さあ楽しむ時間だ
役所に行く途中でどうやら自警団も合流したようだ。そう、今俺は一緒にこの集団に紛れ込んでいた。
住民たちだけで行かせて後は放置、などと言った無責任はできない。
始めてしまったのは俺なので今の所は、だが。
どうやら先程の屋敷からいち早く使い走りが自警団に出されていたようで事情はもう伝わっているみたいだった。
で、自警団の合流で三十人プラスだ。戦力がかなりアップした。その自警団はムキムキ筋肉の日に黒く焼けた肌で、程の全員が正義感に溢れた爽やかイケメンであった。
今のこの集団の中には女性も含まれている。その手には俺が渡した棒も持っていた。
そんな勇ましい女性たちもこのイケメン集団を目にしてポッと顔を赤らめているのだからしょうも無い。
「俺たちはこの街から悪の根を絶やす!皆一丸となって腐った役人どもを追い出すぞ!」
何処からともなくそんな声が上がる。俺がいる場所からでは無い。しかしこれも俺がやっている。
魔力を操作すれば俺が居ない場所からでもこうして声を上げられるのだ。朝飯前である。
俺から地面へと細く流れた魔力から、遠くに「アンプ」へと繋がっていて声を発生させている。
誤魔化すなら小手先をの技をどんどんと重ねるのがいい。何処までも、だ。
住民たちの士気を高めるためにこういった言葉も定期的に入れておくのが望ましい。
すると自警団のリーダーだろう男もコレに乗る。
「役人どもはラズコウから金を貰って奴らの犯罪を見逃していた!その証拠も俺たちは突き止めた!もう我慢は必要無い!あいつらはラズコウの共犯者だ!奴らを殺せ!俺たちが奴らに制裁を加えるんだ!法が奴らを裁くんじゃない!俺たちが、俺たち自身がこの街を!俺たちの生活を守るんだ!」
どうやらこの自警団のイケメン、熱くて、しかも過激だったようだ。
この暑苦しいとも思える演説は集まった者全員に受け入れられたようだ。
全員が一斉に「オォー!」と息を合わせて叫んだのだからもうこれ以上は無い。
(俺はもう必要が無いな。きっかけは俺が作ったけど。でも引継ぎでイケメンがこう言っている事だしもう離れてしまおう)
俺はコッソリとこの集団から抜け出した。きっとこの後はあのイケメンが指揮を執って最後までやり遂げる事だろう。
そうならなかったとしても俺はもう放置する事に決めた。後はこの街の住人の問題だと、集団を離れてからそんな無責任な考えにクルリと思考を回転させる。
こうしてリーダーと為る物が俺の代わりに現れたのだから後は引き継いで俺の力無しに頑張ってもらおう。
まあ最悪役人を追い出す事が失敗したりしていたら、尻拭いくらいはするつもりではある。
でも、大丈夫であろうとの予想はしている。これもまあ勝手な期待も含めてだが。イケメンが頑張ってくれるに違いない、と言ったモノだ。
まだ時間はおやつの時間を過ぎた辺りか。俺は魔力ソナーで皆の位置を探ってそちらへと足を向ける。
するとどうやら海岸線の方へと皆が行っている事に気付く。
「ふーん?もしかして海辺の宿とかちょっと洒落た穴場があったりするのかな?」
前に来た事が有ると言っていたのだ。ならばお勧めの宿と言ったモノがあるのかもしれない。
どんな宿かなとワクワクしながらそちらへと向かう歩く速さは上がっていく。
そうしてみんなの背中が見えた所で声を掛けた。
「おーい、そこが宿?へぇ~。スゲー良いな。取り合えず部屋を取ろう。その後はまだ時間もあるし、どっか良い観光名所案内してくれない?」
皆は宿に入る直前だった。俺がかなり早い時間で合流してきた事に驚かれたが、コレに俺はカクカクしかじかと説明をしておく。
「ほー?なら良いんじゃねーか?証拠も掴んだなら負けはねえだろ。」
「そこまで行くと後は確かにエンドウが戻って来たのは、まあ頷けるか。」
「自警団が後を引き継いだみたいなもんでしょ?なら良いじゃない。私たちはもう関係無い、って言うか。私たち最初から何もしてないわよ?」
「そうですね。エンドウ様が全てやってしまわれましたので。私たちにあの場では出番がありませんでしたからね。」
皆は次々にそう意見を述べる。総じて「もう関係無いでいいよね?」である。
コレに俺はスッキリしてじゃあ宿に入ろうと皆を促す。今日と言う日の時間はまだまだ残っている。
俺は海の方も今日中に見ておきたかった。なので皆を急かす様に背中を押して宿へと入る。
こうして俺たちは無事に部屋を取ってから再び外へと出てくる。
「日差しが強いわね~。ホント、この格好が一番この街には合うわ。」
マーミは着替えていた。アロハシャツに。いや、俺以外の全員が。
「あんで俺だけ仲間外れ?除け者かよ?って言うか。ラディまで・・・」
俺がいつもラディに抱いている印象はクール。しかしそのラディもアロハであった。
そんなラディも俺に言う。
「上着くらいは脱いだら良いじゃ無いか。むしろ何故そこまでその服にこだわるんだ?」
追加でカジウルが教えてくれる。
「別にこの街にはこのシャツ以外では白い服を着てる奴も居る。その上着は部屋に置いておいてもいいだろうに?」
どうやら真っ白なシャツを着ている者たちも居るにはいるらしい。
確かに役人どもを追い出せと息まいていた集団の中にも白シャツを着ていた人たちは居た。
だがしかし盗まれては嫌だ。これはこの世界での唯一、俺の居た世界の物だ。と言ったら大袈裟なのだが。
風呂に入る時以外はコレを脱ぐつもりが無くなっているのだ。要するに着替えるのが面倒、と言い換えても良い。
だけどもこうして自分だけ違うとやっぱり寂しいのだが。でも今更だ。普段からこんな「スーツ」姿の奴なんてこの世界で見た事も無い。
ずっとこれをそんな中で着続けていたのだから今更何を言っているのか?である。
でも俺は上着を脱いでソレを手で持ち、軽くバサッと音を立てながら肩に掛ける。
まるで加◯雄三の様に。若大将。
「俺、海見たいんだよね。いいかな?」
俺は気を取り直してそう言う。すると皆が同じツッコミを入れてくる。「子供か」と。
どうやら俺は他から見てもはしゃいでいるのが丸わかりな様だった。
そんな事を恥ずかしがる事など俺は無い。何せ俺はこの世界の事を何も知らないのだから。
こんな美しい街の、その海だ。この世界の大人だってはしゃぐだろう。始めてこの街を訪れた者なら。
こうして俺はラディの案内で海を見に行く事に。他の皆は行きたい所があると言って別行動になった。
カジウルは恐らく酒。マーミはウインドウショッピングであろうか?
ミッツはきっとこの街の教会に行って治療行為の慈善をするのだろう。
ラディだけが俺に付き合ってくれると言う。
「なーに、エンドウと一緒にいた方が面白いモノが見れるだろ?クックック。そんな顔で睨むなよ。お前さん一人にしておくと何をやらかすか分かったモノじゃないからな。俺が付いてきて良かっただろ?」
ラディは俺をからかうようにそう言うのだった。
確かにラディが一番あの中では冷静沈着である。知識も情報も豊富に持っていて頼りになる事は間違いない。
「ラディの兄貴、頼りにしてますぜ?」
俺はふざけてラディの事を兄貴呼ばわりしてみる。するとコレにラディは心底「嫌だ」と言った感じの顔に歪む。
「勘弁しろよ。兄貴呼ばわりとか気持ち悪くて尻の座りが悪過ぎる。エンドウからそんな呼ばれ方されるのはサブいぼが起つぜ・・・」
ラディはどうやら俺の兄貴呼ばわりに鳥肌が起ったようで、ブルリとこの暑い日差しの中で一震えする。
ソレを俺はぷっと一笑して歩き出したラディに着いて行く。
どうやらラディは海へと到着するまでにある観光スポットを案内してくれるらしかった。
有名な屋台、土産屋、噴水、鐘楼塔、良い景色が見える丘、何だか良く分からないモニュメント、etc。
そうやってブラブラとこっちが、あっちがとこのサンサンを堪能しつつ、とうとう海へと到着する。
一面の青。覗こうとすれば透明度の高い海水で海底まで見渡せそうな程。
見た事の無い形の様々な魚や、良く分からない海洋生物がそこに住まうのが見える。
ここは波止場、突き出た桟橋では釣り人が幾人かいて大物を釣り上げんとしていた。
「凄いな。生で見るのは。本当にこんな景色が実在するんだな。」
TVでしか見た事が無い光景。何処までも眩しく、そして輝き、美しい。感動で俺は動けないでいる。
「ここは夕日が沈む時間も何とも言えん美しさだし、朝日が昇る所もまた良い。雲一つない今日なんかは月明りも良いぞ。」
ラディはそう教えてくる。今この時の、空と海の二つの壮大な青と言う景色だけでなく、他にも言葉にできない美しい情景が見られると。
俺はそれにすぐに反応する。
「夕日はぜひ見たいな。その後は宿に帰って飯を食って、またここで夜の海も見たいな。うん、それでその後は宿で早めに寝て、日の出前にまたここに・・・」
「おいおい、一日だけでそう欲張ろうとしないでもいいだろうに。ここの滞在日数を短く決めてる訳で無し。」
そう言ってラディに笑われる。それもそうだと俺は思い直して、しかし今日の所は夕日は見ておきたいと口にする。
「そうだな。何にもしない日、ってやつも時には必要さ。俺も付き合うぜ。」
そうラディは言い、どうやら観光者用に設置されていたすぐ側にあったベンチへと歩く。
ソレを見て俺もそのベンチへと腰かけた。そうしたら海を眺めるだけ、こうして何もしない時間が過ぎていくのだった。
そのままジッと動かずに海を眺め、そして波の音に耳を傾け続ける。
時折釣り人が大物を釣り上げたようでガッツポーズをしていたり、子供が追いかけっこでキャッキャと目の前を走って行く。
漁船が帰還してきて漁獲の水揚げ。そうしている間に違う船が海へと出ていく光景を目にする。
ここに居るとこのサンサンの街の営みを知る事ができた。穏やかな日々、漁を中心に回る生活。
きっとこういった晴れた日だけじゃなく、雨風が酷くて漁に出れない日なんかも当然あったりするのだろう。
そう言った所にまで想像が流れていく。こうして何気ない日常、その年月の中に海難事故も隠れていたりして悲喜がある。
そうして海をジッと眺めているといつの間にかラディが飲み物を買って来てくれていた。
「ホラよ。ここの人気一番を買って来た。」
渡されたのはまるでココナッツであった。しかもマルマル一個だ。ソレに穴が開いており藁ストローが刺さっている。
「ああ、ありがとう。・・・ライチの味がする・・・思いっきり違う味にビビる・・・」
俺のこの感想はラディに聞かれてはいなかったが、変顔になっていたらしい所は見られていて「どうした?」と心配された。
コレに俺は「何でも無い」と答えて、このどう見ても見た目がココナッツのライチジュースをちゅうちゅうと吸う。
強い日差しの中で飲むソレは喉の渇きを潤して爽快だった。
そうやって次第に時間は過ぎてとうとう辺りがオレンジ色に微かに色づき始めた。
ジッとそのオレンジに染まる景色を俺は見つめ続ける。
「いつ見てもここの夕日は良い。ちょっとだけ何とも言えず物悲しくなる気持ちになるのも含めてな。」
ラディはこの夕日の海への感想を口にする。この言葉で俺はある曲を思い出していた。
(再現できないだろうか魔法で。ああ、俺の脳内の曲をそのまま魔力で空気を振るわせて再現して響かせればいいのかな?しっかりと思い出せばイケる?)
魔力は、魔法はほど、なんでもできてしまう。空気を魔力で振動させて俺の脳内の音を再現する事など簡単にできてしまうのだろう。
俺はソレを完全にやり遂げるためにしっかりと曲を思い出す事にする。
すると魔力で強化された脳がスーパーコンピューターと化している状態なので完璧に最初から最後までをフルで思い出す事に成功した。
後はその曲を体内から魔力へ乗せて放出するイメージをしてみる。
だがこの時はコレが後々思わぬ事になるとは思いもよらなかった。
夕日が濃くオレンジに波止場を染めていく中、その曲はこの街の全域に流れた。
流れた曲は「フライデイ・ナイト・ファンタジー」。
そう、金曜◯ードショーである。
俺は別にこの街全体にこの曲を聞いて欲しかった訳じゃ無い。
これは曲が響く範囲を限定していなかったから起きた事故である。故意では無い。
そして一番厄介だったのがこの時に俺が気付いていなかった事。
この曲がこの場だけに流れているだけじゃなく、街全体に浸透していたなんて自覚していなかった事だ。
後で知った事なのだ。後々で宿に戻った時に他の三人から「エンドウ、お前またやらかしたな?」と言った趣旨の言葉を受けてその時にやっと気付いたのだ。
で、今はじっと自分が流しているこの曲に酔いしれつつ沈む夕日を観賞していると言う訳だ。救えないのである何処までも。
ラディですら曲に聞き入ってしまっておりこの時点では気付いていない。それだけこの曲は世界を超えても名曲なのだと思っておいた。
トランペットの演奏が終わる。その時に丁度夕日も完全に沈んだ。
完璧なタイミングに俺はうち震えて、昔の思い出が頭の中で一気に吹き上がり涙を一滴こぼす。
「よく昔は金ローが楽しみでTVの前で準備万端とかしていたな。」
などとこぼしていると横からラディが。
「おい、エンドウ。何だったんだ今のは。いや、素晴らしい曲だ。それはいい。お前だよな?やったのは?で、楽器は何処だ?・・・魔法か・・・?おい、説明してくれ。」
どうやらラディは結局、曲が終わってからやっと俺の仕業だと気付いたらしい。
最初どこかで吟遊詩人が演奏しているのだと思っていたらしく、気付くのに遅くなったと。
で、よく考えたらどうやら今までで聞いた事も無い響きだと言った事で、ようやくどんな楽器が使われているのかと周囲を見渡してそれらしき演奏者も楽器も見当たらずに、やっとこの時に俺へと気をむけたらしい。
「あ、えーと。分かりやすく、説明・・・?これは俺が好きな曲で、トランペット演奏、でソレを再現できるかなと思って魔力を出してみたら?みたいな?」
暗い海もまた美しい光景なのだが、それは後回しだと言わんばかりにラディが詰め寄ってくる。
「あのなぁ。あーもう、エンドウ。呆れてもう何も言う気が失せた。何処から説教していいか分からねえ。」
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後にこの曲はこのサンサンの街で「魂の一曲」としてブームが沸き起こったのは余談だ。
この街全域に響いた事で住民の多くがこの曲を耳にした。そしてソレが翌日には誰が演奏をしたのかとか、どういった楽器が使われたのかとか、大騒ぎとなっていた。
丁度この街に滞在していた吟遊詩人が二人いたらしく、この二人は協力してこの曲を楽譜にどうやら完全に起こしたらしい。絶対音感と言ったモノなのだろか?
ソレが一年後にはこの街のテーマソングと化したのだから世の中良く分からないモノである。
俺がこの事を知ったのは風の噂で他の街に行っている時であったのだが、それはまた別の話。
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「宿に戻るか・・・あー、エンドウといると本当に、飽きないな。」
苦笑いを浮かべてラディはそう言って海に背を向ける。
俺も夜の海を暫く眺めてからラディの背中を追って宿へと戻る事にした。
で、戻って来てそこで待っているのが三人からのツッコミだった。
「お前か。毎度の事何かとやらかすのな。」
「今回はコレって事ね。すぐに分かったわよ?」
「あの美しい曲はエンドウ様ですよね?素晴らしいです!」
ミッツだけは褒め称えてくれたのだが、一瞬だけ俺は何のこっちゃと思ってしまったのは許して欲しい所だ。
間を置いて俺はまさかと考えて、この街に何処まで音が響いていたのかと顔真っ青になった。
「誰がやったか、なんて黙って居ればバレないよ・・・ね?」
この言葉にカジウルは「シャーネーなぁ」と笑い。ラディは額に手を当て夜空を仰ぎ。
マーミは「本当に何仕出かすか分からないわよね」と俺を責め。
ミッツだけ「エンドウ様の素晴らしさを広める機会ですのに」と何故か残念そうにする。
こうして俺たちはその後は宿で夕食を摂り、素直にそのまま就寝した。
翌日のスケジュールなんて無い。また今日も俺は適当に街をぶらついて観光、と言った感じだったのだが。
「なあ?卵を食いに行かないか?宿の主人に聞いたらよ、丁度ダンガイドリの卵が最近市場に出たって言うからよ。」
カジウルからそんな話を振られた。これにラディは乗る。
「そうか、なら早い所行こう。高級食材だからな。売りきれちまっていたら残念だ。」
俺はコレに何で卵?と頭を傾げる。たかが卵では無いのかと。
「アレってば口の中でとろけるのよね~。あ、ヤバい。私も食べたくなってきた。」
マーミがどうやらその卵の事を思い出したらしく、頭の中がその高級食材とやらで一杯になってしまったようだ。
「かなりのお値段ですし、余裕はまだあるのでは?でも早めに行かないと無くなるモノでもありますね。」
ミッツも卵を食べに行くのに賛成らしい。で、四人が突然足並みをそろえて歩いて行くモノだから俺もその後ろに慌てて付いて行った。
で、そこで聞く。ダンガイドリとは?と。コレに答えてくれたのはラディだ。
「このサンサンの海にある断崖絶壁に巣をつくる珍しい鳥でな。その卵の味は癖になるの一言だ。卵を取ろうにもそんな場所の巣だ。命懸けだな。そしてそこに卵を奪われまいとして親鳥たちが襲ってくる。難度がコレでまた激烈に高くなる。だから高級食材。市場に出回る数も少ない。」
コレに俺は中華料理の食材の「ツバメの巣」を思い出した。
「なるほどなあ。で、それを皆は一度は食べた事が有るって事?」
俺はそもそも「ツバメの巣」何てものすら食べた経験は無い。しかし卵と言うなら毎朝しょっちゅうTKGで食べていた。
しかしその卵なんかよりもよっぽど凄いのだろう。そのダンガイドリの卵と言うのは。
俺はそれがどんな美味しさなのか俄然興味が湧いてきた。
「宿の主人に卵を競り落とした料理店が何処かを聞いてある。今回はちょっといつもよりかは数が出回ったって言うからな。ありつけると思うぜ。」
これに皆ルンルン上機嫌でその料理店まで足取り軽かったのだが、残念な事はそういう時ほど起きると言った所か。
その料理店に入って卵の事を聞いた答えがこれだ。
「昨日のお客様に、大層お金持ちの方がいらっしゃいまして。その方が大層ソレが大好物であるそうで。全て平らげてしまいまして。」
高級食材を使った料理、ソレを幾度もおかわりしてとうとう全てを食らい尽くしてしまったと言う。
で、きっちりとその料金も支払っているとなれば俺たちは文句も言えない。その客は相当なお金持ちと言う事だろう。
そこのお店で出していたその卵料理は「時価」で、しかもその時は一皿金貨三枚であったそうで。
ソレを十五皿分は用意していたらしいのだが、それが一気に完売と言う。
俺たちはソレを聞いて店を出る。そして皆の口からは文句が。
「舐めたマネをしてくれんじゃねーか」と怒りを込めたのはカジウル。
「仕方が無いな。他の店を探してみるか?」と諦めなかったのはラディ。
「私、もう口の中が準備万端だったんだけど」と悔しそうにしているのはマーミ。
「運が無かったと諦めるべきでしょうか?」とはミッツである。
「なあ?それ、勝手に採りに行ったらダメなモノなのか?食いたかったら自分で採りに行けばいいんじゃ無くて?」
この俺の疑問に四人からポカンとした顔で見られた。
「いや、まあ勝手に採っちゃいけないって言うのは無いはずだが・・・」
「考えもしなかったな。珍しい食材を採る専用のパーティーを組んでいる冒険者ってのも居るんだが、奴らは一つ処に留まらないんだ。」
「ダンガイドリ専門で組合があるって言う噂はあるけれど、それがちゃんと存在するのかは調べた事が無いわねぇ。」
「こうなれば思い切って今日はダンガイドリを調べ尽くしてみると言うのは?」
ミッツが突然に突拍子も無い事を言い始めた。どうやらミッツは卵が食べられなかったのが相当効いていたらしい。
そんな提案がミッツから出されるとは思っていなかったカジウル、ラディ、マーミが驚きでミッツを見る。
調べ尽くす、なんて言葉まで飛び出て来たくらいにミッツは残念がっていたのかと。
「じゃあ俺はミッツの案に一票。まあその中身は卵を食べてみたいって言うのがほとんどかな?興味がある。もしかしたら養殖とかできたらまた世の中凄い事になりそうだしな。調べてみたい。」
この俺の発言に今度は全員がぎょっとした目で俺を見る。そんな事は思いつきもしなかったと言いたげであった。
「やっぱりエンドウはぶっ飛んでやがる」
「魔力薬だけで充分なんだがな。ここにきて今度はダンガイドリの卵か・・・」
「そいつはサンサンだけじゃなくて世の中がひっくり返るわよ?あ、もう魔力薬の件で既に世間はひっくり返りかけてるわねもう。」
「エンドウ様のお力ならすぐにでも実現できますきっと!やりましょう!」
ミッツがどうにもハイテンションで俺の案を肯定してくるものだから、俺はコレにドン引きになる。
動物の生態調査から飼育、養殖と、ましてやその施設やら人員をかき集めるのにどれだけ掛かると思ってるの?と。
直ぐにでも実現なんてできる訳が無いでしょうに、と心の中だけでツッコんでおく。
思い付きで言っただけだし、その中の本気の「割合」は大体「四」有るか無いかであるからだ。冗談で済ませるべきレベルだと。
もしやるのであれば、クスイの時みたいに金だけ与えて他の人にやらせるならまだしも、俺自身でそんな事を一人でやるつもりは全く無い。
自分でやろうとするならば、そこには計り知れない程の苦労、労力、問題などなどに直面する事だろう。
俺はこの世界で「仕事」をしたいとは思っていない。世界を旅して楽しみたいとは思うが。
「では、ダンガイドリの専門組合が存在するか否かをまずは調査ですね!」
ミッツが何かのスイッチが入ったかの様に一人ヤル気が漲っている。これには俺だけじゃなく他の三人も引いている。
「おい、ミッツ。落ち着け。お前そんな性格じゃないだろうに?」
「別にダンガイドリの卵を食うだけなら他に店を当たるだけでいい。何でそこまで張り切るんだ?」
「ちょっと・・・あんた目がマジになってるって。私たちはまだ何にも言ってないわよ?」
この三人の言葉に流石に正気を取り戻したのか、ピタリとその動きを止めておずおずといつものミッツへと戻っていく。
「いや、その、私もエンドウ様とご一緒に何か大きな事をしたいと思っていましてその・・・クスイさんの魔力薬の件が少々羨ましいと思っていまして・・・」
モジモジしているミッツはそう正直に白状した。
「ミッツは俺の事持ち上げ過ぎだ。どんな風に普段俺を見てるのか知らないけどな。もうちょっと落ち着いた目で見て欲しいんだが、な。」
俺はこのミッツの言葉に苦笑いしか返してやれない。
以前に教えた「魔力で人体を治療する」事に関しても治療院がドウノコウノと言う話もあった。
ミッツにはどうやら「真っ直ぐ」な部分があるようで、それが俺との出会いで突出してきているようだ。
きっと俺と会う以前であればもっと控えめであったのだろう。世間と言うモノをちゃんと把握した上できっと喋っていたはず。
いい意味でも、悪い意味でも、今のミッツはちょっと「飛び出し気味」と言った具合じゃないだろうか。
俺は「昔のミッツ」と言うモノは知らない。なのでそう言った違いは長い付き合いの三人が知っているだろう。
「しゃーねえ。サンサンでこれから先何しよう?ってのは決まって無かったからな。」
「確かに俺たちが世の中を変えるなんて今まで思いもしなかった事だ。乗ってみるのも、悪くない。」
「まあ面白そうって言えば、そうよねぇ。そしたら卵食べ放題かしら?それならやってみる価値はあるかしらね。」
ミッツに「何言っちゃってんの?」と突っ込まずに「いっちょやってみっか!」と賛同し始めた三人。
コレに俺は天を仰ぐ。
「どうなっても知らないからね・・・あーもう。」
こうして俺たちは先ずはダンガイドリの観察をする為にこの日は海へと向かった。




