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バイト先で魔装少女とかいうのをやらされてます。……あの、でも俺男なんですけど!?  作者: カイロ


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ライミィ・サンディとの別離

 その日のシュガーフェストもいつもと同じように過ぎていこうとしていた。店長含む4人が新しいドーナツを作り、明也がそもそもドーナツかどうかに首を傾げ、客は特に訪れない。

 これが日常なのもどうかと思うが、ともかくいつも通りだ。食事休憩の時間になり、佐藤らの食事が終わるまで明也とライミィは店番をしている。

 まあ、客が来るかはわからないし、当然酷く暇な状態が続く。店内の掃除を2人でしていた。


「メイヤ、このかたつむりの殻みたいなヒモってなんなんよ」

「そんなゴミ落ちてたの? ていうかかたつむりの殻みたいなヒモって何さ……うわ、ほんとにかたつむりの殻みたいなヒモだ」


 従業員の半数以上が自称ドーナツである何かを作る関係上、シュガーフェストにはゴミなのかドーナツの破片なのかよくわからない形容しがたい何かが落ちている。このかたつむりの殻みたいなヒモもその一部だ。


「食べられるかな?」

「いや……やめた方がいいんじゃないかな、そもそも床に落ちてたんだし」

「たぶん大丈夫なのな。まだ動いてるし」

「ああそれなら……って動いてる!? キモい!! ライミィそれ早く捨てて!!」

「えー」


 微小な伸縮を繰り返しているそれの前にゴミ箱を差し出し、渋るライミィから手放させた。

 こういった蠢くなにかはよくドーナツの中に入っているのでそれがいつの間にか逃げ出したのだろう。これは多分佐藤が作ったドーナツ『雨上がり』の一部だ。


「ぜったいまだ食べられたのな」

「だとしても美味しくないって……」

「マズくっても食べられるなら食べ物なんよ」

「うん言ってることは偉いんだけどね……」


 未練たらたらのライミィを宥めていると、不意に入り口のドアが開かれてベルが鳴った。


「お、お客さん……!? い、いらっしゃいませ!」


 明也は慌てながら客の方へ振り向いた。

 そこにいたのは屈強な2人の男だった。黒服に身を包み、サングラスをかけた褐色肌の彼らは非常に威圧感を放っていた。

 一瞬、以前ライミィを誘拐しようとした2人組が裏社会との繋がりを持っていて、彼らに報復を依頼したのかと思い身構えたが特に何かをしてくる気配はない。

 それどころかライミィの姿を見るや否や、ぴくりと眉を動かし店の中に入ると彼女の前に跪いていた。


「えっ……? えっと、ライミィ、知り合い……?」

「……ふん」


 頭を垂れる黒服達を見るとライミィは不機嫌そうな顔をしてそっぽを向いた。反応からするに、知り合いではあるようだ。

 彼らに続くように、さらに4人が店内に入ってくる。褐色の肌に若干緑がかった色の髪をした壮年の男女と、その後ろに続くように黒服が2名。

 黒服に挟まれるような形になった男女を見て、ライミィの機嫌はより一層悪くなったように見える。


「!!」


 不機嫌な彼女を見るや否や、2人は目を丸くした。

 そして矢継ぎ早に何事かをまくし立てるが、明也には聞き取れなかった。どうやら日本語ではないらしい。

 後半は段々と涙声になり、感極まった様子で男性の方がライミィを抱きしめた。

 しかしライミィ自身はそれを振り払い、耳をつんざくような声で叫んだ。


「うるさい!! パパとママが何言ったってもう帰る気はないんよ!!!」

「パパとママ!?」


 怒声を聞いて、その中に出た単語を明也は驚愕交じりに復唱した。

 どうやら、今回シュガーフェストに訪れた客は本当にライミィの両親、という事らしい。

 それだけでも驚きだがその周囲にいる4人の黒服達。一般的な夫婦がそんな護衛を用意する訳もないし、それはつまりライミィの両親の身分の高さを示している。


「どうした明也、やけに騒がしいじゃないか」

「また何か変な人でも来ましたか?」


 騒ぎを聞きつけ、食事中だった3人が店に顔を出す。流石に自分だけで対応しきれる状況ではないので、明也としては願ったり叶ったりだ。



「そうですか、ライちゃんのご両親が……」

「うん、そういう日もいつかは来るだろうとは思っていたが」

「親子の再会ですかぁ。感動的だねぇ~、ゆうくん」

「……感動的、なのかなぁ」


 状況を説明し終わり、明也はライミィとその両親たちの方を見た。

 親の方は涙を流して喜んでいるのだが、子であるライミィの方は対照的なまでに嫌悪感を露わにした表情をしている。

 一緒に帰ろう、的な事を言って手を差し伸べる父と母に対し、ライミィは逃げるように後ずさる。まるで警戒心の強い野良猫のようだ。

 戸ヶ崎の言うような感動的再会、とは違うような気がする。


「サトー! ワタシ帰りたくないのな! お願いだからこいつら追い返して!!」

「ううーん……ライちゃんの頼みですし、断ったりはしたくないんですけど……」


 彼女の両親を騙る偽物ならばともかく、両親本人であるならばそうもいかない。佐藤も申し訳なさそうにするばかりだった。

 店長が味方をしてくれないとわかると、ライミィは自分だけで両親を追い返そうと声を張り上げる。


「……なんでパパもママも来るんよ! いつもだったら自分は絶対動かないで誰かに探させるだけだったのに!!」

「それは、それだけライミィが心配だったって事じゃないかな」

「メイヤには聞いてないのよ、黙ってて!」

「理不尽……」


 ライミィが叫んだのは自分が帰らなくてもよくなるような言い訳というより、子供っぽい不満だった。

 実際の所ライミィは子供であるし、年相応の反論という感じではある。だが、それを聞かされたところで両親は何とも思わない。

 親の視点から見れば見知らぬドーナツ屋で未成年の娘が働かされているという状況なのだ。何よりもライミィも連れ帰る事を優先したくなっても仕方ないだろう。

 お願いだから、言う事を聞いてくれ。そんな顔をしてまたライミィに手を差し出す。


「ッ、嫌! ぜったい、帰んないのな!! キョー、メイヤ、トガサキ、ワタシここにいたいんよ……」


 その手から逃げ、ライミィは明也ら3人の体に飛び込むように抱き着いた。

 縋るような声で名前を呼ばれ、正直守ってやりたいような気分にはなった。しかし、京にも戸ヶ崎にも、そして明也にも動くことはできなかった。だってそれをやったら本当に捕まっても文句言えないし。


「流石に直接親が来てはな、どうにもできんな……」

「そもそもライミィの家出の理由とかも知らないし、俺も何とも言えないかな」

「なにも今生の別れというわけじゃないですしぃ、お父さんとお母さんのお話を聞きに1回帰ってみてもいいと思いますねぇ」

「……やだ、ぜったいやだああああぁぁぁぁ!!!!」


 明也らの言葉を聞き、ライミィは絶叫と共に泣き始めてしまった。

 ここまで全力の拒絶を見せられて、もしかしたらライミィは実家で相当ひどい目に会わされてきたのではないかと明也は疑い始めてしまう。

 父も母もそんな行いをするようには見えず、むしろとても優しそうな顔つきだが、もしかしたら実際はそうでもなかったりするのだろうか。

 両親の元へ歩かせる前に、明也は聞いておく事にした。


「……先にこれだけ聞いておきたいんだけど、ライミィってあの人達と一緒に過ごしてた時って、どんな生活をしてたの?」


 そう質問すると、ライミィは涙を堪え、ゆっくりと答え始めた。


「……部屋の真ん中に立ってボールを投げても壁に当たらないくらい広いワタシ専用部屋を与えられて着替えのたんびにメイドが着替えさせにくるのな。ご飯もシェフが毎回毎回使った食材の産地とかの話をずーっとしてて終わるまで食べちゃだめだし、勉強を教える先生もママが雇ったスゴイ人とからしいけど、何言ってるのかよくわからないんよ」

「…………」

「庭が広くて好きなだけ走り回れるのは楽しかったけど、あんな所に戻りたくないのな……!」

「戻ってもいいんじゃないかな……」

「なんでよメイヤー!!!」


 虐待の疑いどころか過保護なまでに大事にされていた。というか、語る内容からライミィがやんごとなき身分を持つ事が浮き彫りになりつつある。

 大切にされているのであれば返すのをためらう理由など完全になくなる。というか拒もうものなら親御さんからどんな目に遭わされるか分かったものでは無いし、明也としてはなんとかライミィにも納得してもらいたい所だ。


「ですが、私としてはライちゃんにはやっぱりここで魔装少女を続けて欲しくもあるんですよね……」

「や、店長流石に諦めましょうよ……! あんなのどう説明したって許可なんかしてもらえませんから……!!」


 諦めきれない、といった口調で放った佐藤の言葉に、日本語がわかるらしい黒服の男の1人がライミィの父に何事か耳打ちをしている。

 しばらく話し合った後、その黒服が懐からやたらと分厚い封筒を取り出して佐藤の手に握らせた。

 神妙な面持ちで封筒の中身を佐藤は確認する。


「暁くんの言う通りですしここは素直に引き下がっておきましょう」

「本当に俺の言葉に納得しての行動ですか!? 何貰ったのか見せてくださいよ!」

「いえ、これは何も関係ありませんのでー! 全く関係なくライちゃんはご両親に元気な姿を見せてきてあげるといいんじゃないかなーって思いますー!」


 明也に取られないよう背中側に封筒を隠しながら言う佐藤を見て、ライミィは両親をきつく睨んだ。


「ッ、そういう所も嫌い! 困ったときは全部お金、他人の事なんて何も考えてないのな!」


 聞き取る事はできているのか、その叫びを聞いて両親は悲しみの表情を見せる。何も言い返せないようだ。

 かなり効いていると判断したらしきライミィはしたり顔になり、さらに畳みかけるつもりらしい。


「それに、パパとママがなんて言ったって帰らない理由はちゃんとあるんよ! ……ちょっと待ってるのな!」


 そう言って、ライミィは店の奥に引っ込んだ。

 数分バタバタと慌ただしい音が続き、準備を終えたらしいライミィが再び姿を見せた。


「……!?」


 戻ってきたライミィの姿を見て、明也は彼女の両親と同じ表情をし、佐藤と京と戸ヶ崎は凛々しく自慢げな顔をしていた。


「ほら見てパパママ! ワタシこの町の平和を守るためにまそーしょーじょをやってるんよ! だから、帰るわけにはいかな……あ、ちょっと! なにするんよ! 離して!」


 魔装を着た彼女を見るや否や、黒服達がライミィを更衣室に押し戻した。その後すぐに着替えさせられて私服に戻された状態で担ぎ上げられて戻ってきた。

 納得いかなさそうに喚きながら暴れるライミィだったが、逞しい男4人に手足を拘束されては抜け出せないでいるようだ。


「そんな、何故……!?」

「ライちゃんの説得のどこに欠点があったんでしょうか……!?」

「問題なんてどこにもないはずなのにぃ」

「当然も当然の結果でしかないと思いますが……」


 やはり、あの衣装は子供が着るには適さないと判断されたのだろう(大人でも恥ずかしいが)。ようやく自分と同じ感覚を持つ者が現れて明也は他3人とは違いホッとした。

 先程までの優しい表情が消え犯罪者を見るような目で明也たちを見てくるライミィの両親は娘を抱えた黒服に続いて店を出て行く。去り際、何かを言い残していったが、多分言葉が通じなかったのが幸いだと思うような事を言われている気がした。

 店のドアが閉まるのと同時に、佐藤はその場に膝から崩れ落ちた。


「ライちゃんが……攫われてしまいました……!!」

「いや帰るべき場所に帰っただけですからね?」

「取り戻しに行きましょう!」

「国際問題になるから絶対駄目です」


 奪還を試みようとする店長を明也が抑え、閉まったドアを見つめていた。

 その日からシュガーフェストの店員は1人減ってしまう事になる。


 ライミィ・サンディが両親によって連れ戻された翌日。シュガーフェストの店内には佐藤の溜息が満ち溢れていた。


「はぁぁぁ~……」


 レジに突っ伏した姿勢で幾度となく吐息が零れ出る。今日はずっとこんな調子なので、店長と共に店番をしている明也まで気が滅入ってしまいそうだった。


「そんないつまでも引きずらないでくださいよ店長……いずれは絶対親元へ戻るべきだったんですし」

「わかってますよ暁くん、……でもこれで4人になっちゃうじゃないですか。4人ですよ? 4人。嫌じゃないです?」

「え? ……えっと、4を言い換えて『死』になるから縁起悪い、みたいなやつですか? 俺は別に気にしませんけど」

「そうじゃなくて、5人とか奇数の方が全員揃った時に締まった画が作りやすいんですよ。今はちょっと不揃い感が強いと思うんですよ」

「……俺は別に気にしませんけど」


 話している限りでは落ち込んでいるのかどうか分からないが、なんとなく活気は以前より薄れた気がする。

 明也としても落ち込んだ佐藤を見ているのはしのびないのでどうにか気を取り直してもらいたいところだ。

 とは言ってもライミィの代役を探すというのも難しいだろう。明也にはシュガーフェスト以外の交友関係のある人間はいないし、あの衣装を着てくれる者となればなおさらだ。

 何か彼女の気の紛れる話題でも提供できれば、そんな事を考えるがやはり明也には特に思いつかない。

 そんな時、店の入り口のドアが開けられ、来客を告げるベルが鳴った。


「いらっしゃ……」


 ドアの向こうから顔を出した人物を見て、明也は言葉に詰まった。ここに現れるはずのない者が現れたからである。


「ら、ライミィ!?」

「えっ、ライちゃん!?」


 咄嗟にその名を呼ぶと顔を伏せっていた佐藤もガバっと飛び起き、入店してきた彼女の姿を見る。

 それはまぎれもなくライミィ・サンディであった。両親の元へと連れ帰られたはずの緑がかった髪色と褐色肌の少女は、再びシュガーフェストに1人でやって来ていたのだ。


「やー、また来ちゃったのな」

「ライミィ……!? お前なんでここに!?」


 家に帰ったんじゃ、と明也が問い詰めるとライミィは頭をかきながら暢気そうに笑いながら答える。


「あの後ずっとパパもママも何言っても聞いてくれなくて『あの場所の事は忘れろ』の一点張りだったんよ。……話にならないから、また抜け出して泳いできたのよ」

「ああ……やっぱりライミィの家って海の向こうにあったんだ……」


 顔立ちも日本人っぽくなかったしそんな気はしていたのだが、そうなると一体どれほどの距離を泳いできたのだろう。最も近い国であったとしても相当離れているだろうし、信じられない体力だ。


「でも、それだとすぐまたライミィの両親が来そうだけど」

「へーきなんよ。ワタシの気が済むまでここにいるし、連れ戻されたって何度でも脱走して出て行くって言っておいたのな。だから完璧なのな」

「完璧かな……」

「ちゃんと行き先と滞在期間を報告してきたんですね。偉いですよ、ライちゃん!」

「黙って出て行くよりはマシだとは思いますけどそこで褒めるは絶対甘やかしすぎですよ店長!!」


 そうして、ライミィはシュガーフェストへ戻ってきたのだった。

 彼女の親の気持ちになるととても喜ばしい事とは言い難いのだが、佐藤が元気を取り戻したようなので明也としてはまあオッケーである。

 おかえりなさい、ライちゃん! と佐藤に抱き締められたライミィは、今日から再びシュガーフェストの店員として働く事になった。

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