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深夜の裏庭 ―夜の庭の、その裏側。本編では語られなかった、魔女と幻獣のあれこれ。―  作者: 彩羽やよい


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4. 噛み癖について

 何の話だよ、と思われるかもしれませんが、 そろそろ噛み癖の話をさせてください。


 ベルローズさん、めちゃくちゃ噛むんですよ。

 ただし、いつでも噛むわけではありません。

 普段の彼女は、人を噛んだりなんて絶対にしない。そんな野生児ではないのです。

 むしろ、かなり理性的な人です。


 なのにルシアンと二人きりで、いろいろと余裕がなくなってくると、途端に噛み始める。

 これはもう、かなり分かりやすい「余裕がなくなったときの癖」なんだと思っています。

 恥ずかしい。声を出したくない。気持ちいい。

 でも、それを素直に受け入れるのも恥ずかしい。

 なんとか耐えたい。耐えようとする。

 そして、とりあえず噛む。


 何を?

 手近なものを。


 ルシアンの肩とか腕とか。あるいは、自分の唇。

 何かに噛みついていれば、少しは自分を保てる。そういう感じなんじゃないかなと思っています。

 ところがルシアンは、それに気づく。自分の唇を噛んでいるベルローズを見て、


「噛むなよ」


 と言う。

 そして、代わりに指を差し出す。

 お前もお前でどうなんだ。

 「噛むな」と言った直後に「じゃあ俺を噛め」という選択肢を提示している。


 でも、ルシアンからすると理屈は非常に単純。

 自分の牙がどれくらい鋭いか。爪がどれくらい硬いか。

 本人が一番よく知っている。だから、自分は噛まない。

 ベルローズを傷つけないようにする。


 これはルシアンにとって、「ものすごく頑張って我慢している」という感覚ではないと思っています。もっと当たり前のことになっている。

 自分が本気で噛んだら危ない。だから噛まない。それだけ。

 でもどうやらベルローズは、そういう制御ができなくなるらしい。だから、


「自分の唇を噛むくらいなら、俺を噛め」


 と自分の指を咥えさせてやる。

 結果として、ルシアンが歯形だらけになる。

 そして全部終わったあと、ベルローズはものすごく後悔する。


「……私、こんなに噛んだの?」


 ってなる。めちゃくちゃなる。でも、やめられない。

 ベルローズは「噛みたい人」ではないのです。平常時にはそんなことをしない。

 ルシアン相手だから、感情と身体の余裕がなくなったときに、噛むという行動が出てしまう。

 つまり、これも彼女なりの「言葉にならない反応」なんだと思います。


 一方のルシアンは、噛まれてもぜんぜん困らない。

「余裕ないんだな」「こいつかわいいな」くらい。

 ここに、二人の体格差と力関係が出ています。


 ベルローズは必死。ルシアンは余裕。

 普段はつんとしたベルローズにルシアンがずっと付き従ってる感じだし、主従で言ったらベルローズが主。首輪をつけているのは彼女。それは変わらない。

 でも力関係が逆転する。そういうのたまんないのです。


 ベルローズががぶがぶ噛んでいても、ルシアンからすると「小動物が一生懸命抵抗している」くらいの感覚なのかもれない。

 そもそも、彼女が本気で噛んだところで、ルシアンからすれば大したことではない。

 だからちっとも怒らないし、押さえつけたりもしない。


 ただ、彼女が自分自身を傷つけそうになったときだけは止める。

 その代わりに自分を差し出す。

 このあたり、ものすごくルシアンらしいと思っています。


 ところで、ここまで書いておいてなんですが。

 ルシアンは噛まないだけで、口を使うこと自体はかなり好きなはずです。

 甘噛みはする。キスマークもつける。舐める。

 …………犬か?


 犬じゃないです。幻獣です。

 ただ、獣としての感覚が強いので、好きな相手に触れるときの距離感がちょっと犬っぽい。

 そして本人は、それを特に変なことだと思っていなさそうなのがまた困る。

 ベルローズに噛まれても「余裕ないんだな」で済ませる彼は、自分が彼女に甘噛みしても「好きだから触ってる」くらいの感覚。

 自分の中では全部一本の線で繋がっている。


 そして私は、そんなルシアンのことを考えた時に思うわけです。

 一回くらい、ベルローズを思いっきり噛んでやりたいと思ってそうだな、と。


 もちろん、傷つけたいわけではない。

 自分の牙が危険だと知っているから、普段はちゃんと制御している。でも、その制御の向こう側に獣としての衝動がある。

 だから、いつかベルローズがあまりにも無防備に彼の懐へ入ってきたときに、


「……一回くらい、いいか」


 となる可能性はある。「大人しくしろ」と言わんばかりに首元へ顔を寄せるとか。

 やるだろうな。マウンティングして首を噛むのはやるだろう。犬……、じゃないけど。私の中のルシアンは、たぶんやる。


 そして翌朝。


「……ルシアン」


「ん?」


「これは何?」


「知らねぇな」


 みたいな顔をしているかもしれない。

 知らないわけないだろ。お前だよ。


 というわけで、ベルローズの噛み癖についてでした。

 作中で彼女が人を噛んでいる場面があったら、


「ああ、もう余裕がないんだな」


 と思っていただければだいたい合っています。

 そしてルシアンがそれを怒らずに受け入れているのは、彼女が怖くないからでも、痛くないからでもなく、単純に、


「余裕なくなってんだな。かわいい」


 くらいに思っているからです。

 強い男は余裕が違うのだ。

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