最終話 一番大切なもの
俺とキャロラインは皆の祝福を受け、その後開かれた祝宴で俺は大いに飲まされた。暫くして祝宴から抜けると、これから夫婦として過ごす部屋に通された。
……その部屋には愛しいキャロラインが待っていた。
初めて見る、キャロラインのドレスや制服以外のあどけない姿……! なんだこれ、めちゃ可愛いんだが……!
「キャロライン……。寒くはないかい?」
俺は緊張を誤魔化しつつ、問いかけた。……ダメだ、心臓がバクバクだ。こんなのキャロラインにバレたくない。
彼女は困ったように微笑む。
俺はそっとキャロラインに近付き肩を抱いた。
……ッ!
キャロラインは震えていた。そして、鼓動も相当早い。……彼女も緊張しているのだ。
俺は彼女の肩を優しくポンポンとあやす様に叩き、ベッドサイドに座る様に促す。
キャロラインは少し不安げに俺を見た。
「キャロライン。私も緊張している。……ほら」
そう言って彼女の手を持ち俺の心臓に当てた。
「! ……ステファン様も……?」
「うん。愛するキャロラインと一緒だから、こんなにもドキドキしている。おかしいかな?」
俺が困ったように、それでいてイタズラっぽく上目遣いで見ると、キャロラインはクスリと笑った。
「……いえ。とても、お可愛らしいです」
「え。……可愛い、か……。微妙だなぁ」
そう言っておどけて見せると、キャロラインは益々笑いそれを見た俺も笑った。
そして、俺はキャロラインの手をしっかりと握りその目を見つめる。
「キャロライン。君はとても可愛い。……私は貴女とこうして一緒にいられるのが一番幸せだ。そしてこれからも……私と共に歩んでくれるかい?」
キャロラインも俺の手を握り返し目を見て言った。
「……私も。貴方とこうしていられるのが一番幸せです。……いつも、貴方と共に」
そうして俺とキャロラインはどちらからとも無く近付きキスをした。
そして俺は彼女を抱きしめ……ようとしたところで。
……ガターンッ!!
ザワザワ……
王宮の何処かで、何やら騒ぎが起こったようだった。
俺は気にはなったが、今日は2人にとって特別な夜。騒ぎはこことは少し離れた場所である様だし、とりあえず無視しようとしたのだが……。
騒ぎは収まる事なく、更に広がっている様だった。
俺とキャロラインは顔を見合わせ苦笑いした後頷き合い、身なりを整え部屋の外に出る事にしたのである。
◇
……激震が走ったのは、王太子夫妻の結婚式の夜。
なんと王太子の母である王妃が実家の隣国へ帰ったというのだ。
俺たちの結婚を祝ってくれた隣国の使節団と一緒に母は帰ってしまったのだそうだ。
使節団は国で急ぎの用が出来たと式の夜に慌てて出立していた。
突然いなくなった王妃に俺たち新婚夫婦も勿論驚いたが、国王は更に驚き取り乱し、王妃の部屋の周辺はとんでもない騒ぎとなっていた。
……そして、王妃の部屋には手紙が残されていた。
それは王妃だった母からの、国王への離縁状だった。
それによると、やはりというか国王の不誠実さが許せないとの事。
一番許せなかったのは勿論妊娠中の浮気だったが、それだけではない。
生まれたばかりの息子ステファンの為にと当時は離婚を思い留まった王妃だったが、それからも国王は誠実とは言い難かったそうだ。その後も何度か浮気もあったようだった。
そして側妃の病死後の見苦しい言い訳。事実を知る者はもう居ないとばかりに側妃を悪者に仕立てあげ、実の子であるパウロを虐げた国王を見て王妃は完全に見限った。
それからは俺が独り立ちするのを待っていた状態だったらしい。俺が無事愛する女性と結ばれ幸せになったのを見届けてから、前から連絡をしていた実家に帰ったのだ。
……よくぞ今まで耐えてきたと、そう褒めて欲しいと最後には書かれていた。戻る気は全く無い、とも。
…………いやでももうちょっとだけ、もう一晩だけでも待って欲しかったよ母上……。
俺は母の手紙を見ながらなんとも言えない思いをした。
そして国王はすぐさま追いかけて行こうとしたが、俺も周囲もそれを止めた。
母上の決意は固い。そして俺の為に19年も我慢してくれ、この国の王妃として立派にやり遂げてくれた。
取り乱す国王をなんとか宥め、これからの対策を考える。……とはいえ、何か有効な手段がある訳ではない。とりあえず王妃に戻って来て欲しいと書状を出すくらいしか出来ない。母は隣国の王女だった。そして隣国の今の国王は母の兄で兄妹仲も非常に良い。おそらく妹王女の決意を知った上で今回の使節団は行動に出たのだろうから、母を我が国に返してくれる事はないと思われた。
隣国への書状を出した後、俺は失意の国王を部屋で休ませるよう侍従に申し付けた。父はガックリと項垂れたまま連れられていった。
そしてこの場は一旦解散。明日にまた会議が開かれる事となり俺とキャロラインは部屋に戻った。
「ステファン様。……実は明日の朝に2人で読んで欲しいと、王妃様からお手紙を預かっていたのです」
明日からの騒ぎを考え頭を抱える俺に、キャロラインは少し悩んだ様子で引き出しから出した手紙をそっと手渡してくれた。
「これは……」
俺は驚きながらそれを受け取り、しっかりと封をされたその封筒を見た。
そして2人並んでその手紙をゆっくりと開け読み出した。
『愛するステファン。そしてキャロライン。
ーーこの手紙を貴方達が読む頃には私はこの国に居ないでしょう。私はずっと、ステファンが愛する方と結ばれ独り立ちする時を待っていました』
……そんな書き出しから始まった母からの手紙には、これまでの母の思いが書かれていた。
政略結婚ではあったが、母は父を愛していたのだと。愛する人と結婚し子を授かり、幸せの絶頂だった時起こった父の浮気騒動。母は天国から奈落の底に突き落とされた。余りのショックに実家に帰ろうとしたが産月の一月前で安静を言い渡され動けない。だが父や周りの説得と生まれたステファンを見てなんとか思い留まった。実家の両親や兄は帰って来いと言ってくれてはいたそうだ。
……しかし一時は思いとどまったものの、その後の父の態度に再び別れを決意した。だが愛しい我が子ステファンを見ていると戻るに戻れず今になったのだという事。
パウロの事は王妃からも叔父によく頼んであるそうだ。そして彼は間違いなく俺の弟なので、力を合わせ国を導くように、と。
俺たちの結婚式を見ることが出来て、本当に幸せだった。これから2人の幸せを遠く離れた隣国から心から祈っている。……そう母の手紙には綴られていた。
俺は大きくため息を吐いた。……いや、母上に怒っている訳じゃない。
母上の今までの苦労を思い、そして父の誠意ない対応に呆れて……。
しかし先程の荒れた父の様子から、母を大切な人だとは思っていたのだろう。けれども父は一番大切にして守らなければいけない人を守れなかった。
『大切なものの優先順位を間違えないこと』
俺は不意に、ねーちゃんに言われた言葉を思い出した。……そうか、そういう事なんだな。
そして俺は目の前にいるキャロラインを見た。……俺の、一番大切にしたい人。
彼女は心配そうに俺を見つめてくれている。愛する、俺の唯一。
「キャロライン。苦労をかけるが、共にこの難局を乗り越えてくれるかい? 貴女が側に居てくれたならばきっと私はやり遂げられる」
そう言って俺はキャロラインの手を取る。
「勿論です」
彼女はそう力強く頷き俺の手を握り返してくれた。
……あの『ねーちゃんの本』のステファン王子は大切な守らなければならないものを大きく間違った。そしてこの現実では国王である父上も、パウロも。
…………俺は。
それらの間違いを知り、そして更に愛を知った俺は決して間違えない。
『一番大切な、守るべきものの優先順位』をーー。
◇
俺たちの結婚式の翌日から。
俺とキャロラインは次期国王夫妻として、ショックの為動けない国王に変わって精力的に動いた。
国内貴族達へ王妃が国に帰った事を告げると大きな動揺はあったものの、約20年前の騒動などの国王夫妻の仔細を知っている貴族達は納得する者が大半だった。
むしろ隣国との関係が悪くならないよう気を配った。しかし母の兄である隣国国王もこちらとの関係悪化を望んでいる訳ではないようだったので、甥である俺が対応する事で両国の関係は保たれたのだった。
……その後、元王妃である母は帰ってくる事はなく。実家で暫く静養した後は隣国の王族として精力的に公務をこなし充実した日々を送っているそうだ。
父である国王は王妃に出て行かれた後随分落ち込んでいたものの、徐々に政務に戻った。しかし昔ほどの勢いはなく、俺に少しずつ公務を移行させている。おそらくあと何年かすれば俺に王位を譲るつもりなのだろう。
ねーちゃんと叔父ベンジャミンは、今も変わらず深く愛し合っている。今の俺達の、理想の夫婦でもある。
そしてねーちゃんのあの後の観察対象だった『聖女サーシャと聖騎士』は紆余曲折あったが無事にくっついたらしい。
『現実の聖女サーシャは本よりも随分自己中心だったから、恋人になるまで随分時間がかかったのよ』と言っていた。
まあ彼らも幸せになってくれればいいと思う。
そして更に数年後の弟パウロは。叔父夫婦の元で騎士見習いとして厳しい修行に耐え……、立派な騎士となりこの度結婚が決まった。
その相手とは……。
「まあ! パウロ様が公爵と聖女オリビア様とのご息女、カサンドラ様と?」
「……ああ。カサンドラは昔から叔父上達と王都に来た時1人姿を消す事があったのだが、どうやらパウロの所へ行っていたらしい。パウロが辺境の地に来た事で猛アタックしたらしいよ」
俺は叔父から聞いた2人の馴れ初めを、愛する妻キャロラインに話す。
「ふふ。オリビア様とよく似た美しいカサンドラ様にそんな風に慕われては、パウロ様もタジタジだった事でしょう。……ようございましたわね、陛下
王妃であるキャロラインはそう言って朗らかに笑った。
ーー父上が退位され、俺は昨年国王に即位した。
戴冠式には久々に弟パウロが王都にやって来て祝ってくれたのだが、どうやらその時にはもう2人は付き合っていたらしい。
「ああ。本人の口からその報告が聞けなかったのは残念だが、結婚式は王都で挙げるらしいからその時に捕まえて洗いざらい吐かせてやろう」
俺がそう言って悪戯っぽく笑うと、キャロラインはクスリと笑う。
「おとーさまー! 何を吐くの? 気持ち、悪いの?」
「吐く? とーさま、大変!」
俺とキャロラインの可愛い天使がやって来た。
退位された父上は今はこの可愛い孫達を溺愛し、生き甲斐にしている。
実家に帰った母上も、一度孫の顔を見に来てその絵姿を肌身離さず持っているそうだ。
「洗いざらい吐かすとは、どんな細かい事でも全部話してもらうという事だ。気分は悪くないから大丈夫だよ」
「ふふ……」
まだ幼い可愛い子供達が大きな瞳で私たちを見つめ、愛する妻キャロラインと私はその天使達を抱き締め微笑み合う。
そこに侍従から声がかかる。
「国王陛下。……そろそろお出ましください」
今日は俺が即位してから初めての誕生日。王宮のベランダに出て国民からの祝いを受ける。
「おかーさま。僕たちも一緒に出るの?」
「そうよ。皆様がお父様のお誕生日を祝ってくださるの。感謝の気持ちで手を振ってね」
「「はぁーい!」」
俺が先にベランダに出ると、戴冠式の時と変わらないくらいの大勢の人々が祝いに駆けつけてくれていた。……我が国は平和で、農業対策も功を奏して豊作だ。観衆は大歓声で俺を迎え入れてくれた。
「国王陛下ーっ!」
「お誕生日おめでとうございます!」
「我らが国王様!」
そして俺は振り返り、愛するキャロラインと子供達を見て手を差し出し彼らもベランダに出てくると、さらに人々は喜び歓声をあげた。
……この溢れるような幸せを。一番大切な、愛する人達をこれからも俺は守っていく。
俺はねーちゃんの愛読書の、ザマァされる王子に転生したはずだった。しかしそれを覆し今は完全に違う愛ある人生を送っている。
……あの本の強制力に抗い、キャロラインとの愛に目覚めた日々。
『ねーちゃん』……。ありがとう。
《完》




