魔法の授業は卒業ですね
翌朝、俺は食堂にて食事を摂っている。そして目の前にはアリシェルも朝食を食べていた。
「今日の訓練はどのようなモノを考えておいでですか?」
アリシェルのこの質問に俺はどう言えばいいか迷う。戦闘訓練でも良いのかどうか。魔法の訓練の方に方向を転換したらいいか。
アリシェルは充分に戦闘のイロハは既に騎士としての今まででその身に叩き込まれている。ならばここは魔法の訓練の方が良さげだ。
「じゃあ魔法の方の勉強をしようか。そうだなぁ~。まあ、少し理科の実験をしようか。」
この俺の言葉に「リカ?」と小さく言葉にしてアリシェルは首を傾げた。おそらくは聞いた事の無い言葉だったんだろう。
コレに俺は詳しい説明をしないで食事を黙々と口へと運んで先ずは朝食を平らげた。
こうして食事を終えた俺たちは庭へと出る。別段用意するモノは無い。先ずは説明から入るつもりだったから。
実験をする時にはインベントリから必要な道具を出すつもりだ。
「えー、では。アリシェルさんは火を出せるよね?ちょっと出して見てくれる?」
コレにアリシェルは何でも無い事の様に指先からポウっとライターで出す位の大きさの火を出現させる。
「はい、消していいよ。じゃあ、そもそも、その火は魔力で出しているよね?これは魔力が「火」を具現化したわけだけれども。では、火ってどう言った「現象」なのかは理解できている?」
コレにアリシェルが「は?!」と何かに気付いたような顔つきになる。そして今度は悩むようなしぐさをした。
非常に彼女は優秀だ。この指先から出した火は彼女の中のイメージから出した物ではあるだろう。しかしそれ「以上」を出せなかったのがこの魔法に対する「理解」と「火」への「理解」が充分では無かったからなはずだ。
それをこうして直ぐに気付いて考え出したのだから、アリシェルは「一を聞いて十を知る」と言った事を体現している。
だけども今までそんな「思考の仕方」をしてこなかったことで慣れていないのだろう。少々時間が掛かりそうだった。なのでちょっとだけヒントを出す。
「手のひらを合わせて、そう、そう。そしてそれを素早く擦り合わせて。ずっと。で、どう?手の平、こすり合わせていると熱くなってこないか?」
俺が言った事にアリシェルは素直に従う。そして実行して見て直ぐに気付いたようだ。
「熱、ですね。物が高温になると発火する。焚き木に薪を追加し続ければそれが燃料となって火は大きくなる。燃えるための燃料があり、そこへ風が適度に入り込むと燃える勢いは増して熱量が上がります。」
「じゃあそれが分かったらもう一度魔法で火を出して見て。ちゃんと理解した事を強く魔力に込めて出力を上げつつね。」
次にアリシェルが出した火はボオオオとかなり強い勢いをつけた「炎」と呼んでいいモノとなった。もうコレで「火」に関する事で俺は教える事が無くなる。
「良かったね。ちゃんと攻撃魔法として「火」を扱えるようになった。コレでもう魔法剣士とか名乗って良さそうじゃない?」
アリシェルの出していた炎はもう消えている。むしろ出した本人が自分で出した炎に驚いて直ぐに消してしまったのだが。
しかし次にはアリシェルが涙を流していた。俺はコレにびっくりした。どうやらコレは別に悪い涙ではない様子だ。どうにもアリシェルは嬉し涙を流しているそうで。
「う、うれしいです!魔法の才は無いと言われていた私は自分でも信じられない位に落ち込んでいたんですね。こんなに涙を流したのはいつ以来か。しかも、嬉しくて泣くなんて。」
次にはもの凄い笑顔になる。何かが吹っ切れたみたいだった。それはいい方向に吹っ切れたのだと思えるすっきりとした爽やかな笑顔だった。
師匠と最初に出会った時に教わったこの世界での魔法の修行に関しての「現象」を追求すると言った点は間違っていないみたいだ。
ちゃんと出したい結果を自分で理解できていないと自在に魔法を扱えないのだ。
「じゃあ次は何を教えようか?火を教えたから次は水かな?うーん?これもコレで難しいな?どうやって教えよう?」
エイチツーオー、などと言ってみてもアリシェルは分かるはずも無い。なので一番簡単なモノを教えてみる事にした。
「えっと、今、こうして呼吸をしている空気には「水分」が含まれています。ここに取り出したるは何の変哲も無い鉄の板。」
俺はもの凄く冷えている一枚の鉄板を取り出す。もちろん懐から取り出したように見せかけて。
「さて、この冷えた鉄板に周囲の空気が触れたら・・・はい、水滴ができましたね。寒い日に部屋でこうして窓に水滴が付いたりしない?コレは空気に含まれる目に見えない水の小さい粒が集まってできるんだ。」
そしてできた水滴を集める。これを俺は徐々に魔力を込めて熱をその水滴から奪っていくイメージを籠める。何処までも冷たく。
「はい、火の時と逆。魔力でこの水の温度をドンドンと下げて下げてと。するとはい、氷ができたね。」
アリシェルは先程から俺のする事をガン見してきている。
「このように「氷・水・蒸気」の形で存在するけど根本は同じものなんだね。この氷を熱すればまた水に戻るし、水をもっと熱すれば湯気になって空気に紛れて行くよ。アリシェルさんの身近にある現象だね。これら以外にももっと他の事象はアリシェルさんの身近に数えきれないくらいあるよ。では、魔法で水を出してみようか?自身の魔力が「火」を具現化できるんだから、水も具現化できるよね。」
こんな説明していてなんだが、本当に魔法と言うモノは御都合主義を極めた代物だなと思う。
で、そんな御都合主義をアリシェルは既にもうマスターしたりしている。その彼女の手の平には水が。
「出来ました・・・凄い、これは、震えますね・・・」
どうやら感動と戦慄が同時に来ているらしい。ぶるぶるとアリシェルは体をまるで寒さで振動させているかのようだった。
「えーっと、もうこれで分かったと思うけど、こうしたアリシェルさんの身近にある「真理」が魔力で再現できるんだよ。もうそれが分かれば一人前の魔法使いだと思う。後は自身で研鑽を積むのが良いね。と言う訳で、卒業おめでとう。はい、じゃあこれ、魔力薬。飲んでしっかりと自身の魔力量を上げて行こう。魔力量が上がればもっといろんな事が自由自在にできるようになれるよ。毎日頑張って様々な事を勉強していってください。」
もうこれ以上は俺が何か教えない方が良いだろうと直感した。多分教えれば教える程にアリシェルは俺の教えた事を吸収するだろう。
そうなれば、だ。きっとその吸収したそれらは彼女の力にはなるだろうが、それらが元になって様々な方面から厄介事が舞い込んでくるかもしれない。彼女の負担が増えてその内に抱え込め無くなって潰れてしまう、と言った事にはなって貰いたく無い展開だ。
そうなると俺も教えた責任とやらを負わされる可能性が高くなっていく事だろう。それはちょっと勘弁だ。面倒な事はしたくない。
俺はこの世界で自由に動き回りたいのである。そう言った雁字搦めにされるのはまっぴら御免だった。
「有難うございます。これからは日々精進を忘れずに魔法の鍛錬を行っていきたいと思います。」
深く頭を俺へと下げてきたアリシェルは感謝の言葉を述べてくる。そして俺が取り出した魔力薬を受け取ってそれを一気飲みした。
そしてまたしても身体を「びょーん」と大きく一度跳ねさせる。コレはすぐに魔力を身体に吸収したという証拠だ。
前日に飲ませた時よりも断然早い吸収である。もしかしたら吸収率や、その時間が早くなっているのかもしれない。魔力を使ったせいで。
アリシェルは「体が勝手に跳ねるのはどうにかできないのか?」と小声で呟いていたが、俺はこれを聞こえないフリをしておく。
「じゃあもう今日は解さ・・・」
「少々いいでしょうか?エンドウ殿、先日の剣の稽古を続けて頂けないでしょうか?」
俺は解散と言おうとしたのだ。もうこれ以上はアリシェルには独り立ちして貰い、自身の学習で魔法を極めて行って貰おうと思って。
「え?ああ、別にそれは構わないけど。えーっと?魔法は卒業したけど、剣の鍛錬はしたいって事?それに付き合ってくれって言う事で?」
「はい、やはり私は護衛騎士ですので。魔法だけに囚われず、剣の基礎も共に上げていきたいのです。確かに魔法がこうして使えるようになれたのは非常に嬉しいです。しかしだからと言ってそちらにだけ集中をし、剣を疎かにはできません。お願いできますでしょうか?」
真面目だ。大真面目だ。馬鹿真面目だ。多分アリシェルは城に戻ったらその強さで周囲を圧倒する事になるだろう。
魔法で身体強化を出来る様になった上、それを使用しての剣の鍛錬をしたら、もう城の騎士の誰もが勝てない、敵わない位の強さを得ている事だろう。
大丈夫なのかそれは?と俺はちょっとだけ考えたのだが、アリシェルの強さへの考え方は「護衛対象を絶対に守り切る強さ」の追求だ。護衛騎士として当然のものだった。
なので俺はこれをちゃんと了承して鍛錬に付き合う事にした。俺は庭でアリシェルの準備を待つ事に。
その後は一度アリシェルは部屋に戻って完全装備になって戻ってきた。
この後は先日した剣の修行をやった。ただし、完全に最初からトバしている。そう、先日やったバリエーションを初っ端導入である。
でもこれ、もう通じない。アリシェルは完全に身体強化を使い熟してどんな攻撃も捌ききってしまう。
地面から土でできた触手を増やした所で変わらない。余り密度を上げ過ぎても触手同士がぶつかり合ってしまい動きが制限されてしまう。
なのでアリシェルへと攻撃を仕掛ける数は限定されてしまう。しまうのだが、次々に迫って来るその攻撃の数々に普通なら直ぐに体は泥だらけにされている事だろう。それだけ激しい連続攻撃はしている。
しているのだが、一発もその攻撃はアリシェルには当たらなかった。もうこれでは鍛錬とは言えないかもしれない。既にアリシェルの表情には余裕すら見て取れるからだ。
「よし、ここまでにしようか。つーか、かなり長い時間ぶっ通しなのに汗を全然掻いてないねぇ。もうこっちの方も俺の手助けは要らないんじゃないか?」
二時間は休憩無しで剣を振るい続けたアリシェルは軽く汗を掻いた程度にしか見られない。もうこれは彼女がこの世界の人々に「バケモノ」呼ばわりされるのが予想できる。
「いえ、これまで護衛騎士として朝の鍛錬をこなしてきていますから。これを城に戻るまでは毎日日課としたいのですが。ご協力お願いします。」
俺は内心で「あちゃー」と思いながらもこのお願いを断らずに「分かった」とだけ口にしたのだった。
こうして昼を食べたらアリシェルは魔法の鍛錬をするようで、部屋にて魔力操作をずっと行い、その「精度」を何処までも追及すると言っている。
俺もコレは別に止める理由も無いので「ほどほどに」とだけ言っておいた。そして俺はガドンの実の事で果汁を絞る仕事をしている責任者の所に午後は行く事にしていた。
魔力薬を製造するのに分担制を使っている。なので果汁を絞る仕事を専門でやっている従業員が居るのだ。それを統括している人物の所へとガドンの実を持って近づく。
「やあ、ちょっといいかな?ガドンの件で話があるんだ。衛生管理の面で。」
俺はそのまま単刀直入でそれを伝えた。コレに「おう、なんだなんだ?」と言った感じでこの場を預かる従業員全員が集まってしまった。
「えーっと?コレは?」
俺はどう言う事だと思って現場責任者に目線を向けた。
「おう、アンタは昨日の。ああ、これはな。何を一体アンタが言いに来たのかを気にして集まってんだ。用事を話してくれていい。みんなで共有するのにこの方が良いだろ?あんたのあの時の演説が皆気に入ってんだ。何を話してくれるのか直接皆アンタの口から聞きたいのさ。」
コレに俺は少々の気恥ずかしさを覚える。そんな事になっていようとは考えていなかったからだ。しかしここで言い淀んでいても仕方が無いので本題を話す事にした。
「あー、先日、ガドンの納入のその荷の中に隠れてここに侵入しようとしていた者がいた。既にそいつの対処は終わっているんだが、どうにもそいつはこの実に「仕掛け」をしていったらしくてな。これをみんなで確認しておきたかった。その仕掛けとは「毒」かもしれない。この毒の解析を出来る薬品か何かはここって常備しているかな?もしくは普段から絞った果汁に対してそう言った「混ざり物」などがありえないかの検査などはしていただろうか?」
ざわざわとコレに騒ぎが起こるが俺は追加でもう一言付け加えておく。
「調べた限りじゃここに持ってきたこれ一個だけに仕掛けが施されていただけだったんだが。もし、コレが分からずに絞った他の果汁の中に混ざったりでもしたらどうだろうか?それを使用した魔力薬は全て毒が混ざった物となったら?全てそれらが廃棄、どころか、これを飲んだ人たちが毒で死んだりしたら?この事業はきっと廃止命令が出る事だろう。そうなれば私たちの仕事は無くなるどころか、魔力薬で世界を変えると言った事すらも叶わなくなるはずだ。そしてこの魔力薬の製造方法を私たちから欲深な者たちが横から取り上げてきて、この製造を独占して金儲けだけの仕事に変えてしまうかもしれない。それは絶対に防がなくてはいけない事だと、皆思わないか?」
俺がここまで言ったらシンと静まり返った。どうやら脅し過ぎたらしい。
「分かった。毒の有無があるか無いかの検査ができる術者を雇用するように上に掛け合おう。と言うか、エンドウさんよ、あんたがクスイさんに連絡しておいてくれねえか?ちゃんと術者が来るまでは製造を止める様に俺がジェールに伝えておくからよ。」
「ああ、今倉庫の中に入ってる実なら全部大丈夫だから。それを使い切るまでは製造は続けていてくれ。在庫管理者と相談はそっちでお願いするよ。ジェールにもこの話はしておいてくれ。アンタに任せても良いか?」
俺が現場責任者の彼にそうお願いすると「大丈夫だ」と了承して貰えたので俺はこの場を離れる。持ってきたガドンの実は俺が厳重管理をすると言う事で誰も見ていない場所でインベントリにしまった。
その後俺はワープゲートを使ってクスイに会いに行く。直ぐに終わる話だ。とりあえずは居なければ居ないでまた後でもう一度来ればいい。
一々歩いてこないで一瞬で行き来ができるのだからこれくらいの手間は楽なものだ。
「どうしましたかな?また何か揉め事が?もしくは・・・そのお顔は何やらありましたな?」
家の中に入ってすぐにクスイは俺の顔色を見て何があったか当てに来た。俺は普段通りの顔をしていたと思ったがそれでもクスイにはバレバレなのだろうか?
とそんな思いがまた漏れてしまったのか、クスイは理由を口にする。
「エンドウ様がいらっしゃられた時には何かしらあった時ですからね。顔を見て悟った訳では御座いませんよ。」
はっはっは、と軽く笑い飛ばされてしまった。どうやらパターン的に用事がある時には何か起きたと、クスイは俺と問題をセットで捉えているらしい。コレはどうにも参った。
「まあ、そうなんだけどな。で、ちょっと深刻な話になる。時間はいいか?」
俺は頷くクスイに今回ここに来た要因の事を説明する。そして話し終えてクスイが一言。
「それは確かに深刻ですな。口に入れるのですから、魔力薬は液体である訳ですし、確かにコレで死亡する様な者が出れば・・・そこら辺は私の伝手を最大限使って手配しましょう。忠告有難う御座います。」
「頭は下げなくてイイさ。俺は共同開発者だしな。経営の方はクスイに任せっきりだけど、そこら辺は俺だって責任を持つべき立場だしな。さて、そうなるとさー、ここまでくると偽物、って言うのが出回り始める頃だろうか?人気商品は贋作がされやすいしな?」
俺はルイヴィトンやシャネルなどのブランド品を思い出す。なのでクスイに対して他の魔力薬との違いを識別できる仕掛けを魔力薬の瓶に入れる事を提案した。
コレに対してクスイはちゃんと理解を示して容器関係の仕事の発注先に申し入れを今日中にしてくると言い始めた。
「急ぎじゃ無くて良くないか?クスイはその他の仕事は大丈夫なのか?」
「構いません。本日は店番に立とうかと思っていたくらいに順調ですよ。ならばここはエンドウ様の案を実行するために動いた方が宜しいでしょう。いやしかし、わくわくしますなあ。」
ニコニコとクスイが何故かし始めた。その笑顔の裏に何が隠されているかを俺は知る気は無い。
俺は商売においてこうしたアイデアは出せるが、それを実現するのにはクスイの力が必要だ。そして商売専門、それ一筋でやってきた叩き上げのクスイなら全て何をしようとも任せられる。
ならばここは安心してクスイに全部任せてしまえばイイ。これ以上は俺が何も言わずともそれ以上の事をクスイはするだろう。
「じゃあまた俺は向こうの警備に戻るよ。宜しく頼む。余り働き過ぎで過労で倒れてくれるなよ?代わりは居ないんだからさ。」
俺のこの一言でクスイは頼もしい言葉を返してくる。
「これくらいの仕事量など昔に比べたら些細なモノです。むしろ、こうして順調すぎるのが怖いくらいですがねぇ?」
俺はこの言葉を受けてワープゲートを開いて警備のために屋敷に戻る。だけども俺の仕事はほぼ何も無い。
庭で日向ぼっこをするくらいだろうか?昼寝をしていても良いだろう。アリシェルは魔力操作を追及しているので俺の手を離れたも同然だ。朝の稽古に付き合うくらいでその後は別段俺には予定が無い。
屋敷を囲う壁に合わせて結界を張ってあるし、その維持にもそこまでの労力も感じていない。ここまで行くと俺はこの世界で「バケモノ」などと言われる様な存在であるだろうが、有名な訳じゃ無いのでそう言った罵詈雑言なども気にしないでのんびりとやれている。
「そうだなあ?師匠とつむじ風の皆は仲良くやっているのかな?師匠のレベルとつむじ風の強さは多分いい感じに同じくらいだと思うんだけど。今頃は楽しくダンジョン攻略とかしてるのかねぇ?」
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こうして一週間が経つ。アレからは別段おかしな横やりやら騒動なども起きてはいない。
クスイに相談していた事も直ぐに実行され、今ではそれらが製造へと導入されてイイ感じに回っていると言う事だ。
俺は警備担当と言う事でそこら辺の詳しい事は話しに聞いていない。しかしクスイはそこら辺をちゃんとわかっている。俺がクスイへ全幅の信頼を置いていると。
なので一々そう言った事は俺へとクスイは話してこない。もし重大な話があるなら直接俺へと訊ねてくるからだ。
「じゃあ準備された魔力薬の搬送にアリシェルさんも付いて行くから、これにてお別れですね。今まで修行お疲れ様です。」
俺はそう言って馬車へと積まれた城への魔力薬の運搬の護衛として付いて行くアリシェルに別れを告げる。
「はい、これまでの教え、この先も一生忘れません。ありがとうございました、師匠。」
この一週間の間に俺はアリシェルから師匠呼ばわりされている。むず痒いからやめて欲しかったが、それでも彼女は俺へと尊敬の念を込めて師匠呼びを止めてはくれなかった。
護衛はアリシェルの他に二名の騎士が付く。国との契約、商談だ。当たり前である。荷物に何かあったりすれば大事だ。
まあ多分どこのドイツが襲撃してきたとしても、返り討ちに会う事請け合いだ。何せアリシェルの強さは人外だと言っていいレベルにまで到達している。
つむじ風のレベルにまでとはいかないが、それに近い。いや、もしくはもうそれを超えているかもしれない。
彼女は自費で毎日一本、工場での出来立ての魔力薬を購入をさせて貰っていた。本来なら出荷を店にする商品なので工場での直接の購入販売などは行っていなかったのだが。この件には特別に許可をジェールが出していたようだ。
アリシェルは魔力操作をした後、魔法を使用した後に毎回魔力薬を飲んでいた。
コレに因って見る見るうちに彼女の魔力量は上がって行っていた。もう昨日なんて俺がいくらあの手この手で攻撃を仕掛けてみても全部軽く迎撃してくるだけでなく、俺へと反撃をしてくる程だった。
なので馬車を襲撃するような者がいたとすれば、御愁傷様、としか言いようが無い。今の彼女には「ほぼ」敵が無い。
なので何の考えも無しに彼女と正面から敵対すれば相手の方が簡単に捻り潰される立場となるだろう。
馬車は出発し俺は余計にやる事が無くなった。まあこんな日常も良いだろうと思ってのんびりとするのも良いのかもしれない。
とそんな事を考えて馬車を見送ったらクスイが俺へと声を掛けてきた。この馬車の見送りはクスイも一緒だったのだ。
「エンドウ様。少々お時間よろしいですかな?この魔力薬製造に関して「販売」の件です。二件程、信用できる方がおります。」
どうやら以前に話していた権利販売に関する事の様だ。俺はコレに了解をして屋敷の応接間にクスイと入る。
「以前にビッグブスを競りに出した時の商人の方たちを覚えておいででしょうか?その内の二人へこの話を持ちかけました。サンネル殿にはお声がけはしておりません。エンドウ様の魔物の買取の方での事がありますので。」
「話していない一人はどう言った理由で?三人じゃダメだったのか?」
簡単な質問を俺はする。これにはちょっとだけ意外な返しが来た。
「残りの一人はどうやら資金繰りが上手くいっていないと言う情報を得ました。どうやら今すぐに店が潰れる、と言った様な事にはならないと言った見込みではあるのですが。商売の規模は縮小せねばならぬでしょうな。まあそれでも信用ならない、と言った人物ではありませんので、商売の交流は断ちはしませんが。そうした理由ですね。ちょっとした助太刀は入れるつもりではあります。無理をしない程度ではありますがね。以前に彼にはお世話になった事もありますので。潰れてしまうには惜しいですからな。」
どうやらその商人には恩を売ると言った形にして援助をするつもりらしい。もしくは借りを返すと言った感じだろうかこのクスイの様子だと。抜け目は無いようだ。しかしコレにはちゃんと義理と打算と相手への高評価を持ってしての事で、計算をしていない訳では無いのだろう。ちゃんと回収できる見込みがあるのだ。
しかしコレにちょっとだけ俺は引っ掛かりを覚える。どうしてその商人だけが資金繰りに上手くいっていないのか?である。
本人の見込み違いで販売路線を変更して売り上げが下がったとかだろうか?もしくは商売の邪魔をしてきている者がいるとか。もしくは仕入れ等で積荷を他の地域に移動する際に野盗、もしくは強盗などの被害に遭ったとかだろうか?
まあそこはこれ以上は俺の突っ込みを入れる部分では無いだろう。
「で、エンドウ様には交渉の場に共に来ていただきたいのです。護衛ですな。エンドウ様が側にいてくださるなら私も安心して契約の話し合いができます。お願いできますでしょうか?」
コレに俺は「ん?」と思った。権利売買においてそこまで俺が護衛にならなければいけない程の危険などあるのだろうか?と。
しかしクスイが俺へとそう願っているのだから受けるのが当たり前だろう。そもそもこの魔力薬の事業は俺が求めたものなのだから。
そしてそれを全てクスイに任せている現状なら、そのクスイが俺の護衛が必要だと言うのならば出ないと言った選択肢は無い。
「分かった。で、その話し合いの日はいつなんだ?」
「三日後ですな。その時にはお迎えに上がりますので、ここで待っていていただければ。」
コレを俺は了承する。こうしてクスイの話も終わり俺は日課の日向ぼっこをするために庭に出る。
クスイは俺への護衛のお願いをした後はすぐに自分の店へと戻って行った。纏めなければいけない資料などが少々残っていると言っていた。
「うーん?暇だな。アリシェルさんがいなくなってより一層やる事が無くなった。どうしたモノか?別に警備の面ではお墨付きを貰えているし、出掛けても良いんだがな?」
サボっている様に見えても、これでも仕事をしているのである。仕事をしていると言えるだけの自信が自分には無いのだけれど。
それもこれもこの結界が全て不審な侵入者を弾くからだ。効果抜群なのがいけないのである。とは言えそれを解除はできない。このままこの魔力薬製造工場の「安全」が確保できるまでは。
しかし順調にその点は進んでいる。クスイの手腕によって。この権利販売が徐々にでも広がって行ってあちこち全国各地に製造工場が広がって行けば、もうこの工場をここまで厳重警備せずとも良くなる事だろう。
そんな事を考えてその日は終わったのだが、その翌日に問題は発生した。
またあのデブ貴族がやってきたのだ。しかも百名近い私兵を伴って。




