第三十話 煉獄都市
荒野を越え辿り着いた、異郷の街――煉獄都市。
異世界生活の入り口となる、その街のストリートを綜たちは歩いている。
ヴィーは未だ目を覚ますことなく、毛布にくるまれ、綜の腕の中で抱えられた状態のまま、静かに眠っていた。
周囲を見渡すと、真新しい建造物はめったに見当たらない。
そのほとんどが崩れかけ、薄汚れたコンクリートのビルで、大きな建物の間にもその隙間を縫うように、ガレキの寄せ集めや間に合わせのトタンで建てた小規模な露店も並んでいる。
様々な電化製品らしきものを理路整然と並べた小奇麗な店舗もあれば、どこかで見たような工具パーツを、用途も種類もバラバラに店先に並べただけのテント小屋まであった。
現代の日本ではよく見られる電柱や電線のように、道路脇や壁に無秩序に配置された鉄製のパイプラインからは、濃い白色のスチームが漏れ、甲高い風切音を響かせている。
綜は辺りを見回しながら、目の前の道路に設置されたマンホールを見つめ、呟いた。
「驚いた……この街は、ずいぶんライフラインが整ってるんだな」
その綜の呟きを拾うように、マガイが言葉を紡ぐ。
「そうだね~、この煉獄都市はインフラ設備がある程度整ってるからね。電気、ガス、水道等の公共設備から通信設備まで、都市機能は揃ってるんだよー」
それは、文明の遅れた未開の村を、無理やり現代風にアレンジしたような。
そんなつぎはぎだらけで、ちぐはぐなイメージがある街なのだが、その風味が不快にならず、どこか懐かしい感じがする。
それが綜が観た、この街の第一印象だった。
「ふふ、やけに目が輝いてるけど、この街が気に入ったの? 綜にぃ」
「え? ああそうだな。珍しいものばかりだし、街全体に活気があって露店がお祭りの屋台っぽいし、こういうのってなんだか悪くないよな」
そう感想を述べると、綜は改めて、もの珍しそうに街を眺める。
街の様子に負けず劣らす、ここの住人も雑多に飛んでいた。
事前にヴィーから情報は聞いていたが、実際にその目で見るのと聞くのとでは、だいぶ印象が違った。
綜たちと変わらぬ人間の姿を多く見かけたが、その中に混じって歩く人型の獣人や肌の色や耳の形が違う亜人。
店先で人語を操り値段交渉をしてる知性ある蛸型のモンスターに、身の丈三メートルはある大型の牛の人外。
それらがまるで、ごった煮の鍋のように街に溶け込んでいる。
一見、雑多な印象の街に見えるのだが、綜たちは意外にも、さほどの抵抗感も無く――この『現実』を受け入れた。
それは日本人特有の、カオスな性質に相まったのか。
どこか騒々しくも陽気な、祭りのような雰囲気を、気に入っていた。
もちろんこの街に入る前は、志麻霧市を出る時に遭遇した略奪者達。
――獣人やオーダー持ちの男たちを思い出し、緊張もしていたのだが、実際に綜たちが街に入ると、心配するほど街は無秩序ではなく。
むしろ警備の面は、想像以上にしっかりとしていた。
「そりゃあ外の世界で真っ当に生活できるならさ、こんな町には住んでいないよ。いわば終の棲家みたいなもんだからぁ、住人は其処を荒らされたくないんだよ~」
ふとこぼれた綜の疑問に、ヴィーと同じような理由を述べたマガイ。
確かに街に入る時の検問では、ロングコートの黒い制服を着た大男の警守隊たちが、てきぱきと仕事をしていたし。
その後、ダンジョンに入るのには不要と言うことで、車を入り口脇に設置されていた復刻屋に売り付けた時も。
マガイが言うにはかなり良心的な値段で、多めの売却金を手に入れることができた。
――この街には、秩序がある。
そのことを実感できたことで、綜たちは安心を手に入れた。
更に懐には、手に入れたばかりの、ちょっとした額のこの世界の通貨がある。
余裕のあるお金を持つことは、気持ちの面でも余裕できた。
そして一行は悠々と、マガイがこの街でねぐらにしていたという、モーテルを目指して歩いていた。
その単調な歩行が意識を緩和させ、安心は油断へとすり替わっていたのか。
昨夜、胸に抱えていた思いを吐き出したマガイは、どこか注意力が散漫になり。
チカチカと瞬く通りの赤色のネオンを、眩しそうに目を細めて見ていた綜が、その【予知】に気付かなかったが故に。
――その【透明な衝撃波】に気付かなかったのは、必然だったのかもしれない。
「ぅぐっ、かはぁっ!」
胸を貫く衝撃に、押し潰された肺から酸素が一気に排出され、苦しげに呼気が乱れる。
足場を失い浮遊する感覚も、自身の身体が今、空中にあるという事実も、認識できない。
まるで大型のダンプカーに跳ね飛ばされたように、軽々と十メートル近く空中を舞い、露店の前で品物を並んでいた机にその身体を打ち付けた。
そうして、一瞬の苦しみの後――柳ヶ瀬真桜――は、意識を失った。
「えっ? な、あ……ああ! 真桜おぉぉーっ!」
横に居た義妹が、いきなりワイヤーで後ろに引っ張られたように吹き飛び。
小さくなっていく姿に、振り向きざま絶叫する綜。
「そんな! 真桜ちゃん!」
「攻撃!? これはどこから? 気配もなかったのに……一体なにが?」
由宇とマガイも勢いよく振り返る。
その視線の先では、通りの一角を破壊し。
グシャグシャに散らばった商品の山の上で倒れている、真桜が居た。
刹那――街を揺るがす轟音と共に、パイプや店舗、さらには人々までをも無差別に巻き込んで、真桜が倒れた区画とは反対側の通りの建物が爆ぜた。
「うああっ! くっ……な、なにが……っ、それより真桜を――!」
今までの安寧としていた状況が一変して、街は阿鼻叫喚の騒ぎに巻き込まれる。
そんな中、綜は人をかき分け。
通り向こうでピクリとも動かない真桜の元へと辿り着いた。
「そんなっ……真桜!」
「綜! 真桜ちゃんは――う……これは、血が」
続いて駆け寄った由宇も、思わず呻くほどに、真桜の状態は悲惨だった。
服のあちこちが擦り切れて、その下の肌が無数の裂傷で出血し、ひゅーひゅーと微かな呼気が口元から漏れるたびに、少量の血液が気道から吐き出されていた。
「……肺か内臓をやられたわね、意識も混濁してる……綜にぃ! ショック症状が起きる前に病院に搬送しよう! てっ――綜にぃ! しっかりして!」
「う、あっ、ああ……分かった! 急いで病院に――」
綜が言い切る前に、人々の叫び声を通り抜け――その『声』は届いた。
「あはぁ、みぃつけたぁ」
「っ! この……声は、まさか!」
声とは空気を震わす音波そのもの、つまりその波を操る能力があるのなら。
遠距離に居る対象に、声を届けることも自在だった。
「この声……健瑠、なのか? いったいどこから!?」
「…………う……ぅん」
「!」
もぞりと懐で動く感触に、綜は一瞬気を取られる。
突発的な危機的状況を感知し、身の安全のためのセーフティが発動したのか。
霊力消費を抑える、休眠状態にあったはずのヴィーが目覚める。
「――ううっ、どういう……状況、これ? 一体……あれは?」
「! ヴィー? 起きたのか!」
ヴィーが目覚めたことを知った綜は、思わず我を忘れ声を上げた。
「なんでアタシ、綜に抱えられ……ふっ、ふん! め、面倒掛けたわね、綜」
「はぁ……その軽口なら大丈夫そうだな、ヴィー」
起き抜け早々、ぶっきら棒な目覚めの挨拶を返すヴィー。
その頬が赤く染まっていることには気付かずに、綜はただ安堵する。
「っ! ……これは、また情報が――アンロックされた?」
突如、起き抜けの頭に冷水を被せられた様なショックが、ヴィーの脳裏を襲う。
それは二日目に情報が追加された時と同様、様々な情報データの流入だった。
「ヴィー? 無理するなよおい、やっぱりまだ寝ていた方が……」
「……追加情報、解錠都市……各ゲートの、門番?」
次々と開示される情報を閲覧するのに、ヴィーは意識を情報処理に没入させる。
その傍らで、綜はハラハラと心配そうに見守っていた。
「綜も今はこっちに集中して! なにか来るよ!」
「あ、ああっ!」
のん気にしてる場合ではないとばかりに、飛んでくる由宇の警告。
同時に、邪魔な障害物を排除するように。
崩れ落ちた建物や、通りに散らばった機器を、見えない衝撃波がさらに吹き飛ばす。
反響する破壊音と煙に紛れ、開けた通りの向こう側から姿を現したのは。
ズタズタに千切れた服の下から濃緑色の肌を露出した。
――変わり果てた姿の、名波健瑠だった。




