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ワールド・トランス・ワールド ~異世界に至る56番目の主人公~  作者: tea茶
第五章:友人惨禍 《フレンドリー・アタック》
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第三十三話 再会


「暗いねぇ……」


 マガイは、降りた地下道を前進している。

 壁面に配置された、三重並行に連なる太いパイプのラインに沿っての歩み。


 この地下道が、健瑠の落ちた先に繋がっているのは分かっている。

 とすればこの先に、変貌し、眼を青白く光らせたグールが――



「なんなんだよぉ! これってもしかしてぇ、時間稼ぎぃぃ? 真桜ちゃんはぁ、なんでぇ食事の邪魔するのかなぁぁぁ!」


「ふん、食欲だけは一人前だねぇ、それと……時間稼ぎってのは――間違いよ!」



 既定通りの遭遇直後。

 マガイが両手を広げると共に、手に持っていた銃は、暗闇に溶けるように消えていく。


 その代わりとばかりに、腰に差していた二振りの直刀ナイフを抜き放ち、両の手に握り込んだ。


 刀身は闇の中でも煌めく白光を、研ぎ澄まされた光沢を放つ。

 その刃に使われたのは、ルーギツ国の神山で採れる希少な火山岩デイサイト

 原石だけでもこの世界では、その希少性と価値で破格の値段をつける。

 それをマガイのコネを使い、国認定のA級刀匠に神魂籠めて叩き上げさせた、業物の短刀だった。


 ――鉄をも断ち切れる、名刀に仕上がった。


 刀匠がそう言って笑っていたのを、マガイは思い出していた。


 その短刀を健瑠の後ろ斜め上方。

 左右両端の壁に配置されたパイプへと、霊力で強化した腕の力を限界にまで引き絞り――投擲した。



「っし!」



 初速二百キロオーバー。

 そんな馬鹿げた速度で投げられた二振りの短刀が、長年の酷使で老朽化していた鉄製のパイプの継ぎ目へと、それぞれ狙い澄ましたように突き刺さる。

 ばがんと景気の良い音を立てると、継ぎ目の留め具が外れた状態で、パイプがズレる。


 ――と同時に、凄まじい蒸気の奔流が地下道へと溢れ出し、直下の健瑠を襲った。



「! がっああぁぁぁぁぁあ! なぁんだよぉぉ、これええぇぇぇぇ!」



 パイプから途切れることなく噴出される――高温の蒸気。

 まるで綿アメのような濃度のその白煙に包まれ、健瑠の絶叫が地下道内に響き渡る。



「ごほっ……!」



 空洞内を満たそうと溢れる蒸気にまかれまいと、マガイはすぐさま地を蹴り、素早く後ろへと飛び退る。

 そのまま健瑠から逃げ出すように、真後ろのトンネルの奥へと全力疾走で退避する。


 さらに勢いを増すその白煙は、地下道を駆け巡り、ついに地表にまで噴出した。





◆ ◆ ◆





「きゃああ!」

「熱っ、なんだこれは! 煙が地下から?」



 地下からの突然の高温蒸気の噴出に驚き、パニックに陥る街の住人達。

 その中にはマガイと健瑠から離れた場所で、ひと時の休息を取っていた綜たちも含まれていた。



「地下のパイプが損傷したんだぞ、これはまさか……マガイたちが?」

「! もしかして、地下で戦っているのかも、あの二人――」



 ヴィーの推測に相槌を打つように、由宇が叫ぶ。

 そのやり取りを横目に、綜が悔しげに眉をひそめる。



「くそっ、何が……どうなってるんだよ、マガイ」





◆ ◆ ◆





「けほっ……なんとか、やり過ごせたわね」



 マガイはなんとか蒸気の範囲外に離脱するも、地下道の中は一気に温度が上昇していた。

 全身に纏うマガイの服は、かなりの高温に耐える耐熱装備を施していた。

 それでもなお、周囲の温度上昇から逃れるように、マガイは顔を袖でマスクのように覆っており、その腕の隙間からは、滝のような汗がだくだくと流れている。



「ったく、さすがに肝が冷えたわぁ、非常用の安全弁が作動するの遅いのよぉ」



 あれから一分も経たないうちに、蒸気の流出は徐々に弱まり。

 あれほど空洞内を満たしていた濃霧のような白煙も、今では薄い霧が漂うレベルにまで治まっていた。



「……っ……ぐうぁぁ……なんなんだよぉこれぇ、ひどいぃよぉ、真桜ちゃぁぁん」


「――連続して噴出し続ける高圧の蒸気までは、対応できなかったみたいねぇ、健瑠のその防御も」



 呻く健瑠の元へと、ブーツの反響音を鳴らしながらマガイが戻ってくる。



「さすがに空間を歪めて全身を守るのは、持続することはできないんでしょ? もっとも、継続して全方位から攻める攻撃手段が無いとさぁ、その防御膜を突破できないっていうのも、ハードル高い話だけどねぇ」



 霧が晴れ、健瑠の目の前の暗がりから、口を押さえながら姿を見せるマガイ。



「蒸気ぃ? なんでそれでぇ、こんなにぃなるんだよぉぉぉ!」




 健瑠は酷い有り様だった。


 破れて肌に張り付いていた服は、切れ端すらすでに跡形も無く散っており。

 全身は高温の蒸気に炙られ炭化し。

 高度熱傷によりくすんだ緑色と灰色の斑紋が入り混じった皮膚は、健瑠が身じろぎをするたびに、そのカケラがぽろぽろと零れ落ちていた。




「健瑠……この煉獄都市には地下道がある、それがなぜか分かる?」


「う? うぅぅ~、いきなり、なぁぁんだよぉ!」



 いきなり街の話を始めたマガイに戸惑い、疑問の声を上げる健瑠。

 だが健瑠の抗議をさして気にすることも無く、マガイの独白は続く。



「煉獄都市は、街としての機能を維持するための電力を賄うために、蒸気タービンを使った発電所があるのよ、その施設を動かすためのパイプラインが地下ここを通っている。タービンで加圧し続けて、高温高圧になった蒸気はおよそ六百度程度まで上がるわ。あんたのその皮膚を焼いたみたいにね」


「熱とかぁぁ! どうでもいいんだよぉ、今はぁ、食べたいだけなんだからぁぁ!」


「……やっぱり痛覚もなし、か。というかさぁ、グールに五感の感覚ってどこまであるのよ? 鼻ももげちゃってるし……それでも食べたいって言うの?」


「食べたいんだよぉぉ! せんぱぁいぃぃぃ!」


「っ……るさい! 知識は残っても、行動指針はグールと同じか……まったく、惨いねぇ」



 死んだ細胞を無理やり動かし。

 炭化し崩れ落ちる肉片も厭わず、じわじわと歩みを進め、あくまでも綜を求め足を動かす健瑠。

 その姿を見て、疲れたように首を振るマガイ。



「……そのボロボロの肉の器を、完全に破壊しない限り、健瑠……あんたの魂を引き剥がすことはできないって言うのなら――そうするまでよ」


「っ!」



 今まで顔半分を覆っていた両腕を降ろし、自由に腕を動かせるようになったマガイは、その右手に自身の黒銃(オーダー)を出現させる。



「どこかで歩み寄っていたら、私たちは仲の良い幼馴染の関係に、成れたのかもしれないわね……それこそあの時、【綜にぃ】が望んでいたような」


「っ、綜……せんぱいぃ」



 警戒したのか、それとも綜の名前を聞いたからか、健瑠がその歩みを止めた。



「私たちはたぶん、お互いに間違った生き方をしてきた。だからさ……この際、綜にぃに叱ってもらおうよ、健瑠――あんたともそこでなら、仲良くなれるかもしれないから」


「真桜ちゃん? なに言ってるのかぁ、僕にはぁさっぱり分からないよぉぉ」



 マガイの投げ掛ける言葉に、首を傾げる健瑠。

 その首元から炭化した肉片がパラパラと落ちるのを、どこか達観したように、静かな笑みを浮かべたままマガイは見ていた。






「ところで健瑠、やっぱりグールにも――嗅覚くらいはあったら良いと、思わない?」


「んん?」



 銃を持った手とは逆の左手で、鼻を摘まんではオーバーに顔をしかめて見せるマガイ。

 その瞳は、これからこの地下道で起こることを予測し、愉しそうに笑っている。



地下道ここはね、発電プラントで使う重油以外にも、天然ガスメタンやガソリンのパイプラインにも繋がってるのよ。いいかげんでしょう? 一緒くたにして、危機管理がなっちゃいないって――でもね、【綜にぃ】は、そういう街が好きって言ってたんだよ」



 嬉しそうに微笑むマガイに、健瑠は口腔が見えるほど口を大きく開き、驚愕する。



「あ、ああぁぁぁ? もっ、もしかしてぇぇぇ!」


「さっき離れた時にねぇ、向こうでちょっとガスのパイプを探して壊してきたのよん。気付かなかったでしょ? あんたと長々と話してる間にも、こっちの地下道にまでガスが充満しちゃって、ひどい臭いなのよ~……もう少しでガス中毒になりそうなくらいに、ねぇ」



 マガイが口を押さえていたのは、ガスの中毒から身を守るため。




「メタンは高温の蒸気と反応して合成ガスを生む、この意味……分かる?」




 右手に握る一振りのオーダー(黒銃)は、きっとこの日のための――約束手形。


 その銃口を持ち上げ、目の前でかさかさと蠢く健瑠グールへと狙いを付ける。



「さあ、二人で一緒に! 綜にぃに逢いに行こう、ねえ健瑠っ!!」


「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!」



 『柳ヶ瀬真桜』は、いま――『柳ヶ瀬綜』に逢いに行く。





◆ ◆ ◆





 通りの向こうから、地を震わせる衝撃と、天を裂くような爆発音が響いてきた。



「うわぁっ! くっ? 今度は……爆発!」



 綜たちの目の前の路地でも、マンホールの蓋が、まるで打ち上げ花火の弾のように、空へと勢いよく射出され、穴からは鮮やかな花弁のような彩りの炎が吹き上がった。


 通りのあちこちでも同様の光景が見られ、街は騒乱の渦に巻き込まれていた。



「――簡易、連絡事項。正規登録のA級ランサー、第四十五期・柳ヶ瀬真桜。通称【マガイ】の死亡と……第五十六期・名波健瑠の、変異体グールの消滅を……確認、だぞ」



 感情を交える余裕もなく、綜の肩にへばり付いたまま。

 今しがた入って来た情報――マガイと健瑠の死亡の知らせを、絞り出すような声で述べるヴィー。



「っ! 健瑠……マガイっ!」


「そんな……それってあの二人が、死んだってこと!?」



 綜の叫びと重なるように、問いただす由宇の声。

 だがその二人の声にも、ヴィーは反応を見せず。

 そのままズルズルと、身震いしていた綜の身体を滑り落ちる。



「ヴィー!? 嘘だろ! まさか……お前まで!」



 あわてて両の掌を広げ、地面に落ちる前にヴィーの矮躯を受け止める綜。

 その手の中で力なく横たわったヴィーは、まるで電源を落とした機械のように、ピクリとも動かなかった。



「ぐ……! なんだよこれ、どうすれば……こんなのっ、どうすりゃいいんだよっ!」



 襲い来る無力感から逃れるように、声を張り上げる綜。



(この手から、大切なものがぽろぽろと零れ落ちていく。マガイや健瑠が居なくなって、真央もヴィーも……結局、俺には何も、救えないっていうのか? そういうことなのかよ!)



 胸の内に波紋のように広がる焦燥が、どこまでも綜を苛んでいく。



「綜……」



 その様子を言葉も無く見詰め、暗い表情で隣に佇むことしかできない由宇。


 それぞれが、その胸の内に押し殺しきれない複雑な感情を抱いたまま。

 通りの喧騒を耳にしながら、目の前で徐々に静まって行く炎を、ただ見つめることしかできなかった。







「綜、とにかく真桜ちゃんを病院に連れて行かないと……そろそろボク等も動こう」


「あ、ああ……そう、そうだよな。まずは真央を病院に連れて行かないと――」



 いまにも崩れ落ちそうな綜の背に、あくまでも行動を促すように声を掛ける由宇。

 その言葉に対し、綜はようやく反応を見せる。

 軽く頭を振ると虚ろな表情を消し、真桜の容態を慮りながら顔を上げる綜。



「……ところで……病院って、どこだ?」


「それは、えっと……」



 思わず顔を見合わせる綜と由宇。

 肝心の病院の場所が、分からないままだった。



「仕方ない、誰かに聞いてみるから、由宇はここで真桜とヴィーを見ていて――」


「……そこに居るのは、もしかして……柳ヶ瀬?」


「えっ!?」



 横になっている真桜の膝の上に、ヴィーを静かに寝かせると。

 先ほどの騒ぎで、いまだに喧騒に包まれたままの通りへと、繰り出そうとした綜。


 だが、その出鼻をくじくように。

 路地裏に居た一行へと、出し抜けに声を掛ける人物が現れる。


 その声の主へと顔を向けた時、由宇は反射的に声を上げた。



「あなたは……!」



 騒々しい街から抜け出すように、こちらの路地裏へと、一歩踏み込む一組の影。


 街の灯りに照らされ、逆光になったシルエットから、小柄だが肉感的なボディを持つ女性と判明する。

 女性の傍らには、宙に浮かぶ小さな影もあった。

 それはヴィー・クーと同じ形の影。


 由宇に数瞬遅れ、その二人の姿を目にした時、綜は呆然と呟いた。




「……神部……会長?」




 そこに居たのは。

 先日、志麻霧市で綜たちと別れた――神部亜理紗、その人だった。



◆ ◆ ◆



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