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バイト先で魔装少女とかいうのをやらされてます。……あの、でも俺男なんですけど!?  作者: カイロ


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ドーナツ作りコンテスト開催!

 珍しい事に、シュガーフェストに客が訪れていた。

 いや、商売をしている店なのだから客が来るのは本来珍しくはないのだが、閑古鳥の鳴き喚くような静寂さを保ち続けたシュガーフェストからすれば珍しかったのは事実だ。

 明也としてもそれは嬉しい。なにせこれまで客としてこの店を訪れた人間は例外なく異常であったからだ。ストーカーに、殺人鬼に、戸ヶ崎に……。

 今回の客は正常そうな人だった。初のまともな客に、明也は涙すら流しそうになる。たった1人来ただけでこれなのに、なんとその日は3人もの来客があったのだ。

 まあ、来たは来たのだが……。


「…………うん、また来るよ」


 店内をひと通り見て回った客は3人ともが苦笑いをし、同じような言葉を述べて何も買わずに店を出て行った。

 無理もない。なにせ店の中に並ぶドーナツは口に入れていいのかどうかすら危うく見える代物ばかり。正常な人間であれば逃げ出すのが道理だ。


「……駄目だ、やっぱりこのままじゃ駄目だ」


 買ってもらうどころか見ただけで恐怖される始末。このラインナップのままではいつ経営破綻をしても不思議ではない。客のいなくなった店内で明也は深いため息とともに首を振った。

 そしてある事を決めた明也は調理場へと向かった。そこではいつものように4人の女性が悪魔召喚実験、もといドーナツ作りをしている。


「あっ暁くん! ちょうどいい所に! 見てください私の作った新ドーナツ、まるで鉄みたいに硬いんですよ!」

「わー、だから鉄鉱石みたいな色してるんですね。……いえ! それはそれとして、お話があります!!」


 改めて、明也は佐藤たちの前で宣言をする。全員の視線が自分へ集中したのを確認してから、再び口を開いた。


「コンテストを開きましょう!」


 その言葉に、きょとんとした顔で戸ヶ崎が聞き返す。


「コンテスト、ですかぁ?」

「そう! この店で働いてる5人全員がそれぞれドーナツを1つ作って、もっともおいしいドーナツを作った人を決めるんだよ。で、優勝したドーナツはレギュラーメニューとしてお店に並ぶことができる! ……っていうのを考えたんですけど、店長、どうでしょうか?」


 一通り概要を説明した明也は佐藤の様子をうかがう。彼女が拒絶すればそれまでだが、反応はいかに。


「あら、楽しそうですね。お互いに競い合えば自然と技術も磨かれて、今以上にドーナツ作りに励むこともできるわけですから、すごくいいと思います! 毎月やってもいいかもしれないですね!」


 明也の想定以上の好印象だった。それどころか月イチでの開催すら視野に入っている。願ったり叶ったりでしかない。


「ほんとですか!?」

「はい。そういう楽しそうな行事を提案してくれるのは私も嬉しいですから。……それじゃあ早速ですけど、第1回コンテストは明後日に開催しましょう」

「え、明後日ですか?」


 行動が早いのは嬉しいがちょっと急すぎるような……。そう思って聞き返すと、佐藤はふふーん、と笑う。


「こういう楽しそうな事は素早く始めるべきなんですよ。その方が情熱もいっぱいで催し物も楽しくやれるものです」

「……なるほど。そうかもしれませんね」

「そうですよー、せっかくやるなら楽しくなくちゃです!」


 明日中にどんなドーナツを作るか考えておいてくださいねー、と続いた佐藤の言葉を聞いて、他の3名もやる気を見せた。


「まさかドーナツ作りで勝負を挑んでくるとはな。なかなか無謀な事をするじゃないか、明也」

「ふふーん、この中でワタシが1番おいしいドーナツを作れるから、やる前から優勝は決まってるようなものなんよ」

「この前の幼稚園では何もできなかったですからねぇ。今度こそゆうくんとの愛の力で世界一のドーナツを生み出しちゃいますよぉ」

「……揃いも揃ってよく言えたなあ」


 その間欠泉のごとく湧き出ている自信はいったいどこからくるのか、明也は気になった。

 ともかく、これでコンテストの開催は確定となった。こうなってさえくれれば明也は自分の作ったドーナツでトップを勝ち取る事ができる。

 可能性とかですらなく、確実な勝利が待っている。ほか4名はライミィをギリギリ除くとしても、そもそも食べ物であるかすら疑問視されるものを生み出すので始めから参加者は明也だけのようなものだからだ。

 結果が見えている戦いに彼女らを挑ませるのは少々申し訳なさで気が引けるのだが、シュガーフェストの将来のためにもなんとかしてまともなメニューを並べてもらう必要があるので仕方がない。明也は心を鬼にした。


「じゃあ、明後日に向けてみんなで頑張っていきましょー!」

「「「おー!!!」」」


 佐藤の言葉に合わせて、3人は揃った返事を返した。明也も、何を作るか早速考え始める。

 ここで優勝すればいくら発案者である明也のドーナツといえども店に並べてもらう事が可能だろう。せめて1つ、この店に買ってもらえる可能性のあるものを置きたい明也は真剣にレシピを考え続けた。


 時は過ぎて2日後。再び調理場に集合した5人はいずれもが自分が優勝する、と信じて疑わないような自信に満ちた顔をしていた。


「それでは皆さん、今から第1回おいしいドーナツコンテストを開催しまーす!」

「そのまんまですね……」


 佐藤の若干気の抜ける宣言と共に、明也を除く4人が早速ドーナツ作りに取り掛かった。いつもとはかけ離れた真剣な表情をしていた。

 その顔を見て、もしかしてこの人たち今回ばかりは真面目にドーナツを作るつもりなのか? と思った。明也は焦り始める。別にまともな物が店に出るならそれは構わないのだが、明也もできれば自分の考えたドーナツで優勝を勝ち取りたい。良い物を作れば店長に褒めてもらえるかも、という思いもある。

 ともかく優勝するのは簡単ではなくなってきているかもしれない。止まっていた身体を動かし、明也も遅れて作業を開始する。

 基本的にはレジに立つことの多い明也だが、密かにドーナツ作りの練習もしているので、慣れた手付きでまず生地を練り始めた。よそ見をする余裕さえある。

 他の4人はどうしているか気になり、明也は佐藤の方へ視線をやった。明也以上に出遅れたようで、今から生地を作るようだ。


「よーし、まず牛乳を……」


 小麦粉の入ったボウルに牛乳を注ぐ。さすがにシュガーフェストの店長だけあって目分量ながらも分量は完璧だ。

 そう思ったのも束の間、なぜか牛乳を注いだボウルからは薄紫色の結晶がビキビキと音を立てながら生え始めた。

 巨大な結晶塊の生えたボウルを佐藤はしばらく見つめていた。


「完璧ですね!」

「何が……!?」


 何が起きたのか、何に佐藤が納得したのかもわからなかったが、あそこからまともなドーナツが生まれるはずもないのでコンテストからは脱落したと見ていいだろう。

 次に京の方を見た。こちらも明也の先輩だけあって手際が良く、既にかなり先の工程へ進んでいる。業務用の大型フライヤーの前に立つ彼女は余裕の表れかのように鼻歌を歌いながらドーナツを揚げ始めていた。


「……?」


 が、揚げているドーナツをよく見ると何かおかしい。黒っぽい体毛のようなものがびっしりと生えており、油に浸っていない上部分のそれが逆立ちながらうねうねと蠢いているのだ。


「……さーて、ライミィはどうかな」


 見なかった事にした。そういえばなんだか小さな悲鳴のようなものがドーナツの揚げられる音に交じって聞こえないでもないが、そちらも明也は聞かなかった事にした。

 次いでライミィの方を見てみたが、今の2人と比べるとだいぶ普通だった。しっかり練られた生地を適度な大きさにちぎり、穴を開けている所だが形もいたって普通のドーナツだ。

 ……まあ色はおかしかったが。焦げたわけでもないのに真っ黒で、いやよく見るとそれは赤黒い色をしていた。少し距離のあるはずの明也の所に目と鼻を刺激するような匂いが漂ってくる。

 辛い物が好きなライミィの事なので、正体はわかる。しかし、それは流石に致死量に達しているのではないだろうか。

 そんなふうに思っていると、明也とライミィの目が合った。


「どしたのメイヤ。もしかして味見したいのな?」

「いや、大丈夫」


 さっと目を反らして、自分の作業に戻った。あれを口にしたら間違いなく気絶する確信がある。

 しばらくしてライミィが明也自身から視線を外したのを横目で確認して、残る1人の方を見てみた。

 戸ヶ崎は熱心に生地をこねていた。それもゆうくんを手放さず優しく抱いたままの状態で。最近は見慣れてきていたが、とんでもなく器用だなあ、と明也は思う。

 動かす手は淀みがなく、ゆうくんにも一切粉や液体をかけて汚したりもしていない。真剣そのものな表情を見せる彼女の姿は、とても輝いて見えた。


「ゆうくぅん見て見て、綺麗な生地ができたんだぁ。これからどんなドーナツができるか楽しみでしょぉー? うんうん、そうだよねぇ、ゆうくんも楽しみにしててねぇ」


 手元のゆうくんに話しかけながら、戸ヶ崎はこれまた器用にドーナツ生地をちぎり、真ん中に穴を開けていく。

 不思議な事に、今回は前に明也と共にやった時のような異常な現象は起きなかった。普通に穴の開いた生地である。……いや、穴を開けただけで異常が発生する方が明らかに不思議な事なのだが。

 しかし普通にドーナツが作れるように成長したのなら明也としては喜ばしい。その調子でもっと腕を上げていってほしいところである。

 ドーナツを揚げ始めたのを見て、明也も視線を手元に戻した。自分の生地も完成し、次は揚げるだけだ。


「あぁー、ちょっと失敗しちゃったぁ……」


 生地を持ってフライヤーへと近づいた明也は、戸ヶ崎のそんな呟きを聞く。それとなんだか焦げたような匂いが微かにする。

 温度を間違えたのか、焦がしてしまったようだ。遅れてため息がこぼされる。

 横顔を覗いてみると、相当落ち込んでいる様子だ。気合が入っていただけにこのミスが大きなダメージになってしまったのかもしれない。

 流石にそれは放ってはおけない。明也は少しフォローを入れてみる。


「焦げちゃった? ……うん、誰だって間違える時はあるからさ、あんまり気を落とさないで」

「あ、明也さん。いえ、焦げちゃったわけじゃないんですけどぉ」

「え、違うんだ?」

「はぁい。内側から瘴気が少し漏れちゃっただけなのでぇ」

「あー、そうなん……え、何!? 瘴気って!?」

「明也さんも使うんですよね? 今終わったのでどうぞどうぞぉ」


 油から引き上げられた戸ヶ崎のドーナツは、揚げる前の真っ当な姿はどうしたのか、ねじれた状態になっており全体が若干紫がかった金属色のコーティングが施されている。ドーナツではなく、少し大きめの指輪のようなデザインだった。

 以前と比べるとやはり腕は上がったのだろう。非常に綺麗なものだった。……だったが、どちらにしろやはりドーナツではない気がする。


「しょ、瘴気って何なの……!?」


 特に明也の質問に答える事はなく、戸ヶ崎はフライヤーから離れていった。

 言いたい事は他にもいろいろとあったが、まああれで優勝はやはり無理だろうと明也は悟った。彼女に気を取られて自分のドーナツを焦がすわけにもいかないので、慎重に火加減を見ながら揚げていく。

 その後は何事もなく明也のドーナツも完成し、全員のドーナツが出揃った。5つの皿に乗せられたそれぞれのドーナツを見て、佐藤は頷いた。


「うん、どれもこれも個性が溢れてますね! 素敵です! 全部を優勝にしたいくらいですよ!」

「……まあ、溢れかえりすぎて滝みたいになってはいますね」


 改めて明也は全員の作ったものを見返してみる。

 佐藤はあの紫の結晶を加工してペンダントを作ったらしい。チェーンの先で透き通るような紫色をした結晶が光を反射して美しく輝いてる。

 京の作ったものはまだ黒い毛が蠢いている。そのままだと逃げ出してしまうのか鉄の串で皿の上に縫い留めてあるようだ。

 ライミィのはまるで黒焦げになったかのような真っ黒のドーナツだ。小麦粉の代わりに激辛唐辛子の粉を使ったのだろう。多分致死量である。

 戸ヶ崎はあれからも若干手を加えたようで、金の装飾が付け加えられている。細工に覚えでもあるのか、紫の指輪はより美しさを増していた。

 そして明也が作ったのは砂糖に黒糖を使った黒糖ドーナツだ。


「……」


 明也は驚き、絶句した。

 まさかドーナツ作りの勝負だと言っているのに装飾品を作った人間がいるとは。しかも2人で片方は店長である。

 謎の魔物を生み出した京は言うまでもなく、劇物を作ったライミィも含めて戦う前から脱落していた。始まった直後はもしや、とも思っていたが思い過ごしでしかなかったようだ。

 なんにせよこれで明也の優勝は決まったも同然、


「それじゃあみんなが作ったドーナツの試食を始めましょうか」

「ッ!?」


 不戦勝を確信した直後、佐藤がそう言いだした。


「え……いります? それ」

「ダメですよ暁くん。見た目だけで勝負が決まったりしたらよくないでしょう。ちゃんとみんなで味も確かめた上で審査するんですから、最後まで諦めないでください」

「当然の話ではあるんですけど何故に俺のが見た目で一歩遅れているかのような言い方を!?」


 コンテストである以上は確かに外見だけでなく味の評価も必要だろう。しかし京とライミィのドーナツには負けないだろうと明也は思うが。


「じゃあできた順で味見をするとして……まずは私のからですね」

「ぺ、ペンダントを!?」


 当たり前のように佐藤がペンダントの結晶をハンマーで割り始めた。5つの破片がそれぞれの手に乗せられていく。


「さあどうぞ!」


 どうぞ、と言われても……と思う明也だが、ここまで自信満々の彼女を様子を見るに味に自信はあるのかもしれない。

 他の3人も平然と食べ始めているし、明也も意を決して結晶を口に放り込んだ。


「かっっったい……」

「あー、お砂糖を入れすぎちゃいましたかね」


 砂糖とか関係なく、石のように硬い。まるで噛み砕ける気すらしない上に特に味のようなものすら感じられず、ますます石を食べているような気分だった。

 佐藤には悪いが、これを明也には食べ物として認める事はできない。


「フッ、この味が分からんようでは明也もまだまだ子供だな」

「いや味とかじゃなくて石は食べられないでしょうよ……先輩だってまだ口モゴモゴ動かしてるじゃないですか」

「無知な事だ。お前は石焼き鍋という食べ物があるのを知らないようだな」

「……それ、別に石を食べるわけでないですからね?」


 結局誰も食べる事すらできなかった佐藤のペンダントは失格という扱いになった。佐藤が少し悲しそうな顔をしていたのは明也も心苦しくはあるが、せめて次は食べられるものを作ってほしい。

 次の試食は京の番だ。これも、食べられるのかは謎だが……。


「よし、じゃあ斬るか」


 ナイフを手にした京はザクリザクリと切り分けていく。5等分にされたそれを小皿に乗せてそれぞれに配られる。

 渡されたものを明也はじっくり観察してみる。断面はごく普通のドーナツっぽい。が、よく見るとその断面が呼吸するように伸縮を繰り返していたし、黒い毛も今なお元気に動いている。


「……あの、これほんとに食べて大丈夫なものなんですよね?」

「失礼な事を聞くじゃないか。私は店にあるものだけでこれを作ったんだぞ。いったい何が不安だと言うのだ?」

「このずっと動いてる毛みたいなやつとかですかね」

「それなら心配いらん。毒性はない」

「……おいしいとは言わないんですね」

「……まあ、まずは食べてみろ。私の作った……やつだからな、心は籠っているとも」

「なぜドーナツと明言できないんですか!?」


 食べる前から不安で仕方ないのだが、しばらく悩んだ末に明也は意を決して京の作ったものをつまみ上げる。

 同時に黒い毛が指にびっしりと絡みついてきておぞましさのあまり手がものすごい勢いで震えた。

 振り払おうとしてもまったく離れないので明也は諦め、恐ろしくてたまらないが口の中へと運んでいく。

 すると毛の方から明也の口の中へと進んで入っていき、それがより一層恐怖を増させてくる。喉まで侵入されて窒息してはたまらない。断腸の思いで明也はそれを噛んだ。


「…………」


 咀嚼を始めた途端に毛の動きは止まり、ようやく息絶えたかのようだった。とりあえず喉に詰まる心配はいらなくなって明也はホッとする。

 結局今自分の口の中に入っているものが生き物なのか食べ物なのかすらもわからないが、こうして味わってみると意外な事にあの外見をしていたにしては食べられる。

 ……ただ、どれだけ口の中に広がる味を確かめようとしても、それが何の味なのかはまるでわからない。夢の中で物を食べているかのような不鮮明な味だ。


「どうだ、悪くはないだろう?」

「うん……確かに……食べちゃいけないような味ではないんですけど……めちゃくちゃ釈然としない……」


 結局ドーナツかどうかすらも不明なままだが、一応食べられるという事で失格とまではならなかった。

 そして3番目の試食はライミィのドーナツである。


「ワタシのはけっこー真面目に美味しくなるように作ったのな。いい線いってると思うんよ」


 4人に小皿が行き渡り、明也にも渡される。そのドーナツは、表面だけでなく内側まで赤黒い色をしていた。

 顔を近付けるまでもなく目が痛みを訴え始める。いい線かはともかく一線を越えた辛さなのは想像に難くなかった。


「ほら、見てないでメイヤも早く食べてみるんよ」

「も、って……。これは流石に」


 無理でしょ、と言おうとしたが他の3人を見ると、なんとすでに食べていた。しかもわりと平気そうである。


「おおおぉ、刺激的ですねぇ」

「段々冷え込んでくる時期だ、こういったドーナツで温まるのもいいかもしれないな」

「ライちゃんもどんどんドーナツ作りのセンスが上がってきてて、私も嬉しいなあ」


 その上好評という始末。彼女らの舌は死んでしまっているのだろうかと明也は訝しんだ。

 ……いや、そういう訳ではないのかもしれない。見てくれは毒々しさの塊だが本当に上達して美味しいドーナツに仕上げている可能性もある。

 それでも正直味見をするのは怖い明也だが、意を決してちょっとだけ、1ミリにも満たない程度の欠片をかじってみた。


「……!!!!!!!!」


 瞬間的に激痛を明也の口内が駆け巡った。熱した油とイガ栗を口の中に押し込まれたような痛みだった。無理だ。

 辛さの臨界点を明らかに突破したそれを口にした明也は気を失いそうになる。以前マリスドベルに殺されかけた時よりも死を近くに感じる。

 歯を食いしばってギリギリで踏みとどまったので気絶せずには済んだが、とてもこれを食べ物として陳列していいとは思えなかった。なんなら京の作ったドーナツではないなにかの方が評価は上かもしれない。


「どうなんよ、メイヤ?」

「うん……駄目だと思う」


 ライミィに聞かれた明也は思った通りのことを言う。ライミィは悲しむかもしれないが言うべき時は言わなくてはならない。

 だが彼女からは思っていたのとは違う反応を返された。


「やっぱり? ワタシもそう思ってたのな」

「え、そうなの?」

「うん。だから、はいこれ」


 そう言ってライミィは明也に小瓶を手渡してきた。何かの調味料のようだ。


「えっと、これは?」

「もっと辛い方がいい人のための激辛ソースなんよ。辛さ控えめだからこれで調節していいのな」


 渡された瓶のラベルをよく見てみると『地獄の先行体験!』『カンストの辛さ! 999万9999スコヴィル!』などの宣伝文句と噴火する火山のイラストがプリントされていた。


「いや、ライミィ……そういう話じゃなくてさ」

「2本目欲しいの? 欲張りなのなメイヤ」

「うんあのね、だから辛さじゃなくてね……」


 激辛マニアである事自体は別に問題ないのだが、何も知らない人が食べればショック死しかねない辛さのこれを見せに出すわけにはいかない。なんとしても明也は優勝しなくてはと新たに誓い直した。

 さて、戸ヶ崎の番である。まあ佐藤と同じく食べ物ではなくなっているので失格という事になるかと思いきや。


「はぁい、どうぞ食べてみてくださいねぇ」


 どうやったのか、すでに切り分けられていた。

 しかしそこから覗く断面はドーナツのそれではなく、表面と同じ紫の金属色だ。小皿を持つ手にも重量感が伝わってくる。


「戸ヶ崎さん……これ金属だよね」

「えぇ? ちゃぁんとドーナツを作る手順で作りましたよぉ?」

「ドーナツを作った、とは言わないんだね……」


 摘まみ上げた指先に金属特有の冷たさが伝わる。加えて感触も重さも、とても明也にはドーナツだとは思えなかった。

 しかし他の3人と同じように戸ヶ崎本人は自信満々であり、早く食べてみてほしいと目で訴えてくる。

 本来なら拒否したい所だが、直前に地獄のような辛さを体験しただけあって明也のハードルはだいぶ低くなっていた。これくらいなら食べてもいいと思えている。

 紫色の金属を明也は口の中に入れた。


「……硬い……」


 ガキッという音と共に咀嚼する事を拒否された。まあ、割と予想通りではある。金属を食わされた事へ明也が抗議の視線を戸ヶ崎へと向ける。


「金属は食べられないよ戸ヶ崎さん……」

「いいや、明也。もう少し味わってみろ」

「え、なんでですか」

「食べられないと決めつけるのは早計かもしれん、という話だ」


 いや何があろうと金属は食べられないが、とは思いながらも明也は言われるままにしばらく口の中のものを噛んでみた。

 しばらく噛み続けてみたが、だんだん柔らかくなってきたり実は飴であったりという事もなく、金属のままだ。

 が、明也はだんだんと変化に気が付き始めた。


「……? なんか、甘い……?」


 少しずつ、果物の果汁のような甘味が口の中に広がってきているのだ。それは、金属を噛めば噛むほど濃くなっていく。


「気付いたか。そう、これは噛み続ければ味の出てくる不思議な金属という事だ!」

「でも、結局食べられはしないですよね?」

「そうだな」

「……」

「……」

「……えっ、それだけですか!?」


 美味しい味はするにはするが、だからといって食べられないのなら何のフォローにもならない。

 凄いものを作りはしたが結局ドーナツではないので戸ヶ崎のこれも失格となった。


「さーて、最後は俺の番ですね!」


 他の4人の評価が終わり、最後に明也の順番が回ってきた。

 ここまでの流れを見て勝利を確信している明也はもう自信に満ち溢れている。

 黒糖ドーナツを切り分けて小皿に乗せ、佐藤たちの手元へと差し出した。


「うーん……」

「あんまり見映えが良くないな」

「地味なのな」

「普通って感じでしょうかねぇ」


 これまでとは違い、やたらと評価が辛辣だった。しかし奇抜さで負けるのは否定できない。なにせ他4名の半数以上がドーナツですらなかったのだから。

 しかしこのコンテストの勝敗を決めるのは美味しさである。自分を含む全員のドーナツの味を知った明也には外見の不評など痛くもかゆくもない。


「ふふん、大事なのは味ですよ。そんなふうに言わないで早く食べてみてください」

「おー、ずいぶん自信マンマンじゃないですか。じゃあ暁くんのドーナツ、いただきますね」


 佐藤がそう言って食べたのに続き、他の3人もドーナツを口に放り込んだ。

 しばらく咀嚼したのち、第一声を上げたのも佐藤だった。


「ううーん……おいしいですね……」

「なんでそんな納得いかなそうな言い方なんです……?」

「だってこれをおいしいと認めちゃったら私が優勝できなくなっちゃうかもしれないですし……」

「その可能性は最初の試食の段階で消えたはずですが!?」


 いまいち釈然としない感はあったが、ともかくおいしいとは言ってもらえた。普通な物がダメな佐藤の事を考えて生地に少しだけ粉末コーヒーを混ぜてみたのが功を奏したのかもしれない。


「ずば抜けて美味いという訳ではないが、無難に美味くはあるな」

「ワタシはもっと辛い方が好きなんよ」

「先輩なだけあってなかなかいいですねぇ。ゆうくんもおいしいって喜んでますよぉ」


 京たちからの評価もまずまずのものであった。高評価ではないが他と比べると断トツと言っていいだろう。

 これなら当初の目論見通りにまともなドーナツの商品化が決まったも同然である。


「さてと。これでみんなのドーナツの味見も終わりましたし、最後にどれか一番だったかを決めましょうか」


 明也お待ちかねの時間がやってきた。いよいよ明也のドーナツの優勝が決まる時間である。

 投票は挙手制で行われる。美味しいと思ったドーナツに対して手を挙げていく。複数あれば何回手を挙げてもよい。


「じゃあ試食と同じ順番で行きましょうか。……それでは最初に私、佐藤咲の作ったドーナツがおいしかったと思う子は手を挙げてくださーい! はーい!」


 佐藤の言葉に手を挙げたのは、佐藤1人だけだった。

 まあ、ドーナツですらなかったので妥当ではある。


「……そんなに、よくなかったですか……うぅ」


 その結果を受けて、佐藤は悲しそうな声を出した。ちょっと可哀そうで、明也の心も締め付けられるような気分だ。


「……あ、あの、本当は俺も」


 耐えきれず、明也はつい手を挙げてしまう。途端、佐藤はバッと顔を上げて嬉しそうな顔を見せた。


「暁くん……! そうですよね! 私の作ったドーナツ、おいしかったですよね!!」

「ははは……そうですねドーナツではなかったですけど」


 息がかかる距離まで詰め寄って同意を求めてくる佐藤に明也はドキドキしながら顔を反らして返事する。

 他に誰も投票しなかったし、佐藤の喜ぶ顔を見られたのだから1票くらいはあげてもいいだろう。別にそれが勝敗に響きはしないだろうし。

 その後に京ライミィ戸ヶ崎の順に投票が続き、いずれも製作者本人以外は手を挙げなかった。こと味の評価となってはそれも仕方ない。

 そして待ちに待った明也の番である。


「じゃあ、俺の作ったドーナツが美味しかったと思う人は手を挙げてください!」


 バッと自分の手を挙げ、他の4人をゆっくりと確認する。明也が思っていた通りに、全員の手が、

 上がっていなかった。


「え、えええええええええええ!!???」


 驚きのあまり、明也は叫んだ。この5人の中では間違いなく自分が美味しいものを作った自負があるのに、何故。


「な、なんでさっきはそこそこ良い反応してたのにみんな手挙げないんですか!?」

「なんでって、それは当然自分で作ったドーナツ以外に投票したら優勝できる可能性が低くなるしな」

「よくそんなクズみたいな発想平気で口に出せますね……!!?」


 なんとここにきて判明したのが投票制度が機能していなかったという事実。通りで誰も自分の作ったドーナツ以外に挙手しなかったわけだ。


「……てことは店長もですか!?」


 佐藤も手を挙げていなかったという事は他3名と同じく優勝のために最初から投票する気も無かったというのだろうか。

 しかし明也の問いかけに佐藤は否定を返した。


「いえ、私は真面目に味見させてもらっていましたけど、暁くんのはあんまりおもしろい味ではないかな、と思ったので」

「ぐうう普通に駄目だったのはそれはそれでダメージが大きい……!!」


 佐藤の返事を聞いて、明也はがっくりとうなだれた。


「でもみなさんに1票ずつだけだったら同率1位でみぃんな優勝って事にもできますからねぇ」

「まーメイヤがサトーに入れちゃったからそれもできないのな」

「……えっと、それじゃあ、優勝って」


 今回唯一2票を獲得した佐藤が優勝、という事になる。


「や……やったぁぁぁぁーーーーーー!! 私の優勝でーーす!!」


 勝者となった佐藤が飛び跳ねながら優勝を喜ぶ。そして、佐藤の作ったあのペンダントも商品として店に並ぶのが決定した。

 優勝候補であったはずの明也も流石に物言いをしたいところではある。


「ありがとうね暁くん、あなたのおかげで優勝できました!」

「え、あ、へへ……お、おめでとうございます」


 だが、ぎゅっと手を握られながら面と向かって感謝の言葉を述べられては明也にはまあこれでいっかと思うしかできなかった。

 同時に次回以降のコンテスト開催の際には投票は第三者の手に委ねようと心から誓うのだった。

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