邸宅案内
「さあ、到着したぞえ」
『カームクラン』の中心地から少し離れた所にある屋敷は、流石は皇帝陛下が滞在する為の屋敷だと言う感じで非常に立派なものであった。
『カームクラン様式』で建てられた町並みの中で、ただ一つだけ洋風建築で建てられたそれは、大きさも相まって非常に目立つ建物であった。
停車した馬車からハーティ達が降りると、既に大統領邸から先触れがあったのか、外門の前には数人の屋敷を管理していると思われる人間がお出迎えのために並んでいた。
「「「ようこそおいで頂きました」」」
ミウはそのまま屋敷の責任者と思わしき執事長へと歩み寄った。
「急な話ですまぬの。そちらには正式な書簡はまだしばらく来ぬと思うが、オルクス皇帝陛下より彼女たちをもてなす様に要請が来ておるのでな。よろしく頼むのじゃ」
「かしこまりました。大統領閣下」
「はじめまして『白銀の剣』の皆様。わたくし、本屋敷の執事長を務める『マルコ』と言います。皇帝陛下より『一級冒険者』である皆様の歓待を賜りまして恐悦至極に存じます」
そう言いながら、壮年の美丈夫は丁寧な所作で一礼した。
「では早速お屋敷の中を案内します。どうぞこちらへ」
マルコに促されてハーティ達は屋敷の中へと歩みを進めていった。
「うわぁ、すごい立派なお屋敷ね」
ハーティ達が中に入ると、そこは広大な敷地が広がっていた。
流石は皇帝が『カームクラン』に滞在する為に使う屋敷と言ったところか、敷地の広さはオルデハイト侯爵家の本宅程ではないが、王都のタウンハウスに勝るくらいの規模であった。
何よりも庭にある草花の整備具合や建物の意匠の豪華さが、ハーティが今まで見てきた貴族の屋敷の中でも抜きん出ていた。
「ほう、流石は帝国の皇帝が使う屋敷じゃな。まあ、冒険者が使うには些か豪華すぎるがの」
「屋敷の管理は全て屋敷付きの侍従が行いますのでご安心ください」
マルコはそう言いながら柔和な笑みを浮かべた。
「クラリス様のことはこちらにも伝わってきております。帝国魔導工学の権威であらせられるクラリス様にも気に入っていただけるような設備がございます。まずはそちらへ案内しましょう」
「そう聞いたら気になるわね!早速行きましょう!」
そして、一行は屋敷の中をさらに進んでいく。
そのまま十分程歩いていくと、屋敷の敷地にある中でも一際大きくて背の高い建物に到着した。
「これはもしかして・・・」
「はい。魔導具の研究設備がある建物です。ここは帝国の建物ですから、この様な設備も必要になることが想定されますので作られたのです」
「魔導省の物と比べると劣りますが、それでも魔導具製造の為の設備としてはかなり大型の物まで完備しておりますよ」
「中を見てもいい!?」
「勿論でございます。どうぞ」
マルコは建物に大型の魔導具を搬入する為のゲート横にある勝手口を開けた。
そして、ハーティ達が早速建物内に入ると、そこは広大な倉庫の様な空間になっていて、重量物を吊るためのワイヤークレーンや魔導コンソールなどが多数備わっていた。
それを見たクラリスは喜びで興奮しているようであった。
「素晴らしいわ!これだけの設備があれば『プラタナ』の改修も十分可能だわ!」
「これは凄いのう。これだけの設備は帝国以外の国にはなかなかあるまいて」
設備を見たミウも感心しているようであった。
「あとは助手になる人材がいればいいんだけど・・・」
「ふむ・・」
クラリスの言葉を聞いたミウは何かを考える素振りを見せた。
「ならば、商業ギルドに在籍する有能な技術者を何人か派遣しようかの」
ミウの言葉を聞いたクラリスは興奮してミウの手を取った。
「本当!?」
「うむ。どの道『魔導緋色金』の錬金方法も聞かぬといかぬじゃろ?どれ、わらわの家の『シノサキ財閥』からも何人か派遣しよう。魔導具の分野は正直専門外じゃが、腕は確かじゃ。何かの手助けにはなるじゃろ」
「感謝するわ!」
「よい。これも世のためじゃ。そちらの魔導銀鋼も段取り出来次第こちらに運ぶとしよう」
それからも、マルコによって屋敷を一通り案内された。
そして、マルコの案内が終わる頃には陽が傾いて来ていた。
「はぁ・・屋敷が広すぎて疲れたわ」
「そうですね。予想外の広さでした」
「あたしんちくらいの大きさがあるんじゃない?」
「すっかり遅くなってしまったのう。では、わらわはそろそろお暇しようかの」
「ハーティ様。本日のご夕食はいかがいたしますか?」
「ええ、お願いするわ。そうだ!ミウさんも折角だったらどうかしら?今日のお礼に夕食に招待するわ。マルコ、問題ないわよね?」
「勿論でございます。でしたら、今晩はシノサキ様もご一緒という事なので、『カームクラン料理』など如何でしょうか?」
「それがいいわね!楽しみだわ!」
「かしこまりました。では早速支度に入りますゆえ暫しお待ちを」
マルコは一礼すると準備の為にハーティ達の側から離れていった。
そして、それから暫くしてミウを招待した夕食会が始まった。
夕食が並べられた食卓は貴族でよく見られる長机で、その中心には美しい花が生けられていた。
そんな食卓に並べられた『カームクラン料理』はハーティ達が今まで見たものとは異なるものであった。
「ハーティ様や他の皆様には見慣れないかと思いますが、本場の料理人が腕によりをかけた『カームクラン懐石』でございます」
「懐石とは色々なお料理を順番に提供するもので、ハーティ様方にも馴染み深いものと存じます」
「まずはこちらに並ぶ食前酒と前菜をご賞味ください」
「ほう、なかなか美味そうじゃな。早速頂くとしようかの」
そう言いながらミウは置いてある箸を手に取った。
「ミウさん、その手に持っている二本の棒は何ですか?」
「ああ、これは箸と言っての。こうやって二本の箸で食材を挟んで持ったり切ったりするのじゃ」
ミウはそう言いながら箸の使い方を実演した。
「使うのが難しそうね。でも不思議とそのお箸というので食べている姿がとても上品に見えるわ」
ハーティはミウの所作を真似すべく、箸を手に取ると前菜の南京をつかもうとする。
つるん。
「・・・・」
つるん。
「・・・」
つるん・・・。
「・・・フォークを頂けるかしら」
「はい、只今」
「ま、まあしばらくは『カームクラン料理』を食べる機会もあろう。すぐに使えるようになるぞえ?」
ハーティとミウのやり取りの傍で、ユナは刺身の魚をフォークでつんつんと刺していた。
「ミウさん、この魚・・火が通ってないと言うか焼いてないような気が・・」
「当たり前じゃ。それは『刺身』と言っての、採れたての新鮮な魚を生簀に生かしておいて食す直前にそのように切り分けたものじゃ。であるから傷んでいてお腹を壊すことはないから安心せい」
「そこの黒いソース・・『醤油』と言うものじゃがそれに付けて食べるとよいぞ?その緑のペーストは『山葵』と言うのじゃが、それを付けて食べるとなお良いが、刺激が強いので初めは付けずに食べた方が良いぞ?」
「『アーティナイ連邦』は島国ゆえ海産物が豊富での、どの民族もいろいろな形で生魚を食しているのじゃ」
「なるほど・・これは確かに美味しいです。生魚と尻込みしましたが、とくにこのソースが素晴らしいですね」
「この『カームクラン料理』ってのは見た目も綺麗ね。大味で大雑把な帝国料理とは全然違うわ。料理一つにも職人の繊細さが感じられるわね」
「『カームクラン民族』にとって料理は特にこだわりが強くての。そちらの口に合って何よりじゃ」
それからも終始和やかな食事会は続いて、ミウは満足した様子で大統領邸へと帰ったのであった。




