聖女さまと先代と先先代と
さて。
第一の目的であった人間との協力の面で、思った以上にあっさりと上手くいった。
全ては、ロベルトのおかげかもしれないけど。
とりあえず、気絶した2人を介抱したのち、さっさと話を済ませることにした。
「まずは、聖女様、改めまして我が国へお越し頂き感謝いたします。部下のご無礼もお許しください。慌てて、なんとしてでも連れてくるのだ、と、命令した私が悪かった。」
「やめてください、王様。先ほども言ったように、それに関してはすでに謝罪をいただいております。なるべく普通にしてください。私は、あくまで冒険者ってことで。」
急にかしこまり始めた王様に、言う。こんな態度では、すぐに聖女云々の話がバレてしまう。正直、貧弱な人間が、力ずくで聖女を利用するなんてことはそうそう出来ないだろうし、バレて困ることは……あれ?なんかあるかな?
私に手を出せば、まずは父様と弟が飛んでくるだろうし。
精神支配の魔法は、自分より格上の相手からしか効かないので、私を支配しようと思えば、父様かエミールクラスの力が必要となる。
それですら、聖女補正なのか、一度父様たちと試した時には全く効かなかった。
呪いとかも、部下のネクロマンサーたちと試してみたけど、キラキラが勝手に反撃して浄化してしまった。
ネクロマンサーたちは、なんか心が清らかになったとか言って、清掃活動してたけど。
「ふむ。ちなみに、なんだが。エミールくんは魔王の血を引く勇者なのだろう?その聖女の力で弱体化させられるのか?」
「いえ、魔王である父様には効くのですが、弟は半分が人間な上に、勇者なので、聖女の魔力を与えると魔族の部分が浄化されて、勇者の部分が強化されるので、逆に強くなります。」
「魔王の娘である貴女に聞くのもどうかと思うのだけれど、魔王が死んだら後を継ぐのはエミールくんかい?」
「おそらく、そうだと思います。私は、魔王の力よりも聖女の力が強いようで、魔族にとってはあまりいい存在ではないですしね。」
あまり話しすぎるのもどうかなと、少し悩んだが、まぁ、弱点を話しているわけではないし、良いだろう。
話を聞いて、騎士団長が呆れた顔で言った。
「魔王と戦うはずの勇者の力を持った魔王が、討伐の切り札になるはずの聖女の力を浴びると強化されるって、なんの冗談なんだ?彼が魔王を継ぐことがあれば、人類は魔王に勝てる、わずかな希望すらないわけか。」
まぁ、普通に考えればそうよね。
「しかし、我々は敵対しない。お互い戦わなければ、討伐云々は些細なことです。」
「魔族側からすれば、な。しかし、人間からすれば、抗いようのない戦力が隣に控えているだけで恐怖するもんだ。」
やっぱり、甘い考えなのかなぁ。
争わず、平和に、みんな笑顔で、なんて。兵力は抑止力であり、全員が同時に武力解除すれば平和になる、と言うけど。たった1人が裏切るだけで、全てが崩れる。
そしてそのたった1人になった時に、得られるものが果てしない富であるなら、なおさらだ。
「私たちは、人間よりも強い身体と魔力を持っているのは間違いありません。しかし、数百年前までは、お互い良い関係を築けていたはずなのです。どうしてこうなったのか。」
「昔は、勇者と魔王の戦いはお互いの力試しだったと聞く。勝った方が政治的に有利に立ったりと、うまく折り合いをつけていたはずだ。それが、先代聖女様の時代からおかしくなったとも聞く。」
「ああ、お祖父様たちが殺されたやつね。」
「あの時の聖女さまが先導していたのも帝国だ。全て帝国が悪いと言うつもりはないが、帝国には何かあるのではないかと、思うことはある。」
やっぱり、帝国に行かないとダメか。
「それも含めて、私たちは帝国に向かいます。」
「ああ。それが良いと思う。我々も、可能な限りサポートしよう。」
「だが、暫くは協力関係の公表を控えたいのだ。勝手で申し訳ないが、許してもらえないだろうか。」
そりゃそうだろうな。今まで魔族は敵だと断言してた国が、突然魔族は仲間だとか言いだしたら、国民はパニックだしね。
視界の隅に、魔剣で遊ぶエミールと、ケーキを頬張るハンナを捉えながら少し考えた。
どの程度明かして行くべきなのか。
「そのうち、なんですけど、この国から聖女が見つかった的な感じで、私を帝国に紹介してもらうこととかもできますか?」
「それが一番妥当かもしれないな。だがしかし、帝国にバレると言うことは、勿論命の危険も考えなければならんぞ。人間は弱いが、悪知恵が働く。どんな手を用意しているのか、わからんからな。我々とて、聖女を隠していたと罪に問われる可能性もある。」
「その辺は、私が必死に隠していた、とか、場合によっては魔王領にいたとか、色々でっち上げましょう。」
とにかく、帝国の様子を確認しないことには、何もできない。
「近々、また出兵の要請が来るだろう。動くならその前がいい。」
「ですね。まずは、冒険者として、偵察に行ってこようかと思います。」
「うむ、それがいい。何か必要なものはあるか?可能な限りは用意しよう。」
王様は、なるべく遠回しにならないように話を進めてくれる。腹の探り合いも必要なく、楽でいい。
この感じだと、本当に信用して良さそうだ。そう思うのは、私が甘いのだろうか?
「一つ、どうしても必要な物があるんですけど。」
「なんだ?遠慮なく言ってみろ」
「人間達の常識です。」
ああ、と、苦笑しながら王たちは頷いた。そう、戦力としては下手な軍隊を蹴散らすほどの力がある私たちも、人間世界の常識はカケラも持ち合わせていない。
魔王領で育った7歳の女の子に頼るのも限度がある。
「ふむ。そうか。それもそうだ。」
「では、冒険者かなにか、信頼できるものの中から、手の空いてそうな者を斡旋しましょう。」
「すみません、よろしくお願いします。」
そうして、私たちの第一回の人魔会議は一旦御開きとなった。
ちなみに、お土産に謎の魔剣を欲しがったエミールは、王と交渉したのち、エミールの羽根に聖女の魔力をかけた特殊武器と交換してもらっていた。これは、私も持っているが、普通の人でも最低限の効果を出せる。聖なるものを堕落させ、悪しきものを浄化する謎の作用があるナイフだ。
流石にそれだけでは申し訳ないので、私からはエリクサーを提供しておいた。
「こ、これがエリクサー!」
改めて受け取ると、まじまじと見つめていた。大量に生産することもできると伝えるのはやめた。あまりそう言った情報は出し過ぎてはよくない気がしたから。
「先代聖女さまは、あまりエリクサーをお作りになりませんでしたので。今、稀に市場に出るのは、先先代の残した遺物が殆どです。個人の倉庫や、領主の館、またはダンジョンの中や、ドラゴンの巣などからごくごく稀に見つかっています。」
……魔王領には、腐る程あるって言うことは、やっぱり言わないほうがよさそうだ。暇があれば作ってたし。値段は何と金貨100枚程度だとか。……何それ?
確かに、欠損も治るような薬なのだから、欲しがる人は多いだろうが。先代が死んでから高騰したのかなぁ。
「あと、最後に一つだけ。」
「なんでしょう?」
「人間て、こんなに弱かったっけ?」
私の問いかけに、王たちは、一瞬顔をしかめる。
「確かに、私たちは魔族と比べて弱いです。」
「そうじゃないの。私たち魔族に伝わっている人間の強さって、ラードルフさんくらいが平均値というイメージなんです。勇者は今だにふつうに魔王と戦える強さはあるけれど、それ以外の人は魔王と対峙するだけで失神してしまう。そこまで弱いのは、何か違和感があるな、と。」
「ふむ。そう言われてみると、昔はもっと冒険者の質が良かったとこぼす人も多いが。そこまで深く考えたことはなかったな。」
「では、我々の方も少しそれらのことを調べてみます。よろしければ、今日は城の客間でお休みください。」
そう言って、大臣に呼ばれたメイドに案内され、私たちはそれぞれ与えられた部屋へ向かった。
何だろう。違和感がすごいんだ。
人間社会全体が、弱い毒にかかっているような。思考まで奪われているのではないかという、疑惑まで浮かんでしまう。
なにはともあれ、調べないと。
きっと良くないことが起こる。
きっと。
しばらく更新は夜になりそうです