『肩書き』の脅威
『プラタナ』の改修が完了し、カツが帝都に旅立ってから一週間が過ぎようとした頃、冒険者パーティ『白銀の剣』はカームクランを拠点として活動を再開すべく冒険者ギルドへと向かっていた。
「もぐもぐ・・・うん!やっぱり本場の『焼きそば』は美味しいなあ!」
ハーティはギルドへの道すがら、屋台から漂う美味しそうな匂いに誘われるように次々と屋台料理を買い漁っていた。
「ハーティさん、はしたないですよ」
ユナは歩きながら焼きそばを食べるハーティを嗜めた。
「あたし達は今一端の冒険者としてやってるのよ。別に屋台飯を食べるくらい良いじゃない。あたしらは『移動手段』があるからどんな依頼も基本日帰りだけど、普通の冒険者は野営とかもするんだから、それくらいで目くじら立てても仕方ないわよ」
クラリスはクラリスで、そう言いながら竹串に刺したおでんの大根に『はふはふ』とかぶりついていた。
「クラリスまで・・・」
「あなたも美味しいんだから食べたらいいのに」
「私はちゃんとおでんをハーティさんの収納魔導に入れました。なので後でゆっくり食べます」
因みに、収納魔導に入れたものは時間経過による影響を受けないので、取り出したおでんは買ったばかりの熱々な状態である。
「わかってないなあ、ユナは。『屋台飯』っていうのは屋台で食べたり、食べ歩きすることに意味があるのよ!」
「はあ・・神聖イルティア王国の民が『路上で焼きそばを食べる女神様』を見たらなんと言うか・・」
「ふん!焼きそばを食べさせてもらえないような信者なら、こちらからお断りよ!」
「『女神様』直々に破門など言い渡したら、敬虔な信者ならその場で首を掻き切りかねないので絶対にやめてください」
三人がそんなくだらない話を繰り広げて、買い占めた屋台飯がハーティとクラリスの胃に収まった頃、『白銀の剣』はカームクランの冒険者ギルドに到着した。
『カームクラン様式』で建てられた冒険者ギルド建屋の前には立派な冠木門があり、それを潜って建物内に入ると、多数の冒険者達が受付広間に集まっていた。
見慣れない装いで若い少女三人組のパーティである『白銀の剣』はその中でも非常に浮いており、広間に入った瞬間に好奇な目に晒されていた。
「どうやらまだ帝都の情報はこっちには来てないみたいね」
ハーティは広間の冒険者達の反応を見て胸を撫で下ろした。
カームクランへは帝都リスラムから魔導外輪船による定期便が就航しているが、距離が遠いために船で行くと二週間ほどかかってしまう。
その為、今はまだ帝都からカームクランに活動拠点を移した冒険者達は存在していない状況であった。
そのままハーティ達は他の冒険者達の視線には目もくれずに真っ直ぐ受付へと向かった。
そして、木製のカウンターに座る着物姿の受付嬢の前に三人は立ち並んだ。
「こんにちは。私達は『帝都リスラム冒険者ギルド』所属の『白銀の剣』というパーティです。こちらでクエストを受けたいので届出に来ました」
「あ、こちらでは初回のクエストなんですね。でしたらギルドカードのご提示をお願いします」
冒険者は基本的に、初めてギルドカードを発行した拠点が正式な所属地となる。
つまり、ハーティ達は『帝都リスラム冒険者ギルド』所属の冒険者ということになる。
故に、今まで活動した事がない地域で初めてクエストを受注するには、最寄りのギルドでの届出が必要になる。
それは、通信技術がないこの世界で冒険者の素性や経歴、移動履歴を管理するのには当然の処置であった。
「あ、はい。どうぞ」
ハーティは受付嬢の指示通りにカウンターの上に魔導銀製のギルドカードを置いた。
「あ、あばばばば!」
そのギルドカードを目にした瞬間、受付嬢は目を見開きながら顎が外れんばかりにぱくぱくと口を開き、言葉にならない声を上げた。
「へ?だ、大丈夫ですか?」
ハーティの言葉を聞いて『はっ!』と正気を取り戻した受付嬢が震える手で机に置かれたギルドカードを手に取る。
「だ、『大丈夫ですか?』じゃありませんよ!『一級冒険者』のお方が何さらっと普通に受付までやってきてるんですか!!」
ザワザワ・・・!
受付嬢の言葉を耳にした冒険者が驚愕の事実に騒めき出した。
「『一級冒険者』だって!?」」
「マジかよ・・生きてるうちにお目にかかれるとは・・というか実在したんだ・・」
「やべえ、俺あの三人ナンパしようとしてたわ。危なかった・・」
「俺達だって合同クエストに誘おうとしてたぜ・・」
ハーティは周りの冒険者達の反応を見て冷や汗をかき始めた。
「だ、だめでした?」
「『一級冒険者』とは即ち、単騎で一軍に匹敵する戦力を持ち合わせた『決戦戦力』です。言わば人類の至宝たる存在です!ですから、それぞれのギルドはなるべくその地に滞在してもらうべく丁寧に対応しなければならないのです!」
「それがノコノコとそこら辺の冒険者みたいな感じでいきなりやってこられた私はどうしたらいいんですか!世界に『一級冒険者』が数えるほどしかいらっしゃらない事をご存知で!?はっ!御三方はパーティを組んでいると仰いましたよね!このギルドカードの持ち主・・『ハーティ』様がリーダーってですよね!?後ろにいらっしゃる御二方は『二級冒険者』とかですよね!?そうですよね!?そうであってください!ああ『女神様』お願いします!」
受付嬢は額から必死に汗を飛ばしながら『神頼み』を始めた。
「あのー・・非常に申し上げにくいのですが・・」
ハーティが申し訳なさそうに言うと、ユナとクラリスがもう二枚のギルドカードを差し出した。
それを見た受付嬢はワナワナと震え始め、その顔はみるみる青ざめて行く。
「あばばばば・・・きゅう・・・」
バタン!
そして意識を失った受付嬢はそのまま椅子ごと転倒した。
「どうやら彼女は『神道』信者みたいですね。ハーティさんの正体が『女神ハーティルティア』だと知ったら更に衝撃的でしょうね。それこそ、驚きのあまりショック死しかねませんね」
「いっそここで『パアァァァ!』とやっちゃう?」
「何『ハメを外そうぜ!』みたいな感覚で言ってるのよ。クラリスは私を人殺しにするつもり?」
ハーティはそう言いながら、気絶した受付嬢を見て嘆息した。




