第二十八話 ボーナス
「それじゃあまず、分霊に関しての基本的なとこから――分霊は神霊の端末である、これははじめに聞いてるハズだよねぇ」
「ああ、それはヴィーも言ってたよ」
「じゃあ話を戻すけどさ、この端末って言うのは比喩でもなんでもなくて、仮に神霊を永久機関の発電所としたら、分霊は電池みたいなものなんだよ」
「電池って……」
嫌な予感と緊張で、綜の喉がゴクリと鳴る。
その音がランプの灯りにともされた薄闇に溶けていく。
「そのものズバリ、分霊は使い捨ての乾電池と一緒ってこと~」
「――っ!」
ギシリと拳を固め、憤りを抑えるように奥歯を噛み締める綜。
もちろん、ここで怒りをぶちまけるのは筋が違うのはよく分かっている。
だから耐えた。ただそれだけのこと。
「発電所は容易く動けないしぃ、基本的に【契約した場所】にしか、その霊的パワーを流せない。でも神霊にだって意志がある。だから、なんらかの目的、欲望、義理、良心――そういった意志を具現化して、自分の代わりに生産した【電池】を世界にばら撒くのよん」
「それが、分霊?」
「そうよぉ真桜。だからといって少量のエネルギー体でも、際限なくばら撒いていたら、世界のバランスはやっぱり崩れてしまう。ほらチリも積もれば――てやつよん。だから分霊たちには特別な例を除いて、普通はその身に蓄えた分の霊力しか備えていない。それが無くなればぁ……あとは、その身を維持する霊力を失い、消えていくしかないってワケ」
「くっ! それじゃああの時、俺を助けたのは――」
槍の男の一撃から、身を挺して綜を庇ったヴィーの姿が思い返される。
悔やんでも悔やみきれない、といった張りつめたその姿に、マガイは声を掛けた。
「ん~、それなんだけどねぇ、いくら霊力が有限って言ってもさぁ、さすがに攻撃を一回防いだくらいで消滅するなんてことは、普通は無いはずなんだけどね~」
「そういや……ヴィーは、割り振られてる霊力が少ないって、ボヤいてたっけ」
「へぇ」
綜の一言に、なるほど、と腑に落ちた顔を見せるマガイ。
「生物は霊力を自分で作ることができる。でも、分霊などの霊体や一部の人外は【特遺伝因子】という核と、【霊力粒子】と呼ばれるもので形作られてるのよん。力を使うことで霊力は減少するけど、それでも周りの生物や大気から少しずつ吸収して、自然回復することはできる。でも極端に消費し、その身を維持することすら困難なほど枯渇してしまえば――」
「……ヴィーは消える、ってことなのか」
傍らで毛布に横たわり、身動き一つせずに眠るヴィーを、目を細め見つめる綜。
ドールのように整ったその横顔を見ていると、不意に泣きたくなるような激情に駆られる。
だが、立ち止まっているわけには行かないと、綜は意を決してマガイに向き直る。
「それでも、助けることはできるんだよな、確か霊力補給ってボーナスがあるって……」
「うん、車の中では、とにかく街を抜けて市民権を得ること――って、とこまでしか話せなかったけどさ、今なら詳しく話す時間もあるしね~」
「それでボクらはどうすれば? 霊力補給の方法っていうのは……」
話の続きが気になるのか、急かすように話を振る由宇。
そんな一同を、マガイは落ち着かせるように、ゆっくりと、丁寧に説明を続ける。
「やることは簡単だよーん、ようは一番乗りで、派手に『解錠都市』を抜ければいいのさぁ! 賞金の出るレースとかでも同じでしょ、表彰台の一番高い所に居るやつが褒賞もたくさんもらえる、それはこの分霊も一緒! てことで、おそらく一番先に進んでるのは、車を使ってた綜にぃ達だと思うから、ここから速攻で――……って、あれ?」
ふとマガイが違和感に気付く、綜たちのノリが悪い。
いや、そもそも誰も話を理解してる素振りが無い。
「…………あの……解錠都市って、なに?」
「は?」
おどおどとした真桜の質問に、思わず間の抜けた返事を返すマガイ。
そのどこか滑稽な返事が響く中、気まずい空気が場に満ちていった。
「もしかして、……綜にぃたち、解錠都市は知らなかった?」
「ああ、えっと……なんかヴィーは情報を制限されてるとか言ってたし、実際に聞いたのは、ここと煉獄都市の話までだったよ、なあ由宇」
「うん、そう言ってたね」
同意を求めるように由宇へと顔を向ける綜。
それに対し、素直に頷き返す由宇。
「はあー!? なによそれぇ! 私の時より全然情報ないじゃないの、そんな基本的なことも知らされてないって……はぁ~、車とか道具は充実してるってのに……」
眉をひそめ、めずらしく疲れた表情で額に手を当てるマガイ。
だがそれも束の間、気を引き締めるように頭を振ると、改めて綜たちに向き直る。
「よっし! じゃあ外に出るまでのルートをぉ、まとめて私が話すよ、それで良い?」
その言葉に綜は、寝ているヴィーをチラリと横目で流し見た後、姿勢を正し、改めてマガイに向き直った。
「ああ、頼む」
「コホン、とは言っても、次の煉獄都市を抜けたら、実質これが最後の試練になるんだけどねぇ。それが解錠都市――周りを取り囲む最後のカルデラ連山、標高三千メートルを越す山脈を貫く、迷宮都市のことだよーん」
「――っ!」
「えっ?」
「ちょっ!? ええっ、山脈って……そんな、ゲームのダンジョンじゃあるまいし! 迷宮に挑めってことかよ!」
驚きに声を荒げる綜。
真桜と由宇も、それぞれ言葉をなくしている様子だ。
「そうだよん、ある意味分かりやすいっしょ? 志麻霧市が転移してきたこの地は、元々巨大な窪地だったのもあってね~、志麻霧市出現と共に、周りの山脈が一斉に隆起して、大規模なカルデラ地帯を形成したらしいのよん。だからぁ、ついでにその山々を移人に対する関門にしちゃおうって、昔の人は考えたんだよねー」
「軽く言うけどさ、山脈貫くってバカげた規模だよ。さすがにボクも呆れるね」
「まあ、それだけ当時は移人に、脅威を覚えてたんじゃないのかなー? どちらにしろ、そういうのは当事者じゃなきゃ分からないけどねぇ」
由宇の憂鬱そうな溜め息に、軽く肩をすくめて返すマガイ。
「あーそれと、言っておくけど山抜けがゴールじゃないからねぇ。解錠都市はそれ自体が、山をぶち抜いてできた広大な迷宮なんだから、そこにはお約束通りに、凶暴なモンスターが住み着いていたりするのよん、これが」
「はぁ……そのダンジョンを突破するのが、最後の試練ってわけかよ」
「モンスターって、そんな!」
もはや呆れるしか無いと、ため息交じりに愚痴る綜。
グールを思い出し、身体の震えを抑えるように、両腕で自身を固く抱きしめる真桜、
そんな彼らに追い打ちを掛けるように、マガイは容赦なく言葉を紡ぐ。
「綜にぃの言うとおり~……と、言いたいところなんだけど、それじゃあ読みがまだ甘いねぇ、ダンジョンには……ボス戦がつきものってもんでしょー」
「え? ちょっと待てよ……それってまさか――」
マガイの言葉に、綜は耳を疑いそうになる。
「迷宮都市に入るには、さっき煉獄都市に入るために私たちが訪れた東の門を含めて、それぞれの方角に八つの門番――【カロン】と呼ばれる守護役のモンスターが居るのよん。最終的にはそいつらを倒さない限り、出口が開くことは無いんだよね~」
「マジかよ!? 門番? ボスってことは……間違いなく、強いんだろうし……」
この先の道のりを考え、頭を抱えたくなる綜。
だがそんな悩める綜を、さらにマガイが突き落とす。
「それにさぁ、分霊を助けるためなら最後の試練を、私は……手伝えないのよん」
「……え? ちょっとっ、なんでそんなこと今更言うのさ!?」
「由宇っ?」
マガイの突然の宣言に、即座に切羽詰った顔色で迫る由宇。
めずらしいその親友の姿に、綜は言葉を詰まらせる。
「いやぁ、だってさー。私が先導してダンジョン抜けても、綜にぃ達は普通に市民権は取れるかもしれないけどぉ、それじゃ特典の霊力補給のボーナスなんて、この子は受けられないのよん」
「あっ! ああ、そういうことか……ヴィーのサポートが、俺個人だから――」
「そっ、あくまでも綜にぃが主導でモンスターを倒さなきゃ、綜にぃをサポートしてるこの子も、おこぼれには有り付けないってワケなのよ」
「……っ……」
場に沈黙が流れる。
綜たちの脳裏で思い返される、略奪者の一団を一蹴したマガイの力。
それは傍目から見ていても圧倒的な力だった。
その強大な力の恩恵を、次の試練では受けられない。
一行の安全を保障していた、マガイの知識と圧倒的戦力。
いつしかそれに依存していたことを、改めて綜たちは気づかされた。