少女の逆鱗 ~シエラ視点~
ハーティ達が『ヨークスカ』の街でニアールやナラトスと再会していた頃。
ガヤガヤ・・・ワイワイ・・・!!
帝都『リスラム』で『白銀の剣』が滞在した宿である『暁の奇跡邸』は、クエストから帰ってきた宿泊客の冒険者達の対応で嬉しい悲鳴を上げていた。
「おーい!シエラちゃん!こっちにもエールを持ってきてくれ!」
「はーい!ただいま!!」
帝都で発生した、『邪神』と人造ゴーレムによる襲撃事件をハーティ達が解決してから、ハーティが帝都で拠点としていた『暁の奇跡亭』は『女神教』信者にとっては聖地として、冒険者にとっては『一級冒険者』である『女神様』の御利益にあやかろうとする為に宿泊する者達で溢れかえっていた。
特に帝都『リスラム』に『女神教会』が進出してきて仮設の教会が完成してからは、帝都内においても一気に『女神教』信者の人口が増えてきた為、ハーティの滞在した部屋で祈りを捧げようとして宿を訪れる信者も増加していた。
そんなことから、『暁の奇跡亭』は今や『世界で一番予約が取れない宿』として有名になりつつあった。
もともと『暁の奇跡亭』の食堂は数席のカウンター席と四人掛けテーブルが一つあるような小さなものであったが、『宿泊が駄目なら食事だけでも』という要望が多数あった為、現在は天気の良い日には屋外にテーブル席を設けて営業していた。
このことが更に『夕日を浴びながらおいしい食事とお酒が楽しめる店』という噂を冒険者達の間で生む結果となって『暁の奇跡亭』を繁盛させる結果となった。
「おまたせしました!『女神が愛したアツアツシチュー』のセットです!!」
「おお!ありがとう!!!噂のシチューをやっと食べることができるぜ!!」
シエラはフリルの付いたエプロンを身に纏い、美しく黒に限りなく近い濃紺のロングヘアを大きな三つ編みにして、尻尾の先に括りつけたものと同じ真っ赤なリボンで纏めていた。
冒険者の中にはそんな可愛らしい看板娘である『シエラ』目当てのお客も存在していた。
「シエラちゃん!今日も可愛いね!よかったら今度デートでもしようぜ!」
「ええ!だめですよー!最近ずっと宿が忙しくて、休む暇もないんですからっ!」
「そう言わずにさあ!」
このように、シエラをデートに誘うべく声をかけている冒険者の姿も、『暁の奇跡亭』おなじみの光景となりつつあった。
しかし、今シエラに声をかけている冒険者は諦めの悪い男であったみたいで、誘いを断られたことにいら立ちの表情となりながらシエラの細腕を掴もうとした。
「おいおい!やめとけって!シエラちゃんはあんな愛くるしい見た目をしているけど、俺らベテラン冒険者なんて比じゃないくらい強いんだぜ!!」
「・・ちっ!俺もそんな噂を聞いたことがあるけど本当だかね・・どう見てもそんな感じには見えないけどよ・・」
慌てた様子でパーティメンバーに制止された男は軽く舌打ちすると、悪態をつきながら再び出された食事に手を付け始めた。
カランカラン・・・。
ちょうどその時、カウベルを鳴らしながらズカズカと数人の男が食堂に入ってきた。
「いらっしゃいま・・・」
シエラはふり返って男達を迎えようとするが、その姿を見た瞬間に言葉を詰まらせた。
「・・・そこの女っ!いつになったらわしの部屋を用意するのだ!!」
男達の中で一際恰幅が良くて身なりの良い中年の男が、その脂ぎった醜悪な顔を歪めながらシエラへ詰め寄った。
「・・・そのお話でしたら、正式な予約を頂けたら順番にご案内すると何度もお話致しましたが」
シエラの言葉を聞いた男は、更にその顔を怒りでゆがめた。
「だから、それについては通常の三倍の額を払うと言っているだろう!さっさと部屋を確保せぬか!!」
「うちはそんなサービスはしておりません。ご宿泊を希望でしたら皆様と同じくご予約をお願いします」
シエラに素気無く断られた男はいよいよ顔を真っ赤に染め上げた。
「貴様!この私が誰かわかっていないようだな!!帝都で名を馳せる大商会である『ゲラハ商会』の頭取である、このゲラハ様にそのような口をきいてタダで済むと思っているのか!!わしだって好き好んでこんなあばら家に泊まる気など更々無いが、『イルティア王国』の豪商への箔をつける目的の為にわざわざ下手に出てやっているのだぞ!!」
帝都襲撃事件の後、皇帝から正式に『イルティア王国』との国交を行う通達が発令されてから、帝国内の有力な商家達は逸早く王国の商人や『女神教会』への物資販売の販路を拡大する為、積極的に『女神教』を利用しようとしていた。
何せ、『イルティア王国』の商人は敬虔な『女神教』信者である。
そんな相手に対して、帝国内で有名な『女神』の『聖地』を訪れて宿泊したという事実は大きな交渉材料になると帝国の主要な商家は考えたのである。
その為、『暁の奇跡亭』にも沢山の商人が宿泊を希望してきたのであった。
特に鼻の利く商人達は『暁の奇跡亭』が人気になり始める前段階で既に宿泊や食事、『聖地』であるハーティの滞在した部屋への参拝などを済ませていた。
しかし、『女神教』に全く興味も縁もなかったゲラハは他の商人から遅れを取る形となってしまい、自分も慌てて宿泊しようとした時には、既に部屋を取るのに数か月も待たないといけない状態に陥ってしまったのだ。
ゲラハは確かに帝国の中では規模の大きい商会の頭取であったが、クラリスの実家が運営している『レゾニア商会』のような世界中に販路を持つ商会からすれば、鼻で笑ってしまうような存在であった。
その為、ゲラハはこの機会を生かして是が非でもイルティア王国への販路を拡大し、商会を大きくしたいと画策していた。
それに対して、クラリスが『女神ハーティルティア』の勇者パーティと認識されている『白銀の剣』に属している時点で、『レゾニア商会』は『女神教』を崇拝するほぼ全ての国において絶対的な信頼を得ることとなったのだが。
「何を何度おっしゃっても、うちの宿は予約されたお客様から順にご案内しています。例外はありません」
ぴしゃりと言い放つシエラに、とうとうゲラハの怒りは最高潮に達した。
「貴様!!しがない宿屋の娘のくせに調子に乗りやがって!何が『女神様』だ!どいつもこいつも『女神様』ばっかり言いやがって!」
ガンッ!
虫の居所が悪くなったゲラハは怒りに任せたまま、食堂に祀ってあるシグルドが彫刻した『女神ハーティルティア像』が鎮座する祭壇に向かって蹴りを入れた。
「ああ!」
「なんということだ!」
その時、食堂の騒ぎを聞きつけて屋外席から様子を見に来た『女神教会』の神官達の顔が一斉に青ざめる。
「・・おぅ・・あいつら・・死んだな」
そして、シエラの事情を知る冒険者達も顔色を悪くした。
食堂に居合わせた人たちは、室内の気温が一気に下がった錯覚を感じて両腕で自分の身体を抱きしめる。
「・・・・・・」
ゲラハが『女神ハーティルティア像』の祭壇を蹴っている姿を目の当たりにしたシエラは、顔に大きく影を落としながら言葉を無くしていた。
「がっはっは!!さっきまでの威勢はどうした!獣臭い小娘め!まさかこんなチンケな像を蹴られて怒ったのか?んん?」
ヒュオォォォォ・・・・!
追い打ちをかける様に発せられたゲラハの言葉を耳にした瞬間、シエラの身体からゆらゆらとした白銀の光が湧きあがり始めた。
そして、シエラは口を開いた。
「あなた・・私の事はどうでもいいけど・・・」
「『ハーティさん』を侮辱することだけは絶対に許さない!!!」




