59話 空亡
【TIPS】
この世界に魔王と言う存在はいない。
当然勇者という存在もない。
身体が動かしにくい。
まるで錆びた機械のように動かすたびに身体がギチギチとなっている気がする。
間違いなく凍えているなとどこか他人事のように思っていた。
雨のように身体を濡らす霧に、どこからか流れ込んでくる冷気で身体が冷え切っていた。
こういう時、火のようなものが起こせればと思った。
ライターなどが無くても魔法があれば火も起こせるんだがと思ってから苦笑する。
魔法が使える世界にいてもどうやら、だめらしい。
しかし、正直、本当にまずい状態だ。
調子は最悪で頭もだんだん回らなくなってきているし、ティルトニクスは使えない。
他の魔法も封じられている状況。
運ゲーと言えるがアグリシアを撃つしか無い、というぐらいには追い詰められてしまった。
全く、俺の戦いはこんなんばっかりだな。
もっと楽にさせてくれてもいいものを、なんて愚痴を零す。
あぁくそ本格的に頭が悪くなっている気がする。
言っても仕方ねえ、足掻けるだけ足掻くしか無い。
「当たって、くれよ…… 【軌跡を……喰らえ、驕れる……もの】」
がくんと身体が重みを増す。
今までヤドリギで吸い取られた魔力の消費、二発目のアグリシア。
その消費分は弱った俺の身体に予想以上のダメージを与えているようだ。
光の龍が現れ、何故かちらりとこちらを見たような気がした。
『せやな、もうそれしかないなあ。……とはいえ、当たったら終わりやからこっちも気は抜けんのやけど。ここまでしてまだこれとは恐れ入るわほんま……』
感嘆した様な声をあげるアリス。
撃つのは、どこだ。
前か、後ろか、右か、左か……上、と言う線もあるか。
単純計算すれば確率は5分の1。
実際、避けられることを考えればもっと下がるだろう。
「ふう…………正面上だ、アグリシア!」
だが、そのどれでもない選択肢を選ぶ。
根拠は、単純だ。
もし俺を試すということであれば、後ろや横からではなく正面から見たいのではないか、と言う推測。
しかし単純な正面では攻撃に当たる確率も高い、であれば上という予測。
光の龍が霧の向こうに消える。
どうなったのか、その結果は。
『…………見事やね』
そんな声が聞こえた。
それに対して俺は笑みを浮かべた。
「あぁ……だめだったか」
三発目を撃つ魔力は合っても、撃つ体力がない。
一見別物に見えるが、魔法を打つにも体力も使うのだ。
使うと言っても物理的に消費しているわけではなく、例えばゲームをやっていても身体は使っていないが疲れは感じる、そんなイメージだ。
そして、アリスの声が聞こえたという事は結果はわかっている。
『確かに、そこに居たで。さっきまで、な。最後の勝負を仕掛けてくるなら、多分当てるやろうなと思って位置を変えて正解やった』
そこまで読み切られちゃ仕方がない。
これは、アリスの対策が上手かったという事。
全く、優勝なんて大言を吐いておきながら予選落ちだなんて、あいつらに言ったらどうなることやら。
身体も、だいぶ重い。
無理に限界まで粘る必要はないだろう。
俺は降参をする事にした。
「今回の借りは……いつか返すからな」
それだけ言い放って。
それに対してアリスは少し笑って
『いつでも待ってるで』
と、嬉しそうに言った。
そうして俺の新王戦はあっけなく、予選敗退という結果で終わってしまった。
その後、ティリアス、アルマダ、マキナに大層怒られた。
何で負けたんだとか、あんなにかっこよく決めておきながらと言いたい放題だ。
俺は珍しく何も言い返せない。
「魔王剣・空亡」
そう、なるはずだった。
俺の口から漏れた言葉と、振るわれた黒い剣。
その一撃は
───全ての霧を消し飛ばし、空の雲すらも切り裂いた
なんだ、今のは。
勝手に、俺の手と口が動き、そして黒い光が空へと飛び出し、霧という霧を吸い込み消しながら空へと斬撃となって飛んだ。
光羽に近いような三日月の様な魔法。
だが、その威力や範囲はまるで違う。
その三日月は、闘技場を縦断するように巨大だったからだ。
『な、なんや、今のは……かすっただけで、ウチの防護魔法が全部引っ剥がされたで……!? い、いやそれよりも、ウチの、知らん魔法……!?』
驚きを隠せないアリスだったが、俺も驚きを隠せなかった。
自分でやったことがわからないのだ。
なにかと思っていた瞬間だった。
『トゥのやつ、随分と弱ってやがんなぁ。まあ? おかげで、俺様が表に出ることが出来る』
脳裏に響く声。
聞き覚えが、あるきがする。
『あぁ、宿主さんよ。始めまして、紹介しておこうか』
驕り高ぶったような声。しかし声自体は女性のもの。
そうだ、これはかつてギルドでアリスが武器を向けられ、まるで俺に違う感情が入ってきた時に、まだ早いと、声をかけた声。
トゥールーは言っていた。それは。
『俺様はリズ。トゥの片側、反面、裏……そして』
もったいぶった様な声で、一拍のための後言った。
『白の王の対であり敵。黒の王だ』




