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妖しい瞳  作者: 月猫百歩
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四ノ怪


 何故そんなに傷ついているんですか?

 

 皆に冷たくされるのが辛いんですか。

 でも、そんなの今更じゃないんですか? 以前だってそうだったじゃないですか。今更ですよ。


 ……え? わたしですか?


 わたしは平気です。平気でなければいけないのです。まったく大丈夫です。なんともないですね。

 えぇ。だから何をそんなに悲しむのか理解できません。理解してはいけないのです。


 ……泣かないで下さい。冷たく言ったつもりはなかったんですけれど。えぇ、ごめんなさいね。傷つけてしまって。いけない事です。


 けれども、自分の痛みを知らなければ治せないのでは?

 ……そうです。じゃないと治しようがないでしょう? 出来るとは思えませんけれど。


 もしどうしても分からないのなら、いっそのこと、痛みそのものを忘れてしまえば良いんじゃないですか。そうすれば辛さも忘れてしまえますから。


 ……大丈夫です。きっと穏やかに過ごせますよ。少なくとも傷つくことは無いです、あなたは。保証します。


 だからどうかどうか、決して目を覚まさないで下さい。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 閉じた目に光を感じて寝返りを打つ。眩しい。

 妙に灯篭の明かりが眩しく感じて、ゆっくり目を開けた。


「…………へ?」


 間の抜けた声が出た。

 目を擦って、確認のために一度頬をつねってみる。でも自分の周りの景色は変わらなかった。


「ここ、どこ?」


 広い部屋に開かれた襖からは朝日が差し込んでいる。

 柱や欄間には花や鳥、蝶が施され、襖も金や銀を背景に四季がそれぞれ描かれており、華やかな空間をつくっていた。


 こんなところ知らない。鬼さんのお屋敷の敷地内?

 どうなっているの?


「鈴音」


 聞き慣れた声に振り返り、口を開けようとした。が、そのまま固まった。


「どうだ? 調子は?」


「え? ……え?」


 二度見してもこっちも景色同様変わらない。


「お、に、さん、ですよ、ね?」


「ん? あぁそうだ。どうだ?」


 にこやかに佇むその姿は、人間の姿をした鬼さんだった。

 角もないし、肌もやや黒いが普通だし、目も紅くない。素足だけれども爪も鋭くない。笑った口に牙もない。


「な、な、ななな、なに、何しているんですか?」


「お前は相変わらずどもるな」


 話し方も訛りがない。服装もいつもの着崩した着物じゃなくて、格子柄のシャツに真っ黒なズボンを履いている。

 これ本当に鬼さんなの? これって夢じゃなきゃ何かの罠? また誰かに連れ去られた?


「本当の本当に鬼さんなんですか? なんでそんな格好しているんですか? それにこの部屋というか、空間? 何ですか?!」


 起きたばかりだというのに、自分でも驚くぐらい早口に鬼さんらしき人物に捲し立てた。 

 

「ん~…いや紫から話を聞いてなぁ」


「……紫さんから」


 あの苦いやりとりを思い出して顔が渋る。

 やっぱり紫さんは、わたしのあの生意気な態度を鬼さんに報告したんだ。


「お前があまりにも様子がおかしいから、何かしら対策をと言われてな。で、思いついたのがこれかな」


「これ……」


 言われて、改めて部屋や見える外の景色を見てみる。

 外は朝の日差しが入って、やや紅葉し始めた緑が広がり、ずっとむこうまで瑞々しい草木が続いていた。

 

 部屋も灯篭が点いていないのに明るく、障子の角部分は梅の花が透かしになっており、可愛らしく白く咲いていた。


「……鬼さんが人の姿しているのもその一環なんですか」


 違和感しかなくて不安に顔を向けると、鬼さんは眉を寄せて鼻を鳴らした。


「別に構わんだろ。お前もこのほうがビビらないだろうしな」


「鬼さんが乱暴な事をしなければ、特に人の姿じゃなくて鬼のままでも大丈夫なんですけれど……」


 人の姿をしていてもする事が暴力的なら姿を変える事に意味は無いと思う。

 例えば人間の殺人狂と悪戯するだけの河童。どちらと一緒に同じ部屋で過ごすかというのなら、断然後者を選ぶ。


「そうか? お前いつも俺の爪やら角やら見ているもんだから、てっきり怖がっているんだと思っていたが。違ったか?」


「まぁ爪は刺さったり切ったりするから、怖いといえば怖いですけれど」


 何度か爪や牙で切ってしまったこともあり、それを考えれば丸い爪をしてもらっている方が確かに安全ではある。

 でもわざわざ着るものまで変えて人の姿になるだなんて。怪しい。


「鬼さん明るいのに平気なんですか? あと、ここはどこですか?」


「強いて言えば森の奥かな。それに俺は昼間は来ない。夜にでもまた来るさ」


「え!? ここ常闇じゃないんですか?」


「そりゃ秘密」


 ポンポンとわたしの頭を撫でると、くるりと方向を変えて背後の襖を開けた。そこは普通の廊下で、窓から部屋と同じく自然光が差し込んで明るい。


「ここはお前にやる。好きに過ごせ。じゃあな」


 トンと目の前で襖が閉じられた。

 

「ちょっと鬼さ」


 慌てて襖を開けるが、そこには誰もいなかった。

 な、なんなの? 説明が雑すぎる。


「鬼さん!」


 廊下の突きあたりの引き戸を開けるが、そこは中庭になっていて誰もいなかった。

 小さな庭をぐるりと真四角に囲むように壁と廊下があるだけで特別外へ行くものはなかった。


「な、なんなの……一体……」


 その場でへたりと座り込んで息を吐いた。

 正直これが良い事なのか悪い事なのか判断し兼ねた。あまりにも突然過ぎる。



 鬼さんは紫さんの話を聞いて、わたしの情緒が不安定だからここに連れてきたってことで合ってる?

 それで人の姿をしているのはわたしが怯えるのを防ぐため?


 目元をグリグリと指で押しながらなんとか言葉だけでもと、整理を始める。


 どうせなら刺激を与え無いで欲しかったんだけれど。いや、刺激を与えない為にここに連れてきたのかな。静養する、みたいな感じで。

 だいたい好きに過ごせと言われてもなんの説明も無しで、どう過ごせば良いのやら。

 せめて部屋を全部案内して欲しかった。トイレとかどうしよう。


「そうだ! トイレとお風呂! あと台所!」


 これは早く把握しておかないと後々困る。特にトイレ! 

 洗濯とかどうしよう。冷蔵庫とかあるのかな。いやそもそも、そこらへんどうしたら良いんだろう。

 いやまずトイレは探しておこう。


 あーだこーだ頭の中で考え、とりあえずわたしは部屋を散策しようと立ち上がった。




 そんなに広くはなかったな。

 だいたいの間取りが分かったわたしは、元の布団が敷かれた部屋に戻った。

 無事トイレもお風呂場も見つかり、台所らしきところも見つけた。これで少しはホッと出来る。


 当たり前だけれど鬼さんのお屋敷に比べれば全く広くはなかった。

 強いて言えばさっきの中庭があるのと、わたしが寝ていた広い部屋があるくらいで、ごく普通の平屋のような作りだった。


 その他は一つの廊下にすべて繋がっていて広くもなかった。

 少なくともわたしの家と同じか、それより少し狭いくらいの広さだった。


 部屋に戻ったは良いけれど、なにして過ごそう。

 そもそも着替えとかは……


「あ……」


 今更だけれど、自分の格好に気づかず改めて服装を見てみた。

 薄いピンク色と赤の花模様の浴衣で、締め付け感はない。あれだけ動き回ったのに着崩れもしていない。

 いや……あれだけという程、歩き回ったわけじゃないけど。


 いつもなら衣紋掛とかに掛けたり、箪笥に閉まってたりするんだけれど、衣紋掛けはないし大きな箪笥は見当たらなかった。

 どこかにしまってあるのかな。

 

 部屋の隅にいくと、なにか本のようなものがたくさん積まれているのが目に入った。

 近くに寄って一つ手に取ると、わたしは目を見開いた。


「これ、雑誌だ。しかも最近の日付だ」


 わたしが浦島太郎状態でないのだとしたら、常闇に来てまだ一年も経ってない。それについこの間あっちに行った時の季節を考えるなら、この日付は最近のものだ。


「どうしてこんな物が……」


 そう言いつつ、ページをめくる。

 鮮やかな表紙に、ページ毎に可愛い女の子が様々なポーズをしてファッションを紹介している。

 そして最近の人気俳優や歌手、流行りのアクセや習い事に占い。贅沢なブランドの情報。旬のおすすめスポット……


 時間も忘れて食い入るように見る。

 何枚も何枚も、以前なら飛ばしていた内容も隅々まで目を通す。それでもまだ足りなくて、もう一冊、もう一冊と休むまもなく読みすすめた。


 読める。分かる。知っている。懐かしい。

 

 常闇では文字が分からなくて読み物は半ば諦めつつあった。

 でも今手にしているのは間違いなくわたしには理解できるもので、嬉しさというよりも飢えて貪っているような、そんなどこか異様な感じを覚えながら次々と自分の中へ取り込ませていった。





「おい」

 

「あっ」


 いきなり雑誌を取り上げられて、思わず声を上げた。


「もうよせ。どれだけ読んでいるんだ。目が疲れるぞ」


 呆れた顔に目を擦ると、外を指差される。

 そちらへ顔を向ければとっぷりと陽は沈んでいて、暗闇の中を虫の鳴く声だけが聞こえていた。


「……嘘」


 雑誌を数冊読んだだけで朝が夜になった? ということはやっぱり、ここは現世じゃないんだ。じゃなきゃこんなことある筈ない。


「そんなにこいつが面白いのか?」


 雑誌をパラパラとめくって鬼さんが不可解そうな声をだした。

 鬼さんだからというより、男の人はそんなに面白くないのかも。お兄ちゃん達もリビングにあっても読んでなかったし。 


「久しぶりに読んだので。思わずじっくり読んでしまいました」


 また目を擦ろうとすれば、鬼さんが濡れたおしぼりを目に当ててきた。温かく湿ったそれを自分の手で持つと、ゆっくり離した。


「そうか」


 鬼さんが素っ気無く返して雑誌を放り投げた。行儀の悪さに眉を寄せるが、鬼さんがわたしが雑誌に目を向けている隙に距離を詰めたようで、急に近くなった気配に顔を見上げた。


「鈴音、酌してくれ」


「は、はい」


 鬼の姿じゃないのに近くに寄られただけで、自分の心臓の鼓動が早くなった。やっぱり姿は関係なく、わたしは鬼さんそのものが苦手なのかもしれない。


「お前と呑むのも久方ぶりだな」


「わたしは呑めないんですけれど、そうですね。ずっと忙しかったようですから」


 縁側に行くと、端っこの方にいつもの晩酌一式が用意されていた。それを手に取って既に胡座をかいて待っている鬼さんとの間に置くと、自分も座った。 


「ここからは空が見えないんですね」


「見たって何も見えないかな」


「空気が綺麗そうだから、星空が見えるかと思ったんですけれど」


「星が見たいのか?」


 お酒を注いだ手を引っ込めて少し考えてから首を振った。

 あまり鬼さんにねだるのは危険だ。どうしても必要ではないのであれば、頷かないほうがいい。


「雑誌は鬼さんが用意してくれたんですか?」


「……あぁ、あれか。あれは化け猫共がいらないというから俺が引き取ってな。お前が興味ありそうなものだから置いておいたんだ。……面白かったか?」


「はい。一気に読んでしまいました」


 あれは本当に楽しかった。よく分からない装飾品や高価すぎる着物を貰うよりも、ずっと嬉しかった。

 

「そうか。それは良かった」 


 差し出された盃に透明なお酒をまた注ぐ。鬼さんは真っ黒な瞳で暗闇が広がる緑の先を見ていた。

 

 傍から見れば整った顔立ちに逞しい体つきをしているから、こうしてあぐらをかいて呑んでいても、どこか妖艶に映る。

 そして紅くもなく睨んでもいないのに、どこか鋭さのある眼差しが鬼さんの鬼としての本性が垣間見える気がした。


 先ほどの鬼さんの言葉を最後に、それからお互いに無言になった。

 こういった雰囲気が苦手なわたしは、なんだか妙にそわそわしてしまいそうになるが、ここで変なこと言っても嫌なので、ただ差し出されたら注ぐという行為だけに専念した。


 ……あ。お酒なくなった。

 

 鬼さん相変わらずお酒飲むの早いなぁ。結構大きめな一升瓶なのに(だからいつも持つのも大変だけど)もう無い。


「お酒切れちゃいましたよ」


 鬼さんにそう伝えると、鬼さんはまっすぐ前の緑を見つめたままだった。わたしも同じ方を見てみるが、特に何も見えない。


「鬼さんあの」


 言った瞬間、急に影が自分に覆い被さった。

 両手に持っていた瓶はわたしの手の中から抜け落ちて、派手に割れた音が辺りに響いた。




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