231. 染まる
視聴番組のCM中にでも見れる(読める)程度の時間と内容を想定してます。
いつでもどこからでもどーぞ。
ご注意: 口語的語りとしています “い”抜き、“ら”抜き、その他文章定義はご容赦くださいね。(あ、誤字脱字も……)
【日くらし】
231. 染まる
小学正の頃、水彩画の授業で絵具を混ぜて色を作る際「ちょっと色を濃くしたいな」となりますと、安直に黒を混ぜちゃいまして、せっかく良い感じで出せてた色がもう“黒一色”となり、以降絶対に取り返しがつかない状況に陥りがちでした。
色相や混色、そもそも絵画の基本概念が無いものですから、「濃くしたかったら黒!」「影は全て黒!」というスタンスで描かれた絵はまぁメリハリの利いたと言いますか、それでいて奥行きも面白味も無い、ノッペリとしたものだったように思います。
(ある意味テネブリズム※?違うか)
冒頭で触れたように、“黒”の存在感は本当に絶対的で、その支配力と全てを覆いつくす隠ぺい力は正に巨悪の如きです。
対極の“白”の方はといいますと、コイツがまた唯我独尊と言いますか利己的というか、少しでも他の色、例えば赤をほんの少しだけ足すと「ピンク」になって、後から白をどれだけ足そうと「薄っっっすいピンク」になるだけという完全なる純血主義者。
このあたりの記憶から、私の中では
「黒(悪)は全てを黒に染める力を持っていて、白(善)は何色にでも染まっちゃうメンドクセーやつ」って感覚が形成されたように思います。
随分前に名古屋に寄った際に(これだけ長い事生きておりますとなんやかんやで色々なところに行っているものですね)、“味噌カツ”を食べましたらその美味しさに感動して、ついお店で売っていた“味噌カツソース”なるものを購入しました。
地元に戻ってお惣菜のトンカツにかけてみましたら
「おおー!味噌カツだー」と名古屋メモリアルに浸ることができました。
そして「これコロッケとかにかけても美味しいんじゃない?」と閃きまして、早速試してみたところ、
「おおーっ!……味噌カツや…」となりましてね。(コロッケのはずなのに)
そういえば確かに、炒め物やひき肉料理なんかで「ちょっとアクセントに」なんて豆板醤を入れると、途端に“麻婆”になってしまいますしねぇ(不思議―)
これはアレですよ、“味噌カツソース”と“豆板醤”は「悪」という事ですよ!
道理でご飯が無限に進むわけですなぁ。
ではまた(極悪ですよホントに)
あ!?、対する“白”って ”ご飯” かぁーっ!!
カーッ!そりゃ圧倒的「善」だわ!すみません!!
(世の理が全て繋がった感あるな)
※テネブリズム
明暗のくっきりした絵画の表現




