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ワールド・トランス・ワールド ~異世界に至る56番目の主人公~  作者: tea茶
第四章:外層都市 《ファイヤー・ウォール》
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第二十七話 奈落都市


「なんにも、無いね」


 皆の感想を代弁する様に、真桜の呟きが車中に空しく響く。


 砂塵を巻き上げながら疾駆する車。

 その周りの景色は、ものの見事に乾燥して、ひび割れた荒れ地ばかり。

 所々に点在する石造りの薄汚れた建物ぐらいしか、この地には残されていなかった。



「街を出る時は結構肝が冷えたもんだけどな、整備された道路がいきなり荒れ地に変わってたし、この四駆で正解だったな由宇」


「まあ、この車なら大抵の場所は行けると踏んでたし、霧も無くなったおかげで見晴らしもよくなったからね」


「そっか、そうだよな……あの霧のドームの向こうには、まだ街の人たちは居るんだよな」



 由宇と会話を続けながら、綜は助手席の開いた窓から身を乗り出し後方を振り返る。


 砂塵を巻き上げる車の、後輪の先に見える――異世界の志麻霧市。


 綜たちが今まで暮らしていた街が、濃い赤い霧でできた、歪な半球状の途方もなく巨大な繭に包まれているのが見えた。


 その中でどんな惨状が巻き起こっているのか、今となっては綜たちに知る由もない。


 同じようにその光景をリアガラス越しに見ながら、湿っぽくなった話題を変えるように、マガイが話しかけてきた。



「ここにあった木造の家とかはね~とっくに潰れて、無くなってるのよ。元々、ここら辺は小さな村の散在したエリアだったらしいけど、元々寂れてた土地が、今ではな~んも無くなったってワケよ」


「ふーん、グールの姿も意外と少ないんだな」



 綜の言葉通り。

 走行中に緑色の影(グール)をまれに見かけることもあったが、グールの足では、遠ざかる車のスピードに追い付くことはできないため、そのまま一行は素通りしていた。


 わざわざ車を止め、弾薬や霊力を消費してまで、グールを狩るつもりもなかったからだ。



「聞いた話じゃ、グールは集落跡地に巣くってて、昼の間は活動休止してるんだって。まぁ襲う人間が居ないんじゃ、アイツ等もやる気が出ないんだろうしね~」



 茶化すように肩をすくめるマガイの余裕のある態度。

 その言葉に、隣で聞き耳を立てていた真桜もホッと息をつき、身体から力を抜く。



「そういやさ、マガイの乗ってたバイクって、あれオンロード用じゃなかったっけ? あれじゃあ、ここを走るのは厳しいと思うんだけど……」



 荒野を見ながら、綜はふと思いついた疑問をマガイに尋ねた。



「あー……あれのこと? うん、ここら辺は歩きで走破したのよ。あのバイクは街に入ってから調達したんだー、バイク屋の場所も何となく覚えてたからねぇ。ほら略奪者レイダーが集まってくるからさぁ、速攻で一番良いのをゲットしちゃったのよん」



 満面の笑みで、窃盗の経緯を詳しく語るマガイ。

 途端に車内の雰囲気が気まずくなった。



「…………兄さん、私はやらないよ」

「いやいや、分かってるんだけどさ……ほら、一応こっちも【真桜】だし」

「綜、一緒にしちゃダメだよ、それはちょっと真桜ちゃんが可愛そうだとボクは思うなー」

「あれぇ、あれあれ? なにかなー、このアウェイ感は?」



 ここにきて、マガイはようやくこの場の少年少女と価値観がずれていることに気付いた。



「あはは……や、やあねぇ、人を略奪者を見るような目で見ないでよー、ほら、さっきから私ばっかり話してるしさぁ、ちょっとガイドさーん、説明変わってよー」



 居心地の悪さを感じたマガイは、とっさにはぐらかすためにヴィーを呼ぶ。


 ――しかし、ヴィーから返答が帰ってくることは無かった。



「ん……あれ、どうしちゃったの、その分霊?」

「あー、なんかまた寝ちまったみたいだなコイツ。やっぱ疲れてるのかな?」



 綜の膝の上で、身をゆだねる様に眠るヴィー。


 緩やかな寝息を立て、綜の身体に触れているせいなのか、安心したように穏やかな寝顔を浮かべている。

 その姿はまるで、揺りかごで午睡を取る眠り姫のようにも見えた。



「コイツもなー、寝ている姿はお人形みたいで可愛いもんだよな」



 そう言いつつも、綜の表情は暗い。

 街を脱出してからの、緩んだ気持ちに喝を入れるように、綜は渋い面持ちを浮かべた。



(ヴィーに救われたんだよな……俺は)



 思い返すのは、略奪者の槍から自分を庇った時の、ヴィーの後ろ姿。



「……ありがとうな」



 膝の上のヴィーの背中を軽く人差し指で擦り、小声でお礼の言葉を告げる綜。

 その言葉に応えるかのように、吐息を立て、ヴィーの身体がもぞりと動いた。







「その分霊、ヴィー・クーだっけ。さっきも寝てたし、疲れたって、何かあったの?」


 後部座席から聞こえたマガイの不意の問いかけに、意識を向ける綜。



「ああ、コイツは俺を庇って略奪者の槍を受けたんだよ。まあ、受けたって言っても、なんか光の魔法陣みたいなので止めてたから、実際に傷は負って無いんだけど……」


「……庇って?」



 それまでの陽気な態度から一変。

 すうっと、マガイの雰囲気が真剣なものに切り替わる。



「庇うって、分霊が? それでこの状態って、まさか……!」

「おっ、おいマガイ? 何を――」

「黙って、綜にぃ」



 助手席のシートに手を掛け、綜の肩口から膝上のヴィーを覗き込むように、身を乗り出すマガイ。


 そのまま右手をヴィーの矮躯に伸ばす。


 思わず口を挟みそうになる綜を逆に押し留め、ヴィーの体に触れる寸前――およそ2センチ程度の位置で掌をかざした。


 まるで禁忌に触る様に、慎重に、何かを推し量る様に黙ったままのマガイ。

 その真剣な様子に、綜たちは言葉も無く、ただ見守ることしかできなかった。



「…………」



 何が起きているのか、不安と重たい空気に支配されていた車内。


 その緊張が解けたのは、マガイが手をかざしてから十数秒後。

 彼女はようやく一息つくと身体を離し、再び元の位置の後部座席に身を沈めた。



「ふう……そういうことか、道理で」



 短くも、ひたすら長く感じられた時間の中。


 かける言葉が見つからないまま沈黙していた綜に、マガイはゆっくりと顔を向けると、その口から決定的な言葉を告げた。



「その分霊、消えちゃうよ」






◆ ◆ ◆





 日が暮れた奈落都市。


 廃屋が立ち並ぶ荒んだ町並みの中、簡易型のランプの灯りがひび割れたガラス窓から漏れている、一つの屋敷があった。



「建物の周囲にグール除けの護符を張ったから、朝までここは安全だよーん」



 軋む音を立てながら木製の戸を開き、マガイが家の中へと足を踏み入れる。


 のん気なマガイの声に返す言葉は無く。

 入り口付近の開けたホールの一角では、重苦しい雰囲気の綜たちが押し黙ったまま、所在なさ気にランプの周囲に座り込んでいた。



「くっ、朝まで動けないなんて……やっぱり先には進めないのか」

「……兄さん」



 くやしそうにポツリと零す綜に、掛ける言葉も見つからず、ただ呼びかけることしかできない真桜。


 そんな二人の視線は、毛布を二つ折りにした寝床で、静かな呼吸音を立てながら眠っているヴィーに注がれている。



「まさか、ゲートで足止めを食うなんてね……ボク等が車で来たのが(あだ)になったね」


「それはしょうがないってばぁ、この先の煉獄都市は奈落都市こことは違って、人の住むれっきとした街だからね~、入管の審査が厳しいんだよ。車のようなデカイ機器や、まして銃器の持ち込みには、街の警守隊もかなり神経尖らせてるからねぇ」



 あれから、急き立てるように車を走らせ、荒れ地を走破し。

 なんとか陽が傾く前に――煉獄都市の入り口ゲートにまで辿り着いた綜たち。

 街に入る門を通るために必要な身元証明は、それぞれの持つ学生証や名簿リストの写真を参照にして確認を取ることで承諾を得た。


 しかし問題となったのはここまで乗ってきた車と、由宇が持ち込もうとしていた銃器類だった。


 銃に関しては上級ランサーであるマガイの口添えもあり、なんとか無理を通すことができたのだが。

 車も含めて、道具を徹底的に調べられるのに、一昼夜は時間が掛かるということとなり。

 仕方なしに一行は奈落都市に踵を返すと、空き家で一夜を過ごすこととなったのだ。



「くそっ、頭がいてぇ……」

「しょうがないよ綜、ゲートで無茶やってたら全員足止めどころか捕まってたよ」

「……痛いのは物理的に、俺の後頭部・・・なんだけどね」

「それこそ自業自得でしょ、綜はもうちょっと考えて行動した方が良いよ」



 はあ、と呆れが多分に含まれた、ため息が由宇の口から漏れる。


 その溜め息のワケは、数時間前。

 先を急ぐ綜が、警守隊と押し問答の末に力づくで押し通ろうとし、後ろからマガイに一撃を入れられ、意識を失ったのが原因だった。



「あの場では正しい措置だからね~、さすがに私は謝らないよ、綜にぃ」


「ん、まあ……俺も焦り過ぎてたのは認めるし。あそこで問題起こしたら先に進めず、結局ヴィーは救えないだろうってのは、今では分かるけどさ」



 出来の悪い教え子が、ようやく解答を得た時のように、その言葉に満足した顔でしっかりと頷き返すマガイ。



「そうだね、朝まで時間を持て余してることだし……せっかくだから、話を整理してまとめようか。車では落ち着いて説明できなかったし、綜にぃたちが、これからどうしたらいいのかも含めてさ」



 そのマガイの提案に、眠るヴィー以外の三人も、同意するように静かに頷いた。


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