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燃え上がる黄昏の調律1

吹雪の夜が明けたかと思うと、北方砦の外壁にはまた白い暴風が舞い戻る。安息を許さない自然の脅威に、砦内は常に重苦しい空気が渦を巻いていた。


 


 鏡の再封印を終えたはずの広間では、冷たい床石の下あたりから微かな唸りが聞こえ、何やら嫌な予兆を漂わせている。呪印に耐えるエランは、その場に腰かけたままうめき声を漏らした。


「どうもやり切った感がない。身体はガタガタ、腕輪はまだズキズキと痛むし」


「だったら黙って早く楽になれば? 鏡の欠片って埋葬品じゃないわよ」


 ミオの皮肉にエランは苦笑いしつつも、薄く汗の滲む額を拭った。彼女の論理的な解説によると、鏡を完全に鎮めるには“看守塔”なる場所へ行く必要があるらしい。砦の奥には凍結湖に通じる転用路があるとゼオンが言い、その先へ一行は向かうことを決めた。


 


 グレゴリー団長は騎士たちに配置を再確認させながらも、不意に周囲を見回してぽつりと呟いた。


「セシリアは……ん? おい、誰か見かけなかったか?」


 問いかけに、通信役の若い騎士が即答する。


「第七小隊の撤収準備をサポートしてました。何か動線を変えるだけで荷物の積みに余裕が出るとかで、現場がずいぶん助かってるらしいですよ」


「ほう、あれだけ混乱してたのに、もう原隊をまとめたってか」


 団長が顔をほころばせる。どうやら、セシリアが指示した道順どおりに動けば負傷者が減るという話が広がり、誰もが面倒ごとを減らそうと彼女を頼りまくっているらしい。そのたび本人は「私なんかがすみません」と首を縮めているわけだが、事態は悪くない方向だ。


 


「セシリア、こっちにも来てくれ。ほら、こいつがまた揺れてやがる」


 団長の声に応じて顔を出したセシリアは、周囲の視線に戸惑いながらも、さっと鏡を見やるなり、「こちらに魔術兵装をまとめて隅から固定してください」と言い出した。若い騎士たちが素直に飛びかかり、鏡を囲むように装備を設置すると、不気味に震えていたはずの鏡が少し落ち着く。


 


「え……変ですね。別に難しい指示じゃ……あれ?」


 セシリアがしきりに不思議そうな顔をするが、周囲の騎士はむしろ彼女の簡潔な指示に救われており、妙に感心している。エランは鼻で笑いながら、


「ま、謙遜しすぎると外でざまぁ言われるぞ。俺みたいに魅力で無双してればいいんだ」


「はいはい。自己評価が異常に高いだけでしょ」


 呆れた口調のミオが、さらにつっけんどんに言葉を彩ると、エランは「そんな冷たい顔もたまらんな」と飄々と言い返して、場の空気を少し和ませた。


 


 だが、その穏やかさは長続きしない。遠くから雪を踏みしめる足音が近づき、険しい表情の斥候が駆け寄ってくる。


「報告です! 闇組織のスペイラが、北門付近の隘路を確保した模様! さらに……噂ですが“バルバロイ・フォン・エルシス”なる隊長が彼女の捕縛を狙って接近中とか!」


「バルバロイ……あの“試金石”候補だった男が、ここへ?」


 エランの瞳に閃きが走る。かつて同じ立場にあったというバルバロイ。闇組織に通じるスペイラへ向けた執着も、相当根深いらしい。グレゴリーは低く唸り、「下手をすれば三つ巴の混沌になる」と部下に厳戒を命じた。


 


「バルバロイって、ずいぶん荒っぽい男らしいじゃない。お得意のド派手な仕掛けで、この砦ごとぶっ壊されたら悲惨よ」


 ミオが目を伏せると、ゼオンが飄々と笑ってフォローする。


「僕とミオ嬢が即席結界を張れば、多少の爆散くらい平気さ。いや、爆散が平気って表現もどうかと思うけどね」


 乾いた笑いで誤魔化すが、周囲の空気は一気に張り詰めた。なにせ今、鏡を抱えた砦は不安定な状態だ。小さな衝撃でも混乱が起これば、再度全員を巻き込む大惨事が起こりかねない。


 


 騎士団と合流したフィリスが、震える息で言葉をつむぐ。


「私、やっぱり看守塔まで行くわ。王家の血で鏡を落ち着かせられるかもしれないし……ここで止まっていたら、こじ開けられる危険が増すだけ」


「私も行く。鏡が暴れたら嫌でも付き合わされるし、スペイラにもさっさとわからせたいわ。変な儀式なんて、理論的にご破算にしてやるって」


 そう言い切るミオの目は鋭く、一瞬エランが小さく息を呑むほどの覚悟をみなぎらせている。彼は笑いながら、「おまえ、ほんとタフだな」と呟くが、その身体にも明らかにまだ痛みが残っていた。


 


「……で、セシリアはどうする?」


 グレゴリーに問われた彼女は、一見困り果てたように目を伏せる。だが次の瞬間、「団長、退路の設置は必須です。あの廊下に牽制役を二組配置しましょう」と極めて冷静な提案を繰り出した。大半の騎士たちが頷き、すぐ行動に移る。


 


「なんだか貴女のおかげで丸く収まっちゃってるのが怖いわね。…ま、悪い話じゃないけど」


 フィリスが苦笑混じりに漏らす。セシリアは案の定きょとんとしたまま「い、いえいえ私なんか」と俯くばかり。けれども、そこにいる誰もが彼女の働きを把握しており、そのおかげで砦の空気が微妙に軽くなっていることを肌で感じていた。


 


 猛吹雪の音が、まるで先を急かすかのように高まる。残響する鏡の呼び声が、深い闇へと誘う手招きだと思いたくはないが、追い込まれた今の状況ではそれも一理ある。誰もが強い覚悟を共有し、やるべきことを確かめ合う。


 


「行くぞ。看守塔で鏡の真相を暴き、必要なら徹底的に奴らを粉砕する」


 ミオは凛とした声でそう言い放つと、エラン、フィリス、ゼオンらも続々と立ち上がった。グレゴリーは一部隊を残して彼らを先行させる。セシリアの提案どおり、接敵ゾーンを最小限に絞る布陣で進軍するらしい。


 


 この先に待ち受けるのは、バルバロイとスペイラが織り成す狡猾な策か、それとも鏡に潜むさらなる呪いか。その答えを知るためには、結局一歩踏み込むしかないのだ。


 行こう。今はただ、吹雪を切り裂いて――誰もが胸を灼く昂揚とともに、次なる戦場へと駆け出した。どれほど過酷な道でも、ここで逃げる理由があるはずもない。そろそろ彼らに「ざまぁ」と言いたくなる瞬間を一網打尽にするためにも。

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