知識を仕入れる
コレに神妙な顔をされる。何がそんなにこのロヘドの中に響いたのか分からない。
「馬鹿正直に真っ直ぐな答えを言いやがって。そうだよなぁ。人なんてそもそもそうじゃなきゃいけねえか。分かった。一から教えてやる。さっきも言ったが、金は要らんよ。ちょっと専門書を調べりゃ分かる事だ。道具を用意してくる。ちょっと待て。」
もしかしたらロヘドは俺と同じ気持ちで最初、この魔石や魔法陣と言った世界に飛び込んだのかもしれない。
この言葉ですっかりと険しい表情が抜けたロヘドがまた奥の部屋へと入って行ってしまう。
「私、ここに必要かしら?もう行っていいでしょ?案内も終わったし、教えてくれるって言ってるし?あーでもエンドウが何やらかすかはしっかりと監視はしてないと駄目よねぇ~。」
マーミがそんな事を言ってくる。コレに俺は別に薄情者とは思わないが。
それでも、そんなに俺は信用ならないのか?とぶつけたい気持ち位は少しだけ浮かんだが、自分のしてきた事に対してのつむじ風の反応の数々を思い出して黙る。
今回もこの世界の「常識」とやらを学びに来たのだ俺は。なので素直にここはロヘドの教えを聞いてそれ通りに魔石と魔法陣とやらの体験をしてみようと思う。
「コレを魔石に魔法陣を刻む時に敷く。魔力をコレに流して魔力場と言うモノを作り出すんだ。その中では魔力の放散が起きず、安定した魔力での力場が発生して魔石へと刻む魔法陣が安定しやすくなる。」
一枚の緑色の布を出してきてソレをロヘドは作業台の上に広げる。
そこには円が書かれており、その中に六芒星が青い線で書かれている。
「この青いのも白いのも、魔石を細かく砕いてソレを混ぜた染料で線を引かれてる。魔力がそこを通る様に設計されてんだ。この中心へと魔石を置く。準備は完了だ。」
戻って来たロヘドがいきなり説明をし始めるが、俺はたったこれだけ?と妙な気持になる。
「お前さんが言いたい事は分かるぜ。だけどな、これだけなんだ。後は魔石に刻む魔法陣の複雑性と、作業者本人の魔力操作の熟練度ってヤツで決まる。」
「魔石の大きさはそもそもどういう意味が?それと魔法陣にはどう言った「型」が?」
基本の「流れ」は分かった。でももっと細かい所が分からない事には知ったとは言えない。
「焦るなよ。まあ、魔石の大きさに関して言えば、複雑な魔法陣を刻み易いって事だな。後はその魔石の容量だ。単純だよ。複雑で発動に魔力が大幅に必要な魔法陣は小さい物に刻んでも発動しきれずにポシャる。ダメになっちまうって事だな。意味ないんだ。魔石の容量で発動できる魔法陣でないとな。大きな魔石に使用魔力が小さい魔法陣を刻めば連続で発動できるって事だ。」
「小さい魔石に使用魔力の大きい魔法陣を刻んで、魔法陣を起動させる際には魔力を魔石に注入し続ければ発動可能ですか?」
「まあ理論上は可能だ。しかしそんな事ができる魔法使いは存在しえないだろう。そもそも宮廷魔法師ですらかなり難しい事だ。現実的じゃない。変な部分に注目するなお前さん。」
「魔石に複数の魔法陣を組み込む事は?それともし、組み込めたらそれらを発動したいモノだけ選んで魔力を流す事は?もしくは同時発動は?」
「おいおい、突っ込んだ事を聞いてきやがって。刻む事は可能だ。だけど個別発動はできない。魔法陣には刻まれた分の魔法が同時発動する。実用的じゃないな。同時発動するからその必要分の魔力がしっかりと使われるから魔石の容量不足に直ぐに陥る。」
「魔石を削るって言うのは?この床に散らかっている魔石の欠片の事を教えてください。」
「お前さんそうやって直ぐに質問してくるが、ちゃんと理解できているか?まあいい。魔石は綺麗な「球」に近ければ近い程いい。御覧の通り、魔法陣てやつは「円」の中に刻む。この円はな、その円周に沿った魔力で効果を閉じ込めるってイメージだ。限定的に力を発動するための枠だ。そうだな、この六芒星「だけ」の魔法陣を魔法使いがそのまま発動させるとしよう。するとソレを押し留める円「囲い」が無い。なので魔力がある分だけその魔法陣の効果が外へ外へと無尽蔵に拡がり流れていく。効果がその分広い範囲に及ぶが、維持し続けようものなら莫大な魔力量が無けりゃ直ぐに無理が祟って魔力欠乏に陥る。歪んだボコボコの魔石ってのは刻んだ魔法陣、そして円が確認しづらい。ボコボコで線がぐちゃぐちゃ、歪なモノは魔法陣として効果が発動しない。だからある程度はそれらの角を削ってしまわない事にはやりにくくて仕方が無いんだ。もちろん、その歪んだ表面のままに刻むこともできるが、熟練職人でもそう言った事は理由も無くやらないな。」
ロヘドは饒舌に語る。若干早口に途中なりそうだった所を気付いて自制していたので、どうやら「教えている」と言う事もしっかり忘れていないでいてくれたみたいだ。
そしてこれだけしっかりと説明してくれているその熱量に、ロイドはこの仕事が好きなのだと言う事が分かる。
「で、この道具に魔力を纏わせつつ、下敷きにも魔力を流して魔法陣を刻むんだ。こんな風に。」
ロヘドが取り出した道具はまるで彫刻刀だ。小学生の図工の時間を思い出す。
そうしていると小さな魔石をロヘドが取り出して削り出した。
大きさは直径4cmくらいの青く輝くガラス玉の様な見た目。所々に角が「ちょん」と出ていて真球では無い。
そこへと躊躇いなく魔石表面にロヘドが円を彫り刻んで行く。硬そうなその魔石の表面に「大丈夫か?」と思ってしまったが、何の問題も無くスルスルと魔石が三角刀に削られていく。
刃の部分を動かすのではなく、まるでリンゴの皮剥き?と思えるくらいに器用に魔石を手の中で回して掘っていく。
彫刻刀の種類はかなり多く、細かい。学校で購入する物はそう種類が多くない。しかしその道の芸術家なんかはかなり種類もその刃先の大小も様々な数を揃えていたりする。
で、このロヘドの出した魔石を削る用の刃物も彫刻刀だけで無く小刀もあったりした。
この小刀で魔石表面のデコボコを整えるのだろうと言うのが分かる。
「見ていたか?こうしてこの円の中に陣も刻んで行くんだ。魔石はこの魔力場の中でなら柔らかく変質している。どう言う原理かは知らんが。この道具はそこらの鍛冶屋で注文すれば手に入る刃物だ。その刃に魔力を微かに纏わせねえと、いくら魔石が柔らかくなっているからって刃は通らねえんだ。」
魔石表面に綺麗な円が彫られていた。少し歪みのある表面にも気を付けて掘っていかねば、これほどに「スッ」とした円は短時間で仕上げるのはできないだろう。
熟練、まさにロヘドは職人だ。俺はコレに感心した。
「で、この中に先ずは練習でお前が掘って見せろ。何、こいつは別に失敗してもいい。いつも俺が使っている練習用だ。こっちの台帳にいくつか基礎が乗ってる。それを見ながらこの円の中に彫ってみな。」
彫って出た魔石の「カス」を床にぱっぱと払うロヘド。どうやら魔石表面を整えた時に出るカスだけでは無く本番でも削られて出るカスも床へと落としているようだ。
俺はロヘドに魔石を渡される。でも俺はじっと魔石を見つめるだけ。
「おい、なにか分からない事があるのか?と言うか、台帳すら見ないって、お前は何を?」
「あの、魔石って確か魔力を吸う、特殊な鉱石?でしたよね?その「鉱石」って言うくらいだし、成り立ちって言うのを知りたいんですけど。」
「いきなり突然聞いてくるな?まあいい。魔石って言うのはな、どう言う事かは知らんが、魔力が集積してできた物だ。何らかの要因があり、そのせいで自然界の魔力が収束、そこに圧力が掛かって魔石へと為る。大抵は鉱山の中とかな。あるいはダンジョンの中にと、何処に魔石ができるかは分からん。でも、魔物の中に時々この魔石を体内で持っている奴がいるって言うのは判っている。でも、そう言った魔物は強いんだ。だから魔石は高い。得る事が難しいモノだからな。魔石の鉱脈なんかが見つかれば大儲けさ。そう言った事例が今まで無かった訳じゃ無い。とは言え、まだまだ未だに魔石の値段は高いままだがな。」
そんなお高い物を練習用として手元に残していると言うロヘドはこの道長いのだろう。
かなりの高額を稼ぎ出す職人。でもそれだけ高度で超繊細な魔力操作を求められる。技術職。
だからこそ、その数も少ないと。希少な存在なようだ。
「粒子なんだなぁ魔力って。でも、それが人の体内に?んで、それを放出して魔法が?体内にそう言う器官があったりするんだろうか?」
この世界の人たちはなんら自分がいた「世界」と変わら無さそうに見えるが、その実、細胞も作りも全く違うのだろうか。
では一体そうなれば自分はどうなのか?答えの全く見えない深淵を覗き込んでしまったかのような気持ちになってしまったので、そこでこの考えを一旦停止する。
魔力が固まって魔石と言う形になるのであれば、そもそも魔力と言う「最小」の構成があると言う事だろう。
その最小が結合して大きくなっていき、やがてこうした魔石として成る。
そうするとこの世界の「魔法」と言うものも、朧気ながらに見えてくる。
とそこにロヘドの声が掛かって我に返る。思考の底にちょっと沈んでいたのでソレに「ハッ」となる。
「やらないのか?まあ簡単な「絵」からやってみるがいい。本格的になればなる程に刻む魔法陣は複雑になる。詠唱をそのまま刻んだりな。もしくはその起こしたい現象をそりゃもう緻密に彫り刻んだ絵画の様な美しさを持つ物だって生み出されている。まあその位になると芸術品扱いされたりする事もあって余計に高額になったりしてよ。そんなモノは俺は糞くらえと思っているんだがな。おっと、今言った事は誰にも内緒にしていてくれ。」
ロヘドはどうやら「実用品」という点でこだわりがあるようだ。あくまでも道具であり、鑑賞物では無いと。
俺はここでちょっとやってみたい事が二つ三つ思い浮かんだのだが、先ずはこの魔石に何を刻んでみようかと悩んでしまった。
コレにマーミが釘を刺すためにだろうか、ちょっときつめに注意してくる。
「エンドウ、あんたさ、大抵こういう時はぶっ飛んだ事いつもしているから気を付けないさいよ?全くソワソワするわよこっちは。」
ぶっ飛んでいるとは言い過ぎでは無いのか?と反論したい所をグッと堪えた。それはやはり自覚があるからなのだが。
この世界の常識に当てはめると、俺の平凡な発想でも「ヤバイ」と言われる位なので、そこら辺をいい加減に「加減」を知らなければなとは思っているのだ。
でも、せっかくこうしてロヘドに教えて貰っているのだ。授業料は要らないと。だからちょっとくらいはその「暇を持て余していた」と言うのを紛らわせる「ネタ」を提供するくらいは良いだろう。
俺は魔石に刻む物を何にするかを決めた。そのまま魔石を手に持ったままに魔力を流す。
もちろん下敷きのマットの上に置かないし、専用の彫刻刀も持たない。
「なにをしている?どう言う事だ?お前は一体何がしたいん・・・はぁ!?」
ロヘドは顎が外れんばかりの驚愕を受けて口が大きく開いている。
そう、俺はロヘドが円を掘っていた時の魔力の「動き」や「流れ」を観察していた。そして魔石がどの様にソレで「変化」をしていたのかも。
なのでソレを魔力で再現しているだけだ。手の中で。魔法で俺の脳を「スーパーコンピューター」をイメージして作用させているので魔力操作でそれ位の事が朝飯前にできてしまう。
(そう言えばスパコンって円周率を一秒で何桁まで計算が出きるのだろうか?)
イメージが先行していてそう言った基準が全く俺の脳内に入っていない事に気付く。
確かそう言ったスパコンには「京」と言う単位が使われていたような、無いような。
今の俺の脳はどれくらいの性能、能力なのだろうか?とりあえずはそこら辺の事を頭の隅に寄せて手の中の魔石へと意識を向ける。
で、その円の中に描いたのは「扇風機」だ。しかも弱中強の三ボタンに最大三時間タイマー付きだ。
昔懐かしいデザインの物を描いた。もちろん俺の魔力を流してソレが魔石表面へと描かれるようにイメージをしたので魔石は一切削れてはいない。
出来上がったソレに魔力の操作をいったん止めて魔力を流してみる。すると心地よい風が魔石から放たれる。
風が出ているのは魔法陣の部分からだ。どうやらコレが「円」の効果であるようだ。この円が無いと魔石の全包囲に風が放出されるのだろう。
ここでなんで刻んだ絵が扇風機なのかと言えば、このサンサンは日差しが強い。そうなればこうした扇風機が欲しくなると言うモノだ。
「あんたねぇ、またやらかしたわね?全く何をするのかと思えば・・・そんな複雑な魔法陣、ちょっとは自制しなさいよ。しかも手ぶらでそれをやっちゃうってさ、道具を使えってのよ。」
マーミに怒られる。しかしこの刻まれた扇風機の実物はこの世界には無い代物だと言うのが分かる。当たり前だが。
マーミが刻まれた物を見て魔法陣だと言ったのだ。これを「扇風機」だとは認識していない。
ロヘドも「どう言う事だ?」と言った感じでまじまじと作業台に置いた魔石を穴が開きそうな程に睨みつけている。
(コレ、刻んだ時のイメージを「固定」するんだな。そしてそのイメージが魔力を流されるとそのイメージ通りの効果が出る、と)
魔法陣とは、魔石とは、と言うのがここで俺の中でストンと落ちた。
そもそも扇風機などと言う道具がこの世界に無い。魔法陣に刻むだろう「絵」や詠唱、呪文にもそもそもそう言ったモノが有り得無いはずだ。
そうなると魔力を流した所で本当だったら魔石に刻まれた魔法陣は「動かない」ハズ。既存の魔法陣でしか起動しないと言う代物だったらこの「扇風機」は魔力を流した所で効果が出ないはずで。
でも、コレは効果を発揮した。俺もこの扇風機を魔石に刻む際には「動いている」イメージをしっかりと込めたのだ。それがこうして問題無くイメージ通りの効果が出たと言う事は。
要するに、最終的に魔法陣を刻むとは「イメージを込める」作業であり、魔石へと刻むその絵柄、もしくは詠唱やらにちゃんとソレの効果が頭の中に浮かばせるものであれば何でもいいのだろう。
「あんたは一体?そもそもこんなマネ、高位の魔法使いが何人居たって実現できないぞ?ソレを片手間でやってのけるかのように?」
見てしまった信じられない事柄にロヘドはまだまだ冷静さを取り戻せずにいる様だ。
で、マーミがここでこれ以上はやらかしてくれるなよ?と言った視線を飛ばしてくる。
でも本気で止めに入ろうとして来ていないと言うのは俺が何を次にやろうとしているのかの興味が多少あるからだと思いたい。
俺は床に散らばっている「欠片」を二つ手に取る。
「魔力で安定した力場を造ると柔らかくなるんだよな?じゃあ凝縮してくっ付き合う条件ってどんなだろ?」
魔力が寄り集まり、こうして圧縮されて固まった状態になる条件があるはずだ。
だからここに有る欠片同士もその条件が揃えばくっ付くのではないだろうかと考える。
魔力の力場に入っていない魔石は指で弾くとキンキンと薄いガラスを弾いた様な音をさせて硬いのだ。
だから魔法陣を刻む際には特殊な力場内に置いて柔らかくしないと刻むことは困難。
柔らかくなると言う不思議な条件があるのなら、ソレをもっと柔らかくしたらどうだろうか?
普通に欠片同士を合わせてもくっつきあう様子は無い。さきほどの魔法陣を刻む時と同じ状況を作って二つの欠片を合わせてみてもくっつきあわない。
「そもそもコレは魔力そのものなんだよね。だったらそのまま魔力を魔石の中に流し留めて、そのイメージはもっと柔らかくて、融合し合うイメージを流す・・・」
まるで粘土をくっつけ合って融け合わせるイメージで魔力を流した欠片をくっつけ合わせると、それらはニューっと互いが吸い付くように混ざり合った。
混ざり合った魔石の出来上がりはまるで宝石の様な綺麗で傷一つ無い真球になった。
これを見てロヘドは言葉を失ったようにソレを見つめ続ける。
「こんな事が・・・初めて見る・・・違うな。こんな現象は世界初だ。俺はなんてモノを目にしちまったんだ・・・」
ロヘドがそう呆然としながらも呟く。そんなロヘドを無視して俺は調子に乗って床に大量に散乱する欠片を掃除機で集めるイメージで魔力を床に流す。
するとそれらは中空に吸い上げられて一塊になる。そうなれば次はソレに先程の融け合うイメージを流し始める。
そうやって出来上がるのはちょっと大きめの拳大の真球の魔石である。
「馬鹿な・・・これほどの美しい魔石は長い間この業界やってきてはいるが、見た事も聞いた事も無い・・・」
さっきからロヘドは驚きっぱなしで目がパチパチと瞬きが止まらない。
そして俺が次にやった事にまたしても驚く。
「何だと・・・!どうして魔石の「中」にこれほどの精緻な魔法陣が刻めるんだ!どうやったんだ!?一体どう言う事だ!?」
そう、俺は魔石の「中」に魔法陣を描いたのだ。持ちろん魔石と言うのは「魔力の塊」だからできる事だ。
イメージを込めた魔力を魔石の中に流すだけ。単純だ。だけど結構魔力の操作は難しかった。
なにせ「立体的」なイメージを込めようとしたからだ。描いたのは船の推進力を生む「スクリュー」だったからだ。
俺としてはこれを自分で造る船に取り付けたいと考えていた。なのでイメージもちゃんとしっかり込めたのでちょっと魔力操作が難しかったと言うのもある。
この魔法陣に込める魔力の量によって速度調整ができるようにと細かい設定を込めたので、そこら辺が上手く行っているかのテストもしたい所なのだ。
そんな俺の横でこうして出来上がった魔石を睨みつけて唸るロヘドがいる。
そしてその背後からは俺へと「やり過ぎだ」と言う視線を送ってくるマーミも。
「この技法を俺にも教えてくれ!どうやったらこんな!ええい!金はいくらでも払う!お、お、お教えてくれ!いいや、教えてください!どうかこの通り!」
ロヘドはその場で土下座をする勢いでしゃがもうとする。それを俺はまあまあ落ち着いて、と止める。
ソレを見てマーミが手を顔に当てて「あちゃ~」と言った感じで大きな溜息を吐いていた。
俺は未だに土下座しようとしているロヘドを見て「本当にこの道に人生捧げているんだな」とかなり感心した。
「えっと、ですね。教えても良い、んですけど。条件があります。お金も要りません。」
この返しにマーミがお手上げだと言ったジェスチャーをしてくる。
「ど、どんな条件だ?何でも聞く!何でも受け入れる!だから教えてくれ!」
あんまりにも必死なロヘドに今度はちょっと俺は引いてしまったのだが、何時もの感じでその条件を口に出す。
「何を聞かれても俺が教えた、と言う事は誰にも漏らさないでください。この事で有名になる気は無い。それをここで約束してください。」
この条件にロヘドは「そ、それだけ?」と言った顔をして、その後は「何故?」と不思議だと言いたげな困惑する表情になった。
「そもそも、俺が最初に何て言ったか覚えていますか?俺は知りたかっただけなんですよ。魔石と魔法陣の事を。そもそもその道の「ド素人」なんです俺は。しかも職人になるつもりが無いとも言っていたじゃないですか。だからそう言った件で「依頼殺到」されても俺としては困るんですよ。そっちの事に関して俺はヤル気は無いんです。だからその道で有名になる気は端から一切無いんで。むしろ有名になる事はただの迷惑なんです。身動きがその事で取れなくなる。そんなのは御免です。」
こんどはこの理由にポカーンとされた。俺は基本が「自由」な冒険者と言うモノが気に入っている。なのでその他の事で煩わしい事になるのは御免だった。
未だにマーミは呆れた顔をしながら「何言ってんだか」と言った感じで腕組していた。
その後は俺がここで理解した「魔石」と「魔法陣」をロヘドに解説した。
ソレにロヘドは「そんなまさか」と言った顔を終始しながら話を最後まで聞いていた。
でもロヘドはソレを呑み込むのが早かった。即座に練習用だと言っていた魔石を削り、欠片を作り出すとソレに俺が教えた通りの魔力を流し始める。
すると多少の時間は掛ったがゆっくりとその魔石の欠片は融合し始めた。どうやら成功したと言っても良いようだ。
コレに「信じられん・・・」と小さく呟いていたが、次にはすぐに練習用の魔石に刻まれている俺が描いた「扇風機」を消そうと魔力を流し始める。
そう、こうして魔石が融合するのならば、魔石表面に刻まれた魔法陣も「リセット」出来ると考えたのだ。
当然魔石表面が柔らかく溶けて滑らかになるイメージを流すだけなのだが、コレが結構難しいらしかった。
かなりの集中力をつぎ込んでいるロヘド。額には玉の様な汗が噴き出続けている。
欠片を融合させた時とは比べ物にならない難しさらしかった。どうやら「魔法陣」として刻まれたイメージが強固であればある程に、この作業はかなりの魔力と集中力が要る様であった。
それでも二分も続けて魔力を流し続けていると「扇風機」は若干薄れ始めてくる。時間が経てば経つ程に徐々に魔法陣は融け消えていく。
そして完全に魔石表面が綺麗になった時にはロヘドは魔力欠乏しかけており、全身をびっしょりと汗で濡らしている状態だった。
そんなロヘドの苦しそうな姿に俺は魔力を提供する。もちろん汗でびっしょりな服にも魔力を流してやる。まるで洗濯し終えて綺麗に乾いたイメージで。
魔力を流し込まれた事に因ってロヘドは「あばばばばば」と電気でも身体に流されたような反応を起こす。しかしこうしてロヘドは魔力欠乏を回復し、着ている服もサッパリ爽快になった。
コレにどうやらロヘドは感動し始めた。そしてその口からは。
「あんたは・・・あの「賢者」なのか?まさか伝説の・・・」
「いやいや、俺を賢者呼ばわりは止めてくれ。そもそも賢者ってどう言う存在なのか、俺知らないんだよね。」
この俺の返しにロヘドが「ナニイッテンダコイツ?」と言いたいのが分かる表情になっていた。
マーミは椅子に座って脚を組んで「私はもう知らないわよ?」と言った感じでそっぽを向いている。
「賢者呼ばわりは無しでお願いします。それと、こっちの魔石、売って貰ていいですか?」
俺は「スクリュー」を描いた魔石を指さしてそうお願いしてみた。取り合えずこいつの性能とやらを試してみたかったのだ。
上手く俺の想像通りに動いてくれる様であったら、オリジナルの船を造ってこれを組み込みたいと思ったからだ。
「タダで持って行ってくれて構わない。俺が今日体験した事はその魔石よりも、もっと価値のあるモノだった。それに、その魔石は元々欠片、カスの集まったモノだ。値段なんて付けられねえよ。あんたのおかげで今後はこの仕事の新たな境地を目指せる。こっちが頭を下げて感謝させてもらうよ。」
そう言ってロヘドは深く俺へと頭を下げて来た。俺もコレに一礼して返す。
「いや、こっちこそ教えて貰っていい勉強になったから。じゃ、御暇します。どうもありがとうございました。」
そう言って出て行こうと思ったらお願いをされた。
「なあ、良かったらその魔石、魔法陣の効果を俺も一緒に見させてもらっていいか?あんたが刻んだソレがどういったモノなのかを知りたい。」
この申し出を俺は別に拒否する理由も無いので了承した。
こうして俺、マーミ、ロヘドは海へと早速向かう事に。もちろん実際に海の中にこれを沈め固定し、その上で魔力を流してみてその力を見るためだ。
船の推進力を生みだして貰わねば意味は無いのでしっかりと検証をしなければならない。
そうやって人気の無い海岸にやって来た。この提案はマーミからである。
「エンドウのやった物だもの。「被害者」が出ない様に配慮しないとマズいでしょ。」
マーミは俺へと向かって「加減を知らないから、寧ろできない」と辛辣な言葉をぶつけてくる。
コレに何も言い返せない自分がちょっと悔しかった。それは魔力「密度」の調整が未だに上手くできていないと自覚があるからだ。
なのでこの魔石へと流す魔力の事でも少々不安があったりするのである。
だからこそ、そう言った部分をマーミが見抜いていてこうして人気の無い海岸を提案してきた訳だ。
仲間とは頼りになる存在だとしみじみ思う。俺自身の主観で見たら「大丈夫」と思う事でも客観的に外から見る仲間からしたら「大丈夫じゃない」と言ってくれるのだ。有難い事である。
それこそこの世界の「基準」を全く分かっていない俺からしてみればもうつむじ風の皆は無くてはならない存在だと言ってもいい。大袈裟だと言われそうではあるが。
「さて、準備をしよう。えーっと、マーミ、ロヘドには見せてもいいのかな?」
「ここまで来たらもう良いんじゃない?それこそ「口止」もしなくちゃいけないだろうけど。受け入れてくれるでしょ。エンドウの「非常識」をその目にすればね。」
又もやマーミから辛辣な言葉をぶつけられるが俺は怒ったりしない。自分でもやり過ぎていると言う事は重々承知だからだ。
でもそれを抑えようとは思っていない。非常識で結構。俺はこの世界の事を良く知らないのだから。




