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向かった先はオジサマのお邸だった。あの、最初にいた三人のうちの一人。

なんで今更、と思ったけどオジサマは前宰相なんですって。

へー。

お邸も立派だわぁ。暗くてよくわかんないけど。じゃなくてやっぱりなんで?

そもそも、今は夜中なわけ。

初めてのお馬さんで私ぐったりなわけ。

眠い。

ご主人様は私を一人客間に残してオジサマとお話し中。

もう面倒見きれないからそっちで預かってくれとか、そういう話でもしてるんだろうか。二人で私を押し付け合ってたりしてね。面倒なんて見なくていいから就職先だけ斡旋してくれないかな。

だだっ広い部屋のソファに一人でポツンと残されて、話し相手もいなくて私は疲れてる。

考え事なんてしてたって眠気は消えない。

転寝だってしちゃうよねー。人様の家で。

ソファに埋もれて寝ていたら髪を撫でられて目が覚めた。

「……」

ご主人様だった。やばい、メイドのくせに寛ぎすぎた。

「え、っと、すみません」

へらっと愛想笑いをしたらご主人様が目を細めた。

お行儀悪すぎて怒らせたかも。

「お話は終わったのですか?」

帰宅するのだろうか、私はどうすればいいのだろうか。

「しばらくおまえをここで預かってもらうことにした」

「人を猫みたいにいうのやめてくださいよ……」

ご主人の留守に余所へ預けるペットみたいな言い方だ。

だけど私の抗議をご主人様は聞いていなかった。また例の熱っぽい瞳で見つめてくる。

「おまえを危険に晒すことはもうしない。環境を整えて迎えに来る」

「……は?」

力強く宣言されたけど、さっぱり意味が分かりません。

「いやいや、ダメだよそれは説明になってないよディー」

横から急に困惑したような声が聞こえた。

オジサマだ。

「君が勝手に結論出すより、きちんと二人で話し合った方が良いと思うんだがね」

「……叔父上」

わお。

オジサマは叔父様だったらしい。

「あの、よくわかりませんがご迷惑でしょうからどこか、住み込みで働けるようなところを紹介していただけるとありがたいです」

ご主人様が持て余したからってオジサマに押し付けたって迷惑でしかないでしょうよ。

「ほら、誤解しているようだよ」

オジサマがソファに腰を下ろす。

あれ、中肉中背だと思ってたけど意外と身長高そうだ。ここらの人にしては低いけど、それでも180はありそう。ご主人様が高すぎるのがいけないんだ、うん。

「お嬢さん、私としても君にできることがあるなら何でもしたい。だがこれの嫁はどうかと思う」

「嫁になるつもりなんてありませんけど」

「……」

「ほら、ちゃんと言葉にしないからこうなる」

オジサマが諭すようにご主人様に言った。

「リナ、君はディーのことを好いているのかな」

ストレートだな、オジサマ。

はいそうですって頷くわけないし。

「私は私の雇用主をお慕いしております」

主人として、ね。

「待遇は悪くありませんし、閣下は私のことを気にかけてくださいます。特に不自由はしていません」

「――口づけを、拒否しなかったら求婚に応じたことになるんだよ」

「……は?」

え、なんか今不思議なセリフが聞こえました。

キスがプロポーズですって?

この人二回もしたよ!

そして私、拒絶しなかった。

え、ほんとに?

てか、ご主人様それオジサマに言っちゃったの!?

「撤回は、できるんですよね」

「嫌なのか」

ご主人様が口を開いた。やだ、声が暗い。絶対見ちゃだめだ。

「嫌というか、無理でしょう普通に考えて」

「無理とは?」

オジサマが促す。

「身分差を超えるほどの愛情が私にはありません。生活習慣も価値観も違う人間と一緒になってもうまくいくとは思えません。閣下の身分であれば、相手が私ということに反対なさる方も多いでしょうし、私としてもそれらと戦っていく自信がありません」

「なんだ、ディーを嫌いというわけではないのか」

「嫌いなわけないです、今までお世話になっていますから」

「ふむ。……ならば、君がこちらの生活習慣を身に着け、価値観を覚え、それ相応の教育を受けて相応しい身分を手に入れたら、考えることができる?」

「……正直面倒ですそういうの」

貴婦人なんて無理でしょ侍女スキルしかないんだから。必要だっていうなら最初から貴婦人スキルが身についてるでしょうよ、侍女スキルしかないっていうことはそれが相応だってことじゃないの。

「これの嫁は姫君では務まらないと思う」

真面目な顔で言ってのけるオジサマ。

「ディー、しばらく外してくれるかな」

ご主人様は渋々頷いて、部屋から出て行った。

「さて。……少し話をしようか」

「はい」

まだ何か話があるの?

不満が顔に出ていたのだろう。

「君が来るきっかけになった召喚の儀のことだ」

「……」

姿勢を正し、オジサマを見つめる。

「今この国に必要なものを、という漠然とした願いだった」

「え?」

「戦争というほどもない小競り合いが続いていてね、出てくるなら一気に収束させることができる武器だろうと思った。だが現れたのは君だ、あれはその場で君を保護することを決め、私はそれを許可した。小競り合いを治めることを条件にね」

「……」

え、なんか壮大な話なんですけど。ていうか身勝手すぎませんかそれに巻き込まれた私ってなんだかすごく間抜けというか不憫な気がします。

「帰る方法が見つかる可能性は低い。今まで人間が召喚された例がないというのも理由の一つだ、研究されたことがないんだよ。ディーのこととは関係なく、ここに残らないといけないかもしれないと考えておいてほしい。無論君の生活には最大限の援助をしよう。一人立ちしたければ協力しよう」

研究されたことがないとか、私が自分で方法探そうとしても無駄じゃないの。

「君が寄り添うに足る人物であるか、傍で見守ってやってほしい」

「え?」

「ディーは、君のために戦争を回避した」

「はあ……」

なんだか重々しい話なんだけど。

「ディーの職務について聞いたことは?」

「将軍だとは、伺いました」

「戦争については?」

「いえ、何も」

「……何も話してないんだな」




それからオジサマはいろんなことを話してくださいました。

なんかこの、外堀埋められていく感覚、嫌だー。

曰く、召喚の儀については三年に一度の恒例行事である。

曰く、今までは物しか召喚されてこなかった。

曰く、今現在必要なものが召喚されるのだ。

「私が必要だったとは思えないんですけど」

主張してみたらオジサマはにやりと笑った。

「いや、必要だったと思うよ」

曰く、ご主人様は戦争が起これば真っ先に出陣する立場である。

曰く、今までなら喜んで出陣し国のために戦果を上げていただろう。

曰く、今回に関しては上手く根回しをして戦争を回避した。

「私全く関係ないですよね」

念を押したがオジサマは首を振る。

「違うよ、君がいるから戦にしたくなかったんだ」

曰く、ご主人様は根回しの類が苦手である。

曰く、面倒事が煩わしいから爪を隠しているのだ。

曰く、今回我が国に利益の上がる方向で戦争を阻止することができた。

「はあ、褒賞とか貰えるんですか」

その辺興味ないんですけど。

「そう。そして早く足元固めろと言われているだろうね」

曰く、だからこそ焦っているのだ。

「焦る?」

「嫁取りを陛下に強行されかねないからさ」

「……」

三人くらいもらえばいいのに、って、言ったことあるなそういえば。

「継承権を放棄して――この辺の話は聞いているかい」

「少し」

「放棄することまでは許されたけれど、王子殿下という事実は変わらない。そうなれば、取り込みたい派閥も多いということだよ」

婚姻関係が一番手っ取り早い。

「ディーには、きちんと君を口説くように言っておこう。君がその気になれば、私の養女になると良いさ」

軽く言った。

「優良物件だと思うよ、堅物すぎて外で悪さする心配もない」

「ええ、そういう心配はなさそうですけどちょっと、そういうふうに考えたことがなかったので」

「陛下には時間をもらえるように私から言っておこう。ディーには君を預かるよう言われたが手元にいた方が良いだろう」

「……なんだか逃げ道塞がれている気がするんですが」

「もちろん同意がなければ婚姻は成立しないからね」

そう言ってくれはしたけれどオジサマ、笑顔がちょっと、腹黒そうです。

「まあ、ディーはかなり頑張らないといけないだろうね、女性の扱い方から。夜着のまま連れ出すとは、なってない」

今ここでそれを言いますか。今更。




ぐったりしておうちに戻って、水を飲んで一息。

「……夜中に、すまなかった」

ご主人様悄然としてると、よしよしってしたくなっちゃうんだよね。

「いえ。少し休みます」

「ああ」

夜明けまではもう少し時間があったけれど、ベッドに潜り込んでも眠気なんて来なかった。

帰れないかもしれない、その可能性が高い。

望めばずっとここで雇ってくれそう。

だけど――ご主人様が戦争を回避して、それが私の為だとか言われたら、揺れちゃうじゃないのよ。

別にご主人様は好戦的なタイプでもなさそうだから国が戦争に突入しそうだったら普通に回避しようとするでしょうよ。そこに私なんて絡んでないはず、だよ。

そういうのはさ、私がこっちで生きて行くしかないって思い知ってからにしてほしい。

今のままじゃ無理だ。

流されても、心の整理がつかない気がする。

「ふぅ……」

まだ、夜が明けない。




私がここに来てから、一年半が経った。

あれから、危険な目には遭っていない。

いつもの毎日の繰り返し。

朝起きて、朝食の準備をしてご主人様を起こし、送り出してから家の仕事を終わらせる。昼間のうちに夕食の仕込をしておいて、帰って来るころに出来上がるように調整する。夕食を一緒に取ってから後片付けをし、ご主人様の気の済むまで晩酌をする。

一連の流れは何一つ変わっていない。相変わらずの超過勤務だ、と思う。

最近は晩酌の最中に何だか甘ったるい気持ちになることが多い。これはいよいよ絆されてきたなあと気を引き締めようとしているのに、またご主人様はキスを仕掛けてくる。もちろんお断りするんだけど、キス自体はお断りしないんだからそろそろ気づいてもよさそうなのにね。

まあ、気づくまではこのままでいいかと思ってる。

一応、『私のいた国では恋人同士じゃなきゃキスなんてしないんですからね』って教えてあげたんだけどな。

今のままで心地好いから、良いか。

魔法使いのおじいさんたちはまだ帰る方法を探してくれているみたいだけど、そろそろもういいですって言った方が良いのかもしれない。

「ね、閣下」

「なんだ?」

「距離が近いです」

「嫌なのか」

「……いいえ」

もう少し、このままで。

ぐいと肩を抱かれて、だけど不快ではないから振り解くことはしなかった。

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