お題:未来 逃走 超展開
最終日、何書いていいかわかんなくなった。
いや、物語での最終日のことだよ。
いや、現実でも春休みの最終日だっけ?
あれ? なんだかよくわからなくなってきた。
ある日、自分の部屋に帰ると見知らぬ少女がいた。
いや、いやいやいやいやいや! 落ち着け! 落ち着くんだ俺! そんなことが起こるわけないだろ!
高橋薫十六歳。未だかつてそういったフラグを立てた覚えは無い。全く無い。
これは…………そう! 幻だ!
というわけで一度ドアを閉め、大きく深呼吸をする。
よし。
ドアノブに手をかけてひねり、一気にドアを開け、俺の目の前には見慣れた俺の部屋が――――
「何やってんの?」
――――なかった。
少女は依然としてそこにいた。
というより、第一声がそれかよ。
そう言われるような行動をとった俺が悪いんだけどね。
しばらくorzをやっていたら落ち着いた。
では、現状について考えてみよう。
まず、第一に思い浮かぶ疑問としてはいったい誰なのだ。この空から降ってきたヒロイン的少女は。
ん? 空からふてきてねえじゃんって?
違う違う、空から降ってきたっていうのはもちろんながら比喩である。
昨今のアニメ、ライトノベルといったものでは今まで平々凡々な暮らしをしていた主人公が、いきなり超常的な展開に巻き込まれるものが多い。
そういった時に、よく使われるのが突発的な少女との出会いである。
これは当然ラブコメに発展させやすくするためのものであり、空から降ってきたというのはそれが超常的なものとの出会いとさせやすいからである。
もちろん、この出会いが少女でなくてはならないという決まりは無く、例えば、巨大ロボットでも良いのだ。
もちろん突発的な出会いであれば空から降ってきてなくても良い。
それらを統括して俺は空から降ってきたヒロイン的と称しているのだ。
「で、何を愉快に現実逃避してんのさ」
「……………………」
はい、そうです。現実逃避ですよ。さっきから長々と地の文で語っていたのは。
「…………で、あなたはどこの誰兵衛さんなんですか?」
「ん? 俺か? 俺はタカハシカオル。十八歳だ」
おお、俺っことは珍しい。
て、ちょっと待て。その名前には大いに聞き覚えがあるぞ。
あ、俺と同じなのか。
でもカオルって名前は男子女子どちらでも使うし……………………おお、そういえば苗字も同じ高橋だ。
これは偶然。珍しいこともあるもんだ、――って――――、
「それ、俺の名前じゃん!」
「おお、よく気がついたな関心関心」
……………………馬鹿にされているのだろうか。
「で、本当に誰なんだよお前は」
「だから言ったろう高橋薫だ」
「だからそれは俺のなま――――」
「そうだ」
…………は?
「だーかーらー」
そう言って少女はずかずかと俺の方へと歩き、俺の顔に指を突きつける。
「俺はお前だ」
時間が止まった。
…………ナニイッテルノコノヒト?
「…………すみません日本語でお願いします」
「日本語なのだが」
ですよねー。
「何言ってんのかわかんねーけど不法侵入で訴えられたくなかったらとっとと俺の家から出てけ!」
「うーん、それは困るな。どうやって同一人物であることを証明しようか」
なんか本気で困っているらしい。
顎に手を当てて必死に考えている。
ていうか、さっきから混乱していたから気がつかなかったがこの少女、割と可愛いではないか。
ボーイッシュではあるが女らしい体型に可愛らしい顔立ち、それになんだかいい匂いがするような…………
「あ、そうだ!」
「どうした」
何か思いついたらしい。
「自分自身であることを確認させるために最適なのは何といっても本人しか知らないことの確認、だよね」
「…………まあな」
ぶぁぁぁぁかめ!
お前はバーナム効果やらコールドリーディング…………だっけ? で俺を信じさせようとしているのかもしれないが。それこそ、こちらが嘘を見破る根拠になるわ!
*バーナム効果は誰にでも当てはまりそうなことを言い、相手に自分は君のことを解っているといった錯覚を起こさせること。コールドリーディングは相手の発言から相手のことを推測し、さも最初から知っていたかのように振る舞い相手を信用させる方法だよ。
「ふむ、まずは小学校の頃にあった恥ずかしい話から――――」
「え゛っ!?」
「あれは小学6年の頃、教室で一人でいるときに――――」
「ちょ、ちょっと待て!」
「セロハンテープで――――」
ぎゃぁぁぁぁぁ!
「スト――――――プ!」
なんてことを話やがる、この女!
それから数分、言おうとする少女と言わせまいとする俺の壮絶な戦いがあったことだけ言っておく。
…………詳しい描写は避けるがやつの蹴りが急所に入ったときは死ぬかと思った。
「信じてくれた?」
「…………お前、当時小学校のクラスにいた誰かなのか?」
息も絶えだえに質問する。
こいつ、なかなかに危険だ。
「だから違うって。あっそうだ、じゃあ今度はエロ本の位置でも――――」
もう勘弁してください!
「で、自称俺は一体どうしてここにいるの」
「その自称ってのやめてくれないかな」
「じゃあ、どう呼べばいいんだよ」
「どう呼びたい?」
おい、質問に質問で返すな。
「…………女の薫だから薫子ってのはどうだ」
「……………………………………………………ダサっ」
「悪かったな!」
泣いちゃうぞ! ホントにもう。
「じゃあその意見を汲み取って香織にしよう」
そうか、そうかい、そうですか。
…………そうかの原級、比較級、最上級だよ文句あっか。
「で、なんで香織はここに来たんだ?」
ここで最初の質問。
それに対して香織の答えは
「逃げてきた」
「どこから」
「未来から」
ナニイッテルノコノヒト?
「すまん、日本語で――」
「そのネタはもういい」
数分後、そこには再びorzしている自分の姿があった。
未来ってなんだよ、オカルトか? それともSFなのか? それともそれともこの人はキ○ガイなのか? オレだけど。
もうこの超展開ついていけません。
誰か助けて。
「…………それで、なんで逃げてきたんだ?」
「うーん。話してやりたいけど未来のことは話しちゃいけないことになってるんだよな」
…………そうですか。
「じゃ、じゃあ。これだけは聞かせてくれ」
「なんだい」
しばらく香織はキョトンとしていたが、すぐにお腹を抑えた上、声を上げて大笑いを始めた。
「な、なんだよ」
「いや、未来から人が来たって聞いて心配するのがそれなのかよ、て思ってね」
「悪いか! 重要なことだろ! ていうか今お前が大笑いしている相手は自分自身だからな!」
「そう言えばそうだ」
そう言うと香織はピタリと笑いをやめる。
「…………で、結局どうなんだよ」
「ん――――とね。大丈夫だと思うよ。詳しいことは言えないけど、俺がここに居て逃げ切れればお前が女になることは無いはずだ」
「…………そこで‘思うと’か‘はずだ’とか、曖昧な言い方しないでくれよ……心配になる」
「ゴメンゴメン。でも時間関係のことは割とわかんないことが多いんだ俺にもね」
……………………不安だ。
「で、香織はここで何がしたいんだ?」
「ん? なにもしないよ」
HA?
「一週間ここで匿ってくれればそれで帰るから」
「一週間も!?」
「お願いだよぉ。かおるぅ」
「ええい、上目遣いをするな俺のくせに! 鳥肌が立つわ!」
「ちっ!」
……………………少しドキっとしてしまったことは秘密だ。
すると、とたんに香織は表情を変えた。
「頼むよ…………過去の俺にしか頼れないんだ」
そう言った香織はなんだか少し泣きそうだった。
未来はどんだけ超展開が繰り広げられて、こいつはどれだけ修羅場をくぐってきたんだよ。
「わかったよ」
さて、これを読んでいる読者の諸君に言っておく。決して、決して女子の涙に負けたわけじゃない。断じて違うからな!
すると香織はぱあっと笑顔になると、俺の手をつかんでくる。
「ありがとう!」
……畜生。我ながら可愛いじゃねえか。
――――香織が来てから三日が立った。
「…………案外。なんとかなるもんだな」
一人っ子で両親が共働きなのが幸し、両親が居ない昼間に香織は自分で食べ物をちょろまかせるし、それ以外のいろいろなこともできる。
また、思春期になった息子の部屋へ踏み込むということも両親的にはしづらいだろうし、特に俺の部屋へ来るということはなかった。
家族が居る時に香織がトイレに行きたがった時には苦労したが。
両親が両方ともリビングにいるときにこっそりと、念のため俺の体で隠しつつトイレへと駆け込んだのだ。
香織が女になってくれていてよかった。
おかげで俺の体の方がだいぶ大きいため、楽に香織を隠すことができた。
…………いや、待て。
そもそも香織が女になってなければ俺のフリをしてトイレに行けばよかったんじゃないか。
ありがたがって損した。
その時の俺の苦労を想像して欲しい。
その時、俺はトイレの個室の外で待っている、ということは出来ないのだ。
考えても見て欲しい。もし俺が個室の外、つまりは廊下、はたまた自分の部屋にいたとする。
もしそれを両親に見つかったとすると面倒なことになる。
――――トイレの中に居るのは誰なんだ?――――てね。
つまり、俺は狭いトイレの個室の中で香織が用を足している間、ずっと個室の中で一緒にいたのだ。
香織は自分なのだから気にしなくてもいい、といったが、読者諸君。気にしないわけにもいかないだろ?
というわけで俺はずっと香織の反対側の壁をシミの一つ一つまで覚えてしまうのではないかってほどに注視していた。音も聞こえないほどにな。
どんな拷問だ。
そうやって用を足し終わった香織と再び自分の部屋へと戻ったのだ。
そして、現在。
香織が来てから三日後の午後、学校が終わり両親が帰ってくるまでのひとりの静かな時間のはずだ。
…………はずなのだが。
「薫、お腹減った。何か食べさせて」
「今日の分はもう食っただろうが! 後は、両親が寝静まるまで待て!」
「えー。ケチー」
黙らっしゃい。
「これ以上ちょろまかすと俺の間食が増えたって両親に怒られるし、俺が買ってくるにも財布に限度があるんだよ」
ぶーぶー、と香織が文句を言う。
「一緒の布団で寝た仲じゃないか」
「誤解を呼ぶような言い方をするな! お前が布団じゃないと寝られないって言ったんだろ!」
「だって本当のことだろ。お前もそうだろ?」
確かにそうだが。
読者の諸君! 手を出したりはしてないからな! 神に誓ってしていないからな! 神様信じてないけど!
「あー、お腹減った」
いや、まあ少ないとは思うが我慢して欲しい。俺だって間食を我慢してダイエットのようなことになっているのだ。
だいたい、タイムマシン(見せてはくれなかったので、どのようなものかは解らないが)以外はほとんど身一つで来たという香織が悪いのではないか。財布くらいは持てよ。
そんな時、チャイムの音が一つ。
「ちょっと行ってくる」
外にいたのはクラスメイトの中島という男子だった。
中学校からの付き合いで、ちょくちょく相手の家に行ったりするくらいの仲ではある。
「おーう、高橋。遊びに来たぜ。これみやげな」
そう言って肉まんの二つ入った紙袋を渡す中島。
「お、センキュー。さ、上がってく――――」
そこまで言って気がついた。
まずい、上の階には、俺の部屋には――――――――アイツがいる。
「じゃあ、おじゃましまーす」
「ちょーと待ったぁ!」
慌てて中島の行く手を遮る。
「お、おう。どうした高橋」
俺の剣幕に中島が少々後ずさる。
「今日は、というかここ一週間ほどは都合が悪いんだ。また今度。また今度にでも遊ぼうじゃないか」
「いや、だからどうして都合が悪いのかと―――ー」
その時、階段がギシッ、ギシッ、と鳴った。
「おーい、どうした。新聞勧誘とかだったら早く追い返せよ」
俺の努力を返せこのやろう!
「あ、中島」
おい! うかつに名前を呼ぶんじゃない!
お前がこいつを知っていたら色々とおかしいじゃないか。
そう思ったが中島は混乱して今の言葉が耳に入らなかったらしく、酸素を失った金魚よろしく、口をパクパクとさせていた。
「――――――――高橋の家に女がいる――――!?」
「んー?」
なんで、こいつはのんきに首を捻っているんだ。わりとこの状況ピンチだぞ。
「あ、あああああの。たたたた高橋君とはどどどどういったご関係で」
ちゃんと言えてないぞ。
まあいい。ここで香織がうまくいってくれればどうにかなる。
「ん――――。うん」
そうして香織は笑顔を浮かべた
これがまた、とーっても良い笑顔なんだな。うん。
…………悪魔ってこう微笑むんじゃないかな。
「薫の彼女です」
「なんてことを――――!?」
ほら! 中島なんて完全に白目むいちゃってるじゃないか。
次の瞬間、中島が復活した。
「しょしょしょしょ証拠は!」
ねえよ! ていうか付き合っている証拠ってなんだ一体。
「うーん。証拠ねー」
そう言って香織は少しの間考え込む。
「じゃあ、こういうのはどう?」
そう言うが早いが香織は俺の両頬を両手で挟んで――――――――
次の瞬間、香織の目を閉じた顔がドアップで見えた。
後日、中島はこういっていた。
「気がついたら十秒が経っていた。何を言ってるのかわかんねーと思うが俺も何が起こったのかわからなかった。頭がどうにかなりそうだった。記憶喪失だとかザ・ワールドだとか、そんなちゃちなもんじゃ断じてねえ。高橋家の恐怖の片鱗を垣間見たぜ」と。
「な、なななな!?」
俺は思いっきり後ずさり壁にぶつかる。
すると、ぶつかった音で中島が気がついたらしい。
「サーセンでした――――!!」
そう言って、中島は高速で走り去っていった。
「ふむ、とりあえず肉まんが二つ手に入ったな」
……このやろう……………………………俺にも一つよこせよな。
香織が来てから一週間が経った。
つまり、今日が香織が家にいる最終日である。
「……………………」
「……………………」
はっきり言って現在喧嘩中である。
正直言って一週間も女子と一緒にいれば溜まってくるものがある。いや、ストレスだよ、うん。ストレス、ストレス。
そうして、喧嘩になったのは香織の放った一言が原因であった。
「そんなに溜まっているなら俺で発散するか?」
それを聞いてつい殴ってしまった。
グーでこそなかったが、平手で思いっきり。
「どうして…………」
解っている。
こいつだって悪気があって言っているんじゃない。
「どうして自分を大切にできないんだ!」
「な、なんだよいきなり! 大事にって、自分だろ! 別にいいじゃんか!」
こいつは散々こいつは俺自身だと言ってきた。
俺だってそれには納得している、納得しているが――――――――
――――――――どんなに納得しようが俺から見て、どうしたってお前は他人の女の子なんだよ!
こいつには俺の姿だったことがあるのだろう。
だから俺を自分自身だと考えることがすんなりできるのだろう、が、俺はそうではない。
「な、なんだよ。処女とか気にしてんのか? だったら大丈夫だ。帰ったら直ぐにでも元の姿に戻れるか――――」
再び殴ってしまった。
俺は肩で息をする。
呼吸は荒くなり、頭に血が登り、直ぐにでも倒れてしまいそうなほどめまいがする。
「な、なんなんだよ本当に!」
香織の目からじんわりと涙が浮かんでくる。
「なんなんだよ、なんなんだよ、なんなんだよ! 何がダメなんだよ! わっけわかんないよ!」
「いいかぁ!」
そこで、今まで出したことのないような大声をあげる。
香織はその声に驚き、硬直する。
「お前にとって俺はなんだ! おそらく自分自身なんだろう!? もしかしたら単純に女としての行為に対する好奇心なのかもしれないけどなぁ!」
声が震えるのがわかる。
指先もブルブルと震えてきた。
「俺にとってお前はただ傷ついて家へ逃げ込んできた女の子なんだよ!」
…………言ってしまった。
この一週間ずっと黙っていたことを。
香織も呆然としたままこちらを見ている。
「……だから、頼むから…………」
うなだれながら香織の肩を両手でつかむ。
「……痛いよ、薫……」
「……俺の前で…………」
この時の俺はひょっとしたら泣いていたのかもしれない。
「……痛いってば」
「…………自分を捨てるようなこと言わないでくれ」
もうすでに対面など気にせずに香織を両腕で抱きしめて、顎を香織の方にのせ、小さな声でむせび泣いていた。
「…………悪かった」
「…………」
しばらく経った後、香織がポツリとつぶやいた。
「こんなこと言うのも変かもしれないけど。恩返しがしたかったんだ」
「…………っ」
「自分自身にか、て? まあ、そうなんだが。なんだかな。詳しくは話せないが、俺とお前は違う未来へと進むんだ。そんなお前に、こんな押しかけて無理難題言っていることに恩返しがしたかったんだ」
「…………」
その言葉が終わると後ろからトンッという、人間が着地するような音が聞こえた。
「おう、薫。帰るぞ」
振り返るとそこには中島がいた。
そして分かった。
こいつは未来の中島なんだと。
「…………じゃ、世話になった」
そう言って香織は俺を振りほどき中島の方へと歩いて行った。
「ああ、またな」
プッと吹き出す声が聞こえる。
「またも何もずっと一緒にいるじゃないか」
「そうだな」
「じゃあ、少し後ろを向いていてくれ」
それを聞き、俺は後ろへと振り返る。
「…………またな」
そう聞こえたあと、俺の部屋はいつもの見慣れた風景となった。
「なあなあ、結局あの彼女とはどうなったんだよ」
「あ? ああ、あれは従兄弟だ。いたずら好きでな」
えー、と中島は声を上げる。
そのあと、彼女からは何の連絡も無い。
今となって考えてみると。もしかしたら俺は彼女のことが好きだったのかもしれない、と思った。
思って、気持ち悪くなった。
どんな超常ナルシストだ。
だから、あの一週間のことは忘れることにした。
彼女らと彼女の世界があのあとどんな方向へと進んでいったのかは気になるところではあるのだが、気にしないことにした。
だってそうだろう。
ずっと一緒にいる人間を気にしたってしょうがないのだから。
この話を持って僕が春休みに書いた三題噺はこれで終了となります。
ここまで読んでくださった皆様、ご愛読どうもありがとうございました。
またの機会に僕の作品を読んでもらえれば幸いです。