アサルト・ボーダー決勝戦④
名古屋校の副将が倒れ、画面越しに見ている観客、そして今戦っている選手達へアナウンスが入る。
「そうか……ミドリちゃんが……」
蒼真と同じく、一年生にして副将に抜擢された才覚ある人物。刹那も「七元素」である自分や涼には及ばないものの、実力ある魔法使いとして認めていただけに、この敗北に心を揺さぶられていた。
「どうした? 動きが鈍っているぞ」
戦いが始まってから、加速し続ける刹那のスピードに何とか喰らい付いていた蒼真であったが、彼の一瞬の精神の揺らぎを見逃さず、「電磁加速」の重ねがけでそのスピードに追いついていた。
まばたきすら許さないこの戦いは、現役の魔法使いの中でも特にレベルが高く、普通の魔法使いがついてくることができない領域にまで達していた。
「そう急ぐなよ。俺はじっくり楽しみたいんだよ!」
気合いを入れ直し、ぶつかり合う拳と拳。脚と脚。
互角のように見えるこの殴り合いだが、じわじわと蒼真は刹那に押され、攻勢をかける割合が減っていく。
(やはり七元素……鬼人化無しでは……)
一瞬、蒼真の視界から刹那の姿が消える。
その次の瞬間には、刹那の膝が蒼真の腹部に直撃し、彼は遙か後方へと吹き飛ばされていた。
「……っ!」
「まだまだ終わらないぞ!」
痛みに耐える蒼真へ更なる連撃を与える刹那。
生まれ持った素の能力が高いがための荒削りだが、一発一発に重みのある攻撃が蒼真を襲う。
「ぐっ……! 今は距離を取るしか……」
防御に徹していた蒼真だったが、刹那のあまりの猛攻に、逃げの一手を取った。
事前に準備していた術の1つ、「甕速日」。瞬間移動の如く、離れた地点に移動する術だ。蒼真はこの試合で劣勢に立たされた時のため、回避するポイントを設定して用意していた。
「まさか逃げるとはな。でも、逃げた先もまだ俺の視野の範囲内。すぐにまた追い詰めてやるよ」
「そうはいかない。俺も負けるわけにはいかないんでな。もうお前の土俵に上がるのはやめにしよう」
距離を取った蒼真へ再び高速で向かってくる刹那。その姿を正面から見据え、蒼真は刹那にも見覚えのある術を発動した。
「……志那都比古」
「っ、それは!」
「そうだ、準決勝で見ただろう? ここからは術師として相手をしてやる」
「術師……。そうか、なるほどな」
風のドームの淵で刹那は立ち止まる。この中は風で吹き荒れ、思うように動くことができないことを学んでいるからだ。
「術師。古来からある魔法体系の1つ。……お前も自分の立場や役割に縛られながら生きてきたようだな」
術師の一族と「七元素」の一族。立場は違えど、両者が抱える光も闇も受け入れて生きてきた。それが当然の世界だった。
わかり合える人間も身近な数人に限られ、完全に隔離された組織の中で、ただ強さを求められてきた。
「どうやら俺達は似た境遇で育ってきたようだな。周囲からの期待や畏れを浴びてきた。ただ生まれが特殊だったがために」
「……血を恨んでいるのか?」
「そうじゃない。俺が強く産まれたことにはきっと理由がある。『七元素』の魔法使いとして、この魔法社会を治めていく義務も、もう時期背負っていかないといけなくなる。プレッシャーはあれど、負担ではないよ。それに……」
一呼吸置いて刹那は話し出す。その顔に負の感情は浮かんでいない。
「結城、お前兄弟はいるか?」
「姉が1人。魔法も術も全く使えない、魔力に嫌われた体質のな」
「そうか、ちゃんと守ってやれよ。……俺には年子の妹がいるんだ。反抗期で口答えしてくることも増えたが、昔から俺の後ろをずっとついてくるような妹だった。もちろん『七元素』として産まれたわけだから、潜在能力はある。ただ、どれだけ多く見積もってもその力は俺を超えることはないだろうな。だから、俺は妹を守らないといけない。魔法使いとして生きる上で起こる脅威からも、『七元素』の闇からも」
「……良い兄貴だな」
「そうだ。俺は良い兄であり続けないといけない。強い兄であり続けないといけない。だから、『七元素』の誇りをもってお前を倒す。お前という壁を、俺は越えていく」
「守るべきものがあるのはお前だけじゃない。俺も全身全霊を持ってお前を叩き潰す」
蒼真は志那都比古を解除すると、改めて刹那に向き直る。
風が吹き、足元の砂が舞う。
どちらも今までの戦いで魔力を消費し、精神をすり減らしていた。
元々の魔力量が多い刹那は、高速移動に重点的に魔力を割いていたため、最後の攻撃に使用できる魔力はまだ残っている。
対して蒼真の総魔力量は「七元素」である刹那と比べると格段に少ない。加えて、刹那の猛攻に耐えるために全身に強化魔法を張り巡らせていたため、消費スピードが早かった。
(このままでは勝てない、か……)
蒼真には大技を放てるほどの魔力は残されていない。だが、取ることができる手段がたった一つだけあった。
「行くぞ! 結城!」
魔力を高め、両手の掌を起点に2つの魔法陣を展開する刹那。間違いなく、この交流戦のどの競技、どの試合と比べても最大火力の魔法が発動されようとしていた。
「雷槌! 雷霆!」
激しい光と共に顕現した2つの魔法。右手に雷を生み出すハンマーを、左手に雷そのものかと感じるほどのエネルギーの塊である槍を携えていた。
「かなり痛いが、覚悟しろよ」
飛行魔法で宙を舞い、一直線に蒼真へと襲いかかる。振り下ろされた槌から電撃を浴びせ、腹部を槍で貫いた。
「っ!? こ、これは!?」
槍が突き刺さり、大穴が開いた蒼真の体はポロポロと崩れだした。指や髪など、細い部位にヒビが入り、土に還っていく。
「どこへ行った! 結城!」
キョロキョロと辺りを見渡す刹那。想定外の展開に驚きつつも、蒼真の奇襲に備えて警戒は怠らない。
だが、一点だけ彼の意識が及んでいない場所があった。
「——反撃させてもらうぞ」
「なっ! あ、足元からだと!?」
地面から伸びてきた蒼真の右手が刹那の足首を掴む。右腕以外は地中に埋まっているのにも関わらず、凄まじいパワーで刹那を投げ飛ばした。
地面から抜け出してきた蒼真は全身を雷に包まれ、刹那からは表情は読めない。まるで甲冑に身を包んでいるかのような形相だった。
「……それがお前の奥の手か」
「あぁ。今の俺が出せる最善の術。名を『八雷』と言う。俺達の戦いを終わらせるにはうってつけの術だろう?」
全身を覆い尽くす、蛇のような8種類のオーラ。蒼真がこの術を選んだのには理由があった。
蒼真が比較的得意としている雷属性の術の中で、体を隠すことができるものだったからだ。
刹那が2つの魔法を発動した光に紛れ、蒼真は土属性の術「波邇夜須」を発動した。土のダミーを地上に残し、地中に移動する。次の術を見られないために。
魔力を「波邇夜須」でほとんど使い果たしていた蒼真には、すぐさま「八雷」を発動することはできなかった。だから最後の切り札を使わざるを得なかったのだ。
(交流戦で鬼人化を使う羽目になるとはな。『七元素』は一筋縄ではいかないか)
鬼人化による魔力の増大というメリットを享受するためには、ツノや肌の白色など身体的な特徴を晒さなければならない。
これらを隠すため、蒼真は全身をくまなく覆うことができる「八雷」を選択したわけだ。
「初めてだよ。雷電家以外の魔法使いでこれほどの雷属性の使い手に出会うのは。それも同い年とは思わなかった」
「そう言ってもらえて光栄だな。俺も……魔法高校に来て良かった」
高まる雷属性の魔力は空間を歪ませ、プラズマを生む。戦いを見守るカメラが壊れ、対峙する2人を映す映像は途切れた。
「行くぞ!」
「さぁ来い!」
両手に武器を携え、走る刹那。襲い来る雷蛇を受け流し、蒼真の懐に忍び込む。
突き出される槍と、雷に覆われた白鬼の拳がぶつかり合う。
瞬間、激しい光が競技場全体を包み込んだ。
「刹那……」
同じ「七元素」の魔法使いとして切磋琢磨してきた涼。遠くで白んでいく空を見ながら刹那を思う。
「頑張って、蒼真さん……」
観客席から鬼人化した蒼真の魔力を感じ取り、白雪は友人達と共に彼の無事を祈る。
戦う両者には、共に仲間がいる。大切な存在がある。勝敗の差を分けたのは、意地と覚悟。その僅かな差だった。
光が晴れ、目が慣れてくる。ぶつかり合ったままの2人の影があった。
どちらも満身創痍。魔力を使い果たして片方の体が地面へと倒れた。
「……俺の、勝ちだ」
拳を焼かれ、大きな傷を負いながらも、結城蒼真は2本の足で立っていた。




