまう。


「あのねぇ、私はこう見えても魔女なのよー?」

「そうなんだー」「でもへんなかっこう」

「やかましい!」

 

 周囲から浮いている事ぐらい自覚してるわ。止めてあげないけどな!


「ごめんなさーい」

「うん、素直でよろしい」

「だけど、ぼくたちとおなじくらいなのにまじょなんだー」「えらいねー」「まえにきたのはおねえさんだったのにねー」


 今の聖人役は魔女が代行してるからな。そうでなくとも、僕くらいの年で魔女なのは珍しいのだろう。まだ見習いだけどね。


「それよりほら、お前らんとこの……」

「あ、カインおにいちゃんだー」「まじょっことでーととかずりー」

「いや、デートじゃないから……」

「えー、あやしーいー」「りあじゅうばくはつしろー」


 カインを引き渡すと、すぐに揉みくちゃに弄られた。おやおや、人気者じゃないか、カインくん。

 と、その時。


「――――――っととぅっ!?」


 突然、地面が揺れだした。結構大きい。立っていられないくらいだ。


「きゃーっ!」「わーっ!」「うひゃーっ!」


 ちびっ子たちも大混乱。


『わにゃー!』『みきゅー!』『プリンプリン!』『ギュヴェアアッ!?』


 ペットたちも大混乱。


『……ここ、崩れたりしないよね!? ねっ!?』


 義妹は僕の後ろで縮こまっている。相変わらずビビりで何より。


「……おっ、治まった」


 約一分程揺れていたが、徐々に弱まっていき、やがて止まった。幸い物が少々倒れた以外の被害はなく、怪我人もいない。


「……いや、オレ看板が直撃してるんですけど」

「仕方ない」

「仕方なくねぇよ!」


 いないったら、いない。ともかく一安心である。


「それにしても、最近多いなぁ、地震」


 ようやく動ける程度に回復したらしいカインが、肩や首をコキコキ鳴らしながら呟く。


「そうなの?」

「ああ、ここの所毎日さ。それに変な噂も流れてるし」

「変な噂?」

「何でも、夜な夜な鎧武者が現れて、一人歩きしてる子供から金を巻き上げるんだと」

「ふーん……」


 何そのチンピラ、意味分からないんですけど……と言いたい所だが、なーんか聞き覚えあるんだよな、その話。何処でだっけ?


「オレはまだ見た事ないけど、実際に被害も出てるらしい。それにこの地震だ。さすがに放置する訳にもいかないから、役所に相談に行ってたんだよ」

「ああ、だから迷宮をうろついてたのか」


 辺獄のOBであれば、迷宮の出入りなどお茶の子さいさいだろうからな。

 それにしても、地震にカツアゲか……やっぱり何か引っ掛かるな。何だろう、この喉まで出掛かってるのに思い出せない、もやもやした感じ。


「――――――んで、結局役所は動くの?」

「明日にでも調査員を派遣してくれるって」「かいんおにいちゃん、まじっくぽーしょんだよー」「うん、ありがとう」


 答えながら、高級な魔力回復薬(マジック・ポーション)を何本も何十本も一気飲みするカイン。どんだけ容量あるんだよ。さすがロマン砲の使い手。


『辺獄も辺獄で大変なんだねー』

「いや、事はそんな簡単な話じゃなさそうよ」

『えっ?』

「……いい、ユダ? 辺獄は地獄の直轄地なのよ?」


 ついでに天国との共有地でもある。

 だので、超強力な結界で守られているし、定期的にパトロールも行われている。おかげで、迷宮の魔物が紛れ込む事は万が一にもあり得ない。

 だからこそ、おかしいのだ。地獄の魔王たちや天国の天使どもが目に掛けているこの地で、何故こうも事件や異変が起きている?

 ここまでフラグ立っておいて、カツアゲ事件と地震が無関係って事はないだろう。誰かが故意的に引き起こしている、と考える方がしっくりくる。

 考えられるのは、内部――――――つまり、魔女による犯行である。パトロールも現場管理も基本的にはお役所の仕事なので、職権乱用ぐらいは出来るかもしれない。

 とは言え、死の斡旋役である魔女が、地獄と天国のお膝下である辺獄で不正を働いてもメリットはないし、そもそもカツアゲしてどうなるって話だ。横領した方がよっぽど儲かる。

 それにさっきからずっと気になっている、出そうで出ない記憶の引っ掛かり。僕、絶対この手の話を聞いてる筈なんだよなぁ。

 うーん、何処でだっけ……そんな最近の記憶じゃないし――――――、


「あっ……思い出したぁっ!」

『えっ、何を?』


 ――――――まさに、その瞬間であった。


『ガァヴォルァアアアアッ!』

『コォギュィイイイイイヴ!』


 地面を突き破って、二体の妖怪が湧いて出たのは。

 身長約三メートルの、重厚な甲殻に身を包んだ人型生命体。一方は男性的な赤い鎧武者、もう一方は女性的な青い足軽のような姿をしている。体格の差も著しく、赤い方は下半身が、青い方は上半身(というか両腕)が野太かった。色々と違う二体だが、逆三角形の眼帯のような感覚器官が付いている、という共通点がある。

 彼らは一体何者で、何故現れたのか。

 その答えを僕は知っている。否、今更ながら思い出せた。


 ――――――彼らの種族名は「(えんじゅ)の邪神」。日本固有種の妖怪である。


◆『分類及び種族名称:鉄鋼愧(てっこうき)=槐の邪神』

◆『弱点:眼帯型感覚器部分』


『……って、妖怪!?』

「そう。カブトムシが変異して生まれた、通りすがる人間から金品を巻き上げる欲深な妖怪よ」


 現在の山梨県辺りに出現した妖怪であり、古びたお堂や祠に居座り、通行人からカツアゲをするのが特徴。特に槐が生えている場所を好んで居付く事が多く、名前の由来にもなっている。


『でも、何でカブトムシなのにカツアゲ?』

「あいつらは身体が鋼鉄で出来ているんだ。つまり、巻き上げた貴金属で自分の強化するのが目的ね」

『……それは生物と言うんですか。ロボと言うんじゃないですか』


 それを言っちゃお終いよ♪

 しかし、こいつらも最初からフルメタルという訳ではない。最初は有機物と無機物の混合生物なのだが、成長の過程でどんどんメタル化し、最終的に金属生命体になってしまうだけだ。

 ここ最近続いていた地震は、幼虫が土中の鉱物を食い荒らしていたか、羽化した成虫が互いに呼び合っていたか、どちらかだろう。カツアゲが横行していた事を鑑みるに、後者かもしれない。


『ガヴォォオオオッ!』『コォギィイヴヴ!』


 すると、二体の槐の邪神が出会って早々に殺し合いを始めた。


『ガヴォォオッ!』

 

 赤い方が口(っぽい場所)からプラズマ化した炎をジェットの勢いで吹き出す。青い方は転がって避けたので問題なかったが、軸線上の建物が隣三十軒まで大火事になった。

 

『コォギィイイイン!』

 

 反撃とばかりに、青い方が口(かもしれない位置)から白っぽいガスを噴出する。こちらも赤い方が躱したので、代わりに後ろの商店街が瞬時に溶解する。どうやら強酸性の有毒ガスを吐いているらしい。

 

『ガグヴォォォォッ!』『ギィィギュゥゥン!』

 

 さらに、体勢を立て直した二体が組み合い、押し合い、殴り合う。その度に大地が揺れ、家々が次々に崩壊した。


『――――――って、いきなり何してんのこいつら!?』

「求愛よ」

『求愛!? こいつらカップルなの!?』

「赤い鎧武者が雄で、青い足軽の方が雌ね。槐の邪神は求愛の儀式として、お互いの硬さを競い合うの。で、雄が雌を屈服すると交渉成立。ようするに、“軟な男に興味ない”って事ね」

『何その脳筋なお見合い方法……』


 そんな事を言われても。

 というか、そんな事を言ってる場合じゃない。


『ギィィィュゥウン!』『ガヴォルァアッ!』

 

 雌がその野太い腕の力任せに、雄を投げ飛ばした。可愛いデザインの子供病院が脆くも崩れ去り、土煙を上げる。

 

『ガァアアッ!』『コギュゥウン!』

 

 そして、ほぼ同時にプラズマジェットと有毒ガスが放たれ、相殺して爆発。瓦礫さえもぶっ飛ばしながら、二体は暴れ続ける。俺たちの恋心はまだまだ燃え上がぞ、とばかりに。

 このまま彼らの求愛の儀式が続けば、間違いなくこの辺獄は消滅するだろう。


「皆、こっちだ! 急げ!」「こっちだよ!」『皆、お姉ちゃんに付いてきてー!』

「うわぁーん!」「きゃー!」「こわいよぉ!」『『わきゃーん!』』『バフーッ!』『ギュヴェアアアッ!』


 カインが必死に避難を呼び掛けているが、正直間に合う気がしない。僕たちも手伝っているけど、徒労に終わるような気がしてきた。

 ……って、おい。何どさくさに紛れて逃げようとしてんだ、従魔ども!


「くそーっ、このままやらせるもんかー!」「くらえー!」

「あっ、馬鹿、よせっ!」

 

 と、正義感が人一倍強そうな子たちが、恐怖を抑えて戦いを挑む。二人の掌から雷と爆炎が放たれ、見事に命中した。

 

「ぼくたちも!」「わたしたちも!」

「何してる、早く逃げろ!」

「「「「うりゃーっ!」」」」


 さらに、もう二人加わり、次々と魔法を放つ。威力は素人にしてはそこそこと言った程度。


『ガグルヴォアアアッ!』

『ギィィギュゥヴヴン!』

 

 当然、その程度では何のダメージにもならず、どころか怒らせてしまったようで、槐の邪神たちが殺し愛を一旦中止して、子供たちに襲い掛かってきた。絶対に勝負にならず、確実に死人を出すだろう。


「くそっ……【爆裂魔法】!」

「うわマジか! ユダぁ!」『合点テン!』


 カインは舌打ちして、せっかく回復させた魔力を使い切り、必殺の【爆裂魔法】を放った。こちらに被害が及ばぬよう、僕たちで魔力障壁を張っておくのも忘れない。

 眩い閃光と轟く爆音、壁越しでも伝わる常軌を逸した熱量。ついには耐え切れず障壁が崩壊して、またしても何もかもが吹っ飛んだ。ホント、迷惑でしかないな、この魔法!

 ともかく、これで終わり――――――だったら、どんなに良かった事か。


『ガヴォォォ……』『コギュヴゥゥン!』


 薄れゆく爆炎の中で蠢く、二つの影。そこにはボロボロな雄と完全に無傷の雌、恋する二体の槐の邪神だった。

 たぶん、雄が覆い被さるように雌を庇ったのだろう。満身創痍となった雄を、雌が哀しそうに抱き締めている。


『ガヴォ……』『………………!』


 そして、互いに手を握り合い、愛を確かめた後に、雄は雌の胸中で生命活動を停止、死んだのだ。ご愁傷様である。


「えっとね、一言だけ言わせて。……何で原形保ってんだよお前らぁ!」


 そんなお涙頂戴な場面で申し訳ないが、突っ込ませて。

 何で【爆裂魔法】が直撃したのに五体満足なんだよ。雄は盾になったせいで死んだようだが、そもそも核兵器がクリティカルヒットしたのに原形留めてる時点でおかしい。インチキ強度も大概にしろ!


『ギィグゴォオオオオッ!』

「うへぁっ!?」


 ヤバい、雄を殺されて怒り狂った雌が向かってきやがった!


「ぐっ……!」


 カインはもう動けない。僕たちの背後にはまだ子供たちがたくさんいる。


「仕方ねぇなぁっ!」『お姉ちゃん、ワタシも!』

『ギグゴガァアアアッ!』


 そして、(メ○モった)僕とユダは、槐の邪神の雌と組み合った。


『ゴギュヴヴヴン!』

「ヤロウ、馬鹿力め!」『うぐぅっ!』


 だが、すぐに押され始める。向こうは片腕ずつで、こっちは全身使ってんのに。

 くそっ、火力はそこまででもないのに、身体能力と身体強度が高過ぎるんだよっ!


『『【奇跡融合】!』』『キャァアアアアッ!』『ギュヴェアアッ!』


 すると、さっきまで逃げ腰だった従魔たちが、戦闘形態になって加勢してきた。

 とは言え、先刻のダメージがまだ癒えておらず、マルバス化したマンティコア兄妹は息を切らせているし、スップリンは精々大人程度のサイズしかなく、サラマンダーに至っては火の粉しか吐けていない。無理をしているのが丸分かりだった。こいつらにも魔力回復薬を飲ませるべきだったな。


『ギグゴガァアアアッ』

「うげっ!?」『ひぐぅっ!』『ギィアアアッ!』『アギャアアアッ!』『ギュガヴォッ!』


 対する槐の邪神の答えは、ドッチボールだった。ボール僕とユダなっ!

 マンティコア兄妹、スップリン、サラマンダー、再起不能(リタイア)


『ギィグゴォオオオオッ!』


 さらに、強酸性ガスで追撃。青白い死の気体が僕たちに迫る。


『お姉ちゃんはワタシが守る! 【獄炎乱舞ブースデッド・ヘル・フレイム】!』『ギゴァッ!?』


 しかし、土壇場でユダが【獄炎乱舞】で反撃。逆に槐の邪神を火達磨にした。

 【従属魔法】のついでに教えておいた僕の前世における必殺技の一つを使うとは。素晴らしい戦闘スキルだ。お姉ちゃんは嬉しいぞぉ♪

 そして、ナイスアシストだ。さすがにこれ以上は戦力にならなそうだけど、それでも役目は充分に果たしてくれた。

 これで、僕もアレを撃てる。

 山のような巨人も一撃で滅ぼす、今世における必殺技――――――【混沌の終焉(カオス・エンド)】を!


「天・地・開・闢……ティリャアアアアアッ!」


 赤紫色の破壊光線が、槐の邪神の青色ボディを穿つ。【爆裂魔法】とは一味違う、一転に凝縮された破滅の光が絶対的な死を執行する。


『ギッ……ゴァアアアアッ!』

「うっそだろオイ!」


 だが、信じられない事に、弱点の眼帯部分に直撃させたにも関わらず、槐の邪神が強酸ガスで反撃してきた。そんな馬鹿な。

 これでもう、今日は【混沌の終焉】を使えない。魔力残量云々ではなく、それを制御する為の神経が疲弊しきっている。もう一度撃とうとしても、不発に終わるか、暴発して僕自身が木端微塵になってしまうだろう。そもそもポンポン撃って良いもんじゃないからね、これ。もう二発目だから。

 今の僕に出来るのは、残った魔力をフルに使い、切れてしまうまで【混沌の覇者(カオス・グリード)】を撃ち続ける事のみ。

 しかし、反撃してきたとは言え、槐の邪神のダメージも相当な物のはず。現に眼帯部分は融解しているし、全身が焼け爛れている。勝ち目はまだある。


 ……よし、勝負だ槐の邪神。どっちが先にくたばるか、根競べしてやらぁっ!


「【混沌の覇者】!」『ガヴォッ!』


 まずは一発目、右肩にヒット。くそっ、疲労で狙いがブレた!


『ゴギュィイイッ!』「ぎゃああっ!」


 槐の邪神の反撃。僕の右脚の肉を抉る。このヤロウ!


「死ねぇっ!」『ギギィヴン!』


 激痛に耐えながらの二発目。今度は左胸に直撃した。融け掛かっていた装甲が吹き飛び、内臓が露出する。


『ゴァアアッ!』「あぐぅぅ……うげほっっ!」


 それでも、槐の邪神は攻撃してきた。マズい事に左脇腹をゴッソリと溶かされてしまった。こ、な、く、そぉおおおっ!


「ウガァアアアアアアアアッ!」

『ガゴァッ!』


 さらに、血反吐をぶち撒け、鼻血と血涙を垂れ流しつつの、三発目。さっきの傷口近くに当たり、臓器の殆どを爆散させた。


『ギィィイイイイイイイイッ!』

「うごほっ!?」


 しかし、槐の邪神は執念で、最後の力を振り絞って、ガスを浴びせてきた。どこにそんな力が……!

 ヤバい、右の肺が、持っていかれ、た……息が……意識、が……ぁ……っ!


『お……お姉ちゃぁああん!』

「……、…………、――――――っ!」


 だが、義妹の必死な叫びで我に返り、僕はピクピクと痙攣するばかりの槐の邪神へ駆け出した。そっちが最後の力を振り絞るのなら、こっちもそうするまで。


 僕の全身全霊全力全開零距離射撃のぉ、【混沌の覇者】をぉっ、食らいやがれぇぅあああっっ!


「……ィ、ィァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

『ガゴギァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』


 弱点である眼帯部分をもう一度、それも密着状態で焼き直された槐の邪神は、ついに息絶えた。ここまでやっても、死体がまだ人の形を保っているのには、最早脱帽するしかない。

 とにもかくにも、ようやく終わった。

 僕たちの、勝ちである。


「………………」


 そして、完全に力尽きた僕は、その場で倒れ伏せ、意識を手放した。

◆槐の邪神

(鳴き声:雄→三億五千年前という中途半端な時期に宇宙から飛来した青い悪魔 雌→同時期にやって来たライバルで最終的に自分と同じ名前のアイスになっちゃった赤い悪魔 雌(ぶち切れ状態)→メタル星出身なのにドジしか踏まない阿保の子)


 信仰を失った祠などを好んで棲み処とし、夕暮れ時になると巣を出て近くの通行人から金品を巻き上げる、限りなく俗な妖怪。だが最後に狙った獲物がマズかった(何と神様が依怙贔屓している村一番の好青年だった)せいで、天罰覿面されて焼死した。エイメン。

 正体はカブトムシの変異体で、自身の戦利品として金属を好んで集め、その後は自らの装甲を強化するために吸収する。

 また、年に一度だけ雌とお見合いをするのだが、このお見合いは手合わせのような意味合いが強く、「雌を屈服させる程の強さ」の雄しか交尾出来ない。趣味の貴金属集めもこの為である。

 英国は日本以上に神話級のレアメタルがたくさんあるので、それらを吸収し続けた結果、耐久力だけならオリハルコンやアダマンタイトを凌駕する化け物になってしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ