ライミィ・サンディを救え!
コンテストが終わって数日後。明也は新たに店の商品として加わった紫結晶のペンダントをなんとも言えない表情で見つめながら店番をしている。
相変わらず来客絶無のシュガーフェストのレジで1人立つのは酷く時間が経過するのが遅く感じられる。他の4人は奥の調理場でいつものように新しいメニューを考えている。
あと10分で明也が休憩を取る時間になるのだが、その10分が過ぎるのが遠い。楽ではあるが、暇すぎるのも考え物である。
そんな無の境地に達しかけている明也の耳にチリンチリンという音が届く。ドアが開かれベルの音が来客を告げる。
「おお……!? い、いらっしゃいませ」
客が現れてビックリした明也はどもりながらも挨拶した。
2人組である。どちらも若干日焼けして浅黒い肌の男。髪を金に染めていて、明也はちょっとビビる。
いかつい顔で店内をジロジロと見回す彼らだが、ドーナツが目当てというわけではないのか商品棚をあまり視界には入れていない。
少ししてから男の内片方が明也と視線を合わせ、明也の方へ歩いてくる。風貌的に威圧感があるせいでいきなり殴りかかられたりとかしそうで明也は怖かった。
「あ、あの……何か……」
「ちょいと聞きたいんだけどさ、ここに髪が緑っぽい女の子いるよね?」
外見の印象からは少し離れた、柔らかな声でそう聞いてきた。どうやらライミィに用があるらしい。
「えっと、ライミィの事、ですよね」
「……そうそう、俺達ライミィの親戚なんだよね」
明也の問いに返された言葉を聞いて、思わず声を上げて驚いた。
「えっ、ライミィの!?」
いずれ来るかもしれないとは思っていたが、こうも何の前触れもなく現れられては面食らってしまう。
親族が探しに来たのであれば隠す必要もないし、ライミィ本人が納得するかは別として引き渡す以外にない。ないが……
「……でも、その割には2人ともあんまり似てないような」
ライミィの親戚を名乗る割には顔に面影などが見えないのだ。
まあ親兄弟ではなく親戚であればそういうものかもしれないが、それでも明也の前にいる男とはまるで似ていない。なんというか国籍から違うような感じだ。
「あ? なに、似てなきゃなんかマズいワケ? 親戚だって言ってんでしょ」
「それともお兄ちゃん、もしかして隠す気? んなことして警察に通報したらどっちの立場がヤバいとかぐらいわかるよね?」
「い、いやあでも本当に親戚かどうかとかわかんないですし……」
明也の言葉を聞いた途端、男の口調が荒くなった。少し離れた所にいた方もそれに追随して明也に語気を強めた言葉遣いで威圧してくる。
「いいから出せっつってんだよ! マジで警察呼ぶぞ!!」
「どうかしましたかー暁くん? 騒がしいみたいですけど」
声が調理場の方まで届いていたのか、奥にいた佐藤が様子を伺いに来る。話題のライミィを含む他3名もその後に続いて出てきた。
それを見つけた男は明也に怒鳴り散らしていたのが嘘のように優しい声色に戻ってライミィへと近寄る。
「あーいたいた。君がライミィだよね? 俺、君の親の知り合いでさ。ずっと探してくれって頼まれて探してたんだよー」
「は? 誰よお前。パパもママもお前みたいなのと知り合いじゃないのな」
「子供が思ってるよりオトナの交友関係は広いんだよ。ほら一緒に行こうか、パパとママが心配してるよ」
ろくに取り合おうともせず、一方的にそう言って男の片割れがライミィの腕に手を伸ばした。
が、彼女の腕が掴まれる前にその手ははたき落とされた。
「……あ? おい、何の真似だ」
自分の行動を妨害した相手に男は睨み返す。視線の先には、その男以上に剣呑な表情をした京がいる。
「うお……」
「失せろ」
背筋の凍るような声色で言われ、男は手を引いた。
だが気圧されたとかではない。単純に京が何かを切り分けていたからか包丁を持っていたためだろう。
少しの間怯えていたような表情を見せた男だったが、すぐにいやらしい笑みに変わった。
「……へへへ、こんな事していいと思ってるのかよ? 刃物で脅されたって言ったらさぁ、警察だって黙っちゃいないぜ?」
「む、それはそうだな」
その言葉に京が同意を示すと、男はさらに口角を上げた。
「じゃあ、あんたにも一緒に来てもらおうかな? そうしたら警察にも何も言わないでおいてやるからさ……」
「そんなことしなくてもぉ、もっと簡単に解決できますよぉ」
今度はライミィだけでなく京にも手を伸ばした男だが、不意に自信の背後から発された声に驚き振り向いた。
いつの間に背後に回り込んだのか、笑顔の戸ヶ崎が立っている。なぜか、片手を後ろに隠していた。
「喋ってほしくない事があるならぁ、これが一番ですよぉ」
「うおおお戸ヶ崎さんストォーーーッップ!!!!」
「おおっ!?」
後ろに回していた手が見える位置にいた明也はその腕が振り上げられた瞬間に止めに入った。背後から手首を掴み、もう片腕で胸の下を抱くようにして無理矢理止めた。
握っていたのは調理場の冷凍庫にある大きめの長方形の氷だった。どうやって切り出したのかは知らないが、その角の部分が握られた手は男の顔のすぐ前で止まっている。
「やぁーエッチですよぉー! いくら先輩でもやっていい事と悪い事がありますからねぇ!」
「そのまま返すよ!! 殺しは駄目だって!!」
咄嗟に押さえたせいでかなり際どい所に腕が回っているが、だからといって少しでも力を緩めるとすぐに抜け出されて今度こそ手にした氷で脳天をかち割らんとするつもりの如く暴れるので、我慢してもらうしかない。
男の方はというと今ので怖気づいたのかもう一人の男の方へと這うように逃げていった。
「アイツマジで殺すつもりだったぞ!! 何だよここ……頭のおかしい奴しかいねぇのか!?」
「それを言われるとちょっと否定できない……!」
明也達の事を狂人の集団のような目で見始めた2人の男はそのまま後ずさって店から出て行こうとしていた。
「お前ら絶対ぇ許さねえからな……!! こんな事しやがって、後悔させてやる!!」
「覚悟しとけや!!!」
最後に捨て台詞を残してから消えていった。
嵐が去ったかのような静けさがシュガーフェストに戻り、明也は緊張が解けたように息を吐く。
「……なんだったんでしょうね、今の人達」
「なんだって一緒ですぅ、あんな人を騙そうとしてる目をした奴はもっとわかりやすく解決するべきなんですよぉ。……それと明也さぁん、早く話してくれないとほんとに怒りますよ?」
「あ、ああ……ごめん、忘れてたよ」
戸ヶ崎に言われ、明也はさっと拘束を解いた。ゆうくんを腕の中に抱え直してほっぺを膨らませながらちょっと怒るような視線を向けてきたが、それ以上の言及は特になく終わった。
「親戚、って言ってたけど……ライちゃんとはまったく似てなかったですよねー」
「あたりまえなんよ。ホントにパパとママの知り合いならあんなショボい格好してるわけないのよな」
そしてライミィもやはりあの男達の事は知らなかったようだ。久しぶりに出た家族の話を語る口調にはある種の信頼のようなものが感じられるが、あまり愉快そうな顔ではなかった。
ともかく彼女の身内を騙ったという点から考えるに、あの2人は誘拐なんかをするつもりだったのかもしれない。
「誘拐にしても、随分堂々としたもんですよね。しかも店の中にまで来て名指しで、だなんて……」
「……元々アテがあったのかもしれんな。ライミィは家出してきているし、どこかでそういった情報を嗅ぎ付けてきたのだろう」
男達が訪れた理由を京はそう考察した。
確かに、家出したライミィの情報などが親族の手で出回っていて、それを悪用してライミィを攫おうとしていた可能性はあるかもしれない。
もしも気付かずにライミィを渡していたら大変な事になっていただろう。両親に身代金を要求したり、他にも様々な目に遭わされていたはずだ。
今回追い払えたのは良かったが、とても諦めたような態度ではなかった男達の事を考えると、まだ安心はできそうもない。
「ううう……どうしよう、京ちゃん……」
「どうするか、なんて聞くまでもないじゃないですかぁ、店長さん。私達って魔装少女なんですよぉ?」
「戸ヶ崎さん……?」
うろたえる佐藤に、戸ヶ崎はそういって割り込んできた。しかし佐藤には彼女の言葉の真意は分からず、首を傾げるだけだった。
「悩む必要なんてないんですよぉ。こういう時はぁ、魔装少女の力で解決すればいいだけなんですからぁ」
「……あ、そういう事ですね。あんな悪い事しようとした人なわけですしマリスドベルが生まれてないわけがないから、それを倒して少しでもあの人達の心を入れ替えてもらうって事ですね!」
「……? そぉじゃなくて魔装で強化された身体能力でこう、プチっとですねぇ」
「なんで戸ヶ崎さんはさっきからそんな暴力的な解決を図ろうとしてるの……?」
何かを叩き潰すようなジェスチャーを見せる戸ヶ崎に、明也はあの手の人間と過去に何かあったのでは、と思う。
大切に抱かれている人形のゆうくんの事も合わせて考えると非常に深い闇の予感しかしないので、とりあえず明也は話題をそこからずらす。
「ともかく店長の言葉も一理あると思うし、まずは俺達全員であの2人組のマリスドベルを探してみるのがいいんじゃないでしょうか!」
「そうだな。それらしい反応は特には見られないが……実際に探してみないとわからない時もあるだろうしな」
自身のスマホの画面を確認しながら京が言う。いつものマリスドベルの位置を教えてくれるアプリだろう。
「……ところで前から気になってたんですけど、そのアプリって先輩しか使ってなくないですか?」
「ん、それは博士が私のにしか入れてないからだな」
「それ、みんなのスマホにあった方がよくないですか?」
「明也の言う事も最もなんだが……博士が作り方を忘れたらしくてな。もう作れんそうだ」
「コピーとかできないんですか……!?」
そんなわけで、マリスドベルの捜索をする事になった。今回は京と戸ヶ崎、そして明也と佐藤とライミィの2チームに別れて行う。当然、いつ敵と遭遇してもいいように全員魔装を装着してだ。
初めて魔装の姿で茅原町を歩き回るとなった時、明也は酷く羞恥心を覚えたものだが、最近はそれも少し薄まりつつある。これを良い変化と見るかどうかまでは明也にも未だわからないが。
「それにしても、こういう時に限って何も出てこないですね」
店を出てから数時間ほどかけて茅原町を回っているが、マリスドベルの影も形も見当たらない。平和であるの事態は喜ばしいのだが、今回ばかりはそれでは困る。
「いつもは向こうから来てくれるんですけど、探すってなるとなかなか見つけられないんですよねー」
明也のこぼした愚痴に佐藤も乗っかる。共に町を捜索するのも何度目かになるが、毎度毎度長期に渡って怪人が現れないのはやはり退屈なようだ。
「ていうか、マリスドベルが生まれてるかだってわかんないのな。いないかも、なものを探すのってすっごい大変なんよ」
「いや……いるって、流石に。子供を騙して攫おうとするような奴から悪意の怪人が産み出されないわけがないし」
と、そこまで言って明也は以前佐藤が『マリスドベルの出現に宿主の悪意の大小はあまり関係ない』という話を教えてくれていたのを思い出す。
「……いますよね? 店長」
まさか、と思いながら明也は問う。
が、佐藤は視線を逸らしてちょっとぎこちなく笑っている。
「えへへへ、その、いるのを前提にして探した方が気合は入るんじゃないかなーって思います」
「ぐうう……つまり数時間は無駄になったってわけですね……!!」
「む、無駄じゃないですー! いないとわかったのも収穫ですし、もしかしたら京ちゃんたちの側が見つけてもう倒しているかもしれませんし!」
どちらにせよ明也達がマリスドベルを見つけ出せる可能性はほとんどないという事だ。それを理解すると、明也は急激に疲労感を覚え始めた。
「……ある程度町も見て回れましたし、もう帰りましょうか」
「あーん暁くんー! そんなわかりやすくやる気をなくさないでくださいよー!」
今回ばかりは途中でマリスドベルが出現するようなこともなく、しばらく佐藤に懇願されて捜索を続行したが何も起きないで終わった。
3人はシュガーフェストまで戻ってくる。
「……ああ、戻ってきたか、明也たち」
「あれ、先輩ももう帰ってたんですね」
店に入るなり先に帰還していたらしい京が明也たちを出迎えた。だいぶ疲れたというかくたびれたような顔をしているあたり、彼女らの方も収穫は何もなかったようだ。
「いやあ、そういえば先輩もマリスドベルの反応が見当たらないって言ってましたもんね。考えてみればそりゃあ見つからなくっても仕方ないですよ」
「ま、今日のところは町が平和だったってわかったしそれでいいんよ」
「そうですね。……でも、それだとライちゃんが」
マリスドベルが見つからなかったという事は、ライミィの身が危険に晒される可能性が未だ消えていないのを意味する。
佐藤の呟きに、何の解決もできていないという事実を明也は思い出していた。
「そうだった……! どうしよう、あの2人……」
「いや……そこについては、実はもう心配しなくてもいい」
なにか対策を、と考えようとしていた矢先に京がそう言って割り込んだ。
「え!? ……もしかして、もう何か対策が済んでいるって事ですか!?」
「うぅん……そう言って、いい、と思う」
明也が聞き返すと、やたら歯切れの悪い返答をされる。かなりためらうような物言いだ。
「ところで、トガサキはどしたのな? 一緒じゃないの?」
ふとライミィがそう聞くと、なぜか京は呻いた。若干顔色も悪くなっているような気がする。
「や、いるにはいるとも。……奥で、洗ってる」
普段の落ち着きようが嘘のように今の京は様子がおかしい。戸ヶ崎との見回り中に何かあったのかもしれない。
「もしかして、先輩か戸ヶ崎さんのどっちかが怪我とかしましたか? なんか変ですよ」
「……怪我は、してないん、だがな……まあ、気にするな」
本人は心配いらないと言うが、明らかに何かあったふうだ。
どうしたのかを聞き出したい所ではあるが、動揺しつつも話す気は見せないので難しい所だろう。
「はぁー、さっぱりしましたぁ」
そんな時調理場の方から戸ヶ崎が姿を見せた。なぜか髪がしっとりとしていて、風呂上りの直後のようだった。
「……店長、ここってお風呂とかって付いてましたっけ」
「ないですねー」
「すみませぇん、ちょっと途中で汚れちゃったのでぇ、体を洗ってましたぁ」
「洗ってるって手とかじゃなかったんだ!? 何したらそんな汚れるの!?」
頭から田んぼにでも突っ込んで泥まみれにでもなったのだろうか、戸ヶ崎は調理場の水道で体を洗っていたようだ。湿った髪の毛からはシャンプーの良い香りがする。
「ええっと、マリスドベルを探してる途中で町のごみ掃除に精が出ちゃいましてぇ」
「……それでカラだと思ってた空き缶を拾ったら変な汁が出てきた、とか?」
「だいたいそんな感じですねぇ」
ゆうくんを両手で抱えながら戸ヶ崎は柔らかく微笑んで肯定した。
別の目的があったとはいえ町の美化に協力するのはそこまで悪い事ではないと思うのだが、もしかして京がやたらと様子がおかしいのはこれが原因なのだろうか。
明也が知らないだけで、実は佐藤は勝手に別の行動をされるのを凄く嫌っていたりとかするのだろうか。
「ポイ捨てされていたゴミを見過ごせなかったんですね。……えらいっ! 偉いですよ戸ヶ崎さん! やっぱりあなたには私が見込んだ通りに魔法少女としてやっていける素質がありましたね!!」
「いや、俺らは魔装少女ですけどね」
そういうわけでもなかった。むしろ戸ヶ崎の行動を称賛しているし、普段の佐藤を思えば規則に厳しい性格なわけがないのは少し考えれば明也だってわかる。
……そうなってくると、京はどうしてあんなに挙動不審なのだろう。
「あの、戸ヶ崎さん。他には何かなかった?」
「他ですかぁ? なんにもしてないですけどぉ……」
「え、そうなの?」
意外な返答を返され、明也は驚く。ゴミ拾いだけであんなに動揺するわけがないし、他の出来事があったのだと思ったのだが。ゴミだと思って掴んだら新鮮な犬のフンとかだったりしたのだろうか。
「でも、それだとライミィがもう危険じゃなくなったっていうのと話が繋がらないような……。ゴミ拾いしただけなんだよね?」
「そうですねぇ。ごみ掃除以外には何もしてませんねぇ。でもライミィさんの身の心配はしなくって平気ですよぉ」
「……???」
そのまま「もう安心ですねぇ」とライミィの頭を撫でに行った戸ヶ崎の話に、明也の頭の中は疑問符でいっぱいだった。
ゴミ拾いの最中にあの2人と出会って話し合いで解決でもしたのだろうか。とてもそうなるとは思えない。すぐに否定する。
そもそもあんな連中の口約束などどこまで信用できるものか。案外、普通に警察に相談しに行ったら即逮捕してもらえたりしたのだろうか。それだとやはり京の様子に説明がつかないが。
「戸ヶ崎さんはああ言ってますけど……実際の所どうなんですか? 先輩」
「……まあ、心配はいらない、だろうな。あの2人組がまた何かしてくる事はもうないだろうし」
京の言葉通り、それから何日経ってもあの2人の男がシュガーフェストに現れる事も無かったし、嫌がらせを仕掛けたりといった行為も起こりはしなかった。
何があったのかは明也にも分からずじまいだが、不思議な事もあるんだなあ、と明也はそれ以上深く考えなかった。




