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一つ終わってもまだ残りがある

「で、エンドウ殿。突然の訪問は別段こちらとしては嬉しい事ではありますけれど。すぐにこうして・・・魔力薬の元締めを連行してくるとは思ってもみませんでしたよ?」


「言葉が少々荒く聞こえるんだけど、王子様、仕事で鬱憤溜まって無い?」


 俺はそう言って王子様の現状がどうなっているかの話を振る。すると。


「忙しさに殺されそうですよ。何せ四方八方に話を通さねばならないですからね。で、そもそも、エンドウ殿が読み通りにこうして魔力薬関係で繋がっていたのは嬉しい事、なのですがね。暫くは時間が掛るだろうと思っていたんですよ。そして、まあ、手紙のやり取りで先ずは連絡を取り合って、徐々に準備と頭数を揃えておいてもらいつつ、具体的な数字を決めてから輸送と言った感じでね。」


「うん、もうそう言うのはウンザリ。会社に勤めていた時に、一社そう言った慎重に取引する所を担当していて、ずっと調整に手を取られて他の事ができないって事があったからなぁ。」


 昔を少し思い出して一人シミジミする。そしてすぐに契約を詰める話へと切り替える。


「じゃあ俺は話には参加しないから、クスイ、ジェール、後は任せた。」


「ん?エンドウ殿は同席しないのか?てっきり口を出すモノとばかり思っていたが?」


 王子様はどうにも生産の方に俺が携わっているのでは?と見ていたようだ。当たらずも遠からずである。


「俺は別に。お茶と菓子を堪能してゆっくりしてるから。」


 俺は王子様の私室の別のテーブルへと向かう。この部屋は広くて王子様とクスイが向かい合って座っているテーブルとは違う少し小さめのテーブルが一つある。そちらに俺は移動した。

 そこにお茶と菓子を並べてくれたのはケリンだ。


「お前とこうして直ぐに顔を合わせる事になるとは思ってもみなかった。・・・私はお前が恐ろしい。早い所帰ってくれる事を願う。」


 小声で王子様に聞こえないように、そっと俺だけにそう言ってくるケリン。


「ああ、別に長居はするつもりは無いよ。さっさと仕事を終わらせて戻るつもりだから。」


 俺はお茶を一杯飲みほした。出された菓子も平らげておかわりしようかと思った時に声が掛けられた。


「エンドウ殿、後でデンガルに会ってやってくれないか?最近は少しだけ魔力の操作の方が上手くいったみたいだ。魔法談議に付き合ってやってくれ。最近はそれで少々うるさくてな。」


「んー?まあ少しだけならね。で、そっちは契約終わった?」


 どうやらクスイとジェールが用意していた資料が王子様との契約をこれほどまでに素早く終わらせる事に貢献したようだ。

 俺は椅子から立ち上がり側まで近寄ってその契約書の中身を見る。


「ん~?100本?で、いいのか?ならそうだな。すぐに俺だけ工場に戻って味無しのヤツを作って持ってこようか?すぐに済むけど?ああ、その前にお試し用とか試供品やらを提供した方が良かったな。ちょっと待っててくれるか?十本ほど試供品を持ってくる。ちゃんとここまで契約できてるなら俺はこれ以上はあんまり首を出さない方が良いってもんだよな。」


 契約書には王家から資金が諸々と経費で出ると言った内容があったので経済を回すと言う意味で、それ以上は俺が首を突っ込まなくともいいだろう。運搬用の人手も、配達用の馬車などの用意なども、そこら辺を全部、国が出すと言うのだ。ならば俺が出る幕はもう無いだろう。


 そして今は王子様の護衛にアリシェルが付いている。ケリンはメイドの仕事を全うするために部屋の入り口のドアの前に立っている。まあいざとなったらその実力を発揮して王子様を即座に守る体勢に入るだろうが。


 アリシェルは王子様の座るソファの後ろに立っているのだが、そのアリシェルの表情が俺の言葉に「うげっ」と言った表情に一瞬だけ変わっていた。本当に一瞬の出来事だ。この部屋に来た時に自分が体験した事を思い出しているのだろう。

 多分それはいくら自分が実体験した事だとは言え、未だに信じられ無いものを見せつけられていると言った抵抗感だろう。


 そうして即座に俺はワープゲートで、以前に魔力薬が買えずに荒れかけていた冒険者を沈めるためと言う事で魔力薬の味無しを作った部屋へと移動する。

 そこにあった空瓶を使用して魔力薬を作り出し、詰めていく。その作業は直ぐに終わるので即座に蓋を探し出して栓をする。出来上がったソレを手に直ぐにワープゲートへとトンボ返りする。


「よっと。これ、試供品ね。こうして契約ができても物は直ぐには到着しないだろ?だからコレで使用感なんてのを実際に確かめてみてくれ。」


「・・・相変わらずエンドウ殿は恐ろしいですね。ええ、遠慮無くこちらは試させていただきます。ありがとうございます。」


 こうして数か月はかかるだろうと思われた案件は即座に終わった。ならば後はあのデブ侯爵の件だ。


「なあ?王子様はまだ時間は有るか?ちょっと王子様の仕事を増やしちゃう案件なんだが、頼らせてくれない?」


 俺のこの頼みに苦い顔を王子様はするのだが、溜息と共に頷いてくれた。


「生産工場に何処のどいつだか知らんデブな貴族が現れて勝手を言って来たんだ。屋敷を寄越せとか言って喚き散らして来た。そいつを黙らせたい。と言うか、あんな無能な貴族をよくもまあ蔓延らさせてるな?」


「エンドウ殿は痛い所をついてくるな・・・私もそう言った者には頭を痛めているよ。で、太っていると言う事だが、それは一体?」


 王子様はデブと言う言葉だけでは誰なのかは分からないよと言ってくる。まあ確かに太っている貴族なんてごまんといるだろう。


「先ずデブ、ハゲ、脂ぎった肌、背が低い、体形は丸い。脚は短い、息が臭い。ちょび髭。人の話を聞かない。」


「それは特徴と言うか、只の悪口だね。」


 王子様に呆れられたので俺は一枚、紙をインベントリから取り出してソレに似顔を写し出す。この方が圧倒的に早かった。

 もちろん紙は懐から取り出したように見せかけた。まあ、インベントリを見せたとしてもここに居る者たちは他言などしないだろうが。


「相変わらず何が飛び出してくるか分からないなぁ。エンドウ殿はこんな事もできたのか。」


 王子様が俺が出したそのデブ貴族の似顔絵、と言うか、写真にしか見えないソレを見て「ああ」とこぼす。


「デルゴリヘル侯爵だね。・・・あーもう、参ったなぁ。あの侯爵はとにかくしつこいんだ。いつまでもネチネチと。数年前の事を持ち出して、それは既に解決しているのにもかかわらずその事であーすれば、こうすれば、私ならこうした、と。決まった「答え」など無いのに話題に出してきたりする。決断と言う言葉の意味を知らない人なんだよ。」


「よくそんな奴を今までのさばらせてたな?逆に驚くわ。いっその事そいつは引退して貰った方が良さそうだな。」


「怖い事言わないでくれエンドウ殿。かなり古参の貴族で、どうにも抑え込もうとしても他の貴族が邪魔で上手くいっていないんだよ。こちらとしても早い所対処したんだが、別件で時間が取れないんだよ。」


「ん?だけど理不尽で道理が通らない事をこちらに仕掛けてきたり、くだらない罠なんかでクスイの商売を潰そうとしてきたら実力行使で問答無用で潰すよ?貴族の役目を果たしていないと判断したら容赦はしないつもりだ。と言う事で、その旨をこの場で王子様に認めて欲しいんだけど?」


 王子様は俺のこの言葉で思いっ切り顔をしかめる。そして両手で顔を覆って俯いてしまった。

 次に大きく息を吸ってから再び顔を上げた時にはもの凄く嫌そうな顔でこう言って来た。


「早馬で手紙を出しておこう。父上、国王陛下からの勅命で止めるように伝えておくから、時間をくれ。」


「もしそれが間に合わずにデブ貴族が馬鹿な真似を実行したら?」


 ここで沈黙が訪れる。この部屋に居る誰もが息を飲んでいた。クスイは口を挟めず、ジェールはそもそも会話の規模に混乱して、アリシェルはそもそも貴族を恐れないばかりか「潰す」などと宣う俺への戦慄で。

 ケリンは既に俺が「組織」を壊滅させている事を知っているので今更だと言った感じの様子だ。


「・・・エンドウ殿の判断に任せる。いや、もうぶっちゃけて良いかな?王族の私がこう言っちゃいけないんだけどさ。国の全てを出し切っても、エンドウ殿を抑え込めないよ。」


 諦めだった。王子様からの返答は。この言葉にアリシェルがどうやら背筋に悪寒が走ったようでブルリとその身を震わせた。

 クスイもジェールも「ゴクリ」と沈黙で溜まっていた口内の唾を大きく飲み込む。


「良し、言質は取った。後はあちらさんがどう動くか、こうご期待、って所かな?じゃあクスイとジェールを戻そう。あ、アリシェルさんも馬があっちに居るから一旦マルマルに戻らないといけないですよね。あ、俺はこっちに少し残ってちょっとした用を済ませてから戻るから。」


 俺はそう言ってワープゲートを出す。もうこれには王子様は大分慣れた様子だ。でも、じーっとワープゲートを見つめてはいるものの、近寄ろうとはしないでいた。

 クスイとジェールには、もうこの黒い渦に恐怖は無いようだ。それよりもこれほどに便利が過ぎる代物の有用性の方が勝っている様子。至って普通にワープゲートを通って行った。

 しかしここでアリシェルがまだまだ抵抗を見せた。俺の方を怯えた目で見てくる。コレは俺の勝手な予測だが、恐らく俺の正体が一層何者なのかが分からなくなったのだろう。そしてそんな存在が出した黒い渦に最初に通った時以上の恐怖を覚えてしまったのだと思う。

 覚悟が決まってワープゲートを通ろうとしはしたが、その時に「ぴえぇ」と可愛らしい悲鳴を小さく上げてしまっていた。


「じゃあ俺はデンガルの所にでも顔を出してきます。その後は直ぐにマルマルに戻るんで。」


 こうして王子様と俺は部屋を出る。


「で、何で王子様まで付いて来るの?」


「今日の処理すべき重要案件は終わっているのでね。続きはもうちょっと後で。と言うか、エンドウ殿をほったらかしにできないだけです。」


 まるで俺が何かしら「やらかす」とでも言いたいのか。解せぬ。とは言え俺から別に何も言う事は無い。本人の仕事の進み具合は本人が一番分かっているだろうからだ。


 こうしてデンガルの部屋へと到着。王子様がドアをノックして「エンドウ殿が来てくださった」と告げた瞬間に「バン!」と扉が開く。


「おおおおお!良くいらしてくれた!さあ!さあ!さあ!私の努力の成果を見てくだされ!」


 引く。思いっきり扉を開いて中からデンガルが飛び出してきた。しかも血走った目で。王子様そっちのけで俺へと視線を向けてきているのだから勘弁して欲しい。

 俺たちが中へと入るとデンガルは早速自分の魔力を薄く延ばして広げて見せる。この部屋の広さにまで。


「どうですかエンドウ殿!これほどにまで広げられるようになりましたぞ!ソレに薄くもできるようになりました!いや、薄くできるからこそここまで広げられるのですな!いやはや!発想を柔らかくする事は重要ですな!私の思考はずっと今まで硬かった。それがずっと私の魔力に影響を及ぼしていたとは思ってもみませんでした!」


 このデンガルの言葉に「訳が分からないよ」と言いたげに王子様は問いかける。


「それはどう言う意味なんだ?思考に魔力が?説明をしてくれないか?」


 デンガルはコレにうんうんと頷いて目を閉じる。そして次にはクワッ!とその目をカッ開いてから説明を始めた。


「殿下、さて、魔力とはどう言った代物か、御存じですかな?もちろん、私が殿下にその点の勉強の世話をしたので覚えてくださっていると思いますが。」


「ああ、そうだな。所説あってどれもこれもと、一つには絞れないと言った所だな。真実はかくも遠い、と、デンガルは教えてくれた。」


 王子様はそうやって返答する。二人の間だけに成立する会話をしている。


「そうです。その通りなのです。そしてそれらにはそもそも魔力の「硬さ」の説明は在りはしません。そう、考えもしないと言うのがあっていると思われます。私もつい最近までは思いつきもしませんでした。」


「で、その「硬さ」とやらをどうして思いついたんだ?」


 デンガルと王子のやり取りは続く。ソファに座っているので疲れはしないが、お茶くらいは先ず出してから長話はしないか?と俺が口を挟もうとしたタイミングでデンガルが叫ぶ。


「そうなのです!私は魔力と言うモノに対しての認識が甘かった!幾ら放出する魔力の量を調節し、そして少しづつその広がりを増やそうとしても上手く行かなかった!それは私の思考が原因だったのです!これほどまでに魔力が上手く操れないのは何故か?と、他の物質に例えて考えるように至ったのです!ソレは休憩しようとして紅茶を自らの手で入れた時に思いつきました!」


「うん、そうだな。興奮している所悪いんだが、落ち着くためにもその紅茶を貰いたいな?」


 王子様はデンガルを一旦落ち着かせるためにそう言って御茶を所望する。コレにデンガルが「失礼しました」と言って御茶の用意をし始める。だが、そのまま用意しつつもデンガルの語りは続いた。


「私は魔力を自らの指先から押し出しつつ広げようとしていたのが駄目だった。そのような考え方がそもそも微妙に魔力を扱う上ではやりにくい事に気が付きました。さて、こちらの紅茶です。こうして水とは様々な器に対して入れればそれ、その「形」に収まる柔らかさがあるのです。」


 そう言って御茶をポットからカップに淹れつつデンガルは説明を続ける。


「そう、私はこのように器の形が変われば水の形も変わる。柔らかさを自身の魔力に付与して扱うように考え方を変えました。私の魔力は柔らかく、そして自らの思い描く「器」に沿って拡がる物なのだと。」


 どうやらデンガルは独自の考え方で魔力の扱いを今までとは大幅に変えたと言う事らしい。それで上手くいったと。

 単純にデンガルは凄い。流石宮廷魔術師と言った所か。しっかりと自身で答えを出してしっかりとソレを結果に反映できている。

 俺のイメージは薄く延ばす場合は金箔だが、まあ、デンガルの考えもまた一つの答えなのだろう。あまり根本の所に違いは無い。イメージ一つで魔力は扱い易さが変わると言う点は。


「なるほどな・・・うん、デンガルの見解は良く理解できた。でも・・・」


 と、何か言いたそうな目を王子様は俺に向けてきている。まあ、俺が空を飛んだり、いきなり姿を消せたり、ワープゲートを作れたり、冒険者がいくら攻撃しても壊れない透明な目に見えない結界を張ったりと、それらを見ている王子様なのである。そうなるとデンガルの説明だけでは納得がいかない部分を多く感じているのだろう。


「エンドウ殿!どうですかな!」


 俺へとデンガルは問いかけてくる。自分の到達したこの論に意見が欲しいのだろう。


「ああ、その考え方で方向は合ってると思う。後はソレを突き詰めると良いんじゃないかな?あ、そうだ、それを論文に纏めて城の他の宮廷魔術師と研究をしてもっと追及したらどうだろうか?」


 俺は話の先を向けられない様にとあらぬ方向へと話題を変える。


「おおおお!ソレは良いですな!この国の魔術師共は全く以てヘナチョコばかりです!これを期に鍛え直すべきですな!そうすればこの国の魔法に関する技術力は他を置き去りにするくらいに高まるでしょうな!早速この後に手を付け始めるとしましょう!」


「ああ、それでさ。王子様、魔力薬、一本試供品を持って来てるでしょ?ソレを試させてみたら?」


「・・・ああ、そうだね。そうしてみるかな。全く、エンドウ殿はしっかりと見ていたんだな。」


 デンガルの所に向かう際に部屋を出る王子様が魔力薬の試供品を一本持ち出す所を見ていた。なので多分だがデンガルに後で使わせて感想などを聞くつもりだったんだろう。俺がこうして話を振ったりせずとも。


「じゃあ、俺はコレで。お邪魔しちゃ悪いんで。サイナラ。サイナラ。」


 俺はサッと立ち上がり、サッと部屋を出て、サッと廊下を速足で歩く。もう王子様の私室の位置は知っている。王子様に付いて来て貰わなくても大丈夫だ。

 これ以上はデンガルの部屋に残ると何時までも話に付き合わされて解放されないのではと危惧してしまったので早々に退散だ。

 一応はマルマルに戻るのに人目につかない場所を、と考えると王子様の私室が一番安全なのでさっさと戻る。

 そして部屋の中に勝手に入るとそこにはケリンが居た。


「おい、何故お前だけが戻って来る?殿下はどうした?」


「いや、デンガルと何やら大事な話があるからって言う事で、俺だけマルマルに戻ろうかなって。」


 コレにケリンに顰め面を向けられる。


「お前が付いて行ったから私が行かなかったというのに。一応は自由を約束されてはいるが、私は護衛の仕事もやらされているんでな。お前が離れたというなら私が行かなきゃならないじゃ無いか。ッたく面倒だ。」


 そう言ってケリンは部屋を出て行く。結構ケリンは王子様に甘やかされているんだな、と言う事が判明した。


「まあそれは今俺には関係無い事か。じゃあ戻ろうかな。王子様からデブゴラヘ・・・何侯爵だっけ?まあ、言質は取ったしな。」


 俺はマルマルへと戻る。クスイの家へと。一応は戻って来た事を伝えようと中に入ると、そこではジェールとクスイが書類作りの真っ最中だった。

 恐らくだが納品する魔力薬製造に関するモノやら、引き渡し証明書などの作成なのだろう。そこに俺は声を掛ける。


「あー、クスイ、悪かったな。突然にこんな進め方させちゃって。心臓に悪かったよな?寿命、縮んだか?」


「はいはい、エンドウ様の事ですからね。いつもの事ですよ。まあ、正直に言ってここまで即座に商談を決める事ができたのは喜ばしい事です。今までに無い速度でしたね。とは言え、こうなるとなるべく早く魔力薬のレシピは売り出さないといけないかもしれませんね。」


「ん?どうしてだ?別にそれ程急いでないんじゃなかったのか?」


「いえ、こうして国から御声が掛かってしまえば注目度は天と地ほどに差が出ますからね。すぐにこの話は広がりを見せるでしょう。そうなると、この魔力薬の製造法を売り出すなら今か、後もう少ししたら、と言った所ですね。高く売れます。ですが、まだまだこの魔力薬の売れる土壌が安定を見せていません。冒険者が買っていきますが不定期です。しかも数も大抵売れていくのは少数。纏まった数は捌けません。そして狭い。売れるのが冒険者だけではまだまだ土台が心許無い。貴族様の買い付けもあるにはありますがね。それもやはり安定しているかと言われればそうではありませんから。売り手が増えても買い手の安定が必要です。レシピはソレを考えても多くは販売できません。」


 需要と供給のバランスがまだ間に合っていない、と言う話をクスイは書類を作成しながら説明してくれた。

 俺はコレに「それもそうだった」と今更ながらに納得した。以前はそこら辺の事を少し考えれば思いついていたはずなのに。

 会社勤めの時にはそんな事を当たり前のように捉えていたはずなのに、今の俺はマヌケも良い所だ。


「ああ、良く分かった。そうだな。そうなるとレシピもしっかりと信頼のおける相手に売らなけりゃ市場は壊れるか。」


「そうですな。良くお分かりで。なのでもう少しだけ時間が欲しかったのですが、こうなっては仕方がありません。踏ん張りと見極め所でしょう。私の腕が試されますな?はははは。」


 クスイは最後に上機嫌に笑う。もしかしたらここを商人の腕の見せ所と受け止めて奮い立っているのかもしれない。


「うーん?とりあえず無理しないで頑張ってくれ。いつもクスイに押し付けてばかりで悪いな。」


「いえいえ、こうして一世一代の大勝負をさせて頂けているのはエンドウ様のおかげですからね。しかも潤沢が過ぎる資金も受け取っておりますからな。それに答えられねば商人の名が廃ると言う事です。」


 作り終えたのだろう書類を一纏めにしてトントンと机で叩いて角を揃えるクスイ。勢い良く「フンス」と鼻息荒く気合が入っている。どうやら心配は要らない様子だ。


「じゃあ俺は製造工場に戻るけど、ジェールはどうする?まだこっちで仕事が続きそうか?」


「いえいえ!もう既にクスイ殿と大半の書類は作り終えました。後は生産の方で従業員たちに話を通さねばならないですからね。100と言う数ではありますが、現場の負担は増える事になりますから。そこら辺はしっかりと説明はせねばなりません。おっと!クスイ殿、皆の給料の方の割増の件は後々にもう一度話をしましょう。私は本日は一度これにて戻ります。」


 ジェールは製造工場を出た後に襲われている。なので一応は帰りも護衛をしないといけないだろう。


「あ、あいつらの事忘れてた。どうしよっかな?固まったままだろうし。うーん?放置でも良いかな?でも様子は見に行っておかないといけないかちゃんと。」


 俺とジェールはクスイの家を出た。するとそこにアリシェルが馬に乗って戻って来た。


「ん?戻るのか?ならば私も共に行こう。ジェール殿は一度襲われているからな。こうして魔力薬の契約もつつがなく終わったのだ。今のこの状況でジェール殿にもしもの事が起これば私の首が飛んでしまうだろうしな。」


 そう言ってアリシェルも付いて来てくれるようだ。彼女は今、魔力薬の件に関しての見張り役とでも言えばいいのか。国が契約した事案における関係者の護衛と言った名目でこちらに暫くは留まるという形らしい。


「なら途中で俺は分かれる。ジェールを襲って来た奴らを「固めた」ままだったからそっちを一度、様子を見てくるから。」


 俺のこの発言にアリシェルは頬を引き攣らせた。どうやらワープゲートの事を思い出してしまうみたいである。まだ呑み込めていないらしい。

 忘れたいのだろう。でも俺が話をするとどうにもソレを思い出すのか、アリシェルは頬がその度にまだ引き攣るようだ。


 こうして俺たちは通りを行く。途中でジェールが襲われた現場へと続く脇道に俺だけ分かれてそちらへと向かった。


「ほほう?いないな?脱出したのか?あるいは・・・助けられたのか?どっちにしろかなり上手く魔力を扱える奴が居るって事か。そうなるとちょっと警戒は上げておかないと。」


 俺はここで考える。明日になったらあのデブ侯爵を探してもう一度釘を刺そうと。国からの「お前ふざけんな」と言う命令も送って貰う事になっているし、ここは王子様の顔に免じてもう少しだけ時間を与えようと思ったからだ。

 せめてその国からのお手紙を受けてから自らの行動を振り返って反省する時間は与える。デブ侯爵が手紙を受け取る前にやらかさないように、俺がもう一度話をしに言っておくのは親切と言うモノだ。


「今日は一旦戻るか。今この時に屋敷を襲撃している、って事は無いだろうけど多少は心配だしな。」


 俺はその場を去って製造工場へと向かう。するとそこには見慣れない人物が一人佇んでいた。

 少女だ。その目は死んだ魚のような目をしている。そして何だかふらふらしていた。

 門番はこの少女を見てもどうしたら良いか判断に困っている様子だった。近寄っても来ない、しかし門からさほど離れていない場所でそうやっていつまでもふらふらと立っているだけ。

 俺もこれには首を傾げざるを得ない。だがこのままにしても置けないだろうと思ってその少女に近づく。決してロリコンでは無い。決してそう言った趣味は持ち合わせていない。

 迷子の子供にどうしたのかと聞いてみる軽い感じで俺は声を掛けてみた。


「どうしたんだい君?親御さんとはぐれたのかい?お腹が空いてたりするかな?御馳走しようか?」


 フラフラと立っているのでもしかしたらお腹でも空いているのかと言ってみたが、私が掛けたその言葉にその少女は一言。


「目的の人物、発見。これより排除する。」


 と機械的な声音で感情の伴っていない目を俺へと向けた。その踏み込みは鋭い。良く見ればその少女は服装は別段小汚い浮浪者と言った感じでも無い。

 しかしだからと言って御高い服を着た良い所のお嬢さん、と言った感じでも無い。

 何処からどう見ても「目立たない」少女だった。もしこんな場所に一人で突っ立っていなければ街中に溶け込んで見つけられなくなるくらいなその普通の「雰囲気」。


 しかしいつの間にかその可愛らしい小さな手に持っていたのは切っ先鋭いナイフだった。それがなんの躊躇いも無く俺の首筋をスッと通り過ぎる。

 多分コレが俺じゃ無ければ頸動脈を断ち切られて死んでいる事だろう。でも俺は魔力を身体に纏わせて「防御」を固めていたので全く怪我は無い。


「うおッ!マジで!?こんな幼い少女が殺し屋!?反応できなかったわ。多分コレ本当なら俺、死んでたんじゃないか?」


 この光景を側で見ていた門番も驚いていた。しかしこの場で一番大きな驚愕を見せていたのはその暗殺者の少女だ。

 妙な手応えをそのナイフから手に感じ取ったのだろう。俺がこうして全くの無傷であるのを見ると目を見開いて年相応の可愛らしい驚き顔を見せていた。

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