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最終話:デジタル・ゴースト

最終話:デジタル・ゴースト



 根古ねこ輝昭てるあきの死は、病院内を震撼させた。

 それはそうだ、あるはずのない、あってはならない『殺人事件』なのだから。



 警察の捜査は迅速だった。


 死因は点滴への塩化カリウム混入。

 動機は看護師たちからの密告によって『不倫関係のもつれ』とされた。


 そして何より、雅美の私物カバンから使用済みの注射筒が発見されたことが決定打となった。



「私はやってない! められたのよ!」


 雅美の叫びは、取調室の厚い壁に虚しく吸い込まれていった。


 彼女の左手薬指からは、すでに結婚指輪が外されていた。

 不倫が公になり、夫からは即座に離婚を突きつけられ、職も名誉も家庭も、彼女が「勝ち誇っていた」すべては、もろく崩れ去った。



「お願い、ちゃんと調べて。根古さんには他にも深い関係の女性たちがいたわ。病室で会ったもの。そうよ、あの時、みんな結婚をほのめかされていたって言っていたわ。それを……私との過ち(・・)を、『裏切り』と感じで、そうよ、あいつらの中の誰かが……」



 重要参考人として呼び出された四人の女たち――結衣ユイ絢香アヤカ沙織サオリ真央マオは、任意の事情聴取を受けていた。



「根古さんと、親密な関係だったというのは間違いないですよね?」


 刑事の問いに、沙織が虚ろな目で頷く。


「はい。毎晩、愛してると……LINEをくれて。結婚しようとも言ってくれていました」


 絢香も真央も同様のことを口にした。自分こそが根古の恋人だ、婚約者だと。

 しかし、刑事が彼女たちのスマホを押収し、解析した結果は、あまりにも不可解なものだった。




「……何も出てこない。メッセージの履歴も、削除されたログも、サーバー上の記録すら一切ないんだ」


 刑事は困惑して頭を掻いた。スマホのメッセージ画面で取り消したとしても解析すれば必ずログが残っているはずなんだが……。



「彼女たちのスマートフォンの画面は、何もない、真っ白なトーク画面だったんだよ」

「集団ヒステリーか、それとも……」



 警察は、彼女たちの精神状態を疑い始めた。

 結局、四人は「異常な妄想を抱いた狂信的なファン」として処理された。


 

 彼女たちの手元には、返却された自分のスマホがある。


「……消えてる。全部、消えちゃった」


 絢香が震える指で画面をなぞるが、そこには根古からの甘い言葉は一文字も残っていない。自分たちが送った喜びの声もなくなっていた。スマホからの殺害の指示も、手順の指導も、証拠隠滅の方法も。



 愛した記録も、殺した証拠も、すべては最初から存在しなかったかのように、デジタルの闇に溶けてしまった。



 彼女たちが味わったのは、勝利ではなく、絶対的な「虚無」だった。


 根古を殺し、雅美を破滅させたが、結局自分たちの手元には、冷たい機械の塊しか残らなかったのだ。

 

 根古からもらった甘い言葉も、苦痛に歪む最期の顔も、記憶にはこんなに鮮明に残っているのに。




 その頃、証拠品として押収され、警察の保管庫に置かれていた、あの「中古スマホ」が、ふっと青白く灯った。




 誰も操作していない。

 電源すら切られていたはずの端末だ。

 


 画面には、根古輝昭の最期の顔が映し出されていた。

 



 絶望に染まったその表情は、かつてのスマホの持ち主の女性が浴室で浮かべたものと、鏡合わせのように瓜二つだった。



 そして、根古の最期の顔に重なるように、歪んだフォントで文字が躍る。



『コレデ、ズット一緒ヨ……』



 その文字が浮かび上がると同時に、画面の中の「根古」の瞳が、ゆっくりと動いた。

 

 彼はもう、二度と新しい女を補充することはない。

 永遠に、この小さな四角い箱の中に閉じ込められ生き続けるのだ。


 そして自分を殺した女たちの視線と、自分を呪った女の怨念に晒され続けるのだ。



 中古スマホの画面が消え、保管庫に再び静寂が戻る。



 しかし、その漆黒の液晶には、持ち主を失ったはずの「指紋」だけが残っていた。




 無数に、べったりと。

 まるで内側から強く押し付けられたように。



               (完)











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