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第二十二話  小さな愛妾!? 好感度管理は任せておけ!

 ライタンの部屋を出たヒーサ達は、再びアスプリクの部屋に戻って来た。

 そして、本日二度目の部屋前の待ちぼうけであった。さすがに公爵を廊下で待ちぼうけにするなど、結構な問題行動なのだが、さすがに王女にして大神官たる少女の部屋にホイホイ入るわけにもいかず、着替えと片付け終わるまでは、扉の前で待機となった。


「なあ、女神よ、お前から見て、あの少女はどう思う?」


 ヒーサは廊下の壁にもたれかかりながら、扉から視線を動かすことなく隣にいるトウに尋ねた。


「実力は魔王の器としては十分。しかも、心の内に相当な闇を抱え、歪み切っている。正直、もう一人の魔王候補マークより、こっちの方が本命だと思っているわ。二人の決定的な差は“心の拠り所”だと思う」


 トウの回答にヒーサは納得して頷いた。

 マークには義姉のナルがいるし、使えるべき主人としてティースもいる。捨て子で、暗殺者として育てられるという過去を持ち、それなりに厳しい環境に身を置いてはいるが、頼り頼られる二人がいる以上、思い切り歪むことはないであろう。

 一方のアスプリクは生まれた時からとんでもない業を背負わされた。出産時に母親を焼き殺し、そのため恐れた父親からは実子として認知されず、兄は手を焼く妹を煙たがった。宮仕えも腫物に触れるかのようなよそよそしい態度であった。

 しかも、術の才能がずば抜けていたため教団の施設に入れられ、あげく先程知ったばかりだが、あの白無垢の体をすでに汚されているのだ。

 これで歪むなという方が無理なのである。


「まあ、歪み具合で言えば、アスプリクの方が歪んでいるし、それが転化して魔王になると言うのも納得だ。だが、私に言わせれば、もし魔王として覚醒したら、マークの方が厄介だけどな」


「え、そうなんだ?」


「私の基本的な戦闘様式は“相手を嵌める”ことに特化している。ゆえに、同業者アサシンのマークには通用しない」


「なるほど。搦手からめてが無くって、正攻法でしか対処できない相手ね。あ、そっか、だから織田信長に負けたのね」


「やかましいわ! あんにゃろうめ、こっちが八千の兵を集めたら、五万の兵を繰り出してくるんだぞ。数の暴力による丁寧なゴリ押しほど、面倒な相手はおらんのだ」


 忌々しい記憶を呼び起こされ、ヒーサは少しばかり不機嫌になったが、部屋の扉が開いたのでもたれていた姿勢を正した。

 側仕えの巫女に促されるままに部屋に入ると、そこは中々に見晴らしの良い部屋であった。

 丘の上に立つ神殿内の一室とあって、眼下には旧市街と新市街を隔てる河が広がり、その両岸に広がる街並みが一望できた。行き交う人々や馬車列は豆粒のように小さく、川に浮かぶ船もまた同様であった。

 そして、この部屋の主である白無垢の少女は、鬱陶しい法衣から普段着用のシュミーズドレスに着替えていた。黄色の生地に様々な刺繍が施され、袖は肩で少し膨らんでから腕部へとスッと伸びていた。腰に巻き付けてある帯は薄めの赤色であり、スカートの裾は床スレスレまで伸びる長い物であった。

 控えめ過ぎる胸元には緑玉エメラルドをあしらった首飾りが巻かれており、寂しくならないように配慮されていた。


「こうして見ると、やはりお姫様なんだなと感じるな」


 開口一番に、ヒーサの率直な感想が飛び出した。

 先程の法衣が似合わない発言といい、王族にして大神官たるアスプリクに対する無礼と感じた側仕えはヒーサに鋭い視線を送ったが、主人は特に気にしてない様子であるので何も言えなかった。


「下がれ。大事なお客人と話があるんだ」


 冷ややかなアスプリクの声が飛び出し、側仕えは頭を下げてから部屋を出ていった。先程、自分やライタンと話していた少女と同一人物とは思えないほどの冷淡さだ。


「冷たいと思うだろ? でもね、情報を掠め取ろうとする間諜には、あれくらいで十分なんだよ」


「……ああ、派閥間の足に引っ張り合いか」


「そう。今の側仕えはこの神殿における身の回りの世話係だけど、水の神殿の息がかかっている巫女なんだ。火と水はめちゃくちゃ仲が悪いからね。特に外に出る機会が割と多い僕に、事あるごとに監視や間諜を付けて、見張ったり情報を抜いたりするんだよ」


「だな、今も扉越しに聞き耳を立てている」


 ヒーサもアスプリクも声が聞こえやすいように、わざとらしく大きな声で喋った。途端に扉の向こう側の気配が消えた。

 互いに、見張っているぞ、そんなの知ってるわ、の応酬である。内部対立の足の引っ張り合いなど、頭痛の種にしかならないバカバカしいことなので、ヒーサは鼻で笑った。


「まあ、そんなわけで、この部屋は危ないんだ。ライタンは自分の管理する神殿だから防諜を施すのも容易いけど、ここは仮の宿だからね」


 アスプリクが手招きしながら部屋の奥へと向かった。

 今いるのが応接間兼執務室であり、その奥にさらに部屋が二つあった。一つは寝室のようであり、もう一つは椅子と机と燭台が置かれただけの殺風景な部屋であった。窓すらない。

 アスプリクとともにその殺風景な部屋に入ると、何か違和感を感じてヒーサの視線が宙を舞った。


「これは……」


「音声遮断の方陣が組まれてますね」


 部屋の特性を瞬時に見抜き、トウが言い放ったのだ。


「いやはや、さすがさすが! ヒーサが相方として連れて歩いているだけはあるよ。そう、この部屋は防音対策がなされているんだ。簡易な奴だけど、魔方陣を組んでね。そこの扉を閉めて魔力を込めると、部屋の外へ音が漏れ出なくなる。たとえ扉に耳を張り付けようが、絶対に聞こえない」


 アスプリクが燭台のロウソクに火を着け、トウが扉を閉めると、二、三の呪文を唱えた途端、何かが部屋中を駆け巡った。


「よし、これで術式が発動した。心置きなく喋れるね」


 アスプリクは椅子に腰かけ、ヒーサもそれに続いて腰かけた。なんの変哲もない机を挟み、両者は視線を交わした。


「さて、いくつか話したり聞いたりしておきたいことがあるのだけど、構わないよね?」


「ああ、構わんぞ。“トモダチ”からの質問なら、できる限り正確に答えよう」


 ヒーサとしても、アスプリクの有用性は極めて高い。王家、教団に関する情報源としても、術士の実力的にも、関心を得ておかねばならない存在なのだ。

 ならば、できる限り“誠実”な対応を求められる。


「ただし、そんなに長引かせんでくれよ。あまり待たせると、嫁が拗ねる」


「……そっか、奥さん、先に帰っちゃったんだよね」


 アスプリクは少し残念そうに呟き、寂しそうに無理やり微笑んだ。今までヒーサ以外に好意を抱いたことのない人生だったが、よりにもよって初めて好意を持った相手は既婚者であったのだ。

 しかも、ヒーサとティースの挙式が取り決められた日と、ヒーサとアスクリプの初会合はたった数日の差。もし先に出会えていればと思わなくもなかった。

 横恋慕している自覚はあるものの、人を好きになった事のないアスプリクは、それを上手く感情として面に出すことができなかったし、口から巧みな表現で出すこともできなかった。

 そうした葛藤を読み取ったのか、ヒーサは席から立ち上がり、アスクリプの頭を撫でた。

 頭を撫でたのも、心からの笑顔を向けてくれたのも、恐れもせずに話しかけてきたのも、すべてヒーサが初なのであった。

 その優しさがアスプリクにはジ~ンと染み入り、同時に苦痛となって体中を走り抜けた。自分がどれほど優れた術士であろうとも、目の前の男を決して独占することができないからだ。


(これじゃ、子供をあやしつけているようにしか見えないわね。愛妾として囲うつもりもなさそうだし、この微妙な距離感を維持する気か)


 トウは無言のうちに飛び交う二人の思惑を読み取り、まずは安堵した。

 魔王を手懐けるという前代未聞の策をヒーサは考えているようだが、アスプリクが魔王だと言う確証がまだない以上、慎重に動かねばならないのだ。


「……そうだね、まずはライタンについて。彼と会ってみてどうだった?」


 気持ちを切り替えて、アスプリクはヒーサに質問を投げかけた。ヒーサも落ち着いたアスプリクを見て、撫でるのを止めて席に座り直した。


「実直過ぎるのが少々面倒だが、有能で信頼できると思うぞ。利害が一致している限りは、気を遣ってでも仲良くしておかねばなるまい」


「利害の一致、ねぇ。もし喧嘩別れするとしたら、どの辺りだと思う?」


「改革を成した教団の最終的な姿が、三人とも描いた絵図に相違がある。その辺りかな? 無論、あちらがこちらの描いた絵図に歩み寄ってくれるのが最良ではあるが」


 包囲網を築くこと、それに伴う教団の最終的な改革、先程話し合われた内容は、おおよその合意を見ていた。ゆえに握手を交わし、“同盟”を結んだのだ。

 だが、最終段階は違う未来を見ている。そうヒーサは感じたのだ。

 アスプリクもそれは感じており、頷いて賛意を示した。


「私が思うに、ライタンは最終的に自分が法王になろうと考えているのでは思う。権力を欲しての事でなく、自分以外にこの腐敗著しい教団の風紀引き締めが出来ない、という責任感の上での野心だ。まあ、実際のところ、奴の実力ならば不足ないと思う。そう、明確かつ強力な後ろ盾があればな」


 そして、ヒーサは指で自分とアスプリクを刺した。国一番の資産家である公爵家当主と、国一番の術士にして王族、後援者パトロンとしては申し分ない存在なのだ。


「なるほど。確かに僕ら二人が彼を全面的に後援するのであれば、法王の座も夢物語ではないということか。苦難多き道にはなるだろうが、決して不可能ではない、と」


「だが、問題なのは、私もアスプリクも、その気がないということだ」


「そうだね。彼には残念なことだけど、僕の思い描いた未来図とは違う」


 結局、ライタンの能力と真面目さをとことんまで利用し尽くす、という点でヒーサもアスプリクも一致を見ていたのだ。


「それで、ヒーサ、君はどうなんだい?」


「今朝までは最終的に、君を法王に就けようかと考えていた」


「今朝まで?」


「ああ。で、ライタンに会って、彼を据えるのも悪くないと道筋を増やした。だが、あの部屋を出る際の君の一言で気が変わった。教団は潰すべきだ、と。最低限、他に類を及ぼさない程度には無力化するべきだな。まあ、術士の独占体制を崩せば、遠からずそうなるだろう」


 ヒーサの顔から笑みがいつの間にか消えていた。そうかと言って、怒りも感じない。ただ、淡々と潰すと宣言したのだ。


「理由を聞いても?」


「君の言葉で気が変わった。私の大切な“トモダチ”にひどい仕打ちをしたのだ。聖なる山でふんぞり返っている愚者どもは、多少罰を与えて放逐しようかと考えていたが、そんな慈悲は不要だと考え直した。明らかに一線を越えている。ゆえに、潰す、ということを選択した」


 つまり、アスプリクにした仕打ちを、きっちりやり返すと宣言したのである。こうまではっきりと自分の味方になってくれる者など初めてであり、それがアスプリクには驚きであり、喜びであった。

 だが、感情を必死に抑え、ヒーサの次の言葉を待った。


「あいつらは君を弄んだ。ならば、仕返しをされても文句はないはずだ。文句を言うのであれば、言えない体にしてやればいい」


「具体的には?」


「そうだな・・・。ああ、君は火の術式が得意だったな。ならば、火にちなんだ刑罰で行こう。そう、これは《炮烙ほうらくの刑》と言ってな。猛火の上に赤く焼けた銅柱を橋とし、それを渡り切れば無罪という刑罰だ。古の王が用いたものだが、まあ、渡り切る前に足が焼けただれ、倒れて熱された銅の柱にしがみ付くのがオチだがな」


「うわぁ……」


 あまりに苛烈な刑罰に、アスプリクも軽く引いてしまった。

 古代の唐土もろこしの帝辛が用いたとされる刑罰で、その妃である妲己だっきが考案したとされる。二人は焼け焦げる者を見ながら笑い転げたと伝わっていた。


(その刑罰、めっちゃ縁起悪いけどな~)


 トウも当然ながら引いていた。

 最終的に諸侯の反乱に合い、帝辛は自害して果てることになる。なにしろ、赤い銅の柱が焼いたのは、国を思い、王に忠言を奏上した者達ばかりであり、国そのものを焼き尽くしてしまったからだ。

 そんな刑罰を提案するなど、狂っているとしか思えなかった。


「まあ、実際にやるかどうかは、その時の気分次第だがな」


「あ、はい、そうですね」


 アスプリクは明らかにヒーサに対して怯えていた。数多の怪物を退治してきた彼女も、ヒーサの放つ得体の知れない不気味さに、どう対応していいか分からなかったのだ。

 さすがに見かねたトウが歩み寄り、ヒーサを掴んで部屋の隅へと誘導した。そして、アスクリプに聞こえないように耳打ちした。


「ちょっと、正気なの!? あんなん提案したらさ、そりゃドン引きするって!」


「だろうな。だが、これで私に対するアスプリクからの好感度は下がったことだろう」


「……は?」


 トウは耳を疑った。

 あろうことか、この音が外に漏れない特殊な空間で目の前の梟雄がやっていたのは、ギャルゲーの主人公よろしく、ヒロインからの好感度管理であったのだ。

 あまりのバカバカしい状況に、トウはめまいを覚えた。


「あのさぁ、こういう場面って、簒奪、暗殺、謀略の計画を詰めるとかじゃないの!?」


「うわ、そんなこと考えていたのか。この女神、怖い!」


「うっさい! 一日五分でいいから、真人間になって真面目にやろうって気はないの!?」


「私は常に大真面目だよ。大真面目に暗殺し、大真面目に爆破して、大真面目に女を口説く。時に突き放す。そう、常に大真面目なのだよ」


 実際、ヒーサの顔は笑うことなく、大真面目な顔をしていた。やることなすことメチャクチャでありながら、全部大真面目にやっているのだと言い切ったのだ。


「このまま好感度が上がり過ぎてしまったら、アスプリクの奴め、絶対暴走するぞ。考えられるパターンとして、ティースを殺して、後妻に収まるとかな」


「やりかねないから困る」


「だろ? だから、上がり過ぎた好感度は、程よく下げねばならん。もちろん、不信感を持たれない程度に、絶妙なバランスを考慮しながらな」


「やっぱギャルゲーじゃないの! また路線変更!?」


「“ぎゃるげえ”とはなんぞや?」

 

「もういい! はよ話を終わらせて帰るわよ!」


 やはりこの男とまともに付き合うことはできないと、トウはつくづく思うのであった。

 さっさと終わらせて、さっさと屋敷に入って眠りたいと考えたが、どうせ今夜は嫁の相手を久々にとか言い出しかねないことに思い至り、ますます精神を擦り減らす女神であった。

 


           ~ 第二十三話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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