調律される日常8
「せっかくなのに……せっかく、リュアねぇに仲間できたのに……グレンにぃ、図書館来たとき、すごく……すごく嬉しそうだったのに……っ」
「とても、辛そうで……あのまま、いなくなっちゃうんじゃないかって……ずっと、怖くて……」
レミスとセリスの部屋。 小さな室内に、 二人の泣き声が重なるように響いていた。
リズは壁に背を預けて座り、その胸に二人を抱き寄せている。 小さな体が震えるたびに、そっと背中を撫でる手は止まらない。
不安や後悔を吐き出すように泣き続ける二人を、リズは受け止めるように、静かな声で語りかけた。
「大丈夫。グレンさんは見つかったよ。リュアさんと一緒に、これからこっちに来るって」
そんな中、部屋の扉からノックが聞こえた。リズはレミスとセリスに声をかけ、扉へ向かった。 扉を開けるとリュアとその後ろにグレンがいた。
グレンはいつもの冷静さを残しつつも、 気まずそうに、だが少し緊張した面持ちで視線を伏せている。
「遅くなってごめんね」
「リュアねぇ!グレンにぃ!」
リュアの声が聞こえた瞬間レミスが勢いよく入口に向かう。
そのまま、まだ廊下にいるグレンに飛びつき、ぎゅっと握りしめた。
あまりの勢いにグレンは少しよろめき目を見開くが、レミスの両手がまだ震えていることに気づき、ふっと息を吐き目を細めた。
「グレンにぃっ……!ごめんな、さい……嬉しそうだったのに……なのに……」
セリスもゆっくりとグレンに近づく。
「グレンにぃが……どこかに行ってしまったのではないかと……戻ってきてくれて良かったです」
その声も、やはり震えていた。 それでも二人とも、自分の気持ちをグレンに伝えようと必死に話しかけていた。
その様子を見ていたリュアは眉を下げて柔らかく微笑む。
「グレン、レミス、まずは部屋の中に入って落ちつこっか」
リュアに促され、グレンは小さく頷いた。
レミスの手をそっと支えながら、部屋の中へと足を踏み入れる。
室内はまだ涙の余韻が残っていて、どこか湿った静けさに包まれていた。
グレンはそのままゆっくりと歩みを進め、部屋の中央あたりで足を止めると、二人の視線に合わせるように静かにしゃがみ込んだ。
すぐそばに、レミスとセリスが寄り添うように立つ。
離れまいとするように、その距離は近く――小さな手は、力を込めるように強く握られていた。
グレンはわずかに目を伏せ、言葉を探すように息を整える。 その姿を、レミスとセリスは真っ直ぐに見つめていた。
一歩引いた位置で、リズが静かに立ち、二人の様子を見守っている。
その隣に並ぶように、リュアも足を止めた。
「わた、し……酷いこと、言っちゃった……グレンにぃと一緒にいて、楽しかったのに……ひどいことしちゃった……たくさん、謝る、から……だから……」
レミスの表情がくしゃっと崩れ、涙がこぼれる。 震える声で言葉を繋ぎながら、懇願するようにグレンを見上げた。
「だから……リュアねぇを置いて、どこかに行かないで!」
「私からも……お願いです。リュアねぇを、もう一人に……しないであげてください」
そう続けるセリスの目からも涙がこぼれる。
グレンはその言葉に目を見開く。
だが、それ以上に内心驚いていたのはリュアだった。
無意識に、両手をぎゅっと握りしめていた。
「二人とも……グレンさんを傷つけてしまったことがショックで……それに、リュアさんがまた一人になってしまうんじゃないかって、不安も重なってしまって……余計に気持ちが追いつかなくなっていたみたいです 」
リズは二人の様子を気にかけるように一度だけ視線を落とし、静かに言葉を添えた。
リュアの中では自分の強さを理由に、一人で戦うことを選ぶのは当たり前だった。
心配されることがあっても、それはせいぜいディアスくらいで――他の誰もが、「リュアなら大丈夫だ」と信じて疑わなかった。
それが、ずっと普通だった。
だからこそ、こんなにも小さな二人が、自分のことを必死に想って、不安になって、泣いてくれていたことが――胸の奥に強く響いた。
嬉しかった。
だけど同時に、そんな思いを抱えさせてしまっていたことが、少しだけ苦しかった。
リュアはふっと息を吐き、目を伏せ、困ったように考え込むグレンに柔らかく話かける。
「グレン、キミの思いも伝えてあげて。ゆっくりでいいからさ」
グレンは一度目を瞑り、そしてゆっくりと目を開いてから口を開いた。
「……二人が、謝ることじゃない」
その言葉に、レミスとセリスは少し落ち着きを取り戻し目をパチパチさせる。
そして、グレンの目を見つめながら次の言葉を待っていた。
「あの時俺が立ち去ってしまったことで、二人を不安にさせてしまった……本当にすまない……」
グレンは目を伏せた。今自分が言った言葉が正解かどうかが分からない不安が、胸のあたりに漂う。
だけど、間違いなく、今の自分の心から出た言葉だった。
「グレンにぃ……怒ってないの?」
レミスが不思議そうに尋ねた。自分がグレンを傷つけたのだから、怒られても同然だと思っていた。だが、グレンはそれにゆっくり頷いて肯定する。
「そしたら……いなくなったり……しませんか?」
今度はセリスが、少し震えながら、だけど期待が混ざった声で尋ねる。
「……あぁ。いなくならない」
グレンは冷静に、だけどはっきりと答えた。
そしてその瞬間、レミスとセリスは今までの不安からぱっと華やかな笑顔に変わり、勢いよくグレンの腕に抱き着いた。
「ありがとう!グレンにぃ!」
「ありがとうございます!」
強く腕を握りしめたままお礼を言う二人に、やっぱりグレンはまだ戸惑っている。だけど、今日初めて出会った時よりは、その距離の近さを自然に受け止められていた。
そして、その小さな温もりを感じながら、グレンは静かに目を細めた。
「レミスとセリスが、あんなにすぐ懐くのは珍しいですね……ものすごく人見知りというわけではないけど、初対面の相手には、いつも少しだけ距離を取るのに」
リズは二人が元気になったことに安心しつつ、感じた疑問を素直に口にする。
リュアは、グレンに抱きついたままの二人を見て、どこか嬉しそうに微笑んだ。
「ね。子どもなりに、何か感じるものがあったのかな?」
その言葉にレミスとセリスがグレンの肩越しにひょこっと顔を出しリュアとリズのほうに顔を向けた。
「グレンにぃはね、まわりの空気がほわほわしてとってもあったかいの!」
「だから、グレンにぃのそばにいると、とっても落ち着くんです」
グレンはその言葉に、戸惑うようにわずかに目を細めた。
「だから……ほわほわってなんだ……?」
それは、以前リュアにも言われたことのある言葉だった。
だが、グレン自身には、その感覚がまるで分からない。
その光景を見ていたリュアとリズは、顔を合わせてはふふっと吹き出した。
グレンは何が可笑しいのか分からず、戸惑ったまま二人を見る。
だけど、不思議と――その空気は、嫌ではなかった。




