第二十五話 A級ランサー
それは見るからに威圧感を醸し出す、大型で真紅に染まったバイクだった。
その鋼鉄の騎馬を駆るのは、フルフェイスのヘルメットを被った漆黒のライダー。
「おい、待てよ……あれって、スピード出し過ぎじゃ?」
突然の闖入者はアクセルグリップを勢いよく切ると、フルスロットルで加速し、こちらへと猛スピードで走行してくる。
その雰囲気からブレーキを掛ける様子は欠片も無い。
略奪者たちもその鬼気迫る走行に気付くと、綜たちから視線を外し、後方のライダーへと向き直る――いやむしろ、その脅威に対峙せざるを得なくなっていた。
それは、ライダーの左手に――まるでマジックのように空中から突然、黒光りするハンドガンが出現したからだった。
「!……銃? あれはオーダー!!」
由宇の言葉通り、そのライダーは確かにオーダー使いだった。
ライダーが持つオーダーは、由宇や真桜が持っていたベレッタに似た、自動小銃の形をしたモノであった。
だが、遠目にも分かるほどに異常なのは、その規格が明らかに通常よりも二周りは大きく、サブマシンガンに匹敵するほどの全長を持ち、特大の砲口を備えた拳銃であったことだ。
さらに高速で走るバイクを運転しながら、黒づくめのライダーは身体のブレをなったく感じさせない、素早い腕の振りでその銃口を男たちに向けた。
距離はまだ開いていたが、ためらう事無く、オレンジ色の火花と共に腹の底に響く咆哮を響かせ、弾丸を発射する。
「ちいいっ!」
すかさず、盾の男のオーダーがそれを防御する。
銃弾に込められた殺傷能力は疑いようのないものだったろう。
だがその破壊力も、盾の鉄壁ともいえる防御力の前に阻止される。
ガイン、と金属を思いっ切りハンマーでで叩いたような衝撃と反響音が轟く。
確かに防ぐことはできた。
しかし弾丸の速度もパワーも、ハンドガンの枠を超えた規格外のものだった故に、その勢いまでは殺しきれず、盾を掲げたまま男は思わず仰け反った。
「ふぅん、面白いじゃん。私の弾丸を防ぐオーダーか」
盾のオーダーを見て取ったライダーの次の行動は、まさに迅速で突飛なものだった。
ライダーがフルフェイスの中で不快気に鼻を鳴らすと、グリップを右手一本で握り込んだままの逆立ち状態へと、一気に全身のバネを使い下半身を跳ね上げる。
その左手に銃を握ったまま。
今度はゆるやかなスピードで、重力に引かれるように、絶妙なバランスで両足を着くと、バイクシートの上にそのまましゃがみ込んだ。
その状態を維持し、右手一本で操作制御をしたまま、バイクは鋭いスピードを保ちながら走り続ける――男たちとの距離は、すでに十メートルを切っていた。
「はあっ!」
大きく息を吐き出すと共に、思い切りアクセルを切る。
同時に両手を放し、バイクの上で丸めていた姿勢から男たちの方へバイクを蹴り込むように跳躍。
ライダーはその身を空中に投げ出した。
「ひぃ、うぁあああっ!」
そのまさかの特攻に、盾の男は青褪めた顔のまま身を竦ませる。
ライダーは惜しげもなく、バイクを使い捨ての巨大な弾丸に見立て、男の方へと突っ込ませた。
その視界を埋めていくバイクの凶悪なフォルムに、男が金切声の悲鳴を上げる。
盾の男へと凄まじいスピードで、道路を滑る様に突っ込んで行くバイク。
すぐさまバイクを迎え撃つように、男も盾を前方に掲げられた。
だが、いくら鋼鉄の強度を持とうと、薄い扁平なその盾のフォルムでは、バイクの圧倒的な質量を受け止めるのは、見るからに不可能で、このまま男が圧殺されるのは目に見えていた。
「グオオッ!」
あわてて獣人がその巨体を揺らし、さきほどレンジローバーを受け止めた時と同様に、バイクを受け止めようと、その盾の男とバイクの射線上に入ろうとする、だが――
「――ガッ? グアアッ!」
突然獣人が踏み込んだばかりの足を止め、片足立ちで足先を跳ね上げる。
跳ねた左足の親指の先、そこの爪がはがれ飛び、血に濡れた赤い肉を露出させていた。
「まさか! 空中から、あの獣人の爪と肉の隙間に銃弾を当てた!?」
いまだ宙にあるライダーの構えたハンドガンの銃口からは、由宇の叫びに応えるように、真新しい煙が上がっていた。
姿勢制御もままならない、空中からの射撃で獣人の足の爪を吹き飛ばした妙技。
そして踊る様に数メートル上空に跳ね上がったその身体能力は、オーダー持ちの中でも際立った能力の高さを表していた。
「あれは!? また銃が!」
由宇の言葉をなぞるように、空中から大気をもぎ取るように、ライダーの右手にはさらに左手の黒い拳銃と対になる、同型の【黒鉄色の銃】が握られた。
「足止めは終わりってことでぇ、まずは――一人」
足場の無い空中に居ながら、ヘルメット内でライダーが呟く。
もしも先ほどの銃撃が、獣人の身体を狙っていたとしても、あの大口径の銃なら仕留めることはできたろう。
しかし獣人の勢いを止めることはできず、バイクの侵攻を妨げていたかもしれない。
だからまずは獣人の末端神経を刺激し、破壊し、動きを阻害することにした。
優先的に始末するのは、防御役を担っているであろう盾の男と、そう判断したからだ。
「ぎぃやあぁぁ! びゅぶぅぅぅぅっ!」
ひしゃげたボールから空気が漏れるような喚き声を上げ、盾の男がバイクに潰される。
約二百キロの車体を、時速八十キロ強の勢いそのままに受け止め、弾かれ、押し潰され。
数メートル先のドラッグストアの壁にまで、引きずる様にバイクに牽引され、アスファルトに血流の跡を残しながら――盾の男は、圧殺された。
更にバス、バスと、空中に居ながら発砲するライダーの銃撃により、盾の男を押し潰したバイクの、ガソリンタンクに穴が開く。
数瞬の後、炸裂弾でも使用したかのように、バイクは轟音と煙を吐き出し、爆発した。
「なっ……、鬼かこいつ?」
容赦の無い絶命処置に、思わず綜の口からも茫然とした呟きが漏れる。
その時、中空を舞っていたライダーがついに地上に降り立った。
全身のバネを活かした衝撃吸収。
まるで数メートルの高さから落ちたことが無かったかのように、それは階段を何気なく降りるように、ゆるりと身体をたわませただけで、ごく自然体で直立していた。
「……すごい」
茫然とした真桜の口から、感嘆の呟きが漏れる。
アクション映画のスタントのような、ファンタジックな動きを見せながら――その両手には凶悪なフォルムの武器を携えた――そのあまりにもナチュラルな佇まいに、綜たちも略奪者たちも、この場に居た者たちは、ただ呆然とライダーを見つめるしか術は無かった。
「…………」
くすぶり続けるバイクが爆発した名残り、オレンジ色の光が赤い霧をかき消すように革のスーツを鈍く照らす。
いまだ名乗りを上げぬその襲撃者は、どこか幻想的で、この場に居る者たちの意識を、闘争の現実からしばしの間、隔絶させた。
改めてライダーの全身を見てみると、フルフェイスのヘルメットに隠されて顔の造形は分からず、厚手のボディスーツに包まれたその身体も、性別がはっきりしなかった。
背丈も綜とさほど変わらない程度に見え、全身から発せられる隙の無いプレッシャーは、そのスーツの色も相まって、野生の黒ヒョウを見る者に想起させ、一瞬で命をもぎ取られる、そんな鮮烈なイメージを他者に植え付けていた。
(なんだ? 何か奇妙な……既視感?)
ふと、バイザー越しに目が合った、そんな感覚に綜は捕らわれた。
「……ふふ」
(そういえば視界が正常に戻ってる、よな。それって……つまり)
盾の男は排除されたが、獣人や槍の男を筆頭に、略奪者たちはいまだに健在だ。
それでも安全だというのなら、その意味は――すでに危険は去っているという意味。
「こ、こいつぅっ!」
我に返ったように、あわてて男たちが動き出した。
◆ ◆ ◆
――費やした時間は、わずかに六秒。
槍の男が両手に赤銅の槍を生成したのを皮切りに、戦闘再開。
ライダーの両手の拳銃から一瞬で吐き出されたのは、五発の弾丸だった。
そのうちの二発の銃弾が槍を相殺破壊し、三発は男の眉間と首、心臓部へと吸い込まれ、槍の男は一秒足らずで命を落とした。
槍の男が倒れ伏すのを待つまでも無く、ライダーの右手と左手の銃が高速で別方向へと跳ね上がり、瞬時に狙いを定めると、機関銃並みの速射でマズルフラッシュが途切れることなく二十五連射。
その銃弾は後方で武器を持ち、警戒していた三人の男の身体を貫き、破壊した。
霊力粒子で精製された弾丸が尽きることは無い、それもオーダーの能力。
故に尽きぬ弾丸で、残った獣人の足の指先の爪を全てを抉る。
爪と肉の隙間に九発の銃弾を叩きこまれ、苦悶の叫び声を上げ獣人が動きを止めた。
その大きく空けた、鋭い牙が並ぶ口目掛け、六発の弾丸が飛び込む。
口内を蹂躙され、頭蓋腔内の脳を破壊され、後頭部から弾が抜け、獣人は絶命した。
――ここに至り、戦闘終了。
「……スゴイ、な」
圧倒的な武力。
自分たちが手玉に取られていた略奪集団を、難なく下した正体不明のライダーの神技に、綜は感服したように、呆然と言葉を漏らすことしかできなかった。
「っ、兄さん離れて!」
「綜!」
脅威をあっさりと排除したライダーに対し、真桜と由宇に緊張が走る。
「いや……この人はたぶん、大丈夫だよ」
そんな二人をゆっくり制し、仕切り直しとばかりにライダーと正面で向き合う綜。
その両掌には、いまだにぐったりとしたままのヴィーが横たえられている。
「兄さん!?」
「っ!――そうか、例の危険予知が無いんだね?」
「ああ」
得心がいったとばかりに問いかける由宇に、黙って頷く綜。
確かに綜のスキームは危険の反応を出していない。
それに加えて、目の前のライダーが醸し出す雰囲気が、綜には、親しみを込めた友好的なものに感じられたからだ。
「ふふん、甘いねぇ。でもそういうとこは変わらないんだね、ちょっと嬉しいよ」
その含み笑いのような温かみのある声は、ヘルメット越しのくぐもった声ではあったが、綜にとっても馴染み深いものであった。
ライダーが両の手に持っていた双銃も、すぐさま霧に溶ける様に霞んで消えていく。
そして謎のライダーはヘルメットを両手で掴むと、一息にそれを外した。
「はじめまして、お久しぶり――【綜にぃ】」
外れたメットの勢いに連なるように、ライダーの栗色のロングヘアーが鮮やかに宙を舞う。
元々端正だった顔立ちは成長に伴い、その美しさを増していた。
見慣れた面影、聞き覚えのある声、そのどれもが――
「まさか、真桜……なのか?」
「うそ! 私?」
綜たちの顔が驚愕に彩られる。
確かに彼女は真桜に似ていた。
というよりも――成長した【柳ヶ瀬真桜】そのものというべき存在だった。
「うっふっふー! そうよん、私は【第四十五期・柳ヶ瀬真桜】。言わば、あんたの未来の姿ってぇやつ、どう二十代の私も、中々にイカしたもんでしょう?」
「は……え? ちょ、ちょっと待って。貴女が、私の未来?」
今の自分とかけ離れた言葉遣いと態度の【未来の真桜】に、高校生の真桜は戸惑いを隠せない。
「はぁ、鈍いガキんちょね、まあ今の私からみたらさぁ、この時期の柳ヶ瀬真桜って、過去の恥部みたいなもんだしねぇ」
「ち、恥部って!」
近親憎悪なのか、はたまた同族嫌悪なのか。
会って早々にいきなりケンカ腰になる二人の真桜。
そんな義妹たちを、綜はあわてて止めに入る。
「ちょっ……おいちょっと待てって二人とも、まずはお互い自己紹介でもさ――」
「兄さん、黙ってて」
「うん、綜にぃの言うとおりだねぇ、ちょっと落ち着くよん」
「えっ、な、なんだこれ? どうすれば……なぁ由宇?」
「いや、ボクに言われても困るし」
まるで計ったように、反対の科白を言い合うと、綜を黙らせ、再び睨み合う姉妹のような二人の真桜。
珍しくおろおろと事態の収拾に頭を悩ます綜に、身内の問題に我関せずと素知らぬ顔で傍観を決め込む由宇。
「く……こいつの個人情報は、データにあるんだぞ」
「ヴィー! 気が付いたのか? おい、無理するなよ」
意識朦朧としていた辛い身体を押して、よろよろとヴィーが綜の掌の上で体を起こす。
綜はその様子を気遣い声を掛けるが、ヴィーは心配ないとばかりに手を振り、安心させると、改めて二人の真桜に顔を向け、ゆっくりと語り出した。
「この【柳ヶ瀬真桜】は、第四十五期の生き残りで、現在は輝流カンパニー所属のA級ランサーだぞ。登録名は、『マガイ』。でも……どうして、お前ほどの上級ランサーが、こんなところに?」
「へぇ、こっちはずいぶんと萎れた分霊なんだ、そうだねぇ、私は……」
未来――過去の柳ヶ瀬真桜は、なおも睨み続ける少女の真桜からヴィーへと視線を移し、品定めする様に、その身を見回した後。
ゆっくりと顔を上げ、綜と視線を合わせる。
「ふふっ」
緩やかに上がる唇の両端。
溢れんばかりの慈愛のこめた、成熟した笑顔で、彼女は綜を見る。
「? な、なんだよ」
それは、義妹の真桜が決して見せない豊かな表情であり。
見慣れない大人へと成長した美女の微笑に、思わず顔を赤らめる綜。
その初々しい柳ヶ瀬綜の反応に、第四十五期・柳ヶ瀬真桜――マガイの――心の中に、ずっと失くしたままだった、温かい気持ちが沸々と湧いてくるのを感じていた。
それだけで、この忌まわしい地へ戻ってきてよかったと、そう思えるほどに懐かしい気持ち。
だからマガイは――
「私は、『柳ヶ瀬綜』に、逢いに来たのよ」
昔のように、心の底からの笑顔で、そう告げた。
◆ ◆ ◆




