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8.あなたへの手紙 3

「おかしなところを見せてしまって、ごめんなさいね」

 パメラは、いたずらがばれた子供のように目を輝かせて笑っている。

 街へ続く小道を老婆に合わせてゆっくりと辿りながら、エリアスが彼女の手元を指差した。

「そりゃいいけど、そんな手紙出したらまた怒られないか?」

 手紙を出す用事があるから、あなたたちのことを途中までお見送りさせてちょうだい。

 そう言っていたパメラは、片手に杖を、もう片方の手には真っ白な封筒を持っている。

 苦笑の混じるエリアスの言葉に、パメラはとっておきの秘密を打ち明けるようにふふふ、と笑った。

「あら、大丈夫よ。これはね、主人への手紙じゃないの」

 パメラはゆっくりと歩きながら、手紙を握る手を高く掲げて見せた。

「だってあの人ったら、返事の一通もくれないんだもの」

 遠く。青く澄んだ空の彼方を見つめる皺だらけの目元が、どこか寂しそうに見えた。その横顔に、ルゥアが寄り添っている。

「……悲しい、ですか?」

 パメラの視線を追いかけるように白い雲に目を向けたレネが、遠慮がちに問いかける。

「悲しいし、寂しいわ」

 そう言いながらも、その顔に浮かぶのは柔らかい笑顔だ。

「寂しいけれど、大丈夫よ。この悲しみはね、もう私の一部なの」

 そう言ったパメラは、昔を思い出すように一度だけ目を閉じた。

「はじめはね、あの人の後を追ってやろうかとも考えていたのよ。何もかもが悲しくて。何もかもが切なくて。でもね、娘はまだ小さかったし、それどころじゃなくて」

 質素な杖が、規則正しく歩む音を奏でる。再び目を開けた老婆は、ゆっくりと前に進んでいく。

「毎日必死に生きているうちに、私は悲しみを忘れてしまったみたいよ。昔は主人のことを思い出すだけで涙が出たのに、今じゃこうして笑えているんだもの」

 ゆっくりと歩きながら、彼女は握りしめた封筒を温かいまなざしで見つめる。

「娘夫婦にね、一緒に暮らさないかって誘われているのよ。準備をするから、近々迎えに来てねって、返事を書いてしまったの。ごめんなさいね。せっかく薪を割ってもらったのに」

 ふふっと笑うパメラに、エリアスが苦笑を返した。

「聞かなかったことにします」

 長い長い下り坂の途中で、老婆は足を止める。道の端に、屋根を設けただけの小さな東屋のような建物が見えた。こぢんまりとした屋根の下には、木製の集信箱がひとつ、ぽつんと置かれている。郵便小屋だ。

「さあ。この子とも、もうお別れをするべきね」

 老婆の目が、ふいに宙に向けられる。そこには、黒い鱗粉を散らす美しいルゥアの姿があった。

「パメラさん、見えるの?」

 驚くレネに、彼女は胸を張って見せる。

「そりゃあ、三十年も隣にいたんだもの」

 痩せた指先がゆっくりと蝶に伸ばされた。

「ずっとそばにいてくれたけど、もう悲しむのはやめにするわ。今まで、どうもありがとうね」

 パメラの指先に蝶が止まる。その瞬間、ルゥアは眩しい光に変わり、青い空に消えていった。

「さあ、あなたたちともお別れよ。気を付けて行きなさいね」

 集信箱に封筒を押し込んだ彼女は、大きく手を振ってレネとエリアスを見送った。

「あんなふうに、何年も悲しみと向き合える人もいるんだね」

 レネが、ぽつりと呟く。

 私は、向き合えるだろうか。逃げずに、ちゃんと。

 振り返ったエリアスと、一瞬だけ目が合う。彼の視線は、そのままレネの向こうを静かに見つめた。

「レネ」

 エリアスは日の当たる坂道の途中で足を止めて、レネの名前を呼ぶ。彼は少しだけ迷ったように口を閉じ、少しの沈黙の後で再び言葉を紡いだ。

「そろそろおまえも、自分の悲しみと向き合えそうか?」


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