23話 お城のルールは守ろうね
「吸血女王か……その、どんな人なんだ? エクレアさんの主、えっと、シルヴァリアって言ってたけど」
その言葉に頷くエクレアさん。
「はい、非常にお強く、またお優しい方で御座います。吸血女王、と言う呼び名は少し恐々と感じられるかもしれませんが、貴方方に危害を与える事は無い事は保証致します」
ほう、そこまでエクレアさんが言い切るか。
とはいえ、若干人間不信な俺は完全に言葉を信じることはできなくなってしまった。
大人になるって悲しい事なの。俺も汚れちまったな。
「ただ、この城には5つのルールが存在しております。この城に入ったもの全員に適用されますので、ご注意を。勿論貴方方が破る様な人では無いので心配はしておりませんが、決まりとしてお話させて頂きます事をご了承下さい」
そう言って一度頭を下げて、エクレアさんは話し始めた。
その、五つのルールを。
「一つ、城のモノに危害を与えないこと
二つ、主には逆らわない事
三つ、不埒な真似を働かない事
四つ、無礼な真似は働かない事
五つ……」
最後の一つを、一度息を止めたと思うと強い視線を向けこう言った。
「五つ……謎を解きし者に主と城の権利を与える。以上で御座います」
……?
謎を解く?
「最後のは、ルールなのか?」
「はい、契約に基づいた正式なルールで御座います。従って誰であろうと、ルールを順守しなければなりません」
「まあ、四つ目までは良い。念のために聞いておきたいんだが、もし破ったらどうなる?」
「契約違反で御座います。その場合契約破りの刻印が付くことになります」
あ、てっきり死ぬとかそんな物騒な事かと思った。
しかし、刻印? タトゥーみたいになるのかね?
「契約破りの刻印って言うのは一体なんだ?」
「破った者の全身に黒い文様が浮かび上がります。そのため、一目見てこの人物は契約を守らなかった、と言う事が分かります」
本当にタトゥーだった。
しかし全身に黒い文様か、そりゃずいぶん目立ちそうだな。
「ふーん、確かにそれは見た目的に良くないな」
「ううん、もっと酷いよ。契約破りって」
と、そこで声を挟んだのはアルマダ。
珍しく真剣な瞳を見せている。いつもそうであってくれ。
「まず誰からも信用されない。契約を破るような人間だからね。だから町とかでも毛嫌いされるし、あらゆる店から出禁にされるよ」
そりゃまた、町で生きていく事が出来ねえのか。
買い物もできないってもはや森にすむしかねえんじゃねえのか。
「それに、ほら、ボクとユウって使い魔の契約をしているでしょ? 他にも隷属の契約、召喚契約、簡易契約のほか、全ての契約が使えなくなる。もし今契約している物があればそれもぜーんぶ破棄されるよ。そして契約の代償は全て破棄した側、つまり破った人の責任になるんだ」
う、うむ、凄そうなのはわかるがいまいち知らない単語ばかりで実感はない。
ないが、しかしティリアスも真剣な表情で見ている事から相当なものなのだろう。
「もう一つ、ユウにとっては大事なのがあるよ」
「ん? 他に何かあるのか?」
「固有武想ですよ、これも契約の一種。だから、武器も無くなります」
言葉を引き継いだのはティリアスだ。
力もなくなるのか、そりゃ、破ったら全て失う様なもんだな……。
特に俺は、前回メタルラットすら倒せない実力だった。
正直、この力が無くなったら、俺は生きていけないだろう。
ティリアスやアルマダも一緒には居てもらえない。
「……主ってそのシルヴァリアって人だよな? その、疑うわけじゃないんだが……無理難題とか言われたら二つ目に引っかかるのか?」
ちょっと失礼な質問だとも思うが。
しかしそれをわかっていたようにわずかに微笑んでエクレアさんは答えた。
「ご心配は当然かと思います。しかしその懸念は不要かと。主がそんな事を言う筈は無いというのも理由では御座いますが、これは主でも適用されます。そう言った無理難題は四つ目の無礼に値すると、そうなりますので」
「なるほどな、しかし、主自身も適用されるとは……よほど良い主なんだな」
こういう時は、大概自分は別にするものだ。
しかし、主に適用されるのであればむしろ最高の主だろう。いや、最高の城か。
主も家臣も危害は決して与えず、与えられず、無礼な事も不埒な事は無い。
それでいて城主として命令を出せると、なるほど理には適っている。
確かに、名君でない限り維持は無理だろうな。
「ああ、それなら安心出来る」
「ご理解頂けたようで何よりで御座います。それでは、まずは主の元へご案内させて頂きます」
俺が一度ちらりと二人の顔を見た後、頷く。
それを見て門の前にエクレアさんが立つと音も無く鉄格子の扉が開く。
「此方で御座います。先程も申し上げましたが、この敷地内からルールは適用されますのでご注意下さい」
俺達はエクレアさんの後を付いていく。
途中に噴水や庭、花畑まである。本当に吸血鬼の城かここ……。
奥まで行けば、鉄でできた巨大な門が開き、ついに城に入場する事となる。
「おお……すげえ」
入れば巨大な玄関ホール。まさしくアニメの城の中に入ったようだ。
そこからは大きな階段が上に伸びている。
その先は二階を経由して更に奥には階段と金色の装飾がされた扉。
おそらくあれが主の部屋だろう。玄関ホールから一直線か。
「主は奥にいらっしゃいます。どうぞこちら(ガシャン!!)……失礼」
そのエクレアさんの声を消したのは何か、具体的には花瓶を落とした様な音。
一礼をした後、そそくさと階段の横にある扉を開けて閉める。
……のはずが僅かに扉が開いている。
そのせいだろう、声が聞こえてくる。
「チル! また貴方なの!! 何度言えば物を壊さなくなるの!?」
「ご、ごめんっすよー! お客さんが来るって言うから掃除をっすねえ……そしたら勝手に壺が落下! いやあ怪奇現象っすよこれは」
「怪奇なのは貴方の頭です! それにこの部屋は使用人の部屋でしょう! お客様は来ないわよ!!」
「あ、えへへ……ごめんなさいっすうううううううう!!」
「もう!! 後でしっかりと叱るから覚悟してなさい! それと減給しますからね!」
「いやあああああああああああ! これ以上減らされたらお菓子が買えなくなるっす! 簡便っす! 勘弁っすよお!」
そんな声を後ろに扉から出て閉める。
何事もなかった様にエクレアさんが笑う。
「失礼致しました。此方へどうぞ」
「…………あの、今のは?」
「いえ、少し部下が粗相をしたみたいで……」
「壺とか割ったり?」
あ、ぴたりと動きが止まった。
珍しく視線が左右に動いている。
「……ひょっとして、お聞こえになっておられました?」
頷く俺。
後ろの二人も頷いている。
「…………恥ずかしい」
あ、顔が真っ赤だ。なんだこれ可愛いじゃねえか……。
『マスター。浮気は駄目です』
唐突に出てくるな唐突に。
しかもわけのわからん妄言を……。
「こほん……失礼致しました。大変、お恥ずかしい所を」
未だ少し赤みがさしているが、それほど恥ずかしいのかエクレアさんにとっては。
と、そこで思い出す。
五つのルールの事だ。今回の出来事は俺達にとっては特になんともない出来事ではあるが、ルール自体には抵触するのでは?と言う疑問がわいたのだ。
「エクレアさん。さっき言ってたルールだけど、さっきの壺を割った子はモノに危害や無礼には当たらないのか?」
「疑問は最もで御座いますが、なるほど、ユウ様は非常に厳しく見てらっしゃるのですね」
少しだけ意外そうな声を上げる。
「ルールと言っても、それほど厳しくは御座いません。例えば、軽く引っかいたり、相手を軽く叩く、ジョークで馬鹿にする、そう言ったものまで全てルールを破ったことになる、と言ったような無慈悲なものでは御座いません」
「ああ、なるほど。程度があるのか」
「ご慧眼の通りで御座います。私共も完全にはその境界線は把握しておりませんが、明らかに、と頭が付くような物でなければ大丈夫で御座いますよ」
ご安心くださいと続けるエクレアさんだったが、未だ俺の疑問の霧は晴れていない。
もう少し軽く考えてもいいかもしれないが、破った時の凶悪なペナルティを考えれば、慎重すぎるぐらいで良いだろう。
「明らかって言ったよな。その程度の度合いを、いや破った事を誰が判断する……違うな、誰の価値観で判断するんだ?」
その問いをした時だった。
「───ほう、これはまた、面白い客人であるな」
その声は、エクレアさんではなく、上の方から聞こえてきた。
透明で、それでいて少しハスキーな不思議な声。
声の方向を全員が見れば
「歓迎しよう。ようこそ我の城へ。……ああ、自己紹介をした方がいいか。シルヴァリア・ハーケンブラッド。吸血女王と呼ばれてもいるのである」
全身を赤く、金色の鎖や文様で描かれたガウンのようなものをかぶった女性。
気品に満ちたその姿は、一目で主だと認識できる程だった。
「気軽に、シルヴちゃんと呼んで欲しい」
……気軽すぎだろ。
「主、ご客人が困っておりますので……」
「何、それほど難しい事は言っていないのである。よいではないか、この城でそう呼ぶ者は居ないのであるからして」
「命令をされれば良いのでは……」
はあっと大きなため息を吐いた後大仰な仕草で天を仰ぐ城主。
「馬鹿者。愛称と言うのは強要するものではないだろう。命令しては何の意味も無いのである」
強い拘りがあるようだ。
ああ……ふーむ、こういう時便利だな。
「シルヴちゃん、敬語も無しでもいいのか?」
「っぶ! ユ、ユウ!?」
「ご主人様、すごーい……」
「ユウ様……?」
三者三様に驚くんじゃない。エクレアさんまで驚いた表情を見せるとは……。
いや、わかるけどな、言われたからって本当に言うなよって。社交辞令だろみたいな。
俺もその立場ならそう思うけどさ。
「おお! 勿論構わないのである! いや、本当に呼んでくれるとは思わなかったが、嬉しいのである!」
そう、この人、シルヴァリア……シルヴは本当の事を言っているのだ。
だから言ったとしても怒らないだろうし、今も本当に喜んでいる。
こういう時、嘘を見抜くってやっぱ便利だ。
「単刀直入に言って、頼みがあってここに来たんだが、その話をしたいんだが」
機嫌がいいときに切り出すに限る。
後で言いづらくなっても困るし、駄目なら駄目でさっさと次を探したいしな。
「ふむ、話が速いのは嫌いではない。だが、客人と階段で立ち話と言うのも醜聞が悪い。我が王の間へ案内するのである。何、階段を上るだけ、手間はとらせん。紅茶と菓子も用意してあーる」
「紅茶、ですか……」
「お菓子!?」
「お前らは、子供か。少しは慎みと言うものを知らんのか」
それを笑い飛ばしたのはシルヴ。
「よいよい。言い方は悪いが我からすればみな子供のようなもの。さて、こっちだ、付いてくるがよいのである」
笑みを浮かべながら階段を上っていく。
何故か気疲れしたような表情でエクレアさんが次に。
それを追い抜こうとするアルマダの首を掴んで俺、そして二人が続いた。
【TIPS】
強者ほど頭のネジが外れている。そう言われるのも間違いではない。
他よりも優れているというのは、つまりは何かが特異である事であるからだ。
そのため、強者であればあるほど人格面がおかしい事も間違いではない。
しかし、中には高潔な精神の持ち主も存在するのである。
誰か、まではわからないが。




