29.聖剣折れたんだけど
久しぶりに我が家に帰りゆっくりと休んだ俺は、早朝に起きて、久しぶりの日課に精を出していた。
「うにゃっ!?」
しかし、そこで問題が発生していた。
木製の的に木剣で打ち込んだ俺の手から、するりと木剣が抜けて、はるか遠くに飛んで行ってしまった。
「ちっくしょ! にゃんだってんだよ、この手は!」
しかも、これが初めてではない。
朝練を始めてから打ち込みをする度、何度か木剣がすっぽ抜ける事態が発生していた。
それもその筈だ。魔王に魔獣に変えられた俺の手は、猫の様な獣の手だ。人間の頃と比べて指は短いし、肉球は邪魔だし、爪が滑って持ち手が安定しない。そこにきて、急激にレベルが上がり、筋力が恐ろしく上がった所為でこれまでと明らかに感覚がズレているのだ。
バトル漫画とかでは主人公が急にパワーアップとかして、大逆転、なんて事がよくあるが、実際にこうして自分の身にそれが起きるとこれはこれで困った話だ。
人間の感覚ってのは思っている以上に繊細だし、そんな繊細な扱いが出来ないこの不器用な手は思っていたより深刻な問題だった様だ。
魔王の奴はよくあんな手で器用にジャーキーなんて齧れたもんだ。あいつの場合、俺と違って親指の無い本物の猫の手みたいな4本指だった筈だが。
って、あいつもう400歳超えてるんだっけ? 400年もあれば流石に自分の身体ぐらい慣れるか。
しかし俺の場合、そんな悠長な事も言ってられない。
あいつは言ってやがった。
『ゆーしゃ。ほんじゃ、今度会ったら今日の続きをしよ~ね~』
今度ってのはいつだ?
人族の国の街道に易々と侵入してた様な奴だ。そもそも相手は猫だ。いつどんな時、今この場にだって突然現れてもおかしくねぇ。
そんな焦りが俺の中にはあった。
「うぎぎぎぎぎぎ……。仕方ねぇにゃ。これだけは使いたくにゃかったが……。おい、神!」
俺は不本意ながら『神託』を発動して、神に連絡を試みた。
『ピ――――。ただ今の時間は業務時間外となっております。昼過ぎにまたご連絡ください』
そんなふざけた返答があるかよ!
『え~。も~。なにさぁ~? 3時までFPSやってたから眠いんだけど?』
え? お前今FPSやってんの? あのゲームはもう引退したのか?
『いや、キミさ。キミがこっちの世界に来てもう15年も経ってるんだよ? どんだけ寿命の長いゲームでも、15年も経てばサービスなんてとっくに終了してるよ』
おお、それもそうか!
ん? って事は、向こうじゃもう2030年ぐらいになってるのか!?
じゃあラノベとかである様なVR-MMOとかも!?
『いや、残念ながらフルダイブ型のVR技術が実用化されるのはまだまだ先だね。あ、でも、ゲーセンとかならそれっぽい事は出来るよ』
マジで!? 超やりてぇ!
『いやいや、キミさ。そっちの世界ならVR技術なんかなくてもリアルモンスターハントが出来るじゃないか』
命懸けのサバイバルハントはゲームとは違ぇよ!
ってそうじゃねぇよ! そうだよ!
『どっちなのさ?』
この手だよ!
『どっちでもない所の話が飛んできたね』
あの猫魔王にこんな体にされたせいでまともに剣も振れねぇんだけど、どうしてくれんだよ!?
『いやいや、クレームを入れる先が違うよね。それについてはリリーちゃんに言ってよね。じゃ――』
だぁぁぁ! ちょ、ちょっとまって!
『え? 何さ?』
お前、勇者サポートセンターだろ!?
何とかしてくれよ!
『え、違うけど? まぁいいや。キミがあんまり簡単にリリーちゃんに倒されちゃっても僕の仕事が増えるだけだし、少しだけ助言をしてあげようか』
おお! 神様! 仏様! 女神さま!
『聖剣を出してもらえるかな?』
ん? おお。
神に言われるまま、俺は未だに折れたままアイテム収納に仕舞われた聖剣を取り出した。
「ぅにゃっと!」
突然現れた巨大な剣の柄と刃の半分が掌に現れ、俺はそれを慌ててそれを掴み取ったが、折れた残り半分はそのまま地面に落ちて突き刺さった。
『あちゃ~。こりゃまた見事にポッキリだね~』
おう、防御魔法の上からポッキリとやられた上に、俺の腕まで持ってかれたぜ。
『うひぃ~。相変わらず容赦ないねぇ~、リリーちゃんは。じゃあ修理が先かな。折れた聖剣の断面を合わせるように両手で持ってもらえるかな?』
ん? こうか?
俺は切っ先を拾い上げると、言われた通りにした。
すると次の瞬間、断面から白い光が漏れ出して、気がつけば聖剣は元の姿を取り戻していた。
「おお!? 治った!」
『聖剣はキミの戦う意思が実体になった物だからね。キミが諦めない限りは完全に折れてしまう事は無い筈さ』
「ほへぇ~。そいつはなかなか便利な機能だニャ」
『でも、裏を返せば、キミの戦う意思が完全に折れてしまえば、聖剣も折れて、二度と元には戻らなかったりするから気を付けてね』
なるほどな……。
「まぁ、とりあえずは助かったニャ。でもにゃあ、神。どの道、今の俺の手じゃあ剣が上手く握れねえニャ」
『だったら今のキミが扱いやすい形に変えたらいいんじゃない?』
「ニャ!? そんにゃこと出来んのニャ?」
『聖剣を渡した時に教えてあげたじゃないのさ? その剣はキミの心に合わせて形を変える。何か使いやすい形をイメージしてみたらどうかな?』
ふむ……。使いやすい形ねぇ……。
まず、このデカすぎる刀身は確かに格好いいけど、実際に使ってみると結構邪魔だよな。
広い場所で戦う分にはいいけど、ダンジョンとか洞窟だとそもそも振り回す事も出来ねぇ訳だし。
『だったらホラ、あれでいいんじゃない? 「射殺せ、○槍」みたいな』
「没ニャ、ボツ! あいつは敵キャラニャ!」
『ん~。じゃあ、幻想虎徹は?』
うわっ。また古いネタが出て来たな……。
「覚えてる奴どんだけ居るんニャ。却下ニャ!」
『今じゃラッキードスケベのお師匠様みたいになっちゃってるしね』
矢吹の事は放っておいてやれよ。俺は好きだぞ。
そしてお前はいったんジャンプから離れろ!
『じゃあ、スクエニとか? そうだなぁ~。今のキミの聖剣はまんまバスターソードなんだし、次はガンブレード辺りにしてみる?』
「ちちち、ちげぇニャ!」
俺の聖剣はパクリじゃねぇし!
確かに似てるかも知んねぇけど、ちょっと装飾とかがちげぇし!
『ああ、キミ自身も気づいてはいたんだね。まぁ、気持ちは分かるよ。男のコなら誰でも一度は憧れちゃうらしいしね』
「ううう、うっせぇにゃ! 人の聖剣を弄るんじゃねぇニャ! あと、Ⅷはプレイしてねぇから却下ニャ」
『はぁ、ならいっそ剣の形にこだわる必要も無いんじゃないかな?』
ん? その言い方だとまるで剣以外の武器にも出来るみてぇに聞こえるんだが?
『だからそう言ってるのさ。過去の勇者にもアーチェリーの経験者で聖剣が弓になった子や、珍しい所だとウェアラブル型のキーボードみたいになった子も居たなぁ』
「ニャ!? キーボード!? にゃにそれ、どう使うニャ?」
『魔法をマクロで関連付けして、魔道具として使ってたね。前世ではeスポーツプレイヤーだったから』
そんなイロモノ勇者まで居たのかよ……。
ホントなんでもありだな。
『まぁ、どれにしたって今のキミの手じゃ使いにくい事には変わらないか』
「おい、結局話が一周しただけににゃってるニャ!」
『っていうかキミさ、前世じゃ空手をかじってたんだし、素手で戦ったらだめなの?』
「いや、流石にそれはキツいニャ」
実戦なんてこの世界に来て初めてだったが、ぶっちゃけリアルな戦闘になるとリーチの差がどうしても埋められない壁になる。
拳より剣、剣より槍、槍より弓矢、弓矢より魔法と、射程が伸びる程有利になる事は否定したくても否定しきれない。
もっとも、あの猫魔王みたいに実力差があからさまにデカいと何とでもなるんだろうが。
『あ~。なるほどねぇ。キミは魔法を使わない脳筋スタイルだったっけ』
「脳筋じゃねぇニャ! ちょ、ちょっと苦手なだけニャ」
『まぁ、キミのINTが低いのが影響しちゃってるのかもね。でも、手軽に魔法を使える方法もあるよ?』
「にゃ? どんにゃ?」
『そうだなぁ、試しにキミのにゃんこクローの爪に魔力を集中させてみて』
「ん~? えっと……こんにゃ感じにゃ?」
俺は言われた通りに爪に魔力を流し込む。
これ自体は大して難しい事じゃない。俺みたいな前衛主体のタイプは戦闘中は常に魔法で身体強化してるし、魔法剣みたいに手に持った物に魔力を流す事もある。
今や自分の身体の一部になっているこの長い鉤爪に魔力を流すのに苦労はない。
『じゃあ次はそのまま爪で相手を引っかく様に腕を振りながら、魔力を爪の先端から細く飛ばすようなイメージを』
「にゃにゃ!? い、いきにゃり難易度が上がったニャ!」
『ん~。あっ! そうそう、アレだよ、『月牙○衝』』
「おお! それなら分かり易いニャ」
『因みに最終奥義はキミ自身が月牙に……』
「あ、その設定は別にいいニャ」
最終奥義の筈なのに終われない奥義に断りを入れつつ、俺はあの漫画の必殺技をイメージしながら爪をふるってみた。
「んニャっ!」
すると俺の腕の軌跡をなぞる様に光の刃が風を切りながら飛んでいき、練習用の木偶人形に大きな傷跡を付けた。
「おお! すげぇニャ!」
『獣人や獣魔の子が使う技だね。身体強化の延長みたいなものだから、魔法と違って詠唱とかもいらないし、脳筋のキミでも使えるでしょ』
「の、脳筋じゃねぇニャ!」
『じゃあ次は、聖剣を爪の中に吸い込ませるようなイメージをしてみて』
「うにゃ。……って、え? いや、何それイメージできねぇニャ」
『――チッ。仕方ないなぁ。少しだけ手伝ってあげるから両手で聖剣を持ってて』
舌打ちされた!?
え? 俺そんなどん臭かった!?
『別にキミが不器用なのは今に始まった事じゃないし、いいよ。でも、多少聖剣のデザインにボクのイメージが入っても文句は言わないでね』
「ま、まぁそれぐらいにゃら……。にゃんかごめんニャ」
『別にいいニャ。……じゃなかった、別にいいよ』
語尾が伝染った!?
俺の脳裏に顔は取り繕っているが、耳が真っ赤になっている白髪幼女の姿が見えたが、ここは黙っておこう。
『……っコホン。じゃ、いくよ。プルルンプルンファ~ミファミファ~!』
「にゃんか懐かしい呪文!?」
しかし呪文の響きとは裏腹に、しっかりと効果は発揮されたらしく、聖剣全体が白い光に包まれると、その形が煙の様に俺の腕へと吸い込まれていく。
「のぉぉ!? にゃんじゃこれ!?」
そして光が収まると、そこには赤く燃える様に輝く俺の獣の爪があった。
「おお?」
『ん。成功したみたいだね。ちょっとその状態でさっきと同じ様に斬撃を飛ばしてみてくれるかな?』
「お、おお」
俺は言われるまま、木偶人形に向けて爪の先から魔力を飛ばしてみた。
「にゃ……ニャニャっ!?」
爪の先から飛んでいった赤い斬撃は、先ほどは木偶人形の鎧に傷をつけただけに終わったが、今度は鎧ごと木偶人形を易々と切断し、そのまま背後に積まれた土嚢まで切り裂き、大量の砂がさらさらと流れ落ちた。
「うお!?」
『ケケケ。なかなかうまいじゃないのさ。まぁ、威力の調整とかはおいおいやっていくといいさ』
「え、えぇ!? ちょ、おま、これ一体どうにゃってるニャ?」
『キミの爪に聖剣を宿したのさ。姿形は爪のままでも、しっかり聖剣が宿っているから、切れ味や威力は前と同じだよ』
「おおお! すげぇニャ!」
『あとは、剣を鞘に納める様にイメージすれば、普段はキミのお爪が服とかに引っかかってビリビリにしちゃうのとかを防げると思うよ』
「ぐ、見てたのかよ……」
今朝、寝ぼけ気味だった俺は脱ごうとしたパジャマを見事に切り裂いてしまったのだ。
『リリーちゃんと違って君のお爪は常に抜刀状態だからね。それぐらいの親切設計はオマケしてあげるさ。じゃ、そう言う訳でボクは二度寝するから、じゃあね~』
眠そうな欠伸交じりの声を残して神との通信が切れた俺は、さっそく言われた通りにやってみる事にした。
「えっと……」
確か剣を鞘に納めるイメージだったっけ?
「うにゃ……おお!」
心の中でそんなイメージを浮かべると、赤く燃えていた爪の光が収まり――
「ニャニャっ!?」
代わりに俺の獣の手をモコモコとした毛糸のミトンが包み込んでいた。
手の甲の部分にあの猫魔王をデフォルメしたとしか思えない猫のイラストまで編み込まれている。
俺があの猫魔王のペットだとでも言いたいのだろうか?
実に“神”らしい悪意に満ちたおまけである。
「にゅぐぐ……。はぁ」
でも、まぁ今回はあいつに助けられたし、猫魔王は外見を知らない人が見れば単なる猫の柄だし、ここは鞘に納めるか。
『鞘じゃなくてミトンだけどね。ケケケ、似合ってるよ』
「んにゃぁぁぁぁぁぁ! やっぱ許さぁんっ!!」
ストックがね、尽きたの。続きがね、ないの。
仕方がないのでこのお話を書くまでに書いていたタイラーのお話のプロトタイプを上げていきたいと思うので、しょうしょうおまちくだしあ。
それまでは『終末異世界』( https://ncode.syosetu.com/n5822hm/ )の方でも読んでみてください。いずれこのお話とクロスオーバーして繋がります。




