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裏側にあったのは自分の行動の結果だったりする

「さて、どうしたモノかねぇ?あんたは最初からうちでは手におえないと思っていたのさ私はね。喋っちまっても良いのかもしれないねぇ?」


「馬鹿を言うな。信用問題に関わる。ウチを潰す気なのかアンタは。」


 老婆は喋る気に、そしてそれを男は止める。まあ、この場合は俺に都合が良いのが老婆の反応で、組織の当然の反応が男の方だろう。


「おやおや、老い先短い私もね、殺されると言う死に方は嫌なもんさ。私はまだまだこれでも元気だからね今は。それならここで喋って生き永らえたいと思うのが本心さ。」


 そう言って老婆は笑う。実に愉快そうに。どうにも肝の据わっている老婆だ。これが年期が違うと言うやつかも知れない。

 男の方はこの笑いに悔しそうにしている。どうやら自分がここで生き残ろうとするならば口を割るしかないと悟ったようだ。


「俺は別に喋ってくれればアンタらをこれ以上は追わないよ。俺の命を狙っている奴がシメられればいい。根元を断っていないと面倒だからな。似たような暗殺者をこれからも送り出されてそれに一々対処しなくちゃいけない方が面倒だ。」


 俺は二人が喋りやすいようにここで言葉を吐き出しておく。コレは本心だ。ついでに言えば。


「あの子供の暗殺者、アレをどうにかしてくれ。胸糞が悪くなる。あんな子供に殺しをさせるとか、どう言う神経してんだよ?」


 俺は追加で「もう子供を殺し屋として使うな」と言外に伝えてみるのだが。


「あの子はウチの主力でね。そもそも私たちがあの子を拾わなけりゃ死ぬ寸前だったんだよ?拾った命だ。あの子もそれを理解してる。お互いに納得のいった上での事だよ。あんたに何かといわれる筋合は無いねぇ。あれであの子も今生きている事をちゃんと自覚している。為している行為を自分で納得の上だよアレでもね。無表情だからアンタには分からんかもしれないけどね。感情が無い訳じゃ無いんだよ。思考をしていない訳じゃ無いんだよ。私もあの子を人形のように扱った覚えは無いね。こっちの男はどうだか知らないがねぇ。」


 老婆はそう言って再び笑う。ニヤリと。確かに暗殺者とは一朝一夕で成れるモノでは無いと分かる。

 暗殺者とは小さい頃より、もしくは若い頃から鍛え上げて行くからこその存在なのかもしれない。

 だったらあの子供はその命を拾われた時から自分が生きていくためには殺しをするしか方法が無かったと。

 今のこの環境があの子供には当たり前であり、それを納得して受け入れていると。そこにどうやら俺がツッコミを入れる権利は無いのだろう。

 俺もここで重要なのはこの暗殺者を頼んで俺を殺そうとしてきた依頼人の方だ。それが分かれば充分である。

 子供の件などこの事が無ければ知る由も無かった、考えにも至らなかったはずの事である。ならばこれ以上はその事で追及するのはお門違いだ。


「分かった。じゃあそっちの件はもういいから、二人で俺の命を狙う依頼人の事を話すか、話さないのかを決定してくれ。なるべく早めに相談を終わらせて欲しい。」


 こう言ったら老婆は男を一瞥するだけで口を割った。


「しょうがないねえ。それじゃあ教えてやろうかね。王国の奴らさ。えーっと、確かねえ?冒険者を国へと引き込む仕事をしている奴らだったね。こっちも依頼人の後ろを調べてちゃんとそう言った裏取りはするんだよ。それでねえ。私はそこで反対したんだ。暗殺対象の得体が知れ無さ過ぎるとね。で、結果はこれさね。この金に目が眩んだ馬鹿は調子に乗って依頼を受けちまったよ。こんなに怖い目に合うと分かっていたら、私はあの時に全力で止めたんだけどねぇ?」


 コレで納得がいった。恨まれる様な事を俺はいくらでもやっている。それが今こうした形で返ってきている事は不思議では無い。考えつくはずの事であった。


「そうかー、そう言う事かー。分かった。じゃあこれからは俺にちょっかい出してくるのは止めてくれるよな?また暗殺者を寄こされたら俺はもう容赦はしないから、そこら辺肝に銘じておいてくれ。」


「分かっているさね。もうあんたなんかと二度と関わりたくないよ。依頼人の方には失敗したと伝えるさ。それで納得しないようであればそれまでさ。」


 どうやら依頼の破棄をすると老婆は言う。なのでこの言葉を信用して俺はこの家から出る事にした。


「じゃあな。あんまり悪い事ばかりするなよ。」


 俺は部屋を出る際にそう言っておいたのだが、これに老婆が言い返してくる。


「うちの組織は恨みを晴らす専門でね。依頼を受ける前の調査も念入りさ。しかしアンタのせいで暫くは休業になりそうだよ。」


 どうやらやたらめったらに依頼を受けて殺しを請け負う組織では無いようだ。これに俺は老婆に背を向けたまま手を振って部屋を出た。

 そして一階に戻ってくると暗殺者の少女に対して一言だけ言っておく。何せもの凄く俺を睨んできていたからだ。


「安心していいよ。別に上の二人に危害は加えて無い。俺はここをもう出るから。心配ならすぐに上に様子を見に行けばいいさ。」


 俺は家の外に出ると扉を閉じた瞬間に少女にかけていた魔力固めを解いた。すると直ぐに家の中からドタバタと階段を上っていく足音が聞こえた。

 俺は次には魔法を使って姿を消してそのまま空へと浮かび上がる。屋敷へと魔法で空を飛んで即行で戻った。


 まだ夕方には時間があったがアリシェルの様子が気になったので見に行ってみる。また集中し過ぎて汗だくになっているといけないと思って。

 しかし俺の心配はいらなかった。ドアをノックして一言断りを入れて開いてみると、そこにはどうやらもう既に体内の魔力感覚を完全に掴んだのであろうアリシェルが水を一杯飲んで大きく深呼吸をしている所だった。

 余裕がある、一目でそうアリシェルの状態が察せられた俺は調子はどうだと尋ねてみた。


「調子は何故だかもの凄く良いです。普段よりもそうですね・・・二段は体調がいいです。何故か動きのキレが上がっているような、そんな感覚です。」


 もう彼女は天才なのじゃないだろうか?多分コレは無意識に身体強化ができているのだろう。人がいつもの調子の二段も体のキレが良いと言うのはそれ以外にちょっと考えられない。

 つむじ風の皆は俺が魔力の器をかなり大きくしたせいもあってか、身体強化を使って行動をすると、その動きは人ではあり得ない程の「バケモノ級」となる。

 アリシェルの今の魔力量と器で考えると、この二段は調子が上がっている、というのがしっくりくる。


「あー今、魔力操作を意識しながら会話してる?じゃあちょっとそれを切ってから柔軟体操してみて感想を聞かせてくれ。」


 疑問を挿んできたりせずに俺のこの言った通りにアリシェルは動いてくれたらしく、コレにどうやら直ぐに気付いたようだ。

 そして俺の推測はどうやら大体あっていたようで。


「なるほど!体が魔力操作を意識している時よりも大分重たく感じます!」


 どうやら既に身体感覚で理解したようだ。体のキレが上がっていたのは魔力操作をしていたからだと。

 コレに俺はちゃんと答えを教えておくことにした。


「魔力操作で身体能力を向上しているんだね。身体強化だね。さて、何で魔力が操れると肉体も強化されるんだろうね?」


 俺は問題を出す様な感じでアリシェルに問いかける。コレにアリシェルは「もう俺は必要ないんじゃないかな?」と言った答えを口にする。


「・・・魔力はどんな形にも変えられる?魔法で火も、水も、光にも変えられる?だったら魔力は今、私の中で筋力の代わりとして変化している?もしくは補助の様な役目を?・・・もう一度それを意識して魔力操作を・・・」


 と言って俺が居る事を意識の外へと吹っ飛ばしてアリシェルは自身の内側へとまた集中し始めた。


(天才過ぎないか?最初会った時のアリシェルさんはこんなだったかな?何か変わる切っ掛けが?そもそも本来これほどまでにもともと優秀だった?)


 ドンドンと俺の教える事が無くなっていく。もしかしたらこの後は俺が何も指導しなくても自力で何でもできてしまうのでは?と考えてしまう。


「なるほど、魔力と言うのは自分の「力」。自分の「一部」。だから自由自在に操れればどの様な形にも変化させられる。魔力とは変幻自在の「素」なのですね・・・ようやくエンドウ殿の力の根源が理解できました。」


 駄目だった。直ぐにアリシェルは悟ってしまった。もう何も教えなくてもアリシェルはこの先、魔力を自分の意志一つでどんなモノに出も変えて操る事ができるようになるだろう。既にこの時点でここまで悟ってしまったのだ。マクリール師匠よりも優秀だ。

 多分これは師匠よりも思考の面においてフラット、凝り固まった部分が無く、素直に魔力と言うモノを受け止める事ができたからなのだろう。まあそれでも、こうも短時間で全てを受け入れたと言うのは天才としか言いようが無いのだろうが。


(誰だ、アリシェルさんに「魔法の才能が無い」とか言った馬鹿は・・・)


 もうこうなると今日で俺の教えられる事は全部アリシェルが自力で気付いてしまった。数日掛けて教えるはずだった計画はコレでパァだ。

 後は何が教えられるかなぁ、とそんな事を思っていた時に質問が飛んできた。


「あの、エンドウ殿が創り出していた目に見えない壁はどのようにすれば私にも作り出せるようになるでしょうか?」


 俺はこれに「ん?」と思った。アリシェルは既に魔力がどの様な「形」にも化ける事を理解したはずだ。しかし俺が発生させている壁と言うモノを自力では創り出せないと言っている。

 もしかしたらコレは想像力と言った点でまだまだアリシェルは頭の柔軟性がそこまで足りていないのかも知れない。


「あー、そこら辺はおいおい教えて行こうか。もう今日は魔力操作は御終いにしよう。その変わり夜に今日の稽古のお相手を用意しておいたから。今からそれまでの残りの時間は休憩にしようか。」


 実際に俺は結界の事を「鉄の様に硬いアクリル板」をイメージしている。しかもかなり分厚いモノを。「中身」はそれでいいのだが、それをそのまま具現したら起こる光の反射なども映らないのは「パントマイム」の「壁」なんかがイメージ作用していると思う。

 これらが合わさるとなると結果、結界は目に映らない透明、頑強な壁となって現出する。こう言った具体的な部分がアリシェルは想像できないのかもしれない。


 と言う事で、今この場でそれを説明してしまうと直ぐにアリシェルが体得してしまい、余計に俺の教える事が無くなってしまいそうだったので話を逸らした。


「分かりました。ではもう一度湯を浴びたいのですが、お願いしてもよろしいですか?」


 アリシェルが俺に風呂を沸かしてくれと求めてくる。俺はこれを了承して風呂の湯を出した。

 前に集中していた時よりかは幾分かマシだが、アリシェルは汗びっしょりである。とりあえずしっかりと水分の補給、それとと少量の塩分の摂取を命じてゆっくり休むように言っておく。そうしてから俺は部屋を出た。


 それから時間は経ち、夕食を摂る。アリシェルと一緒だ。そして食べ終えて30分程休憩を入れて外に出ればもう辺りは暗い。


「あの、何処に行かれるので?こちらは確か倉庫だったような気がしますが。相手とは?」


 俺の案内に従ってアリシェルはそう言った質問を俺へと投げかけてくる。


「ああ、侵入者を捕らえた。そいつと戦って貰う。本気でね。でも殺しちゃ駄目だ。動けなくさせて捕縛できるようにならないとね。」


「ああ、なるほど。敵を生きて捕まえられればそこから情報を取る事も可能ですね。守ると言ってもそう言った「守る」と言う意味もありますか。」


 襲ってきた奴がどこの誰からの刺客なのかを調べるのに「全員殺害」などと言った事をするのはその場しのぎでしかない。

 なのでそう言った時には護衛対象を守る上でも敵の捕縛と言う点はかなり大きな問題となる。敵の首魁は誰なのかが分かると、その対策も立てやすくなるだろうと言うモノだ。

 と言う事で直ぐにこうした意図も読んでしまうアリシェルは本当に優秀だ。俺の教える事がどんどんなくなってしまう。と言うか、そう言う視点では俺の教えられる所は最初から無かった。

 アリシェルは護衛騎士だ。そう言った勉強もしてきているはずである。


「そうだな。だから今はどれだけ強くなったかの「お試し」として魔力操作を使いながらやってみると良いと思う。」


 アリシェルは既に対人系の訓練はやってきているだろう。なのでこの度のコレは魔力操作ができるようになったのでそれを使いながらでの違いを感じるためのものだ。

 俺は魔法で明かりを作り出している。「白熱灯」をイメージして上空5mくらいで飛ばしている。なのでもの凄く倉庫の前が明るい。

 この事に別段アリシェルは驚かないでいた。とりあえず俺の行動はどれもこれも「魔力」で為されていると理解できているからだ。


「これほどに夜を照らして昼間の如きとは。警備に非常に役に立ちますね。夜間警備の者たちにこれを全員ができるようになれば防犯においてかなりの力となるでしょうね。」


 驚かないばかりかこの明かりに対して「警備面」の事に思いを馳せているくらいには余裕がある。


(今後はあれもこれもと、必要な事を思い付いたりしたら彼女はその都度、魔法で何とかできないかと想像を働かせる事だろうな)


 そんな事を考えながら倉庫の扉を俺は開けた。すると中にはナイフを構えた覆面男。俺へと警戒をしているようで目がもの凄く鋭くなっている。

 いや、これはただ単に俺が出している照明が眩しかっただけかもしれない。


「やあ、外に出て来てくれ。さて、君には彼女の訓練相手になって貰う。そうだな。言った通り痛い目には遭って貰う。しかし命までは取らない。ああ、それと、屋敷の中を自由に歩きまわらせはしないのであしからず。じゃあ、やってみようか。」


 俺がそんな事を男に行って小屋から出る様に促す。ゆっくりと俺へと殺意を向けつつも小屋から出てきた男はアリシェルを見て目を見開いた。

 そのリアクションにどうやらこの男はアリシェルの事を知っている様に見えた。でも何を知っているのかと言った事は別段今この場で必要が無い。


「ん?ほら、不審な者を発見したら即座に捕縛だろ?動かないと。」


 俺はそう言ってアリシェルに行動しないとと告げる。コレに別段アリシェルは動かない。しかし緊張していると言った様子でも無く、自然体で只立っている。

 コレにどうやらチャンスだと思ったのか、男がこの場を逃げ出そうとして小屋の影へと入って行こうとした。

 多分そのまま上手く逃げられれば屋敷の中へと入って情報を奪取しようとする気だったのだろう。

 しかしそれは叶わなかった。そう、追いつかれた。アリシェルに目の前を塞がれたのだ。


「貴様いつの間に!あれだけの距離をどうやって!?」


 もちろんコレに男は驚いた。自らの瞬発力と逃げ足に自信があったのだろう。でもアリシェルの身体強化の方が断然高い能力を発揮して上を行かれてたのだ単純に。

 コレに咄嗟に男はナイフを振ってアリシェルをどかそうとする。しかしもうその程度の牽制ではアリシェルは微塵も動じない。その男の動きがまるで止まってでも見えているのだろう。

 しっかりとアリシェルの目はナイフの軌道と男の体の動きを見切っており、スッと体を30cm程下げただけでナイフの刃を躱してしまう。

 男の腕の伸びや踏み込みすらも読み切って最低限の動きのみで攻撃を躱していた。


 だがこれだけで男は終わらなかった。男の目が必死になっていた。どうやらこの一手だけでアリシェルとの実力差を感じ取ったのか、アリシェルに一撃を当てて隙を作り出そうと男は連続してナイフを振るう。

 その動きは熟練している。決して大振りにならず、コンパクト、かつ自在にナイフの軌道を操っていた。


 素早く突き出され、時にキレ良く振るわれるその刃は、決してその操る腕を取られない様にとその「戻り」も早かった。

 だが簡単にその手首は掴まれてしまう。アリシェルに。そして一瞬で男はそのまま投げ飛ばされて地面へと叩き付けられた。

 男は肺の中の空気をその衝撃で全て吐き出してしまう。受け身すら取れなかったのだろう。打ち付けた背中の痛みで呼吸もままならないようで呻いている。

 そのままアリシェルは男をうつ伏せにさせて腕をひねり上げて身動きできない様に上から押さえつけてしまう。もうこれでは男には為す術が無い。その手からナイフも落としてしまった。


「はい、そこまで。一旦拘束を解いてやって。では、もう一回いってみようか?」


 俺はアリシェルに男を解放するように言う。するとすぐに彼女は俺の言う事を聞いて男は自由にされる。

 しかし痛みと腕を捻られたせいか直ぐには男は起き上がらない。もしくはもしかしたらそのままの恰好で逃げる隙を窺っているかもしれない。

 そんな男の手に俺はナイフを拾って持たせてやる。これには男が困惑を見せる。何をしているんだコイツは?と言った思いがばっちりと目に出ていた。


「痛い目を見るのがこれ一回だと思った?とことん付き合ってもらうよ?ああ、もしくはあんたの雇い主が誰だか吐いてくれればすぐにでもここから出て行ってもらうけど?稽古に付き合って貰って散々痛い目見てから放り出されるのと、吐いて楽になって追い出されるのと、どっちがいい?」


 俺はそう男に告げる。コレに男は「舐めるな!」と言った感じで俺を睨むが、この稽古の相手は俺じゃない、アリシェルだ。

 男は痛みがある程度引いたのか、勢い良く立ち上がってその手に持っていたナイフを俺めがけて投げてきた。

 しかし俺の目の前、目前でそのナイフは止められる。俺が止めた訳じゃ無い。アリシェルがそのナイフの持ち手の握り部分をしっかりと掴んで止めていたのだ。

 しかしコレをチャンスだと思った男は再び逃亡をしようと駆けだそうとする。だがこれもアリシェルがすぐその前を再び塞いだ。

 コレに男は諦めない。今度は無手での接近戦を仕掛ける。その男の打ち出す拳のキレはまるでボクシングに近かった。

 ジャブの連続。正確にアリシェルの顔面目掛けて容赦無く繰り出される拳打の嵐。だがそれらはサクサクッとアリシェルに全弾躱され続ける。

 男は躱され続けても構わずにアリシェルの体勢を崩そうとジャブを放ち続ける。その速射砲の如き連打はアリシェルがバックスウェーで顔を後ろに逸らした時に変化を起こした。

 ここだと思ったのだろう男がキレのあるストレートを放ったのだ。しかしコレもアリシェルに紙一重で顔を逸らされて躱される。

 だが、次が本命だった様だった。男は読んでいたのだろうその動きを。ストレートを躱したその動きに合わせてアッパーカットが既に放たれていた。タイミングはジャスト。避けるのは不可能、そう思った男の顔はニヤリと確信を得て口端が上がっていた。


 でもアリシェルはこれすらも躱す。そして次には避け切れないだろうタイミングだと確信していた男のニヤリ顔が苦悶へと盛大に変わる。

 口を大きく開けてパクパクと、まるで空気を吸いたいと言いたいような動きをする。それもそうだろう。

 アリシェルの拳が男の鳩尾へと深くめり込んでいたからだ。カウンター。見事に相手の隙間を「刺した」完全なる一撃。

 しかもこの一撃もアリシェルは恐らくは手加減をしている。今の彼女の力で「本気」を撃ち込んでいたらこの一撃で男は恐らくは死んでいたか、もしくは瀕死位にはなっていると思える。

 それほどにアリシェルはもうすでに身体強化をマスターできていると言って過言では無い。それは男が逃げ出そうとしたのを先回りして前を塞いだ点を見ても明らかだ。

 身体強化を自在に操れていなかったらコレに「背後」から追いかける形に、追いついてから前へと回り込むと言った感じになっていただろう。

 だがアリシェルは男が駆け出す瞬間にはもう前を塞ぐ形になっていた。もうコレは完全にこれ以上身体強化で俺が教える事が無いと言って良いモノだ。


「はい、じゃあ一旦休憩で。あー、アリシェルさん?非常に、非常に、残念なお知らせがあります。」


 俺は少しだけ勿体ぶりながらそうアリシェルへと声を掛けた。コレに気の抜けた感じで「はぁ」と不思議そうに俺を見るアリシェル。


「もうアリシェルさんに魔法に関して教える事が無いです。どうしましょうか?これだけ簡単にあしらっちゃうくらいに強くなってたら、もう俺要らないねぇ。」


 俺の時間潰しの為と言う点もあって彼女の強くなりたいと言った申し出を受けはしたのだが、こんなに短時間で強くなるとは想像をしていなかった。

 俺が独自に教えるテキトーな説明で本当にアリシェルが強くなれるのかどうか?と言った実験も含めての事であった。しかし結果はと言うと。

 天才だった。彼女は。時間にして約一日ちょい。正確に言えば俺の教えた時間なんてその中のホンのちょびっとだ。

 後は彼女が自主で鍛錬した魔力操作の時間の方が長い。もうこれはほぼ自力で強くなったと言っていいのではないだろうか?

 俺のやった事などは魔力を感じさせるきっかけと、後はちょっとしたアドバイスと問答位なものだ。俺のした仕事など小指の爪の先程も無いのではないかと思えてしまう。


「いえ、まだまだ貴殿から学ぶ事は大量にあります。エンドウ殿、私が城に戻るまでの間、残りの期日、ご指導をお願いいたします。」


 アリシェルからそう言われてしまった。こう言われたら断る事も出来ないだろう。軽い気持ちで受けてしまった事ではあるが、こうなれば最後まで付き合わねばならない。

 そうしてその後は地面に放置したままであった男を俺が魔法で回復させ、繰り返しアリシェルの訓練相手を一時間程ブッ通しでさせた。


「すまなかった・・・もう洗いざらい言うから、これ以上は勘弁してくれ・・・」


 男はどうやらやっと心が折れたらしい。俺たちが別段追及と合いの手を入れずとも男の口から情報がぽろぽろとこぼれてくる。

 それを纏めるとどうやらこの男は内部調査、および外部部隊の引き入れを担当していたらしい。そしてソレの依頼主はと言うと。


「はぁ~、あのデブ侯爵は諦めて無かったかー。でもまだ城からのお手紙は届いていないみたいだし、もうちょっとだけ様子を見るかな?王子様の顔を立てて。」


 俺はこうして犯人が誰だかスッキリしたので満足した。なのでこれに今すぐにあの侯爵の所に行って「成敗」をしようとは考えなかった。

 男の背中を俺はポンと軽く叩いて門まで見送る。そして門番の「え?!」と言った様子を無視しつつ男を送り出した。

 多分門番はこの工場に勤める者たちの顔を全員覚えていたりするのだろう。そして見覚えの無い人物がいきなり俺に付き添われて門を出て行くので驚いているのだと思う。

 外へと出た男はそのまま項垂れながらトボトボとこちらを振り返らずに道を進み続け、建物の陰にスーッと消えて行った。


「じゃあ今日の修行はここまで、と言う事で、寝ようか。」


 俺はアリシェルに部屋に戻って就寝するように言う。この言葉に従ってアリシェルは「お疲れさまでした」と言って戻っていく。

 しかし俺にはこの後に調べなきゃいけない事があるのでもう一度倉庫へと足を運んだ。

 そう、ガドンの実に何か仕掛けられていないかどうかを調べるためだ。とは言え、もうこれはアリシェルが男と組み手をしている間に調べてあった。


「一個だけ他のと違う反応が見られる実があったからな。それを担当者に明日調べてみて貰うか。」


 情報の共有は大事である。報告・連絡・相談。コレが世に言う「報連相」だ。社会に出て働いている者にとって大事な守るべき約束の様なものだ。

 俺が今この時点でこのガドンの実に何が仕掛けられたかを調べるのは簡単だ。けれどもこうしたモノは実物を使って担当者と共に一緒になって調べた方が印象に残る。

 担当者本人も自身で調べる事に因って危機意識も高まるだろうし、今後の食品衛生管理の面に至って注意を高める事ができるようになるだろう。


 ガドンの実の山の中からその他とは違う一つを俺は回収してから屋敷へと戻った。

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