目覚める眷属 ~デスティウルス視点~
最果ての地、『サウスポイント』―――。
陽の光が水平線より高く昇ることがないその場所は、万年凍土に覆われる凍てつく大地がどこまでも広がっていた。
その厳しい寒さによって、存在する生物は全く無く、前人未到の地である『サウスポイント』は、『魔導学』と『女神神話』によってのみその存在が語られていた。
そして、そんな場所に一柱の『邪神』が辿り着いた。
「やハり、我の予想は正シかったか・・」
一人呟く『邪神』は、かつて神々によって滅ぼされた『邪神』の中でも最も邪悪な存在、『邪神デスティウルス』であった。
デスティウルスは『サウスポイント』の中心点となる場所の上空に漂っていた。
そこが生物が存在できない程極寒の地であるにも関わらず、『デスティウルス』からは寒さを感じる様子が全く感じられなかった。
そのデスティウルスの眼下にある氷の大地には、底が見えない程深くて直径が数百メートルにもなる巨大な縦孔が存在し、そこからは大量の白銀色に輝く光の粒子が上空に向かって放出されていた。
『サウスポイント』は『神話』で語られる内容と同じく、かつて『神界』で『神気』と呼ばれ、この世界全ての『存在』の源である『エーテル』が生まれる場所であった。
上空で漂うデスティウルスは地上から溢れ出る光を浴びながら、自らの手を開いたり閉じたりを繰り返していた。
「うウむ・・これほどのエーテルを浴ビテいても、すぐには力が戻らぬトは・・」
デスティウルスはそう言いながら、自らの額に埋め込まれた『黒の魔導結晶』を一撫でした。
「だが、この場所デ我の『存在』の一部を譲り分けたナら、この結晶ニ我と共に取り込んだ『眷属』も復活できルであろう・・」
ズズズズズ・・・・。
そう言いつつ、デスティウルスが額の結晶を撫でた手を空に伸ばした直後、その手は指先から徐々に黒い霧状の物体へと変化していった。
やがて、その黒い霧は三つに分かれていき、人形のようなものにその形状を変化させていった。
そして、それぞれが人型になった黒い霧は、次第に確かな『存在』となっていく。
確かなものとなった三つの『存在』は、そのままそれぞれが別々の姿へと変化していった。
その変化した三つの『存在』を確認したデスティウルスは満足げに嗤うと、それらに向かって声をかけた。
「久しイな、我の『眷属』たチよ」
デスティウルスの言葉を聞いて、それら三柱の内の一柱が恭しく礼をした。
「この度は復活されましたこと、『ヅヴァイ』は心より嬉しく思います」
『ヅヴァイ』と名乗りながら最初に礼をした男は、人間のような形態をしつつも全身を漆黒の体毛で覆われた獣のような見た目であった。
獣らしく、人間ではありえない程の筋骨隆々な上半身には何も身に着けておらず、同じく屈強そうな下半身には、漆黒の帯が腰の部分で結ばれた道着のようなものを身に着けていた。
力強く広げられた両腕の先には数十センチにもなる漆黒の鋭利な爪が鈍い光を放ち、邪悪に嗤う口元には鋭利な牙が見え隠れしていた。
そして、その牙を持つ頭部は獰猛な狼と人を合わせたようなものであり、瞳を持たない目はそのすべてが赤い光を放っていた。
「・・・・・・・・」
三柱の内、中央で無言のまま宙に浮く『存在』も人型のように二本の手足を持っていたが、その姿は異質であった。
「・・・『リルヴァ』、貴様は相変わらずだな」
ヅヴァイは無言で漂うその『存在』を一瞥してから、侮蔑のような言葉を漏らした。
『リルヴァ』とよばれた『存在』は全身が黒一色に染まっており、その頭部は天辺が鋭く尖った魔導士のローブのような形状をしながら肩まで覆われていて、その先が背中のところで四枚の翼のようになって広がっていた。
そして、人間で言えば顔になる部分にはぽっかりと空洞のようなものが存在して、その中は暗い闇によって確認することができない。
腰から伸びる脚は細長かったが、腕は普通の人間と比べると異常に長く、一回り以上太く逞しいものであった。
また、その腕の先には数本の赤黒い触手のようなものが生えており、それらが畝っている様子も相まって、その姿は酷く無気味であった。
「なんだかショボイ世界ですわね・・それに久しぶりに動くと体が重いですわ・・『神気』が薄いせいかしら・・」
「『リリーシャ』・・貴様、デスティウルス様の御前でなんという体たらくだ」
「だって事実ですもの・・」
『はぁ』とため息を吐きながら項垂れる『リリーシャ』と呼ばれた最後の一柱は、他の二柱と違って限りなく人間に近い姿をしていた。
その姿はどう見ても十代中ごろの少女のようであり、緩やかに巻かれていて濡れたように黒い長髪と、くりくりとした大きな瞳が愛らしく、陶磁器のように白い身体を包む多数のフリルとリボンをあしらった漆黒のドレスを見れば、どこかの貴族の美少女と言われても納得するものであった。
しかし、微かに開かれた口から見え隠れする牙と腕に巻かれるように肩から伸びている漆黒のバラの蔓のような物体が、その少女が只の少女ではないということを表していた。
「まあ良イ・・・我は見てのとおリ、かつての力の殆どヲ失っテいル・・すべては憎き『女神』のせイだ・・・」
「だガ、我ガ滅びるまエに貴様ラ共々『存在』を遺すこトが出来たのハ僥倖であった・・」
「我は、こノ世界を『神界』と同じように滅ぼス為に、ここで力をツけなければなラない」
「しかシ、憎くも『ハーティルティア』までもガこのせかイに存在しテいる・・」
「まあ!また『おねえさま』と遊ぶことができますの!嬉しいですわ!」
『ハーティルティア』という名を聞いた瞬間、リリーシャは表情を明るくした。
「リリーシャ・・・貴様・・」
それを見たヅヴァイは呆れた表情になった。
「残念だガ、それはでキなイ・・・」
「ええーどうしてなんですの!!」
「リリーシャ!」
リリーシャのデスティウルスに対する態度に業を煮やしたヅヴァイが、リリーシャに対して非難の声をあげる。
「かマわぬ・・」
しかし、それをデスティウルスが制止した。
「我は未だ力の殆ドを失ってイる・・・」
「かツて群れのよウに存在した『神族』はもウいないであろうが、我が力を取り戻ス前にあの憎キ『女神』がこノ身を滅ぼす可能性もアる」
「貴様らハこの世界では我ノ『存在』を分けて生ミ出した『眷属』にナる。故ニ万が一そのようなことになっタトしても、貴様らさえ存在すレば我が滅びルことはないデあろう」
「よって、貴様らハそれぞれがこノ世界のどこかヘと散って行キ、力を蓄エながら人間共の文明を滅ぼシていくがいい。どノみち『神族』はもウ、あの憎き『女神』しか存在しないであろウ」
「なるほど・・いくら『女神』といえど各地に散った『邪神』を同時に全て滅ぼすことはできないでしょうから。『神族』共々『神界』を消し去ったのが仇となったというわけですな!」
「う~ん、『おねえさま』と遊べないのは残念ですけど・・新しい『玩具』を見つけたらいいのですね!『リリ』はとっても楽しみですわ!」
「・・・・・・」
「まあどのみち滅びる世界なら、どこから滅ぼしても結果は同じだな!!では『女神』はデスティウルス様にお任せするとして、早速何処かを滅ぼしにいくとするか!・・では俺はこっちに行くとしよう!」
「・・・・・」
「う~ん!!じゃあ『リリ』はこっち!!うふふ・・最初に見つけた人間からみ~んなミ・ナ・ゴ・ロ・シ!愉しみですわ!」
ドゥン!ドゥン!ドゥン!
三柱はそれぞれ好きなように言葉を並べると、別々の方角へと飛び去って行った。
「・・・ふム・・・愚かな『女神』と人間共ヨ・・・・」
「貴様らの終焉はすぐに訪れるデあろウ」
「ふふふフふ・・・ははハハははは!!!!!」
デスティウルスは高笑いをしながら、確実にその力を増大させていた。




