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やる事やったし、あとは終わらせるだけ

 今の所の俺の行動範囲と言うモノはそこまで広く無い。同じ所をグルグルと回っているといった感じに俺は捉えている。

 早い所今の状況から抜け出してもっと様々な場所へと言ってみたいと思っている。


「とは言え、もうちょっと掛かるよな?魔力薬の件は。一応は警備の方は別段コレと言ってアレからは何にも重大な事は起きて無いし?あー、カリブルのデブ馬鹿の件がまだ完全に終わってないかぁ。」


 頭の中に今どれくらいの問題が残っているのかと言った事を思い浮かばせる。

 頭の整理をしようと思って日向ぼっこをしようと警備に戻ろうとしたが。


「あ、ボーナスの件はクスイには話したし、支払いの形はジェールに相談しておかないとダメだな?」


 俺がいきなり大袋で金貨を従業員たちに大量に配る、などと言った事をするのは非常識だろう流石に。

 ここら辺の事はジェールと話し合っておかねばならない。支払うタイミングも次の給料日にするか、次の時に、か。

 そこら辺の給料明細的な処理の方も色々あるはずだきっと。ならばこうした話は早めに終わらせるのがいい。


「と言う事で、ジェールに話をしに来たんだ。今時間は取れるか?」


「はい、大丈夫です。いやはや、なかなかに突拍子も無い事をしようとなさいますね。給与は別段従業員からの不満が出てはいないんですがね。寧ろ、結構高い給料を出しているんですよ?そこに今回だけとは言え今までの頑張りへの追加などと。まあ、確かに高給ではありましたが、かなりの仕事量でしたからね今まで。労いと言う形をこうして金額で表すのは悪い事では無いですな。皆今まで頑張ってきた事が報われたと喜ぶでしょう。それで、その金額は・・・エンドウ殿の持ち込みで、ですか?」


 当然俺が突然考えた事ではあるので俺の責任で支払いをするのが当たり前だ。

 従業員への給料は全て計算の元支払われているのだから。こうして思い付きの追加でお金を払おうなどと言った予算は出せないのである。


「大丈夫だ。そこら辺はコレの中に入ってる金額の中から出す。読み取り機はあるか?」


 俺はカードを出す。これの中にはサンネルとの売買で得た額がタンマリと入っている。多分つむじ風と分配した後に残る俺の取り分で配る金額は充分に足りるはずだ。


「一人金貨十枚を出したいんだ。これまでずっと頑張って貰って来たしな。ここマルマルでの今後の魔力薬の売り上げは安泰だろう。増産の方も安定して来てる。後はコレがもっと他の地域に広がって行くだけ。時間は掛かるだろうけど、きっとこの広がりは世界の標準になる。」


「世界の標準、ですか?震えますね、その言葉。我々の作る、世に出す魔力薬を誰しもが皆、口にする。素晴らしい。」


 ジェールがそう言いながら取り出したカードの読み取り機をテーブルに置いた。そこに俺はカードをジェールへと渡して金額を振り込む処理をして貰う。


「はあ~。これほどの金額が。どのように稼いだんですかコレ?何をしたらこれほどの。いえ、それ以上は聞かずにいましょう。無粋ですからな。」


 ジェールは処理の終わったカードを俺へと返却してくれる。取り敢えず俺のしようとした事は大体コレで片付いた。

 このマルマルで残っている問題の残りはあの小太り、デブ馬鹿のカリブルだけになる。


 俺は話も終わったのでジェールの執務室から出て庭に行く。


「なんだかあれもこれもそれもと忙しなく動き過ぎてるような気がする。でも、こうしてだらだらと時間を過ごしても居るんだよなぁ。メリハリが大事?しっかりとした区切りが大事?うーん!今日はもう残りの時間はのんびりと過ごすかあ。」


 冒険者としてあっちにコッチにと、いろんな場所を旅してみたいと思っていた事を忘れて、俺は温かい日差しに目を瞑って微睡んだ。


 しかしそんな気持ちの良いふわふわした時間は夕方になって破られた。


「あ!エンドウさん!ちょっといいですか!どうやらお店の方が!」


 その報を持ってきてくれたのはここ魔力薬製造工場で働いている従業員だ。どうやら香草焼きの方の従業員が俺を呼びに来たらしく、その伝言を受けてこうして俺を呼びに来たみたいであった。


「どうにもこうにも、腹に据えかねての行動か、或いはちゃんとしっかりと作戦でも練ってからの攻勢か。どっちにしろ、もう構いたくはないから決着させないとな、いい加減。」


 また店の前でカリブルが喚いているとの報せに、俺は大きく一つあくびをしてから椅子から立ち上がった。

 急ぐ程の事でもないのでゆっくりと道を歩きながら店へと向かう。その途中で。


「あ、樽を漁業ギルドに返却して無かったわー。後で直ぐに返しに行かないと。」


 などと全く関係無い事を考えつつ通りを行く。そうして到着した時にはこちらをじろっと睨んでくるカリブルが。


「おい、貴様は経営の責任者だと言っていたな?この店の店長を私の所に寄こせ。それで手を打ってやる。」


 何を言われているのかサッパリ分からなかったので俺は一瞬だけ硬直した。


「・・・え?まさか?自分がやらかした事を全く理解していないのか?しかもこっちにそんな要求してくるとかどう言った思考してるの?ちょっと予想の斜め上なんだけど・・・」


「おい、私がこれだけ譲歩してやっているのに何を黙っている!さっさと「はい」と返事をしないか!」


 呆れてモノが言えないとはこの事かと。何処までも自分が中心で、反省と言う言葉がこいつの辞書には無いんだろう。この貴族子息はどれ程までに愚か者なのかと。

 親の顔が見てみたい、この言葉が口から出そうになったのを俺はぐっと堪えた。

 この調子だと何を言っても無駄だ。会話が成立しないのだ最初から。俺はこの時にやっと気付いた。遅すぎる気付きである。


「さて、どうしようかなあ?どうやったってこう言う奴は自身のしでかしている事を顧みないだろ?じゃあどうやったら一番心底に後悔させられるか難しいよなあ。」


 こう言う輩は「恥」を掻かせても、最初の内は自分の行為が悪かったと考えるが、その内にそれがいつの間にか自分以外の奴らがいけなかったんだと変換する脳を持っている。そして勝手に怒って「報復してやる!」と息巻く。

 真に反省はしないのだ。そう言った心根を最初から持ち合わせていない。そもそも持っていたとしたら今ここに居たりしなかっただろう。


「では、お返事を。お前になんて誰が渡すかこのデブが。痩せて見れる体型になってから出直してこい。さっさと帰ってその出っ張った腹の贅肉と、醜い顔の顎の脂肪を減らしてくるんだな。」


 このデブ、もとい、カリブルは俺が来る前から護衛二人と店の前で騒いでいたらしく、それによって周囲には野次馬が多くいた。

 その喧騒が俺の言葉で「しん」と静まり返る。そして最初は小さく、しかし徐々にヒソヒソとした嘲笑がその野次馬の中から漏れ出してくる。


「いや、マジで的確。ウケる・・・!」

「あの立派な出っ張りは邪魔にならないのだろうか?椅子に座るだけで一苦労しそうだ。」

「あのブヨブヨとした顎の・・・凄く気持悪いわね。」

「どこの坊ちゃんか知らんが、これだけ不摂生していたらきっと早死にだな?」

「なんかこの間からここの店の料理に固執してたみたいだけど、普通に食えないもんかね?」

「この間、俺見たぜ?喚き散らすだけで常連たちに蹴り出されてやがんの。」

「偉そうな事言ってるけど、きっぱり断られてるの笑う。」

「ダサいよな。いくら美味い物を食べられる御身分だろうとさ、あんな体、見苦しいだけだぜ?」

「なんか、あーじゃないこうじゃ無いって口にしてるけどさ、結局香草焼き、食えてないのかね?こんだけ騒いでおいて?」

「しょっぼ!結局は最後の最後でああ言う奴って権力かざして無理矢理に言う事聞かせようとしてくるじゃん?だけど今回はざまあ!」

「この間に暴れてた奴らってコイツの部下だって話だぞ?捕まって牢屋に入れられてるってよ。馬鹿じゃねーの?」

「あーそれな?もしかして何か言い方がおかしいと思ったけど、手を打ってやるって、それ言える立場じゃねーじゃんな。」


 それが次第に声を大きくした「笑い」へと変わっていく。それと同じくして一気にカリブルの顔が真っ赤に変わる。

 恥ずかしくて、では無く、怒りで、である。自分が笑われている事が理不尽だと思っている証拠だろう。


「貴様らあ!愚民の分際でこの私を侮辱!愚弄したなあ!?殺してやるぞ!お前ら!私を馬鹿にした奴らをこの場で血祭りに上げろぉ!この場に居る者を全て殺せ!・・・おい!早くやらないか!」


 連れて来ている護衛二人は動かなかった。流石に先日の事もあってカリブルの命令を実行できずにいる。

 寧ろ、いくら命令とは言え、こんな街中で人殺しをするのは難しいだろう。ついでに言うとこの野次馬が目立つ事で、問題が発生した時の即時対応の為の警邏部隊が側にいた。

 これでは暴れる事は即逮捕の案件である。しかも殺人までしたら、護衛はいくら自分の雇い主の命令だったとは言え、罪人として捕縛されて相応の罰を受ける事になるだろう。

 ついでにカリブルも捕まる事は確実だ。まあそうなれば、侯爵だと言う親が金でも積んで息子の解放をするだろうと思うが。

 これ程の愚か者を放置し続ける親だ。おそらくは馬鹿さ加減は似たような人物なのだろう。そう、話が通じないと言う。


「ぐううううううう!クソガクソガクソガぁ!覚えていろよぉ!徹底的に潰してやる!もうどうでもいい!終わりにしてやる!」


 そう叫んでカリブルは野次馬の囲いを押しのけて去っていった。


「あちゃー、この調子だともう一悶着起きるかぁ。・・・侯爵子息だからなぁ?問題が大きくなるだろうか?寧ろ大きくしてくる可能性大。相談・・・しとかなきゃダメ案件かな?」


 このカリブルの捨て台詞に不安を覚えた俺は一応この件を王子様へと話しに行く決心をした。

 その前に先ず忘れないうちに漁業ギルドに樽を返しに行って、それからお城にまた王子様を訊ねに行った。


 やはりワープゲートでお邪魔するのは王子様の私室である。そして入ってみると即座に声を掛けられた。


「また、何かありましたか?はぁ・・・この間の仕事が片付いたらまた。休めそうに無いですね。」


「王子様御免ねぇ。とは言え、一応は報告しておかないといけないと思って。あ、そう言えば先日のデルゴ・・・ナンチャラの貴族の処分はどうなってます?」


 どうやらまた休憩中に来てしまったようだ。しかし別に仕事中で部屋に居なかったら居ないでそのまま待っているか、執務室の方へと顔を出しに行っていたと思うが。


「そちらの方は・・・まあ、それなりの処分をしますよ。魔力薬の件もありますからね。それを分かっていてやったのか、そうで無いかも含めて、かなり重めの処分はします。で、それとは別の案件なんです、よね?一体何がありましたか?」


「いやー、察しが良くてやりやすい。カリブルって言う小太りは知ってます?なんか各地で美味い物食って問題起こしてるって言う。」


 この質問に王子様が眉根を顰めてしまった。どうやらこちらも頭が痛い問題だったようだ。


「知っています。とある侯爵家の御子息ですね。はぁ~。その起こした問題はどれもこれも金銭で片が付くモノでしたが、それが、今回は?」


「いやー、まだ何をしてくるか、って言う所まではハッキリして無いんですけど。なんか「やらかして」きそうな気がするんですよねえ。勘ですけど。」


 俺はマルマルでのカリブルの動きを話した。店を襲撃してきた事。そして先程の事。レストランに迷惑かけている事。


「分かりました。そうなると彼が怒りで何を今度は仕掛けてくるか分からないと言う事ですね?なら監視を出しましょう。二つの侯爵家からこうも問題が連続で・・・頭が痛いですよ。」


 デルゴリヘルも、カリブルも、双方違う所の侯爵家で繋がりは無い。しかし二人ともデブと言う共通点はある。

 贅沢を極めた奴らは美味い物ばかり腹一杯に食べるのだろう。体系が似通ってくるのかもしれない。

 椅子に座って動かず、ふんぞり返っているだけでエネルギーを全然消費しない毎日を過ごしていたりするんだろう。メタボである。


「ちょっとした報告で休み時間を邪魔しちゃって悪いね。コレで戻るよ。」


「いや、エンドウ殿。そう言った事は細かく報告して頂けるとこちらも有難いから遠慮はしないでいい。・・・で、穏便に済ませては、貰えないかな?」


 俺はお暇しようとする。しかし王子様が一言お願いをしてきた。コレの俺の返事は。


「あー、最悪、殺害もあるよ。相手がシャレにならない規模の問題を起こしてくれば。関係の無い人々まで巻き込んで被害が出りゃ、見逃せない。もし全く何も知らない人を一人だって殺したりすれば・・・俺は容赦はしない。寧ろ、今までこの問題も放置してきたんだろ?親の責任、それはひいては国も問題あるだろ?」


 俺がこう言うと王子様は何も言い返してこなかった。どうやらかなり深い根の部分からこの国は腐りかけていたようだ。返す言葉が見つけられなかったんだろう。

 切り捨てて綺麗になるには、正直に言って今しかないと思う。俺が動いている内に汚い膿は全部徹底的に絞り出しておいた方が良いだろう。


 俺はまたワープゲートでマルマルに戻る。そしてその時に気付いた。


「王子様が監視を付けるって言ったけど。そもそも俺も見張ってりゃいいんだよな?けどずっと魔力ソナーで動きを見張るのは面倒だなあ。いっその事お金を使って人を雇った方が良いか。・・・で、その伝手が無いんだよなあ?」


 そう言った事を専門で取り扱っている所に思い当たる節が無い。いや、ちょっと違うかもしれないが、一つあるにはある。けれども俺の依頼を受けてくれるかどうかが問題だ。


「それにカリブルが動き始めて直ぐに俺へと連絡を貰えれば良いけど。被害が出る前に動けなけりゃ意味無いしなあ。」


 被害が出てからでは遅い。相手が準備をし始めて動く気配があり、本格的に暴れる前に連絡が来て、そこへ俺が直行、対処をして事無きを得る。この流れが一番最高だ。


「うーん?・・・あ!いい道具があるじゃないか。使うならここだな。いや、でもその前に話聞いてくれるか?ええい!やってみない事には判らんな!行ってみるか。」


 俺は目的の人物が居る場所へと向かう事にする。もう何処に居るのかは魔力ソナーで調べた。一瞬で。


「師匠からは魔力をドバっと街中で一気に発するなって注意を受けてるけど、魔力ソナーは限り無く魔力を抑えてあるから・・・大丈夫だよな?」


 もう何度も魔力ソナーを広範囲に広めると言うのはやっているが、特段これと言って異変の話は聞いていない。なので今回も大丈夫だろうと思ってこのマルマル全域をカバーできるくらいには魔力ソナーを今回も広げている。


「さてと、幾ら位が相場なのかね?探偵みたいな事をさせるけど、引き受けてくれるかな?張り込み仕事は多分慣れてるんだと思うけどな。」


 俺はそんな事を考えながらマルマルの上空を飛んでいる。移動は歩きでは無く、飛行である。

 そこまで急ぎの用では無いのだが、断られた時の事を考えてだ。こう言ったどちらに転ぶか分からないモノはさっさと済ませて結果を出して、その後の対応を決めた方が精神的にも良い。

 いつまでもウジウジしていないで、そうやってきっぱりと早めに事を判明させた方が次の事を考えやすくなる。


「到着っと。まあ、そう言う組織だろうからね。拠点もいくつかあるんだろうさ。この間の家とはまた違うのは当たり前、って事かな。ごめんくださーい。」


 俺は街の最外部にある寂れた一件の壁のボロい家の扉をノックした。


「・・・合言葉をお願いします。・・・どうしましたか?知らないので?」


「えー?合言葉って・・・それ知らなかったわー。じゃあ駄目かな。婆さんは話が早かったし、結構いけると思ってたんだけど。いきなりこれかぁ。まあ、いいや。他の方法を探すよ。お邪魔したね。」


 俺は即座に踵を返そうとした。しかしドアの向こうからここで返答が返って来る。


「少々お待まちを・・・」


 俺は引き留められてしまった。合言葉も言わずに直ぐに帰ろうとしている俺をどうして止めるのか?

 しかしちょっと考えればわかる事だ。何故合言葉も知らない人物がこの様な隠れ家にいきなり現れたのか?不審だ。

 いくらどう考えてみても全く関係者では無い人物が訪ねてくる。しかも事情が分かっている風に話すのだから、これを放って置く事は無理と言うモノだ。

 そして10秒くらいしてからドアが開いた。そして俺を出迎えたのはあの時の婆さんだった。


「アンタねえ、いきなり訪ねて来るとはどう言った了見だい?もう刺客はアンタにゃ出してはいないよ?それとも気が変わって私たちを潰しに来たんかえ?そもそも、何でここが分かったんだい・・・しかも、どうやらここに私が居る事をお見通しだった様じゃないか?ヤバイ奴に目を付けられちまったもんだよ、全くさ。」


 そう、俺の命を少女暗殺者で狙って来たあの組織だ。その時の婆さんである。


「積もる話、って程でも無いけどね。中に入ってゆっくり話したいんだけど。そう、依頼したい事ができてさー。頼める相手がアンタくらいしか思いつかなかったんだよ。で、どう?」


「アンタを敵には回したくないね心の底から。いいさ、入りな。その依頼って言うのがどんな中身かは知らないが、受けるかそうで無いかはそれ次第さね。」


 俺はそうしてこのボロ屋の中へと入ったのだが、内装は外見とは全く変わる。

 豪華な、とは言わないが、部屋の中は綺麗なモノだった。外観のボロとは真反対。しっかりとした柱が立っていて何処にも歪みや傾きなどは見られない。

 どうやら外の見た目はカモフラージュらしい。ワザと見た目をあんな風に作ったんだろう。目立たない様にと。


「凄いねえ。徹底してるな、隠蔽の力の入れ方が。まあ、快適で良いけどね。」


 婆さんが進めるままに部屋の中央のソファに座る。その俺の正面のソファへと婆さんが座って話合いだ。

 ソファは一人用で側にはサイドテーブルが置いてあり、そこにメイドさんだろう女性がお茶を出してくれる。

 どうやら合言葉を聞いてきたのはこの女性である様だ。どうぞ、とお茶を出してくれた時に短く発したその声でそれが分かった。


「アンタのあの時から仕事は抑えていてね。金になる話ならいくらでも聞くよ。さて、殺して欲しい恨みを持っている相手が居るのかい?とは言え、アンタにはそう言った相手がいても自身の手で片付けられるだろうからねぇ。それはあり得ないか。で、何を持ち込んできたんだい?」


「ああ、話が早くて助かる。カリブルって奴の動向を探ってそいつがやらかす前に止めたいから、その見張りを頼みたいんだ。奴が動き出したら俺に直ぐに連絡をして欲しいと思って。」


 俺のこの説明に婆さんはもの凄く眉を顰めた。


「あの今話題のアレかい。変な依頼を持ってくるものだねぇ。殺すんじゃないのかい?見張るだけ?しかも、直ぐに連絡をしろとはね。もうちょっと詳しく話して貰いたいねぇ。」


 この求めに一から順にゆっくりと俺は説明する。コレに婆さんは途中で茶々を入れる訳でも無く、文句をつけてくる訳でも、疑問を挿んでくるでも無く、真剣に最後まで俺の説明を聞いてくれた。


「面倒に巻き込まれているんだねぇ。でも、確かに香草焼きは美味しいねえ。あれは私の生きてきた人生の中でもかなりの上位の衝撃を受けたよ。あの硬い肉を私でも食えるくらいに柔らかくしちまうんだ。徹底されてるよ、本当にねぇ。アレをアンタが開発したって言うんだから、凄いもんさ。」


 ここで婆さんにこの様に褒められるとは思っていなかった。しかしコレで一つ思い付いた事が出る。


「なあ?一人、もしくは二人、そっちで魔法が扱える人物を紹介してくれないか?ウチの店で働かせたい。御給金は結構出しているし、どう?」


 俺のこの求めに今度は婆さんが目を開いて驚いた。どうやらそんな流れになるとは思ってもみなかったらしい。

 とは言え、婆さんが香草焼きを食べに来ていた事が俺には驚きだった。とは言え、それがあったからこそ、今こうして人材を雇いたいと言った思い付きが俺から出たんだが。


「はははは!なかなか面白いじゃあないか!求人までウチにしてくるとは、アンタ本当におバカなんだねぇ。ウチがどう言った仕事をしているのかは、知っている、のだろう?それでも、かい?」


「えー?知ってはいるけど、それはソレ、コレはコレ、だろ?あ、でも店に勤めている以上は「殺し」の仕事は止めて貰うけどさ。それでお願いしたいね。で、検討してくれない?仕事内容はえーっと。」


「お止めよ、まだ斡旋するとは言ってはいないんだよ?全く、お人好しなのかねぇアンタは?今はそっちの仕事の話が重要じゃないだろう?なかなか面白かったがねぇ。」


 婆さんとのこのやり取りで俺はかなりの手応えを感じている。きっと近日中に人材派遣してくれるはずだ、と。

 でも今は本題の方の話を進めるのが先だろう。なので俺は懐から取り出す様に見せかけてあの「電話」を取り出した。

 そしてそれを婆さんに渡すために横で控えていた女性へと手渡す。そして俺の手にももう一つの「電話」である。

 コレに訝し気な目を向けて来ている婆さん。まあ、それはそうだろう。おそらくは婆さんでも見た事の無い代物であるからだ。

 手に持った魔石をまじまじと見つめる女性。婆さんにはまだ渡していない。多分安全性の問題だ。きっと俺が渡したコレが危険を孕んでいないかどうかの確認である。


「サレン、それを寄こしな。別にそれをいくら見つめても何の効果を刻んであるのかは判らないよ。それに危険なモノでは無いはずさ。なあ?そうだろう?」


 婆さんは大胆だ。俺がここで命の危険があるモノなど渡したりしないと分かっている。まあ、俺がこの場で婆さんを殺す意味など無いので当たり前だが。

 ここで寄こせと言われた女性が婆さんに魔石を渡す。この最初俺へと合言葉を聞いてきた女性はサレンと言う名前らしい。


「全く、恐ろしいモノを持ってくるもんだねぇ?・・・これほどに美しい「球」の魔石だなんてねぇ?それだけでビックリなのにさ。・・・その「中」にこれほどの精緻なモノを刻むなんてねぇ?どうやったらこんな事ができる?しかも、アンタの手にも同じ物があるって言う事は・・・おっと!あんまり詮索はしないでおこうかねぇ。さて、これは、どう言った効果があるのか説明して欲しいねえ?」


「ああ、ちゃんと説明するよ。今回の俺の依頼はそれを使って連絡をしてくれ。あ、ちゃんと終わったら返却してくれよ?それ、世の中に出したら駄目だってきつく言われてるんだ。」


 俺はこうして先ず使い方を説明した。その後は実際に使用してテストする。サレンに二階へと魔石を持って行って貰い、そこで魔力を魔石に込めて声を出して貰うのだ。


「大ババ様、聞こえますか?受けた説明通りにしております。どうぞ。」


「凄いねえ。サレン、聞こえてるよ。そっちはどうだい?」


「はい、しっかりと聞こえております。コレは・・・確かに世を変える代物です。」


 こうして確認はできた。これを使ってカリブルが動き出した瞬間に俺へと連絡を入れて貰う事になる。


「さて、確認は取れたよ。これを作ったのはアンタなのかい?もしそうならば・・・まさしく、賢者じゃないか。・・・若い見た目なのに、本当の中身は随分と深い年月を重ねていたりするのかい?」


 思わずと言った感じで婆さんはそう口に出す。しかし婆さんは次には口元に手をやってそれ以上は黙った。「口を滑らせてはならない」と感じたのだろう。


 別に俺はこの程度で怒ったりはしないし、寧ろ、今の婆さんの言葉の何処に「やべえ事口に出しちゃった」と言った要因が入っていたのかは俺に分からない。

 詮索されても年齢なんて俺にとって痛い所では無い。なので軽く事実を述べてみる。婆さんの指摘はかなり鋭いモノだったのでこちらも口が滑った感じだ。


「うーん?婆さんよりも年下かね?歳は幾つなんだ婆さんは?あ、いや、女性に年齢を不躾で聞くのは駄目だな、うん。」


「何を言ってるんだい。別に歳なんて言ったって構やしないさ。今年で七十になるよ。」


「げ!?俺より年上?しかも元気だしまだまだ若く見えるし?うへぇ。敬わないといけないなぁ?俺、60代だよ?ショックだなあ。」


 この俺の発言に呆れた感じで婆さんが返事をしてくれる。


「・・・あんた、何を言ってるのかアタシにゃさっぱりだよ?それに六十?その見た目で?どうやらあまり踏み込んだらいけない領域かい?まあ、いいさ。この仕事は引き受けるよ。それで、幾ら払ってくれるんだい?」


 婆さんは俺の若い見た目が何やら「不吉なモノ」と勘違いか、はたまたそれに近い何か、と言った風に捉えたらしく、それ以上を追求しようとか言った事は無かった。まあ俺もこれ以上この話を膨らませるつもりは無いのでスルーする。

 こうして俺の依頼の値段の交渉となった。どうやら婆さんからすると「殺し」をするよりかはよっぽど楽な仕事であるらしい張り込み仕事は。幾ら払うんだと口にした婆さんの様子は気楽な感じであった。

 でもここで俺は悩んだ。幾ら位がこの仕事に支払うのに適当なのかが分からない。この手の件の「相場」など調べた事など今まで一度も無いのだから。

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