いつかの誰か
今回は、かなり前のお話諸々です。
「ああ、あなたしかお救いすることができませんでした。」
気がついた時には、すべてが終わっていた。
目の前で失くしたものが多すぎて、理解するまでに長い時間がかかったような気がする。
だが、一瞬だったかもしれない。
行商をやっていた両親と、嫁と、その腹のなかの子供。
何故、自分だけ助かってしまったのか。
「悔しいでしょう?」
囁くように静かなのに、頭の中に響く声。
「貴方は、勇者の力を持っているのね。だから、殺しまくるといいわ。魔物を、そして魔族を。そして、みんなを守らないと。だって、勇者だもの。」
勇者の力を持っているから何なんだ。
大切な人を守れない力に、何の意味がある。
むさぼり食われる嫁。
引きちぎられた両親。
「憎いでしょう?」
この行商が終われば、初めての我が子を抱けるはずだったのに。
憎い。自分が。悔しい。守れなかったことが。
なぜ、俺だけ助かってしまったのだ。なぜ俺だけ助けたのだ。どうせなら、一緒に死にたかった。
勇者とはなんなのか。
確かに、上位の魔族と対等以上に戦える力を持っている。
人間の中では、飛び抜けた力だ。
勇者の力を持っていても、30歳までに眷属を集めて魔王に挑めば、勝とうが負けようが良かった。
もちろん勝てばたっぷりと賞金が出たが、ようは魔族側との武闘大会のようなものだ。
相手を殺すとかではなく、全力でぶつかり合い、勝った方がほんの少し有利な貿易をしたり、関税をいじったり出来る。
勝っても負けても、最後は魔族と笑いあって終わる。
魔族と笑い合うだって?
「魔族は敵ね。あいつらは悪の魔力を得て生まれたんだから、この世の害悪でしかないのよ。魔王を殺して、この世から魔族を消してしまいましょう。」
そう、魔族は悪だ。
「あなたは選ばれた人間なんだわ。」
俺を助けた女は、こっちを見て微笑んだ。
選ばれただって?手の届く範囲すら守れない勇者が、世界を守れるわけなんかないのに。
「私が守ってあげる。私が、助けてあげる。だから、私を助けてちょうだい。私も、魔族が憎いの。」
俺の家族は、魔族に殺された。
魔王に殺された。
「違う!俺は何もしていない!」
俺の嫁の血にまみれた男が言った。
「俺もだ!何も、何が起きているのかもわからないんだ!」
俺の両親を引きちぎった男が言った。
「がう、がるるぅ。」
嫁のハラワタと、腹の中の子供を貪り食った魔物が不安そうな声を出した。
「私は、私は……」
俺を殺して、家族を殺すように指示をした男は、虚ろな瞳で首を振り続けた。
何を言っているんだこいつらは。
ついさっき、俺を殺しただろ?家族を殺しただろ?
憎しみが次から次へと溢れてくる。
今すぐにでも殺してやりたいが、武器もなければ、俺自身も消耗しすぎていた。
「今は一旦引きましょう。このままでは、仇を取ることはできません。あなたが負けてしまっては、この国のすべての人が不幸になります。」
殺してやる。必ず。
魔族も、魔王も、皆殺しにしてやる。
愛する家族のために。世界のために。
「必ず、殺してやる。」
何かに取り憑かれたように、男はその言葉を繰り返しながら、その場を後にした。
「そう、勇者は、魔王を殺さなきゃ。」
女は妖しく嗤う。
☆☆☆
夢だ。
怖い夢だ。
いつも見るんだ。
嫁が、子供が、両親が殺されてしまう。
「助けてくれ、助けてくれ。」
「大丈夫、貴方は強いわ。」
「ああ、カミラ。私は、怖い夢を見ていた。」
体が動かない。
何も見えない。
「ええ。でもそれは夢ではないわ。貴方は、仇を取らないと。」
「だが、カミラ。魔王を殺しても終わらないんだ。」
「ダメよ、まだ魔王は生きているわ。」
「そうか。では、また、殺さないと。」
「そうね。魔族も、1人残らず殺しましょうね。」
「ああ。」
そうして私は、また夢の中へと帰る。
「ふふふ。魂だけになっても、憎しみは最上ね。もっと憎んで、もっと絶望して。うふふふ。」
女は妖しく嗤う。
☆☆☆
「はっ!?なんか怖い夢見た!?」
「どうしたの?あなた。」
飛び起きたそこには、女神がいた。
「なんか、女が笑ってて、魔王を殺すとか言ってたような気がするんじゃけど。」
「あらまぁ。私、そんなこと言ってませんよ?」
「うーん、嫁に殺されるなら本望のような、なんか違うような。」
いつものようにベッドから出て、仕事机の方に目をやる。うーん、昨日遅くまで、今回の戦争についての資料読んでたからかの?
「死んだら、子供たちの成長した姿や、孫の顔が見れませんよ?」
「わし、ひ孫抱くまで死なんよ?」
「ひ孫に抱かれたら死にそうですけどね。」
女神は、くすくす笑いながら、シャワールームの方へ行った。
「戦争のたびに、死ねとか、悪魔とか、殺すとか言われまくるから、心が折れかかってるのかの。」
呟いて昨日のつづきの資料に目を通す。
死んだ兵士の数は凄まじい。こんなに死者を出して、一体何がしたいのか。
ここまで死者が出てれば、そりゃ、血縁者とかがわしに逆恨みして殺すとか言ってきても仕方ないか。
あ、これ、殺意が念波とかでわしに届いたパターンかな。
そのうち遠距離の殺意で殺されたりして。
「いや、いかんいかん。ひ孫抱くまで死ねんのじゃ。あ、でも、ティーナちゃんが嫁に行くとか耐えられないかも。その時は、血圧気にしないとな。エミールは、まだまだ赤ちゃんみたいなもんじゃから、先は長いはず。うん。」
考えたところで、あまり意味のないことな気がしたので、とりあえず資料のチェックはそこそこに、朝食の準備を頼むため部屋の外で待機していたロベルトに声をかけた。
筆頭回復職と言うよりは、執事が板についてる気がするが、もう今更なので気にしない。
そもそも、元々は魔王直属の秘書の家系だし。
「ゼルくんが相手でも、そう簡単には許さんよ?」
「お嬢様に手を出すようなことがあれば、私直々に殺処分いたしますので、ご安心を。」
冗談か本気かわからない笑顔のロベルトを見送る。
しかし、前後の話がなく、いきなり許さんとか言われてすんなり返事ができるロベルトも流石じゃのぅ。
部屋に戻ると、風呂上がりの妻が着替えて待っていた。わしも、慌てて着替える。
「さて、行きましょうか。」
促されて、2人で廊下を歩く。
しばらく歩くと、広間に出る。そこには、配膳をするメイドたちと、ロベルト。そして、席について朝食の開始を待ちわびている息子の姿があった。
「おはよう、父様、母様。」
「おはよう、エミール。」
ティーナがいないのは寂しいが、彼女は彼女なりに、家族を守ろうとしてくれている。
きっと、エミールも本当はついていきたいのを我慢して残ってくれているのだろう。
妻も、いまだに時間があると修行をし、治癒魔法だけでなく、攻撃魔法や剣術まで腕を上げ始めている。
それぞれが思い合い、守る気持ち。
たまに、こんなに心地よい気持ちに包まれていていいのかと、不安になる程だ。
「どうしたの、父様。突然泣くなんて。なんかあった?」
「あら本当、どうしたの?あなた。」
「ん?なんでじゃろ?」
気づかない間に溢れた涙を拭う。
「欠伸でもしたかな?さて、愛する息子が空腹で倒れてしまわないうちに、食事にしようか。」
「わーい。いただきまーす!」
この幸せは、守り抜いてみせる。二度と奪わせはしない。
幸せを噛み締めながら、そう誓うのだった。
さて、次回はティーナに戻ります。
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