第38話:やっと泣いて
やっと泣けたその日の夜。
お互い、泣き声は出さないが、まだ涙が引いてもないうちに病院に帰り、病室に着いた。
この日は面会時間ぎりぎりまで紗那は病室にいてくれた。
「ふぅ。やっと私も泣けたよ。」
「え?我慢してたの?」
「当たり前だろ。愛華が泣いてないのに泣けるかよ。」
変なところで律儀だ。
「葬式の時が一番やばかったな。」
「ごめんね。ありがとう。」
お互いに目を腫らして、鼻を赤くして、鼻水も出ながら、笑いあっていた。
愛那はもういないけど、ちゃんと前を向いて歩けそうだ。
「そういえば、事故の時最初に気付いてくれたのは紗那?」
「あぁ。酷い状況だったぞ。」
「そうなんだ。全然覚えてないけど…。車に轢かれたんだっけ?」
実際まったく覚えていない。
話で聞いただけだ。
「あぁ。車を運転していたのは、あの場にいた女だった。もちろんそいつは逮捕されたが、腹いせでこんなことをしたのか、理由までは聞けなかった。」
「…そっか。」
車の音に早く気付いていれば、こんな結果にはならなかっただろう。
歩道を歩いていたからか、警戒なんてしていなかった。
それに対して後悔こそするけど、本当に悔しいのは紗那の方だろう。
第1発見者だし、その惨状を、余すことなく見てしまっている。
もう少し早く来ていれば轢かれなかったかもしれない、もっと早く気付いていれば2人とも助かったかもしれない。
そんなことをうわ言の様にさっきまで、泣きながら口にしていた。
全ては『かも』で、理想だ。
現実があるからこそ、生れ出てきた空想だ。
「…ひぐっ。」
「!?紗那、大丈夫!?」
紗那が泣き出す。
「あぁ。愛那のこと思い出すと、つい…。大丈夫、今まで我慢してた分が出てるだけだから。」
たかが外れたように、泣き出すようになった紗那。
私もつられて、少し泣いてしまう。
だが、ここは病室だ。
せっかく泣けるようにはなったのだが、ここは我慢すべきだろう。
互いに必死でこらえる。
「そういえば愛華。心臓は違和感あるのか?なんか、こう、今までと違うとか?」
「ん?いや、そんなことはないけど…。なんていうのかな。心拍数が上がると、なんていうか、生きてるって感じがすごいするよ。」
今までとは違う感じ。
別の物が、胸の中で動いているような感覚だ。
よく考えれば、普通に過ごしているけど、すごく突飛なことなのだ。
心臓を移植するなんて。
そんなの本当にあるんだ、と思った。
「へぇ~。愛那がそこで生きてんのかもしれないな。…今のはくさすぎた…忘れてくれ。」
「っぷあははははは!いや、そうだよ。愛那が生きててくれてるんだよ。」
照れくさそうに顔を隠す紗那。
恥ずかしいセリフを言ったと後悔している。
でも、そう思うと、少しは寂しくなくなってきた。
「それにしても、どっと楽になった気がしたよ。お母さんから愛華が現実を受け入れてないかもなんていうから心配だったし。」
「え?ほんとに?でも確かに、どこか分かった風にしてただけかもしれない。」
「愛那のことを聞いたのに、全然反応しないからやばいかもって心配してた。」
「う…あの時はいっぱいいっぱいだったから…。」
心配してたからこそ、病室に来て第一に気持ちをさらけ出したかどうか、つまり泣いたかどうかを聞いて来たのだろう。
そういえば私も、泣いたのは久しぶりだ。
中学の時くらいから、泣きたいときはいっぱいあったけど、我慢してたからな。
本当に、やっと泣けた。
「…もう時間だし、私はそろそろ帰るぞ。英梨も石川も金井さんも心配してっから、ちゃんとお礼言っとけよ。」
「あ、うん。分かった。」
それはそうか。
心配、してくれるよな。
改めてそんな当たり前のことを感じる。
「そうだ、うまくいけば、多分明後日には退院できるから。」
「お、了解。それじゃあ、また明日。」
そういって紗那は帰っていった。
帰った後、私はスマホを開いてメッセージを送る。
英梨と、それから秋山にも。
心配に対する感謝と、自分は大丈夫であることを伝えた。
金井さんは…連絡先をそもそも知らなかったから、今度会ったときに言おう。
多分検査で何もなければ明後日には退院できるとはず。
先のことを思うと、心臓がドクンと高鳴った。
胸に手を当てて、ベットに腰を下ろす。
なんだろう、前よりも少し、明日に希望を持てるようになった気がする。
それは嬉しいことだろう。
「…よし。」
私は立ち上がって病室を出てから談話室を目指す。
病室ではできなくて、談話室ではできることがあるからだ。
プルルル…プルルルル…ガチャ
『もしもし愛華?どうした?寂しくなったか~??』
「少し寂しいけど違うよ母さん。」
『今日は面会時間終わってるから行けないけど、明後日の退院の日は行くからね。』
「明後日もどうなるか分かんないけどね。それより母さん。愛那のスマホって取ってある?」
『ん?もちろんあるよ。何なら私が今持ち歩いてる。』
「ほんと??今から持ってこれない?私も外で待ってるから。」
『今から??う~ん、まぁいけないことはないか。帰り道だし。おっけー、近くなったらまた連絡する。』
愛那のスマホを得て、どんな人とどんな会話してたかとか、どんなことをしてたかとかを見るわけではない。
私が今知りたいのは、ある人の連絡先だった。
それを知るところから、私のできることは始まる。




