22 キャロラインの思い
「……そうですわね。貴女がこの国の王妃となる未来は変わらない。けれど、慕う方から裏切られた傷は生涯消える事はない。その辛さから、『本』で貴女は人の心を思い遣る事の出来る素晴らしい王妃となっていったのでしょうけれどね」
聖女オリビアはあの『本』の内容の、キャロラインが傷付きながらも強く成長していく人生を思い言った。
「……私は、ステファン殿下を愛しているのです。その彼が他の方を選び、私に罪をなすりつける……。私の心の傷は永遠に癒される事はなかったでしょう。その時を考えるだけで……今までずっと胸が張り裂けそうな位に辛かったのです」
キャロラインはそう言って涙を流した。
「……けれど、この一年ステファン様は私の心に寄り添ってくださいました。そして、あの本の流れを断ち切ってくれた。……彼が今の彼であり続ける限り、私は彼を愛し支え続けます」
……裏を返せば、ステファン王子が何か問題を起こせば彼を断ち切る覚悟もある、という事ね。
聖女オリビアはキャロラインの心を正しく読み取り頷いた。
「ステファン殿下は愛する貴女を愛し守り続けると、そう信じたいですけれど。……世の男なんてふわふわした浮ついたものですからなんとも言えませんわね」
聖女オリビアはそう言って呆れたようにため息を吐く。
「公爵閣下はオリビア聖女様を一筋に愛されているではないですか。閣下もお若い頃から相当おモテになったと聞いた事がございます。それでもオリビア聖女様だけを愛されていますわ。……コレは人によるのだと思います」
この国の少なくない貴族には愛人などがいるが、王弟ベンジャミンは聖女オリビア1人を溺愛していると有名だ。
「……あのお方は特殊よね。でもご存知? あの方、学園に入られた頃はそれこそ随分ふわふわしておいででしたのよ。言わせていただければ当時の彼は私の一番嫌いなタイプでしたわね」
オリビアが学園に入学した時、彼の兄である王太子は女性問題で随分と騒がれていた。そんな時学園で見かけた美しき第二王子ベンジャミン。あちらこちらの女性に良い顔をした軽そうな男性。……ああやはり、兄弟の血は争えないのねとある意味感心して見ていた。
それがその時オリビアと彼の目が合ったかと思ったら、すぐさま彼は近付いて来て驚く程グイグイ愛を囁かれた。鬱陶しいので『自分は聖女であり自分と付き合えば教会の思惑通りになる』と忠告したというのに、更にグイグイ迫られる事になった。
オリビアがベンジャミンの王子という立場に靡かないからなのか、後から知ったが王太子のスペアとなる事を避ける為だったのか、よく分からないがベンジャミンのオリビアに対する態度は出会ってから一貫していた。
『オリビアを愛している。貴女以外を愛する事は決してない』、と。
絆された訳でもないが、いつの間にかそんな彼に惹かれて愛するようになっていた。
「……とまあ、そんな訳でいつの間にか彼は私の心を掴んでしまっていたのよね。けれど、そうね……。もしも彼が今ふわふわした事をするような男性だったなら。私も彼から容赦なく離れるわね。……彼を本当に愛しているからこそ、許せないのかもしれない」
オリビアの言葉にキャロラインも頷いた。
キャロラインは前世を思い出しあの『本』の登場人物に囲まれている事に気付いてからは、ずっとステファン王子からの裏切りに怯えて来た。
『本』の流れから外れ、あのパーティーでステファン王子から裏切られる運命から逃れる事が出来た。……とはいえ、人生は長い。キャロラインはこれからもステファン王子の裏切りに怯えていくのだろう。
キャロラインの憂いた顔を見ながらオリビアは彼女のやり切れない気持ちを理解し思いやった。そして前世での弟であるステファンがこれから馬鹿な事をしでかさないように念を押しておかなければね、と決意したのだった。
◇
「キャロライン?」
愛するステファン王子に心配そうに顔を覗き込まれ、キャロラインは恥ずかしげに微笑んだ。
「……申し訳ございません。少し、考え事を」
「……心配事かい? 何かあれば1人で溜め込まず私にも話をして欲しい」
ステファンはそう言ってキャロラインの手を両手で強く優しく握った。キャロラインは頬を染めながら答えた。
「……ステファン様の事を、考えておりました。ずっと……愛しております。貴方様だけを」
……ステファンが自分を裏切るような事がこの先あるならば、彼から離れる覚悟もしているのだけれど。……キャロラインは彼を深く愛し過ぎているから、今は離れる事など出来そうにない。そして、もし裏切られたのなら心が耐えられるか分からない。
しかしステファンはキャロラインを見つめ彼女の手に口付けを落とし、言った。
「……私も、キャロラインだけを。もしも貴女が他の者に気を取られでもしたら私はその者を牢に入れ拷問し、そして貴女も私しか入れない部屋に閉じ込め独裁者のようになってしまうかもしれないよ?」
ステファン王子はそう言って悪戯っぽい笑顔を見せた。
「……まあ。ステファン様が独裁者に? それはいけませんわ。では、私は貴方以外見てはいけなくなくなってしまいますわね」
そんなステファンの言葉に最初驚いたキャロラインだったが彼の悪戯な笑顔に、また冗談ね、と思いこちらも軽く返す。
「……ああ。そうだよ。だからよそ見しないでずっと私を見ていて」
ステファンは笑顔ながらも真剣な瞳でキャロラインを見つめて言った。
キャロラインはトクリと胸が鳴る。そして、頬を染めながら答えた。
「…………はい」
ステファンとキャロラインは微笑み合った。
◇
……キャロラインから、俺に『愛している』と告げてくれた! ……どうしよう、すげぇ嬉しい……!
ステファンはキャロラインに和かに微笑みながら内心狂喜乱舞していた。
キャロラインと俺はこの世界で政略の婚約者として出逢い、共に過ごして来た。
俺が前世『ソウタ』の事を思い出すまでは、彼女の事は好ましいがあくまでも政略結婚の相手だった。
キャロラインへのこの想いのきっかけが前世のソウタのねーちゃんの本で、俺が断罪されない為だったという事は否定しない。……けれど、その運命に抗いキャロラインと過ごす内に、彼女に対する俺のこの想いは本物となった。
まだ不安は残るが、あのねーちゃんの本のザマァされるパーティの話からはなんとか逃れる事が出来た。
……あとは、キャロラインに対する俺のこの愛をじっくりと丁寧に、2人で大切に温めていこうと俺は思った。
◇
学園を卒業した半年後、王太子ステファン ヴァンガードと公爵令嬢キャロライン ルーズベルトは国を挙げての盛大な結婚式を挙げた。
国内外から大勢の貴人たちが招かれ、結婚式は華やかに豪勢に執り行われた。
叔父も聖女オリビアも式に参列し大いに祝ってくれた。
……ただ、パウロは辺境の地に残り王都に来る事はなかった。深く愛していた女性の結婚式に出席出来るほど、まだ傷は癒えてはいないのだろう。
しかし複雑そうながらも俺たちを祝ってくれていたそうだ。
キャロラインと俺は永遠の愛を誓い、人々に祝われこの大き過ぎる幸せを噛み締めた。
俺は結婚式の後、王宮のベランダから王国民にこの幸せな結婚の報告をし観衆から盛大な歓声と祝いを受けた。
……俺はこの時、やっとあのねーちゃんの本『ときめく恋を王子と☆学園の秘密……からの、ざまぁ!!』から逃れられたのだと実感した。
そして隣で一緒に人々に手を振るキャロラインが余りにも美しくて可愛くて愛おしくて……。思わず彼女を抱きしめキスをすると、大観衆から大いに喜ばれ祝われたのだった。




