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六:『ウォークライ』

スマートフォンからの投稿のため、段落頭の空白が入れてありません。メール投稿じゃ限界が……

112万6800人。

ミッドガルドを運営する会社によれば、それだけの人数がミッドガルドをプレイしているという。しかもそれは日本のサーバーだけに限った話で、世界全体では軽く1億を越える会員数を誇った。

無論それはあくまで最大数で、人によってプレイする日、時間帯が違うため、日本サーバーの平均的なプレイヤー数は常時9万、深夜等のピーク時は34万程度にまで落ち着く。それでも毎週末に行われる「戦争」イベントともなれば、50万近くの人間がこぞってミッドガルドにログインした。

戦争イベント―――「ギルド」という有志が作る集団に所属するプレイヤー達が、ギルド毎に連合を組み幾つかの勢力に分かれ、大規模なフィールドでぶつかり合う擬似的な戦争。設定上では『冒険者に対人経験を積ませるための訓練』とされ、勝利した勢力には運営から数々の特典、他では手に入らない貴重な装備や獲得経験値の微少増加といった、他人も羨むものがもたらされる場合がある。特典はランダムで授与されるため、有益なものを手に入れる人間はさほど多くないが、多くのプレイヤーは特典欲しさに何処かのギルド、勢力に所属し、週末の戦争に参加していた。

ただリーフェイやリンのような一人狼、もしくは戦争にあまり興味を向けないギルドは戦争イベントなぞ何処吹く風で、週末は(戦争が行われるフィールドを除き)少し閑散としたミッドガルドを楽しんでいたのだが。


「……しまったなぁ、こりゃ」


交易都市グラーフへ行く途中の、広々とした草原。そこの端にある丘の上で、リーフェイは苦々しく呟いた。

眼下に広がる光景を何と形容すればいいのか、彼女の語彙ではただ、「人の海」としか表せない。人、人、人―――本来一面に広がっているはずの草花の代わりに、そこには人間の大群がひしめいていた。

目を凝らしてその人々を見れば、彼等が武装を凝らし様々な装備を身に付けた、つまりプレイヤーであることが分かる。NPCならばありえないレベルの装備、所謂「上級者装備」をした者も多く見受けられるし、何より人がここまで集まる要因など、リーフェイには一つしか思い浮かばない。


「ただいま」


その人間達の方から、帰還の言葉と共にリンが歩いてくる。彼等に話を聞きに行っていた彼女は、やはりというべきか、リーフェイが想像していた通りの話を持ち帰ってきた。


「おかえり、どうだった?」

「……やっぱり、戦争のために集まった人達、だった。今回のフィールド、ここだった、って」


報告を聞いて一つ、溜め息を吐くリーフェイ。

この世界への転移が起きたのは日曜の夕方、つまり戦争イベントが起きる直前であって、多くの人間が戦場に詰めかけていた頃合いである。戦場となるフィールドはランダムで選ばれ、参加するプレイヤーには告知が来るが無関係である二人がその場所を知るはずもなく、「グラーフ草原」―――オーディアルスからグラーフへ抜ける道の一部が今回の舞台であることも当然、予想だにしてなかった。

――戦争が始まる前だった、っていうのは行幸だったけどさ。

ギルドという集団に属している者ばかりだからだろうか、争うこともなくその場で待機している群衆を見て、リーフェイは内心でそうごちた。

ギルドの、というよりそれを率いる「勢力」―――ギルドが連合を組んだもので、その中の有力なギルドのマスター(代表)が勢力としての指揮を執るう―――の指揮官が優秀な人間なのだろう。事実、リーフェイが一人待っていた時に群衆の一部がパニックになって騒ぎだしたが、それを聞き付けたとある一団がその場所に赴き、すぐさま鎮圧していた。

その後に件の一団の一人が、声高々に『今は現状の把握が最優先だ!全員その場に待機、決して他の人間に手を出すな!』と叫び、それが後方にまで伝達された時からパニックになった人間は現れていない。


「目の前の勢力は、戦争ギルド『ウォークライ』を中心にしたもの。数は18万程で、元々指揮系統や統制を重んじてた所だから皆落ち着いてる、みたい」


続けてリンが報告した内容は、そんなリーフェイの予想を裏付けするものだった。

ギルドは時に特定の目的に沿って作られる場合があり、そうして出来たギルドを、通常はその目的を頭にして「○○ギルド」と呼ぶ。戦争ギルドはその名の通り戦争イベントに本腰を入れ、戦争での勝利に情熱を注ぐ人間が集まるギルドだ。その中でも「ウォークライ」は本気で取り組んでいるギルドの一つで、本物の軍隊を参考にした制度、方法を用い、自らを中心とした膨大な勢力も比較的高い統率を誇っている。

そして何よりウォークライのギルドマスターが沈着冷静、ということもあって教都のような事態にはなっていない、らしい。


「うん、こっちに関しては問題ないかもしれないけど……他の勢力が一つか二つあるだろ、そっちは?」

「戦争ギルド『鬼島津』を中心にした勢力がもう一つある、けど。……あっちに布陣してるから、分からない」


そう言ってリンが指差したのは、向かって右手の大軍が多い尽くす、小さな山。グラーフ草原の隣にあるその山と麓を占拠した勢力は、時折小さな動きを見せたが大体はもう一方と同じくその場で待機、騒ぎも見せず沈黙を保っている。

彼等の中心である「鬼島津」についてリーフェイは大して知識を持たなかったが、それでもパニックを広げることもなく大軍を維持していることを考えれば、鬼島津も相当に優秀なギルドだと推測出来た。

だが二人にとって一番気にかかるのは、そこではない。


「……道、塞がってる、ね。どうする?」


リンの問いに、リーフェイは思わず小さな唸り声を上げる。

そう、片方だけでも十数万、合わせて数十万という大軍がグラーフ草原とその周囲を埋め尽くしているせいで、黙って向こう側に渡る事がほぼ不可能なのだ。勿論勢力の長、この場合はウォークライのギルドマスターに話を通せばいいだけなのだが、二人は“他の場所からやって来たプレイヤー”である。おそらく二人以上に情報不足であろう彼等に捕まって、面倒にならない保証は何処にもなかった。

それはリーフェイも十分に理解している、が、


「そりゃ、どうしようもないだろ。あっちの勢力に話通して、中を突っ切らせてもらうしかないさ」


取れる方法がそれしかない以上、どんなリスクがあろうがそうせざるをえない。

リーフェイは諦めた表情で歩き始め、ひしめく群衆の元へ丘を下って行く。リンもそれに従って並走し、アイテムボックスから取り出した白い布を杖にくくりつけ、即席の白旗を掲げながら歩いた。

それを見た群衆の中から、先程騒ぎを鎮圧した人間と同じ一団が飛び出し、馬を駆けて―――彼等は全て、大きな馬に騎乗していた―――二人に近づき、やがて二人の目の前で足を止める。

そして軽やかに下馬した彼等の一人が前に進み出て、腰の剣に手を当てながら二人を一瞥、声をかけた。


「お前達は……プレイヤー、だな。何処から来た?」

「教都オーディアルスから。俺―――えっと、私達に抵抗の意思はないわ。グラーフに抜ける道を通りさえ出来れば、それでいいの」


変に怪しまれぬよう女言葉を使いつつ、リーフェイは正直に目的を告げる。

二人の前に出た人物、騎士らしき洋装をした少女は「ふむ」と呟くと、少し考えた後に答えを返した。


「それは構わんが、何分今はこのような……異変が起きているだろう?我々としては一刻も早く情報を集める必要があってな、申し訳ないが一度共に来て、我々に知っていることを伝えてはくれないか?」


嫌なら無理強いはしないが、と付け加えた少女の目には、やはり警戒の色が少なからず浮かんでいる。

――怪しければ通さぬ。

目は口程にものを言う、との言葉通りストレートに伝わってきた彼女の内心に、リーフェイは黙って首を縦に振った。少女は続けてリンにも視線を向け、同じく頷いたのを見て少し口元を弛める。


「では、我々について来てもらいたい。馬は御有りかな?」

「馬はないけど、フェンリルなら有るわ。それで構わないのなら」

「フェンリル、となるとお前は神官騎士か。……いいだろう、ただし周りの物を踏みつけたりせぬようにな」


そう言って少女は馬上に舞い戻り、駆けて来た道を戻って行く。その他の人々もそれに続くように戻って行き、リーフェイもスキルを唱えて白狼を召喚、騎乗してリンを抱え上げると遅れぬよう一団の後を追った。

まるでモーゼのように開いて道が出来た軍勢の中を通り、そのまま人垣の道を駆けること数分。少し開けた場所に出た彼等は足を止め、そこで下馬するとテント、場所の中央に位置する大きなテントに向けて歩を進めた。

運動会で使うテント、と言えばよく分かるだろうか、簡単な骨組みに布の屋根を被せただけのそれの下では、数人の男女が大きな机を囲み、何やら難しい顔を付き合わせている。その内の一人、上座に座った魔法使い風の男性が、帰ってきた少女達を見て嬉しそうに立ち上がった。

ずんずんと向かってくる男に対し、少女は敬礼でもって応対する。


「マツナガ大将、ご命令通り二人をお連れしました!」

「でかしたライル少尉!第15小隊は引き続き警戒任務に当たれ、何かあれば報告も欠かすな!」

「はっ!」


ライルと呼ばれた少女はくるりと反転、一団と共に再び馬で何処かへ駆けて行く。

後に残された二人、リーフェイとリンは口を開く間もなく、近づいてきた男―――マツナガの言葉を聞いた。


「よく来てくれた、俺が『ウォークライ』ギルドマスターのマツナガだ!外から来たんだってな、歓迎するぞ!」

「……リーフェイです。神官騎士で、ソロプレイヤーをやってました」

「リン、賢者。一人でプレイ、してた」


自己紹介しながら互いにステータスを表示し、相手の情報を確認する。


名前:マツナガ

種族:竜人

性別:男

職業:魔導師

Lv:923


大規模ギルドのマスターのレベルはさすがと言うべきか、リーフェイよりも段違いの数値を誇っていた。純粋な意味での「ステータス」、所謂STRやINTなどの数値は開示される情報に載らないのが残念だが、それらも彼女より数段上であろうことは容易に推測出来る。

ミッドガルドでは通常のゲームのようなステータス、つまり物理攻撃力やアイテムの最大所持量に関係する「STR」、スキルの使用速度やMPの回復量に関係する「DEX」、魔法攻撃力や最大MP量に関係する「INT」、状態異常や魔法防御力に関係する「RES」、最大HP量や物理防御力に関係する「VIT」、回避率や素早さ、移動速度に関係する「AGI」の6つは自分自身のものしか確認出来ず、それも教会で司祭から神託を聞く、という方法を取らなければ絶対に分からない。

これは批判が非常に多かった仕様ではあったが、自分で他人に教えれば済むこと、運営が『6つのステータスは強さを数値化したものであり、それは神が判断しているという設定である。そのリアルさを出したかった』と開き直って修整せず、代わりに教会をミッドガルドの至る所に配置したこともあって、未だにそのままだった。その結果「ステータス」という言葉は「ステータス画面」という意味に移り、本来のステータスは「数値ステータス」と呼ばれるようになったのだ。

今ではボーナスポイント、と呼ばれるレベルアップ時に貰える数値ステータスを上げるポイントに関する時以外、あまり数値ステータスは耳にしなくなっている。

それは何故かと言えば、


「ふーん、589レベルの神官騎士か……。ボーナスは?」

「STR=INT>DEXです。VITは装備頼りで」

「ならSTRが610は最低越えてるのか、俺のVITより高いな」

「私は前衛職ですから、魔法使い系の『魔導師』に比べれば高いでしょうね、まあ」

「ははは、それはそうだ」


レベルと職業を照らし合わせれば大まかな数値が分かるからで、それに装備による数値補正、ボーナスポイントを合わせるだけで十分だった、というのがあった。

リーフェイやマツナガのような高レベルプレイヤー、長時間プレイしているプレイヤーには必然的に身に付く技能で、数十にも及ぶ職業の各基礎値を覚え多少複雑な数式に当て嵌める、という行為を平然とこなせるようになった彼等は細かいステータスをさほど重要視しない。現実問題それで不都合が生まれなかったのだから、教会を利用して正式に数値を確認するプレイヤーは、時を経る内に減少する一方だった。

閑話休題。自己紹介を終えたマツナガは二人を連れてテントに向かい、そこに集まる男女に改めて二人を紹介、有無を言わさず机を囲む椅子に座らせる。そして自身は先程と同じく上座に座り、一つ息を払って口を開いた。


「改めて紹介するが、ここにいるのが俺達『ウォークライ』の主要メンバーだ。異変が起きてから数時間、こいつら全員で18万って大軍を必死に統率し、パニックを押さえてきた」


だから、と置いて、


「この場所から人を動かす余裕がない。……つまり他の場所の情報がないんだ、現状の把握も正しく出来ていないんだよ。分かることと言えば、そうだな、“ここはゲームじゃない”ことぐらいか」


そう言ってマツナガが指差したのは、テントの側うにある大きな、人一人なら軽く入れる木の箱。あれは何だとリーフェイが視線で問えば、マツナガの隣に座っていた男が「即席で作ったトイレです」と簡潔に答えた。


「……信じられませんが、我々は今五感も、生理現象すら感じる状態です。大まかな部分は『ミッドガルド』に酷似していますが、現代の科学技術を考えるとこれらを人為的に、ましてやゲームで再現出来るはずがありません。私としては一番あり得るのは……認めたくありませんが、何らかの形でゲームの中に入り込んでいる可能性ですか」


ただ、と言葉を続けて、男はマツナガに顔を向ける。その言葉を引き取ったマツナガは心底困った様子でリーフェイとリンに向かい合い、愚痴を漏らすようにごちた。


「俺達にとって一番重要な問題は、“これから何をすればいいか”だ。この世界が何かとか何が起きたとか、そんな細かいことは後に回す、いや、回すしかない。せめて明日、出来れば今日中に何らかの手を打たなきゃ、俺の息がかかった奴等以外は俺の手を離れるだろうさ。……まあ別に解散してもいいんだが、この状況で不穏分子を野放しにするのは気が引けてなぁ」

「不穏分子、ですか?」

「とりあえず纏っちゃいるが、所詮戦争のために集まった寄せ集めなんだよ、この集団。ならず者もPKギルドも山程いるし、そもそも俺達は“対人”を好き好んでやってた奴ばっかなんだぜ?そんな奴等を大量に野放しにしちまったらお前、PK行為―――ここがゲームじゃねぇんなら、“殺人行為”が横行する危険性だってあるだろーが」

「……笑い事じゃないのが困りますね、それ」

「ま、指揮官は常に最悪の事態を想定するもんだからな。ゲーム気分が抜けきれねぇならまだしも、大抵の奴が『これは現実じゃないか』って思い始めてる今、態々人殺しをしようとする奴なんか早々出ねぇよ」


そう言いつつも眉間に皺が寄ったままなあたり、マツナガも可能性がそこまで低くない事を分かっているらしい。だからこそ今でも軍勢を自分達の統率下に置き、無法者が出ないよう目を光らせているのであろう。

――ただ、まぁ。

結果的にはきっと無駄なのだろうと、リーフェイは心の中で呟く。


「そういえばお前ら、教都から来たんだろ?あっちはどうなってた、数千人くらいはいたと思うんだが」


ふと思い出したようにマツナガが問いかけた言葉は、リーフェイ、そしてリンの表情を少し歪ませる。

それを不審に思ったマツナガの視線を受けて、リーフェイは「ああ、えーっと」と一瞬躊躇い、やがて諦めたように答えを返した。


「何と言いましょうか、急いで対応した方がいいような、しない方がいいような……」

「あん?勿体ぶるなよ、何でもいいから言えって」


あくまで指揮官としての余裕を崩さずに、見ようによっては意地の悪い笑みを浮かべたマツナガは、




「……プレイヤー達が暴動起こして、教皇追い出しちゃったんですよね、実は」


周囲の側近達と共に表情を無くした。






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