3、死の恐怖
ストック無くなったのでゆーっくり、スローーーーでいきます。(見切り発車)
どれくらいの時間前世に飛んでいたのかは私の知るところではないが、王子の――第二王子ラジェスの不機嫌ではなく、怪訝そうな顔を見るに、そんなに長いことトリップしていたわけではないらしい。
そしてこれは噂の、所謂異世界転移、いや、死んでいるし転生というやつだろうか。その転生先がまさかの死亡原因とは全くもって皮肉が利いているけど・・・
ってそんなことは最早どうでもいい。
問題はこの場面はもう既に詰んでいるといって差し支えないこと。
どうする!どうする、どうする・・・どうすればいいの!
転移にはあんまり動揺しなかったのに、今後の展開を考えると堪えたはずの涙が出かかってしまう。
私が動揺している原因――この場面、まず第二王子ラジェスの好感度を上げてガーディアンの証を渡しメイン攻略に据えた上で、第一王子ラメセスの好感度も上げてガーディアンの証を渡して、そこから更にラメセスの好感度を一定値上げてしまうと起こるラジェスをライバルヒロインに略奪されるイベントである。
このとき、ラジェスの好感度が最も高く、ラメセスの好感度が次に高いことがイベント発生条件になる。また、他の攻略対象に証を渡しているかどうかは関係ないため判別が出来ない。
もう既にガーディアンの証を複数人に、少なくとも二人には渡してしまっている状態。つまり既に私の信念である一途なエンディングはそもそも迎えられない。何故なら証は複数渡した時点で裏エンディングのルートは閉ざされる。現状の選択肢として残っているのは、ラジェスの略奪回避からのラジェス真エンディングか、ラメセス通常エンディングしか残されていない。逆ハーレムエンディングなどそもそもどうでもいい、まあ現状じゃ既にルートとしてあり得ないのでこれはいいけど。
余談だけどルートとして有り得ないというのは、ライバルイベント・・今で言うとラメセスとラジェスが表立って敵対するこのイベントが発生した時点でハーレムルートは消えるからだ。ライバルイベントというのは、証を渡した攻略中キャラクターの中で、ライバルとして設定されているあるキャラクターが好感度順の一番と二番を埋めているときで、二番目の攻略対象の好感度が5になり証を渡すと起こるイベントで、それまで二人は敵対心を持ってても目立った諍いはなかったが、主人公を切っ掛けに対立が表面化するイベントのこと。因みにライバルとして設定されているキャラクターたちは3組いる。
でも、でもでもでも、無理だ。私の推しはラメセスだけ。
私が!好きなのは!幼馴染でどのルートでも優しく、時に苛烈で、そしてあるルートではラジェスに殺されてしまうあなただけ!
・・なんだか壮大なネタバレをした気分ではあるが、もうこの状況ではだれが聞いてるわけでもないしいいだろう。
それよりどうしよう。無い頭を必死に絞って、これまで辿ってきたいくつものルートや分岐、条件を思い出す・・でも、やっぱりこの場面は言った通り詰んでいる。もう2ルートしか、それもどちらも私の望みではないルートしか残されていない。
「・・ている・・か!、聞いているのか、シヴィリ!!」
厳しい叱責の声にはっと現実に戻る。・・現実・・・ゲームの世界の現実というのも妙な話だけど
私を拘束する腕たちが非難めいて力を強めるので、滲んでいた涙は痛みで引っ込んでしまった。短くため息をつく。
・・・ん?こんなセリフあっただろうか?
いや、まあ私というイレギュラーな存在のせいで多少セリフが前後することはあるだろう。多分シナリオ中の何かのセリフを使いまわしてるのかな?
そんなことより、このイベント。確か、ここは3択だったはずだ。この3択が2つのエンディングへのルート分岐になる。
①ラジェス様、本当にその女でいいのね?
ラジェス真エンディングへはこれ。ラジェスは(表面上でも)ひたむきに自分を想う女は好きではなく、どちらかというと翻弄系の小悪魔が好き。
だから、ラジェスルートのエンディングに向かう選択肢ではいずれもラジェスを迷わせたり翻弄する選択肢が正解。よってこれは無し。
②いいえ、ありません。私がお慕いしているのはラメセス様ですから。
ラジェスは明確に自分を否定や拒否されることを嫌う性格なので、これを選ぶとラジェスルートは無くなりラメセス通常エンディングのルートになる。
③誤解ですラジェス様!
普通にプレイするなら、3つのルートと言ったがもう1つのルート即ちエンディングがありこれを共通バッドエンドという。
基本的に内容は大体一緒ではあるが3パターンあり、攻略中キャラクターを裏切ったということで死ぬか幽閉されるか家が没落するのどれかである。いくら死んでゲームに転生したからといって、わざわざ不幸になることもない。よってこれもなし。
・・・どうしよう。消去法だとラメセス通常エンディングに入る選択肢しか残っていない。
出来れば、そう出来れば私の信念的に裏エンディングが良かったし、メイン攻略にラジェスを据えているこの状況で、ラジェスに乗り換えてしまうこの選択肢を選ぶのも少し憚られる。あっちをたてればこっちがたたず。現実の続きとはいえゲーム。裏エンディングが見たいがためとはいえ、一度どっちのルートも通っているからこそある程度耐性もあるのではないか?
と、選択肢をどうしようか悩んでいたせいで現実の視界の移り変わりに気付かずいて。
首筋の、ヒヤリとした感触に現実へ焦点を合わす。
「おのれ無礼な。侯爵に名を連ねる者だから我慢をしてきたというのに、俺の問いかけに何一つ答えないとは!」
浮気相手と腕を組んで私を糾弾していたはずのラジェスはいつの間にか目の前にきていて、私の首に冷たい金属を当てながら怒鳴りつけた。
首筋を伝う雫の感覚に思考も引き戻されて、同時に現実を正しく認識する。
そして、こんな僅かに流れる雫で嫌でも意識してしまった。
イベントシーンには、いやこの場面において一切無いラジェスの行動やセリフなど、最早どうでも良い。
前世で苦しんだ過程がなかったせいか、どこか”死んだ”という事実が希薄で、そして他人事だったものが。
唐突に身近に感じて、きっとラジェスはそのつもりではないとしても、間近に再び間近に、恐怖を伴って迫ってきている。
”死” が。
「いやあああああああああああああああああああああああ」
ざわめく周囲の音が遠ざかっていって、私の意識は暗転した。