かつてない練習の日々 4
陽介が練習を終え総括をしている最中、ヨシちゃんが「チョッといいですか?」と言って、陽介の話を遮った。
ヨシちゃんが言ったのは大きく分けると3つ。
一、全員が集まった時間に、定刻から来ている人も含めて、ウォーミングアップをあらためて始めるのは如何なものか?さらにウォーミングアップの時間が短すぎる。
二、パスの練習を全員でやると、自分のペースで出来ないから、かえって準備不足になる。
三、早い段階でのシート練習は、気持ちの準備が出来ないから、考えてほしい。
である。
陽介は、「皆さんは、試合に勝ちたいという前提で練習をすることにしたと、僕は認識しているのですが、ヨシちゃんもそういう認識にはかわりはないですか?」と聞いた。ヨシちゃんは「勝ちたいという認識は、皆と一緒です。ただ全員が集まった時間にあらためて最初から練習を始めると、定刻に来ている人は2回同じことをしなければならず申し訳ないし、パスに時間をかけないと次の練習に入る準備が出来にくい人が多いはずです。」と答えた。
一同は、試合に勝つための練習として、陽介が始めた練習メニューを、何もその初日に色々と言わなくてもいいじゃないか!ましてやその後、違う練習もしてるんだから!との目線をヨシちゃんに送っていたが、中には同調する部分もあるという表情でいる者もいた。陽介はヨシちゃんに、「永竹クラブを、バレーボールを通じて一つのチームにしたいと思っています。したがって、ヨシちゃんが思っている『定刻に来ている人に申し訳ない』ということは、ヨシちゃんにとって重要なことだと思いますし、必要な気持ちであると思いますが、今のところは我慢して下さい。それと個人的に短い時間で身体的・気持ち的に準備出来ないかもしれませんが、永竹クラブの中心選手である貴女が、それを出来るように頑張らないといけないことではないでしょうか?」と諭した。そして、「僕は皆さんに、今までと違う練習をさせて結果を得ようと考えている訳ですから、1年間で『優勝』という結果が出なければ、或いは勝ってこそ味わえる何かが得られなければ、その時僕の監督について、皆さんでどうぞご検討下さい。僕はそのくらいの覚悟でいます。もちろんママさんバレーチームの諸事情を十分に考慮した上での話です。ガチガチの体育会にするつもりは毛頭ありません。とにかく『優勝』をさせてあげたいだけです」と言った。
ヨシちゃんは、陽介にハッキリと、しかも皆の前で諭されたので、まるで平家蟹を潰したような形相で陽介を睨んでいた。そしてヨシちゃんは上げた拳を下せず、陽介は毅然とした態度を変えない事で、非常に険悪な雰囲気となった。
その時である。今まであまり目立たずいつも控えめに参加していた、永竹クラブ創設期から参加している大御所2人が、突然口を開いた。この大御所2人、一人は練習試合にプレーヤーとしてコートにも入った、川さんだったが、もう一人は65歳を超えている永竹クラブの相談役ともいうべき存在の三輪さんだった。後で聞いたのだが、永竹クラブの歴史の中で起こったイザコザを、最終的に解決に持っていく、メンバー全員が一目置いている人とのことだった。本番の試合はさすがに遠慮してあまり出場の機会はないが、それでも練習には一生懸命参加している人物であった。
三輪さんは、「ヨシちゃん、あなたが中心選手であることは、私達も認めています。今回陽介君に監督を依頼したのは、もう一度優勝したいという、あなたを含めたメーンバーの総意だったはずです。今あなたが頑張ってくれないと、チームは陽介君に頼んだ意味がありません。一緒に頑張ってくれますね?」と言った。
続けて川さんが、「陽ちゃん、これからも宜しくね。出来るだけ優しく指導してね。私達大御所も頑張るし、ヨシちゃんも頑張るから!」と、笑顔で言った。
陽介は、「はい。分かりました。こちらこそ宜しくお願い致します。」と言い、「言動には十分注意します」と笑顔で言った。
それを聞いていたヨシちゃんも、さすがに大御所の言い分に物申せず、「頑張ります。」と皆の前で約束した。
その日の『これからの時間』、ヨシちゃんは中華料理屋に来なかった。よほどプライドが傷ついたのであろうと陽介は思った。陽介は「悪気は無かったんだけど、ハッキリ言わなくてはいけないと思い言ってしまいました。皆が嫌な思いをしていたらゴメンナサイ。」と席に着くなり言った。しかし珍しく『これからの時間』に参加していた大御所2人が、「いいのよ。たまにはあのくらい言わないと、いつも自分が気を遣っているようにして、本当は個人的な意見を言うことに気付かないんだから…」「皆な陽ちゃんについて行くから、頑張ろうね!」と話してくれた。きっと今日の雰囲気を察して、普段はあまり来ない『これからの時間』にわざわざ参加してくれたのであろう。ありがたいことである。
ちなみに、後で聞いたのだが、ヨシちゃんがその日『これからの時間』に来なかったのは、翌日重要な会議が早朝から入っていて、早く帰って寝ないといけなかったからだそうで、プライド云々ではなかったとのこと。
なるほど、一筋縄ではいかない強者だと、あらためて感じた陽介であった。