4.灰の町 前編 1
「エリアスは、誰かを癒せなかったことはある?」
枯葉鳥の鋭い鳴き声が、灰色の雲に覆われた秋の空に響いている。吹き抜ける風の冷たさに両腕をさすりながら、レネがぽつりと呟いた。その言葉に真っ白な包帯を持つ手を止めて、エリアスが苦笑を浮かべる。
「そりゃ、何度もな」
包帯の端をきゅっと縛った彼は、目の前に座り込んだ少年に手のひらを向ける。
「ほら、もう大丈夫だ。家に着いたら、ちゃんと見てもらえよ」
擦りむいた膝を抱えて泣いていた十歳にも満たない小さな少年は、元気に立ち上がるとエリアスとハイタッチを交わす。小さな手がエリアスの指先に止まっていた黒い蝶に触れ、ぱっと光が散る。
少年は、手当ての邪魔にならないようレネの膝に座っていた小さな妹に手を差し出す。
「いい兄ちゃんだな。もう転ばないように、気を付けて帰れよ」
連れだって歩き出す二人に手を振ったエリアスは、レネに向き直る。その視線が一瞬だけ彼女の頭上に向けられた。レネが発した質問の意図を汲んだエリアスが、淡々と言葉を続ける。
「手遅れだったことも、ある。苦しんでるのはわかってたのに、助けてやれないままウィープになった人間を、何度も見て来た。俺の、力不足だ」
普段は快活で笑顔の絶えないエリアスが、いつになく真剣な表情をしていた。
「ノクターを続けること、嫌にならなかった? つらくはなかった?」
「そりゃ、後悔はあるぜ。あの時もっとこうしてたら、出会ったノクターが俺でなかったら、助かったかもなんて思うこともある。今でも、救えなかったやつのことを夢に見て、つらくなることもある。けど、ノクターを辞めようとは思わなかった」
不思議そうな表情を浮かべるレネに、エリアスは少し寂しそうに笑う。
「救えなかった人間を想って、足を止めることはできる。けど、そうしたらこれから救えたかもしれない人間を見捨てることになるだろ。それが、嫌だったんだ」
エリアスはそう言うと、荷物を背負って立ち上がった。
「救えなかったことを責められていい。恨まれてもいい。責任は全部負う。けど、足を止めるつもりはねえよ」
自分に、そんな勇気はあるだろうか。
レネはふと考える。
自分の悲しみさえ、持て余しているのに。背負い切れていないのに。
歩き出したエリアスを、レネは慌てて追いかけた。




