世界
「続きまして、交流戦総合優勝校を発表いたします」
ウィッチ・クラフトの結果発表の興奮も冷めやらぬ中、ある男が壇上に上がる。
大柄で筋肉質。胸元に多くのワッペンがついた制服に身を包む自衛官。頭に白い毛が混じるものの、年齢を感じさせない立ち振る舞いをしている。
「魔法高校交流戦、競技を戦い抜いた選手、そして関係者諸君。素晴らしいものを見せてもらった。近い将来、君達が国の行末を担う魔法使いとして尽力してくれると確信できる二週間だった」
男の一挙手一投足にこの場にいる全てのものの注目が集まる。
有無を言わせぬ存在感が男にはあった。身体という器から漏れ出す魔力が場を支配していく。自信に満ち、圧倒的な力量差を否が応でも理解させられる。
「申し遅れたが、私がこの島の管理者にして、魔法自衛隊幕僚長、『七元素』が一つ——火村家の長、火村燎元だ。開会の際は同席できず、すまなかったな」
火村——光阪や雷電と共に「七元素」の中核を担う家系であり、火属性の魔法使いの頂点に位置する。いわば現日本魔法界の顔となっている人物が火村家のトップである燎元というわけだ。
彼の魔法はシンプルなものが多い。しかし、無尽蔵とも言えるほどの魔力量を十二分に発揮して激しく、広範囲に渡り敵を殲滅する恐ろしさを持っている。
「知っての通り、火村を含めて七つの魔法使いの家系が『七元素』として存在するわけだが、諸君は一体このシステムについてどう思う? 確かに私達は魔法使いとして優れている。だが、それも絶対ではない。是非とも私達の地位にまで登り詰めようという気概があるものが『副元素』、『無元素』問わず現れることを期待している。まぁ、無抵抗でそれを良しとする私達ではないがね」
場に満ちる燎元の魔力がさらに濃く、圧力を増していく。照明の明るさは変わっていないはずなのに、僅かに暗くなったかのようで、彼を中心に気温が上がる。眼が乾き、呼吸するだけで喉が焼けるような感覚に、会場にいる何人かがその魔力に耐えきれず膝をつく。
「諸君が越えるべきハードルがこの私だ。若き才能の原石達よ。まだ潰れてくれるなよ」
更に魔力が重さを増す。空気が鉛に変わったかのように全身を押し潰すかのような圧迫感。
多くの学生が気を失い、教師陣も倒れていく。
(……この、化け物め)
隣で倒れた志乃を支えながら、蒼真は周囲を確認する。
周囲の介抱にまわる恵。崩れ落ちそうで震える膝を抑え、冷や汗を流しながらなんとか耐える一彦。気合いとフィジカルのみで意識を繋ぎ止めている直夜。膝をつきながらも、魔法による障壁でリサ達を守る澪。多くいる東京校の中でも、無事な者は数えるほどしかいなかった。
「……ほう、なかなか残ったか」
耐えることが最低条件であるかのように軽く、そして値踏みをするかのような眼で自らが引き起こした惨状を燎元は眺めていた。
(『七元素』の坊主共が残るのは想定内として……)
「まだ意識のある見込み充分の諸君。君達がこの世代の魔法使いのトップランナーだ。未来はなかなか明るいようで、『七元素』の長の一人として嬉しく思う」
会場の端から端まで、燎元の魔力に未だ耐えている一人一人を順に観察していく。
その最後に蒼真は燎元と眼が合った。
「今回の交流戦では予想外の展開もあった。まだ途上とはいえ、まさか『七元素』の魔法使いが敗れるとは誰も思わなかっただろう。これもいい機会だ。君達のことは私自らの脳髄に刻んでおきたい。さぁ、名乗りたまえ」
「盛岡魔法高校2年。鞍馬崇」
「東京魔法高校1年。結城蒼真」
多忙の中、交流戦の全ての競技、全ての試合の映像に目を通していた燎元。「七元素」への脅威となりうる存在ではあるが、この場で真っ直ぐに立つその若き才能に対し、子供を導く大人として、一魔法使いとして喜びも感じていた。
「鞍馬崇と結城蒼真。確かに覚えた。……?」
ほんの一瞬。誰にも気づかれないほどの何か探るような目。
だがすぐに笑みに変わった。
「風と、雷に……光も混じっているか。複数属性とは面白いが、惜しいな。火属性を持っているなら、我が傘下の名字をくれてやってもよかったんだが」
再び正面に向き直る燎元。溢れる笑みがどこか不気味で、「七元素」の底知れなさを示していた。
「起きている君達には、特別に面白い情報を与えよう。現在、世界の魔法情勢は大きな転換点を迎えている。魔法による技術革新がさらに進み、某国では既存の常識を覆しかねない新たな攻撃魔法の実戦配備が進んでいるという報告がある。この戦力拡大の流れは止まらんだろう。良い方向にも悪い方向にも進み続けるのが人類というものだ。核抑止の時代を潜り抜けた我々の前に、魔法抑止の波が迫ってきている。我が国も相応の対応を取らなければならない。その新たな時代を支え、作り上げていくのが今立っている君達だ。私の魔力で倒れ伏せている者ではない。国家は君達を必要とし、また敵国は君達を排除しようとするだろう。だが、歩みは止めてくれるな。君達は既に——『世界』に一歩踏み入れている」
燎元が見据えている世界。そこに何があるのか、学生である蒼真達にはわからない。
ただ一つの確かなこと。
「銜尾蛇」。
「死招蜥蜴」。
情報屋を名乗る謎の人物から「王戦」。
この国の学生達はおろか、大人達も知らない世界の闇の断片に触れた蒼真に課された、まだ見ぬ強敵と相対する運命。
燎元の言う「世界」の一部に、彼が深く関わっていることだけは確信していた。
「と、前置きはこれくらいにして、任されている結果発表に移ろう。さぁ諸君、起きたまえ」
深く、重い雰囲気を纏っていた燎元だったが、声色を変えて張り詰めていた空気を弛緩させた。
今の今まで世界を語っていた男が、交流戦の結果発表を行おうとしている。だが、その落差を不思議と誰も不自然とは思わなかった。
燎元がパチンと指を鳴らすと、会場中に満ちていた彼の魔力が一気に消える。と同時に、医療担当の魔法使いにより広範囲に発動される回復魔法。回復を生業とするプロの仕事により、倒れた学生達も十数秒足らずで意識を取り戻した。
「今年の魔法高校交流戦、総合優勝校は……東京魔法高校! 代表者は壇上に上がってきなさい」
とうとう発表された優勝校の名は東京校。この日までの競技の結果、そして最終日に行われたアサルト・ボーダーとウィッチ・クラフトの結果から予期していた者もいるようだが、純粋な歓喜の声と祝福の拍手に会場が包まれていく。
その東京校の喜びの輪の中から、一人燎元が待つ壇上へ向かっていくのは生徒会長、光阪恵。学校を背負い、次代の「七元素」として魔法使いの未来を背負うその後ろ姿はどこまでも真っ直ぐだった。
「お久しぶりです、火村さん。数年前の七元素会合以来ですね」
「覚えていてくれたのか。嬉しい限りだな。恵君も大きく、凛々しく育っているようで何よりだ。君のアキュレイト・シューティングの競技映像を見たが、なかなか多彩で素晴らしかった。これからも精進して『七元素』の未来を紡いでいってくれたまえ」
燎元から恵へトロフィーが手渡され、ガッチリと固く握手を交わす。
彼の大きな手は容易に恵の手を包み込み、安心感すら覚えさせるほどだった。
「見事な戦いぶりだった。東京魔法高校の諸君。総合優勝おめでとう」
恵の手を離し、観客席に視線を向けると、再び大きな拍手が巻き起こった。
「今日のところは優勝の余韻に浸って、後夜祭も楽しむといい。だが、決して慢心はしてくれるな。君達が破った相手はこの敗戦の悔しさを糧として、更に進化を見せるはずだ」
歓喜に包まれていた会場が引き締まる。
来年は参加することができない3年生も、未来を見据えている。
そんな学生達の姿勢を見て、燎元は満足そうに笑う。
「よろしい。では皆、胸を張りたまえ。常に前進し、結果に拘りたまえ。勝ち続け、自分の価値を証明したまえ。理想を叶えるのは自分自身の手でしかできない」
燎元が言い終わるのと同時に、恵はトロフィーを高く掲げた。
照明に照らされ、優勝の証が眩しく輝く。
2週間に及ぶ魔法高校交流戦。
様々な出会いと戦いを経て、その頂点に立ったのは東京魔法高校だった。




